アバン


かつて太古の火星で一つの戦いが行われた。
さながら黙示録にある地獄絵巻のように・・・

八つの首と八つの尾を持った蛇神は全てを薙ぎ払った。
青い星の大気を焦がし、
青い海を蒸発させ、
緑の山脈を削った。

千の軍団と数十万の戦士が蛇神に挑んだ。
億万の槍を蛇神に降り注がせたが、蛇神は滅びなかった。
出来た事は蛇神の一つの首を殺ぐ事だけであった。

軍団は蛇神の咆哮を浴び、ほとんど壊滅状態に陥った。
誰もが絶望した。

その時である。
天より封印の天使が現れた。
7人の天使はそれぞれ蛇神の首と格闘した。
力は互角のように思われた。

戦いは千の夜を数える間、行われた。
千と一日目、とうとう天使が蛇神を滅ぼした。
そして蛇神を操っていた父なる神を異次元に追放した。

けれど蛇神とは自らの業が生み出した産物であることを人々は知らされた。
彼らは自らの業を恥じ、全てを封印して火星を離れた。
二度と怪物を呼び覚まさないために・・・

それは遙か太古の物語
まだ全てが神話と呼ばれていた頃のお話
神と人が共に暮らしていた頃のおとぎ話であった・・・

ああ、これってSecond Revengeのラストとほんのちょっぴり関係があったりしますのでそのつもりで〜



火星極冠遺跡上空


「あ、あれ・・・なに!?」

それはまさしく龍であった。
遺跡の縦穴一杯に巨大な龍の首が現れたのだ!!!

誰もがその異形のモノを見て驚愕し、
そして・・・畏怖した。

龍は解放された喜びからか、咆哮をあげた。

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!

それはまるで火星全土に響こうかという程の音量で大気を振るわせた。

だが、それ以上に咆哮は聞いた人々に、いやその魂に激しい恐怖を与えるのであった・・・



Yナデシコ・ブリッジ


グラグラグラ!!!

ナデシコは大きな衝撃に包まれて揺れていた。

メグミ「キャァ!」
ユリカ「こ、これは一体!」
ルリ「大音量の咆哮ですが、それだけでソニックウェーブが発生しています!」
ラピス「メグミ、耳大丈夫?」
メグミ「大丈夫じゃないです〜〜耳キンキンです〜〜」
ユリカ「艦内の被害状況を!」

艦内はしっちゃかめっちゃかだった。
概して、発生した驚異というモノを理解するよりも先にその被害を受ける。その被害の大きさから今自分たちの置かれている状況がわからないという事は往々にしてあるものだ。

つまり彼らのは今何が起こっているか全くわかっていなかった。
遺跡の縦穴に巨大な龍の顔が現れたと思ったら巨大な振動がナデシコを襲った・・・わかっているのはそれだけである。

アカツキ『これは一体何なんだ!?』
エリナ『ちょっと、何なの!?あの非常識な代物は!!!』
秋山『アレはさっきの触手の親玉か?』
アララギ『いや、そんな穏やかなものじゃないだろう』
三郎太『もしや地球の新兵器か!?』
ユリカ「お願い!誰でも良いからこの状況を説明して!!!」

事態のさっぱいわからないユリカはそんなことを聞かれても答えようがなかった。



Yナデシコ・医療室


「アイちゃん・・・」
こういうときに頼りになる説明おばさんは残念ながらアイちゃんを拐かされたショックでまだ寝込んでいた。



火星極冠遺跡上空


PODとアキセカンドは咆哮による強烈なソニックウェーブに何とか耐え、改めて目の前に存在するソレをまじまじと眺めた。

アキト「アキさん・・・アレって何ですか?」
アキ「・・・あなたはアレが何に見える?」
アキト「龍に見えます。漫画やアニメに出てくる・・・」
アキ「ならそうなんでしょう」
アキト「そんなにあっさり決めつけちゃって良いんