アバン


いつまでも見ていたいと願う夢
醒めないでと願う夢
しかし、それが叶うはずのない夢だとしたら?

もしもあなたにその夢を叶える力があるとしたら変えたいですか?
過去に戻っても変えたいと願いますか?
今、この時に生きる人達の全てを否定してまで変えたいと願いますか?
たとえそれが原罪を背負う行為だとしても変えたいと願いますか?

その力を与えられた時、あなたは変えたいと願う衝動に抗えますか?

ああ、これってSecond Revengeのラストとほんのちょっぴり関係があったりしますのでそのつもりで〜



火星極冠遺跡上空


『そうはさせん!』

どこからともなく声が聞こえる!
その声に振り向くと恐ろしい勢いで大蛇の首がアキセカンドに襲いかかってきた!

アキ「く!回避!」
アキト「ダメです!間に合いません!」

あまりにもあっと言う間に眼前に迫る大蛇の首!
だが、しかし!

ゴォォォォォォウ!

襲われる直前、大蛇の首に重力波が襲いかかった。

「え?」

大蛇が怯んだ隙に逃げるアキセカンド
しかし誰が彼らを助けたのだろう。
振り返るとそこには・・・

「東郷、これがお前の望んだ結末なのか?」
そこにはダイマジンがグラビティーブラストを放っていた。

「あなたは・・・月臣元一朗くん・・・」

そう、アキを助けに現れたのは月臣であった・・・



ある少女が見た夢


夢・・・

夢に見た・・・

こことは違うどこか・・・

お兄ちゃんからミカンを貰った後・・・

何事もなく日常は過ぎていく夢・・・

私は少女になり、あの人と幸せに暮らしていた・・・
けれど何かの歯車が狂った。

2207年新春、研究は行き詰まっていた。

「ダメだ!跳躍距離が短い!」
「仕方がありませんよ。計算精度が足りません。
 この近似式ではせいぜい数mの距離にしか対応できません」
「それじゃダメなんですよ!こんな距離では手品と何にも変わりません。
 いや、手品の方が安上がりですよ!」
「学問はすべからくそうでは?」
「ダメだ!ダメだ!数m動かす為に莫大なエネルギーと計算機が必要な技術など無意味だ!こんなものに価値はない!
 せめて人間を何百kmの彼方にまで運ばなければ・・・」
「でも生物のボソンジャンプは一度として成功していません。
 多分根本的な欠陥があるのでしょう」
「それは何だね、アイネス君!」
「さぁ、それは・・・」
「何かあるはずだ!何か!
 何か糸口が・・・」

最近山崎助教授は寝食も忘れるほど研究に熱中している。
けれど報われない研究もある。
例えばボソンジャンプと名付けた我々の研究もそうだ。

技術的な障壁はいくつもある。
エネルギーに関してはディストーションフィールドにCCと呼ばれる古代火星遺跡の産物を接触させることで発生可能になった。
けれどそこから先が上手く行かない。

フェルミオンをボソンに変換し、それを一旦先進波の過去へ向かう波動に乗せ、そこから遅延波にて送り返すという一連の動作までは上手く行った。
けれどそれをどれだけの時間、先進波に乗せるのか?という条件をコントロールするのが桁違いに難しいのだ。
非常に短い距離なら計算式もそれほど難しくない。
現代のスーパーコンピューターでも計算可能な範囲内だ。
けれど、所詮は近似式で求める計算だ。
距離が長くなればなるほど近似式と実際の計算式には乖離が発生する。
計算式は距離あるいは時間の10乗に比例する。
これは宇宙が10次元だからとも言われている。

ともかく、これは距離が長くなればなるほど無視できていた多項式が無視できなくなるということを表していた。そうなれば爆発的な計算量が発生する。
今の試算では、現在のコンピュータシステムでは計算不能と言われている。

そして何よりの欠点は生体では使用できないということであった。
なぜか理由はわからないけど、必ず生体は周りの環境と同化してしまい、生命を保つことが出来なくなってしまうのであった。
原因はさっぱり分からなかった。

現状ではたかが数mの移動のために相転移エンジン並の出力と希少なCC、それにスーパーコンピュータによる数日がかりの計算を必要とする。しかも無機物限定だ。
学術的には意味があるかもしれないが、ハッキリ言って無駄以外の何者でもない代物であるのは間違いなかった。

「先生、諦めましょう」
「いや、まだ何か、何かが・・・」

私としても残念だけどここまでだと思う。
何より私はもうすぐ卒業だ。残された時間はもう無い。
私も残念だと思うし、助教授を残して研究室を去るのも気が引けるけど、この研究を生涯の仕事にするつもりは毛頭無い。

私の夢はあの人とレストランを営んでいくことだから。
研究がこんな形で終わったのは残念だけど未練はなかった。
それに卒業すればあの人との結婚が待っている。
叶えたかった夢が叶うのだから。




けれど・・・



幸せは坂道を転がるように落ちていった。

変えたいと願う夢
けれど変えることは出来なかった
私とあの人は交わらない運命
そう運命付けられているの

どんなに歴史を変えようとしても・・・

それは時が止まって欲しいと願う夢
このまま醒めないでと願う夢・・・



火星極冠遺跡上空


月臣のダイマジンは東郷の前に立ちはだかった。

「腑抜けが今頃どうした。
 死に場所でも求めに来たか?」

嘲笑する東郷、けれど月臣はもう一度東郷に問い直した。

「東郷、これがお前の望んだ結末なのか?」
「なに?」
「これがお前の望んだ結末なのか?と聞いている」
「何を言うかと思えば・・・」
「怪物を呼び出し、全てを滅ぼし、それで新たなる秩序とやらが生み出されるのか」

『何を馬鹿なことを・・・』
そう言おうとした東郷の口が止まった。

本当に俺の望んでいることはこれで良いのか?

しかし、すぐに別の意識がその考えを否定する。

「もちろんだ。全てを滅ぼす」
「滅ぼして何をする?
 誰もいない世界の王になってそんなに楽しいのか?
 それが新たなる秩序なのか?」

『違う!誰もそんなことは望んでいない!』
そう心が叫ぶが、すぐに別の意識がその考えを否定する。

「そのとおりだ。
 時間には自己修復機能がある。
 ほんの些細な歴史の変更ではまるで傷口が塞がるように修復し、矛盾のつじつまを合わせてしまう。
 その力は思った以上に強力だ。
 同じ時間に二人のテンカワ・アキト、二人のアイネスが存在してもそれがあたかも最初からそうであったように許容し修復してしまった」

その言葉にアキもアキトも黙る。
確かにその言葉は事実だ。
アイちゃんが20年前にジャンプしてイネス・フレサンジュとして生きるなど好例ではないか。

「この修復機能を働かせないようにするにはどうすればいいか、わかるか?
 そう、どんなに自己修復機能があっても決定的な破壊の前には無力だ。
 ただのひっかき傷なら自然に治りもするが、切り取った腕は二度と生えない。
 それと同じように歴史を変えようとしても生半可なことでは修復される。
 本当に変えたいのなら・・・」

東郷・・・いやその姿を借りた者はニヤリと笑ってこう続けた。

「腐った手や足は切り捨てる。
 そして新しい手にすげ替える。
 そうしなければ歴史は変わらないのだよ」
「馬鹿な!」

アキは思わず叫ぶ。しかし東郷は続ける。

「もし、古代火星人がボソンジャンプを発明したというのなら、それは誤りだ。
 この世界には初めボソンジャンプは存在しなかった。
 なぜなら私が初めて生み出したからだ」
「!!!」
「そしてこの歴史を私は既に666回やり直している。
 だが、どうしても真実の歴史に戻らない。
 だから今度こそ完全にリセットするのだよ」
「何を!」
「全てを破壊する。
 これからの歴史を創造するために・・・」

その言葉を聞いた誰もが蒼然とした。
これより先の全ての歴史の抹消。
そうしなければこれより先の未来を変えられないと言う。
その為に全てを滅ぼすというのか!?

これは世迷い言ではない。
その力が彼にはある。
遺跡演算装置と八岐大蛇の力があれば・・・

「何を身勝手なことを言う!」
アキは激怒して言う。
しかし東郷・・・いや『始まりの人』は冷酷にこう言う。

「現に君は歴史を変えようとしたではないか。
 その君が私を非難するのかね?
 それは偽善ではないのか!」
「そ、それは・・・」
「君が変える未来と私の変える未来にどれほど差がある?
 君一人の都合で変える未来と私一人の都合で変える未来にどれほどの差がある?
 人にとっての幸せはどちらにあるかなどどのようにして推し量れる?
 例えば一人の少女にとって私の変える未来の方が幸せかもしれないのに・・・」

始まりの人はそう言う。
彼は語り始める。
最初の歴史を・・・



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第二十九話 時の記述<後編>



時の記述


それが真実か、本当にあったことかを知る者は誰もいない。
ただ、それが戻すべき歴史だと思っている者がいるということだけに意味があった。

「お願いだ!研究室に残ってくれ!」
「そう言われましても・・・」
「私には君が必要なんだ。君は僕の幸運の女神なんだ。
 君さえいれば研究は絶対成功するんだ!」
「でも、私、もう卒業ですし・・・」
「お願いだ!君となら夢を叶えられるんだ!」

あるいはそれはプロポーズと同じ意味だったのかもしれない。
あるいは彼にとって人生の全てだったのかもしれない。
共に研究していた蜜月が彼にそう思わせただけなのかもしれない。

けれど、彼女の答えは彼にとっては残酷な一言だった。

「ごめんなさい。私、婚約者がいるんです。
 彼、コックさんで、卒業したら彼と結婚してそのお店を手伝うんです」
「なに!研究はもうどうでもよいのか!?」
「残念ですけど、私にはそれが夢なんです。
 だから・・・」

そう言うと、彼女は走り去った。
残された男は呆然とした。
激しい喪失感、裏切られた思い、砕かれた夢
そんなものが綯い交ぜになった。



ある少女が見た夢


気づくと私はカプセルの中に入れられていた。
ガラスの外には教授の姿があった。
彼の顔は狂気に歪んでいた。

「これはどういうことですか!」
「大したことではない。二人だけの世界に行くのだよ」
「二人だけの世界って?」
「私達は遙かな過去に戻ってアダムとイブになるんだ」
「なにを馬鹿なことを!
 生体のボソンジャンプが不可能なことは教授が一番ご存じじゃないですか!」
「心配いらない。閃いたんだよ。
 今度こそ大丈夫さ。
 だって君は幸運の女神だ。
 きっと成功するよ」
「いや、お願い!止めて!
 家に帰して下さい!」
「君を帰したらあいつの胸に抱かれるのだろう?
 そして二度と私の手の届かないところに行ってしまう。
 だからあいつが追いかけて来れないところへ二人で行こう♪」
いやぁぁぁぁ

CCが光る。
風景が揺らぐ。

「アイちゃん!
 貴様!アイちゃんに何をした!!!」
あの人が研究室に飛び込み教授に殴りかかる。
でも装置はもう動き出した。
あの人の顔も歪む。

「アイちゃん!
 アイちゃん!
 アイちゃん!
 アイちゃん!」

ドンドンドン!

あの人はカプセルを叩くけど、もう装置は止まらない!
離れたくない、いつまでも一緒にいたいのに!

助けて!
お願い、助けて!
お願い・・・

お・・・ね・・・が・・・い・・・



Yナデシコ・医療室


「・・・きなさい」

誰かの声が聞こえる・・・
ここは夢の続き?
それとも天国?
黄泉の国か、それとも・・・

「起きなさい!イネス・フレサンジュ!」

ハッとして意識が覚醒する!

ここはどこ?
私は誰?

「わ、私は誰?」
「何を寝ぼけているの、フレサンジュ?」
振り向くとそこには止めようとしたユリカらを払いのけて仁王立ちするサリナ・キンジョウ・ウォンの姿があった。

「私は・・・イネス・フレサンジュなの?」
「寝ぼけているの?」
「夢を見ていたの・・・
 とっても幸せで・・・酷く悲しい夢・・・」
「・・・じっくり聞いてあげたいけど、こっちもせっぱ詰まっているの。
 ブリッジに来てちょうだい。
 アイちゃんを助けたいでしょ?」

彼女はそう言う。

そうか、あれはアイちゃんの夢だったのか・・・
こことは違う、どこか別の世界のアイちゃんが見た夢・・・
いや、夢ではない
有りえたかもしれない、別の世界・・・
ボソンジャンプなどこの世に存在しなかった世界のアイちゃんの記憶なのだろう・・・

「どうしたの?行くわよ」
「・・・」
「なに?泣いてるの?」
「何でもないわ・・・」

私はもう一人の少女を思い、少しだけ泣いた・・・



時の記述


それが真実か、本当にあったことかを知る者は誰もいない。
ただ、それが戻すべき歴史だと思っている者がいるということだけに意味があった。

その後、彼は職を失ったものの研究だけは続ける事が出来た。
優秀だったからであろうか?
人体実験を行ったという世間の批判も時の忘却がそれを押し流していた。
けれどボソンジャンプという技術を一個人が現代の技術で解き明かそうという行為はあまりにも無謀であった。

人の半生・・・それほどの代価を費やしても解明されなかった。

「時間が足りない!時間が・・・」

しかし彼は既に老いすぎていた。
全てを忘れて別の人生を送る事すら遅すぎた。
だから彼は前に進むしかなかった。
失った彼女を取り戻す為に・・・

そして彼はある一つの方法で自分の命を長らえさせる事を思いついた。
他人への心のアップロード
自らのシナプシス結合を記録し、他人に移し替えるのだ。
そうすれば心は別の肉体で生き続けることが出来る。
それは肉体からの心の解放でもあった。

彼はそれを使って人々の心を渡り歩くことになる。

そして彼は歴史の果てまで生き続けた。
ボソンジャンプの全てを解き明かすために、
過去へ戻る方法を見つけるために・・・



火星極冠遺跡上空


「しかし見つけたときは何もかも手遅れだった。
 世界は滅び、その理論を実践するテクノロジーを作り上げるだけの技術も失われていた。
 赤色巨星と化した太陽を眺めながら、生体をボソンジャンプさせることは潰えたかに思えた。
 しかし私は思い直した。
 生体でなければ、メモリーだけなら過去に送れるのではないかと!」

その言葉に誰もが息を呑む。
そう、人のシナプシスを、心をデジタル化出来るのなら、それを記録することもまた可能ではないのか?

そしてそれを記録した媒体だけなら過去に送れる。

「だから私は自らの心を過去に跳ばした。
 私の見つけた理論を実現できる文明、すなわち古代火星文明のある遙か太古に!」

そして古代火星人はその記憶チップを見つけた。
何も知らずに彼らはその記録チップを触った。
それは彼らが使っていたナノマシーンを通じて人の脳にダウンロードされた。
彼が歴史の終わりに至るまで古代火星人を研究し続け、見つけた技術の一つだった。

「私は持てる技術の全てを彼らに与えた。
 瞬く間に彼らはボソンジャンプとそれにまつわる技術を完成させたよ。
 だから人は私を『始まりの人』と呼ぶ」
「馬鹿な・・・」
「このテクノロジーを見てもまだそうと言い切れるかね?」

疑えるはずがない。
八岐大蛇は火星にとどろくばかりの咆哮をあげる。
その光景を生み出したのは間違いなく彼なのだから・・・



遠くのユーチャリス


彼の正体を見て奥さん'sは疑問を口にしていた。

Actress「結局、『始まりの人』の正体って何なんですか?」
Secetary「だから、ヤマサキ博士じゃないの?」
Actress「ならこの時代のヤマサキを殺せば彼も消えちゃうとか」
Secetary「そうだと楽なんだけど」
Blue Fairy「アレはそんな単純なモノじゃありませんよ」
Actress「どういうこと?」
Snow White「残留思念・・・だよね」

本質を言い当てたのはSnow Whiteであった。その考えにBlue Fairyも頷いた。

Blue Fairy「そう言い換えても良いかもしれません。
 人の心を渡り歩き、気が遠くなるほど長い時間を暮らした彼はヤマサキ・ヨシオという人格をコアにしただけの、もう別の存在です。
 ただひたすら知識を吸収し続け、歴史を記録し続けるだけの存在・・・」
Secretary「別の存在って・・・」
Pink Fairy「自縛霊、しかもすごいはた迷惑な」

彼女の表現は言い得て妙だ。
けれど同時に倒すのも難しい。

Snow White「やっぱり彼を東郷さんから引き剥がさないとダメかな?」
Blue Fairy「そうですね。そうしなければ私達も手出しできません」

彼女達は祈る。自分達はまだ手出しできない。
この時代にいる人達が彼の呪縛から解き放たれて彼を倒す以外にないのだ。



火星極冠遺跡上空


『始まりの人』の語る真実に誰もが信じられない気持ちになる。
アキは思わず叫ぶ。

「嘘だ!」
「嘘ではない。その証拠に彼女は私に手を貸してくれている。
 この世界ではどうやってもテンカワ・アキトと結ばれぬ定めだ。
 彼女はやがて20年前の火星に戻ってしまう。
 これは変えがたい事実だ。
 その証拠にこれだけの事象が発生しても二人のアイネスが存在する。
 つまりこの歴史の軸線上にいる限り彼女に幸福は訪れないのだ。
 だからこそ彼女は・・・彼女の心を写す大蛇たちはお前達を拒む」

その考え方は誤りだろうか?

オォォォォォォン

だが、今のアキ達には大蛇の咆哮が悲しい叫びのように聞こえてならない。

「ではこの世界を滅ぼしてどうするつもりだ、東郷?」

みんなが黙り込む中、月臣が尋ねる。『始まりの人』にではなく、彼の憑代である『東郷和正』に向かって。

「滅ぼし、誰もいなくなった世界でその大蛇と共にふたりっきりで暮らすのがお前の新たなる秩序だったのか?」
「まだわかっていないようだな。
 この先の未来が無くなれば歴史改変の呪縛から解き放たれる。
 そしてアイネスは20年前の過去に転送される。
 つまり20年前の過去から再びやり直す。
 今度こそ我らの望む世界に作り替えるために」
「お前になど聞いていない!」
「なに?」
「俺は東郷に聞いている。
 これがお前の望んでいた新たなる秩序だというのか?」

月臣はもう一度聞いた。『始まりの人』へではなく『東郷和正』へである。

「馬鹿馬鹿しい、何を言い出すかと思えば・・・」
「東郷!貴様の望みは本当にその先にあるのか!
 たとえ志は違っても、木連のため、己自身の正義のために戦っていると思っていた!
 けれど今のお前はただ操られた傀儡も同然!」
「心配しなくても良い。
 新たなる秩序とやらもついでに叶えてやろう」
「お前に聞いているのではない!」

彼の言葉にかまわず月臣はもう一度聞く。
本当に語りかけるべき相手へ。
一瞬『始まりの人』の・・・いや東郷の顔がこわばったのは気のせいだろうか?

「それが本当に東郷、貴様自身の望みなのか!
 もしそうだというのなら九十九に代わって、いや木連のみんなに代わって貴様の性根を叩き直す!」

それが月臣の考え抜いた結論だった。
彼に操られたからこそ、
『始まりの人』という存在に操られたからこそ、
東郷もまた操られたのではないのか?という考えに至った。
いや、彼だけではない。
草壁も北辰も、それどころかこの時代の人全てが操られていたのではないのか?
自分たちに都合の良い未来を夢想させられ、そうなるようにし向けられたのではないのか?

でも、それは本当に自分たちの望んだことだったのか?

失意の底で考え抜いたからこそそう思う。
本当に九十九を憎いと思ったのか?
本当に九十九を妬ましい思ったのか?
本当に九十九を殺したいと思ったのか?

そういう気持ちがなかったとは言わないが、それと同じだけ白鳥九十九という男は自分にとってかけがえのない存在だった。
そうでなければあんなに失意のどん底に落ちたりはしなかった。

本当に自分が望んだことがわかったからこそ、ねじ曲げられた世界の姿がわかったのだ。

もう一度言う!本当にこれが貴様の望んだ世界か!

その声は全ての人の心に響きわたった。



木連戦艦・きさらぎ


「これが本当に望んだ世界か?・・・か」
北辰はうなだれる草壁を見てその疑問を呟かざるをえなかった・・・



Yナデシコ・ブリッジ


サリナとウリバタケ達が急いで作業をしていた。
本格的な戦闘になる前に作業を済ませなければいけない。

そう、イネスを通じて八岐大蛇に取り込まれたアイちゃんにハッキングするためである。
かつて記憶麻雀でコミュニケを通じて人々の意識を繋げるという事態が起きたが、今度はあれをイネスとアイちゃんの間で行おうというのである。
イネスもアイちゃんもボソンジャンプが可能だ。
ならば古代火星遺跡が散布したナノマシーンが二人の体に蓄積されてるはずだ。
何より先ほどまでイネスはアイちゃんの夢を垣間見ていたという。
装置さえあればルリ達には造作もないだろう。

とはいえ、イネスは浮かない顔をしていた。

ユリカ「イネスさん、やっぱり嫌ですか?」
イネス「そうじゃないのよ。でもね・・・」
ユリカ「でも?」
イネス「本当に変わるというのなら、アイちゃんの幸せに暮らした歴史の方が良いようにも思えてね・・・」
ユリカ「それは・・・」

確かにそう言われればそうだ。

ボソンジャンプを争うこともない
木連と地球の戦争もアステロイドベルトの小規模な戦闘で終わった。
より木連側が従属的な条件ではあるが概ね穏やかな平和が訪れていた。
何よりアイちゃんはアキトの伴侶として共に歩くことが出来た。
代わりにユリカやルリ達はアキトと出会うことのない世界だ。

ユリカ達も気が引けていた。
アイちゃんを助けるということは同時にアイちゃんの幸せを奪うことになりかねない。
単に自分たちの行為はアキトと共に暮らせる世界をアイちゃんから取り上げて自分たちのものにする利己的なものではないか?と思ってしまうのだった・・・



火星極冠遺跡上空


「そうだ!私はこの世界を666回やり直した。
 けれどそのたびに彼女は20年前の世界に戻り、テンカワ・アキトと結ばれぬ運命をたどった。一度として彼女は運命の呪縛から解放されなかったのだよ。
 だからこそ変えるのだよ!
 真実の歴史に!」

『始まりの人』はそう叫ぶ。
決して彼女が幸せになれないというのなら、根底から変えなければならない。
それが彼の出した結論だった。

それを誰が批判できるだろうか?



Yナデシコ・ブリッジ


イネスには『始まりの人』の台詞が一つ一つ胸に刺さる。
本当にこのままの歴史を進むことが正しいことなのか?
幸せに繋がることなのか?

どうしてもそう考えてしまう。
その考えを誰も簡単には否定できなかった。
けれど・・・

「お主は本当にそれで幸せなのかのぉ」
「フクベ提督」

しかしそれを諭したのはフクベであった

「お主は自分が諦められる理由が欲しいだけじゃ。
 本当はわかっておる。アイちゃんがそんなことを望んではいないことを。
 あの悲しげな咆哮を聞けばわかるじゃろ?」
「・・・」
「お主はもう既に選んでおる。
 ただ諦める理由が、心が納得する理由が欲しいだけじゃ。
 そうしなければ後悔で心が張り裂ける」
「そうです。でもどうすれば・・・」

イネスは頭を振る。
誰もそんな辛い心境に声をかけられない。
それでもフクベはこう言う。

「お主は強い子じゃろ?
 いつかお兄ちゃんのことを思い出すのじゃろ?」
「私は・・・」

わかっていた、本当は。
ただ、誰かに諦めろと言って欲しかっただけだ。
自分では諦めきれないから・・・

あの人も、諦めろと言う人がいなかっただけなのだ。
その結果がこれだ。

だからこそ・・・

「わかりました。アイちゃんを救います」

こうして八岐大蛇への心の侵入が始まった。
そこに唯一の希望を見いだすために・・・



火星極冠遺跡上空


ユリカ『というわけでアキトはアイちゃんをお願い!』
アキト「お願いって言われても・・・」
アキ「要はアキト君をアイちゃんの所まで連れていけばいいのね?」
ユリカ『そうです、お願いします!』
イネス『アイちゃんを・・・お願い』
アキト「わかりました!」

アイちゃんを救いに行くといっても、本人は敵の頭の上だ。
簡単に行かせてくれるとは思えないが、そうしなければ勝ち目がない。
何よりイネスさんにもお願いされたし、アイちゃんを救いたい。

そして・・・

アキ「大丈夫。あなたは私が送り届けてあげるから♪」
アキト「アキさん」

彼女はウインクする。
そう考えれば二人で一緒にアキセカンドに乗っている意味も何かあるのだろう。

アキ「よし、行くわよ!」
アキト「はい!」
東郷「させぬ!」

大蛇の中心に飛び込もうとするアキセカンドだが、当然大蛇はそれを阻止しようとする!

ウギャギャギャギャ!

バシュゥゥウウウウウ!
バシュゥゥウウウウウ!
バシュゥゥウウウウウ!
バシュゥゥウウウウウ!
バシュゥゥウウウウウ!

拒絶するような咆哮が襲いかかってくる!
あまりの激しさに近づこうにも近づけない。

アキト「アイちゃん、止めるんだ!」
アキ「イネスさん!アイちゃんを説得して!」

大蛇は彼らを拒絶していた。
醒めないでと願う夢だからこそ、
そこから目覚めたくなかった。
目覚めれば待っているのは残酷な現実だから・・・



Yナデシコ・ブリッジ


こちらでは大蛇へのハッキングが行われようとしていた。
イネスとアイちゃんが同一人物ということを利用してである。

ユリカ「ルリちゃん、侵入出来そう?」
ルリ「ええ、問題ないですよ。
 でも・・・」
ユリカ「でも?」
ルリ「いえ、何でもないです」

ルリはちょっとだけ不満であった。
彼女はそっと一枚のコンソールでチャットをする。

ルリ『オモイカネ』
オモイカネ『何ですか?ルリさん』
ルリ『あなた、私達を鍛えたのって、地球のハッキングは単なるおまけで、実はこれをやらせたかったからでしょう』
オモイカネ『何のことでしょう?』
ルリ『しらばっくれて』

今にして思えば過剰と思えるハッキング技術をルリとラピスに教え込んだのも、今この時の為のような気がする。でなければ人のナノマシーンを介してあんな化け物にハッキングする手法などすぐには思いつかない。
事前に仕組まれていたとすれば納得も行くが・・・代理戦争をやらされているようでいささか気分が悪かった。

オモイカネ『まぁ予行演習にはちょうど良いでしょう』
ルリ『予行演習?なんのですか?』
オモイカネ『とりあえずは目の前の問題を片づけましょう』

オモイカネは少しだけ意地悪そうに微笑んだ(?)

ラピス「伝送経路確保、いつでも行ける」
ユリカ「ルリちゃん?」
ルリ「はい、準備OKです!」

オモイカネの真意はわからないが、言う通り目の前の敵を倒さなければならない。
ルリは気持ちを切り替える。

サリナ「こっちも準備OKよ」
ウリバタケ「イネスさん、大丈夫か?」
イネス「ええ」
ユリカ「では作戦を開始します」

大蛇への侵入が始まった。

『お願い、アイちゃん、目を覚まして!』
イネスは願った。
目覚めることを拒絶するが故に悲しみの声を挙げるアイちゃんに伝えるために・・・



火星極冠遺跡上空


心の侵入が開始されてから大蛇はさらに悲しげな咆哮をあげた。
それは現実を直視したくない者が悶えているようでもあった。
あまりにもめったやたらに暴れるので迂闊に近づくのも危ない状態であった。

「惑わされるな。君は私と未来を変えるのだ。
 君の夢は必ず叶う。
 だからこんなガラクタな世界は破壊しよう」
「ふざけるな!人の心につけ込んで!」

東郷の言葉に怒りを露わにするアキ

東郷「歴史を変えようとする行為はそれほど罪かね?」
アキ「全てを滅ぼしてまで叶える夢か!」
東郷「それは詭弁だ。君だって変えようとした!
 私だって変える。何が違うんだ?」
アキ「違うさ!歴史は人が作り出すモノだ。
 そこに住む全ての人達が選んだ結果だ!」
東郷「選ぶ?何を選んでいる。何も選んでいない。
 無自覚に与えられた状況を受け入れるだけだ」
アキ「違う!誰もが幸せになりたいと願う。そして行動している。
 その積み重ねが歴史だ!」
東郷「だから与えられた幸福を甘受すればいい。
 誰も悲しまなくて済む」
アキ「お前が人の幸せを決めるな!」
東郷「決められるさ。私はこの歴史軸を666回も見てきた。
 古代火星人とボソンジャンプを完成させたとき、初めてこの時代にやってきた。
 ようやく歴史を変えられる、そう思っていた。
 けれど私は愕然とした。
 歴史は全く予期しない流れになっていた!」

東郷・・・いや『始まりの人』が見てきた歴史・・・

古代火星人がボソンジャンプの技術を生み出し、そして後世に残した。
彼は早速西暦2207年に向かう。

けれどそこにはかつての自分はいなかった。
そしてアイネス自身も
歴史は変わっていた。
木連はチューリップを手に入れ、それを使って地球へ無人兵器を無尽蔵に送り込めるようになっていたのだ。
その為に戦争は激化
火星も戦場になり、結果テンカワ・アキトのボソンジャンプに巻き込まれたアイネス・フランチェスカは20年前の火星に飛ばされた。そして彼女は記憶を失いイネス・フレサンジュとしての人生を送ることとなった。
片やヤマサキ・ヨシオは火星の後継者で研究する道を選ぶ。
もちろん、イネスという人物と出会うこともなかった。

二人が交わることは永遠になかった・・・

「何度変えようとしても変わらない!
 いくら歴史に介入してもアイネスが20年前の過去に飛ぶ事象を変えられなかった。
 私は思った。
 666回もの人の歴史を全て記録し、その確率分布を求め、得た結果だ。
 この時間軸では決して変わらないと!」

それは決して避けられない歴史の流れなのかもしれない。

「だから私は元を絶つことにした!
 古代火星文明を滅ぼそうと!
 残念だがそれは失敗に終わったが・・・
 けれど今夢幻城は封印され、封印の天使も眠っている!
 私に敵うモノなどいない!
 この世界で私は私の思うとおりに歴史を変える!
 なぜなら私にはそれだけの力と権利がある!
 この歴史を、愚かな歴史を記録してきた者として、正しき道に導くために!!!」

『始まりの人』はそう厳かに宣言する。

「だから貴様らはここで滅ぼす!
 アイネス、私に力を貸しておくれ」

『始まりの人』の言葉に大蛇は咆哮をあげる!
その咆哮はアキセカンドに集まった!

アキ「く!」

バァァァァァァァァァァ!!!!!!!

だが、割って入ったのは月臣のダイマジンだった!

アキ「月臣君・・・」
月臣「ナナコさん」
アキ「ナナコさんじゃない!」
月臣「アキさんは俺が守ります!それが九十九へのせめてもの報い」
アキ「でも・・・」
月臣「心配入りません。俺は死にません。
 あなたを愛しているから」
アキ「いや、昔のドラマのマネをされても・・・」
月臣「冗談です。心配いりません。
 東郷の曲がった根性に一発活を入れるまで死にません。
 あんな化け物に縋るほど腐った性根を叩き直すまでは」
アキ「・・・うん、わかった」

アキセカンドは月臣の援護を受けてアイちゃんの彫像がある大蛇の首に突入した。



ある少女が見た夢


夢・・・

夢だとわかる夢・・・

残念だけど夢だとわかる夢・・・

私は何度も夢想する。
あの人の為に選んだウェディングドレスを着る
あの人は腕のいいコックさんで、私はウェイトレスをする
私が料理のためにと思って発明しても、いつも失敗ばっかり
けれどあの人は笑って許してくれる

小さいけど評判のお店

もうすぐ叶うと思っていた
愛する人と二人で暮らす夢
そんな当たり前の夢・・・

けれどそれは脆くも崩れ去る
私はどこかに飛ばされる
二度とあの人の元には戻って来れない。

そんなことはわかっている

けれどもう一つの歴史を選んだら私はあの人とは交わらない運命
あの人にはもう既に好きな人がいた。
私はただの傍観者
他人に興味がない、ここが本当の居場所じゃないと思いつつも誰にも興味が持てない女性になるの

わかっている、夢と思っているこの世界を守ってもあの人とは結ばれないって。
でも目覚めてしまえば夢さえみれない。
この夢の世界では可能性がないと諦めなくても良い

醒めないでと願う夢をいつまでも見ていられる

いつまでも夢の中で微睡んでいられる・・・

だから私を起こさないで!
お願い!

『アイちゃん、起きなさい』

あ、誰かの声がする・・・
懐かしい・・・
ママのような声・・・



火星極冠遺跡上空


現実の世界では大蛇達とアキ達が必死になって戦っていた!

アカツキ「ってことは、つまりアレだろ。
 何百万年もかけた盛大な横恋慕ってやつだよねぇ?」
ヒカル「そうだよねぇ」
リョーコ「なら、人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえってか!」
ヒカル「馬その1ひひ〜ん♪」
イズミ「その2のひひ〜ん♪」
アカツキ「いや、蹴るのもかなり命がけなんですけど・・・」
リョーコ「ロン毛!弱気になるな!
 んなストーカー野郎にゃとことん嫌がらせをしてやるんだよ!」

リョーコ達はアキ達を前に進ませるために可能な限り別の大蛇の首の注意を引きつけようとしていた。

秋山「自らの運命も切り開けぬような輩が歴史を変えただけで惚れた女に好いてもらえると考えるなど百年早いわ!」
アララギ「憧れは憧れのままの方が良いこともある。
 影ながら応援するという美徳もある。
 本当の男なら愛する女の幸せを願うものだぞ!」
三郎太「さすが、アララギ艦長!」
アララギ「俺の様な生き方もあるのだ。
 私設ファン倶楽部として影ながら二人の妖精を応援するという・・・」
秋山「お前の趣味に口を挟むつもりはないが・・・人としての道は誤るな?」
アララギ「心配いらん。ハハハ」
三郎太「いや、爽やかに笑われても(汗)」

どこまで本気かわからないが、その妖精達のムッとした顔が余りにも鮮やかに思い浮かぶ秋山達であった。
とはいえ、彼らもゲキガンタイプを操ってグラビティーブラストを代わる代わる撃ち放った。
彼らも一匹でも多くの大蛇の首を引きつけるつもりである。

1号「正しいだって?
 正しい歴史ってなんだよ!
 そんなもの正しくもなんともないぜ!」
2号「そうだ!そんなものはただの独りよがりだ!」
イツキ「そうです!何百万年も生きて頭が呆けたんじゃないですか!」
1号「そうだ!正義とは熱血だ!
 このハートの奥底から沸き上がるパッションだ!
 全身全霊で感じる情熱だ!」
イツキ「・・・隊長、つまりどういう意味ですか?」
1号「俺様のハートにビンビン来ない正義など認めん!」
イツキ「え、えっと・・・」
2号「正義とは人の数だけある。
 確かに人は自分の信じるモノを貫こうとして正義という言葉の元に自分を誤魔化す。
 信じるモノが違うからこそ正義も人の心の数だけ存在するのかもしれない。
 だが、誰の胸にも響く正義はきっとあるはずだ!」
イツキ「ハッ!そういうことですか!」
2号「そうだ!
 逃げ出したくなることもある。
 身が竦むこともある。
 けれど助けたいと思う気持ちが沸き上がる、
 不条理に憤る、
 貫き通したいと沸き上がる信念、
 どこかにあるはずだ、そんなモノを呼び覚ます正義が、
 当たり前の愛する者の幸せを願う、そんな場所を作りたいと願う正義が!
 誰の心をも熱く燃え上がらせる正義が!
 貴様の正義は断じてそんなモノではない!」
1号「よく言った2号!実は俺もそう言おうとしてたんだ!」
イツキ「素晴らしいですわ、隊長♪」

いや、1号のは絶対口から出任せだろうと思いつつもゴッドゲキガンガーは戦場を熱く駆け回っていた。

1号「お前達!技の出し惜しみはなしだ!
 思いっきり行くぜぇ!」
2号&イツキ「おぅ!!!」
1号「必殺!熱血忍法火の鳥!」
2号「ちょっとそれはまずいだろう」
1号「なぜだ?」
イツキ「それはあまりにもパクリすぎです」
1号「ならば熱血忍法ファイアバード!!!」
2号「だから、単に日本語を英語に直しただけだって・・・」
イツキ「ここはエレガントにイツキ・メテオストライクっていうのはどうですか?」
1号「お竜、お前こっそり技に自分の名前を入れてないか?」
イツキ「いえ、そんなことは(しれっ)」
2号「ここは無難にスーパーゲキガンフレア!!!」

ドバババババババ!!!

虹のような閃光が戦場を駆けめぐり、大蛇の胴体に次々と風穴を空けていった。
けれどこれもただの時間稼ぎ。
開いた穴はすぐに修復されてしまう。
だが、敵の注意を引きつけ彼らを先に行かせる手助けは出来る。



そして・・・


「テンカワ!囚われのお姫様を救い出せ!」
ゲキガンライダー1号は、いや他のみんなも叫ぶ。

アキ「アキト君、みんなのくれたチャンス、無駄にはしないわよ!」
アキト「はい!」
アキセカンドはみんなの加護を得て大蛇の本体、アイちゃんの彫像がある首に向かって突進した。

ビシュンビシュン!

ビシュンビシュン!

ビシュンビシュン!

ビシュンビシュン!

近づくアキセカンドに触手が襲いかかるがそれらをギリギリでかわす。

アキト「アキさん!」
アキ「こなくそ!」

しかし中にはかわせないものもある。

「あなたは俺が守ります!」

ゴォォォォォ
グラビティーブラストの掃射
それを助けたのは月臣のダイマジンであった。

しかし・・・

東郷「役割の終わった道化に用はない!」
月臣「しまった!」
ダイマジンの足に触手が絡みつく。

アキ「月臣君!」
月臣「アキさん!俺にかまわず前へ進んで下さい!」
アキ「わかった、死んだらダメよ!」

けれど彼らは突進のスピードを弱めない。
それに呼応するように触手がアキセカンドを襲う!

ビシュンビシュン!

ビシュンビシュン!

アキ「サポートしなさい、アキト君」
アキト「はい!」

二人の息もピッタリ合ったのか、アキセカンドは驚異の回避を見せる!
しかしあまりに多くの触手はその回避能力を明らかに超えていた。
アイちゃんの彫像までもう数百メートルのところでからめ取られてしまった!

ガク!

「く!!!」
たちまち触手に取り囲まれようとするアキセカンド!
その時、月臣は思わず叫んだ。

「東郷、これが貴様の望んだ結末か!」

その瞬間、触手の動きが一瞬止まった。

「何を馬鹿な・・・」
そう言おうとして『始まりの人』の手が止まった。

『これは俺の望んだ結末じゃない・・・』

何かが心の中でそう呟くのを『始まりの人』は必死にねじ伏せた。

けれど運命はその一瞬を逃さなかった。

スバァァァァァァァァ

何者かがアキセカンドの足に絡みついていた触手を切り裂いた。
慌てて助けてくれた相手を見る。
そこにいたのは・・・

「北・・・辰?」
「こんなところでぼやぼやするな。
 それでも我が将来の伴侶か」

アキセカンドを助けてくれたのは北辰が操る不知火であった。



ある少女が見た夢


クスン・・・
クスン・・・

暗闇の中、私は一人膝を抱えて泣いていた。

「アイちゃん、探したわ」

誰かが声をかけてくる

「どうして泣いているの?」

だって、パパもママもいないの
お兄ちゃんもいないもの

「お兄ちゃんはいるでしょ?」

いないもん。どこにもいないもん!

「ほら聞こえてこない?お兄ちゃんがあなたを呼ぶ声が」

『アイちゃん!アイちゃん!』

聞こえてくる。でも目を開けられない。

「どうして?」

開けたら夢から醒めてしまう。
それが恐いの

「どうして?」

夢から覚めたらあの人のお嫁さんじゃなくなる。
あの人は別の人のもの
私はその他大勢の一人になってしまうの

でもここなら夢を見ていられる。
私が物語のヒロインで、あの人といつまでも幸せに暮らす夢を・・・

「でもそれは偽りの夢かもしれない。
 その夢は貴女が望むものにはならないかもしれない」

それでも夢は見ていられる。
結ばれないと絶望しなくて良いもん!

「夢は実現させるもの。
 見せてもらう夢は所詮誰かの夢で貴女の夢じゃないわ」

どこが違うの?叶えば同じじゃない

「同じじゃないわ。だってそこには貴女がいないもの」

振り向くと、そこには誰もいなかった。
ただヤマサキ助教授だけしかいなかった。

「貴女が紡ぐ言葉も、貴女が見る景色も、全てあなたの意志じゃないわ。
 欲しいと思う光景すら貴女が何もしなくても見せてくれるわ。
 だからこそ、そこに貴女は存在しなくても良い。
 貴女に似た何かでもかまわないわ」

けど・・・けど・・・

「夢には『めでたしめでたし』のその先がない。
 貴女の夢は『アキトさんと幸せに暮らしました』まで。その先はないのよ。
 それでも良いの?」

なら、おばちゃんは後悔しないの?
あの人・・・お兄ちゃんと結ばれない定めになっても?
決して変わらない運命になったとしても?

「おばちゃんは酷いなぁ。
 でも・・・後悔か・・・辛いと感じることはあるかな?」

ほらご覧なさい!

「けれど、これから先の未来はわからない。
 たとえ変わらないとしても努力することに意味がないとは思えないわ」

たとえ自己満足だとしても?

「そうね。自己満足かもしれないけど・・・
 退屈だけはしないかもしれない。
 何よりも私は必要とされているかもしれないから」

必要とされている?
誰に?

「ほら、耳を澄ませてご覧なさい。
 貴女のお兄ちゃんの声が聞こえるはずだから」

『アイちゃん!アイちゃん!』

あ・・・聞こえる・・・私を呼ぶ声が・・・

でも恐いの
目覚めるのが・・・
夢から目覚めたらきっと忘れてしまう。
夢で見たことは忘れてしまう
お兄ちゃんのあの声すらも忘れてしまいそうで恐い・・・

「貴女は強い子のはずでしょ?
 大丈夫、きっと覚えているわよ。
 あの人の声も温もりも!
 だから勇気を出して目を開けるの!」

おばちゃん、ママみたい
ママの匂いがする
ありがとう、おばちゃん・・・



火星極冠遺跡上空


誰もが予想しない助力に驚いた。
それはもっとも考えられなかった者だったからだ
そう、北辰の不知火が加勢したのだ。
アキなどは『仲間割れ?』と思ったぐらいだ。

東郷「北辰、貴様裏切る気か!」
北辰「裏切る?裏切ったのは貴様だろう!
 我は新たなる秩序の為に手を貸したのだ。
 貴様一人に都合の良い世界の為ではない!」

何かが変わり始めている、誰もがそう思った。
そして変化はそれだけではなかった。

グギャギャギャギャギャ!

大蛇の首の一つが突然苦しみ出して攻撃を止めた。

ヒカル「あれ?大蛇の様子がおかしいよ」
イズミ「苦しんでる?」
リョーコ「まさか・・・でもあれ、確か飲み込まれた奴らだ・・・」

よく見るとその大蛇の首は以前地球の艦隊を丸飲みした大蛇の首であった。
体の表面から飛び出している彫像・・・シャロンや艦の乗員達の顔が苦悶で歪んでいた。

ヒカル「なんか、悲しそうな顔・・・」
リョーコ「気持ちはわかるぜ・・・やっぱ拒絶したいよなぁ」

彫像と化した彼女達の顔は『始まりの人』がいう歴史を拒絶するかのようであった。

東郷「貴様らまで私を拒絶するのか!」
アキ「当たり前よ!お前一人に都合の良い歴史など、誰が受け入れるというのか!」

『始まりの人』は屈辱の表情を滲ませる。
次々と人々が彼のコントロールから外れていった。
最初はたった一人だったのに、最後には北辰まで・・・
まるでこの世界の人々全てにNoを突きつけられた様なものである。

イネス『アキト君、アイちゃんに呼びかけて!
 アイちゃんを目覚めさせて!』
アキト「はい!」
アキ「行くわよ!」

イネスがサインを送ってきた。
今がチャンスだ!
アキセカンドはアイちゃんと東郷のいる大蛇の頭に突入した!

アキ「うおぉぉぉぉ!」
アキト「アイちゃん!起きるんだ!」
東郷「させるか!」
月臣「邪魔はさせん!」

大蛇の触手がアキセカンドを襲う!
しかしそれを併走していた月臣のダイマジンが防いだ。

月臣「東郷!これが貴様の望む未来か!」
彼の叫びに一瞬怯む触手!

東郷「わ、私の望む未来じゃな・・・うるさい!小賢しい!!!

東郷は迷いを振りきるように月臣のダイマジンを触手を嗾けた!

シュルルルルル!

月臣「しまった!」
東郷「死ね!」
たちまち胴体に触手が絡みつき、ものすごい勢いで締め上げた!

アキ「月臣君!」
月臣「先へ進め!」

月臣の言葉を聞いたからこそ、アキは前へ進むことを止めなかった。
けれど・・・

ドォォォン!

その直後爆発音が聞こえ、ダイマジンの首だけが吹き飛ばされた光景が側面のモニターに映し出された。

「く!」
けれどアキ達には泣いている暇などなかった。

「アキト君、行くわよ!」
「ええ!
 アイちゃん!目を覚ますんだ!」

アキセカンドは目前まで近づく!
あともうちょっと、アキセカンドが腕の手を伸ばせば届くところまで近づいた。
アイちゃんを助けられる!
そう思った瞬間である。

ガクン!

触れそうなところで突如引き戻される衝撃がアキセカンドを襲った。

「く!なに!?」
「アキさん、足に触手が!」

フルスロットルでエンジンを吹かしているのに、足に絡まった触手が徐々にアキセカンドを後ろに引きずっているのだ。

「チェックメイトだ。もう誰も来ないぞ?」

東郷は妖しく笑う。

北辰「く!不覚!」
1号「クソ!放しやがれ」
リョーコ「何しやがる!」
秋山「こんな大事な時に!」

北辰の不知火も、ゲキガンガーもアカツキやリョーコらのエステバリスも、秋山達のゲキガンタイプもみんな触手にからめ取られていた!

「もう奇跡は起きない!」

東郷は愉快そうに笑う。
けれど彼らは諦めなかった。

「アキト君!」
「はい!」
アキはコックピットのハッチを開けた。
突風で煽られそうになるけど、アキトは弾かれるようにコックピットの外に出ようとした。アキセカンドの右手はまっすぐアイちゃんの彫像の顔先まで伸びている。
腕を伝ってアイちゃんのところまで行こうというのだ。

「アイちゃん!待ってろ、今行く!」
アキセカンドの腕にしがみつきながらアイちゃんの元に向かうアキト

「往生際が悪い!」
東郷は生身のアキトに触手を嗾けようとする!

しかし!!!

東郷!貴様の性根は俺が叩き直すと言っただろう!

吹き飛んだダイマジンの頭
そこから飛び降りた月臣が東郷の頭上に襲いかかった。

グワシィィィィィ!

月臣の拳が東郷の頬に炸裂した。

「くそ!貴様何をす・・・これは俺の望んだ未来ではない・・・し、シンクロが解ける!!!」

精神だけの存在である『始まりの人』とその憑代である東郷和正の精神の同調が崩れかかっているのだ。
アキト達にはその事はわからなかったが、この好機を逃す理由はない。
その隙にアキトはアイちゃんに駆け寄った。

アイちゃん!

アキトは彫像の頬をさわりあらん限りの声で叫んだ。

それが通じたのか・・・

静かに開く彫像のまぶた・・・その中にある白銀の瞳にアキトの顔が写ったその時!

「お兄ちゃん・・・」

動くはずのない口が静かに動いた。
彫像から漏れる声、
続いてまるで殻でも破れるかのように表面がひび割れた。
パリパリと白銀の膜は剥がれ落ち、
中から生身のアイちゃんが現れた。

「お兄ちゃん♪」

腕を広がるアキト
その腕の中に飛び込むアイちゃん

「お兄ちゃん、やっと逢えた♪」
「アイちゃん!」

大蛇の呪縛から解き放たれたアイちゃんはアキトの胸に抱かれるのであった。



ポストスプリクト


ということで黒プリ二十九話をお届けしました。

長かった・・・というか、濃い内容(笑)
アクションは難しいねぇ

さて、彼の正体がヤマサキっていうのは自分でもどうしようかずっと悩んでたんですけどね。人によっては退かれそうで(苦笑)
入れようかどうしようかずっと悩んでいたんですけど、考えれば考えるほどそのアイディアに引きずられて行っちゃいました。

それに併せてイネスさんとアイちゃんのエピソードが膨れあがっていって、最終的にはこんな感じになりました。最初から計画立てて書いていれば伏線も張ったんですけど、ちょっぴり唐突に思えたならごめんなさい。

黒プリのストーリーがラストまで固まったのが11話ぐらいからだったんですよぉ〜

というわけで最初の方の雰囲気が好きだった人には申し訳ないですけど、
黒プリという物語の性格は一貫しているんですよ、実は。

アキがアキトを導く
そして同時にアキも昔の自分を克服していく・・・
その物語だと思っています。
何となくそんな事が書けているのではないかと思いますが、どうでしょうか?(苦笑)

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・そら 様
・神薙真紅郎 様
・龍崎海 様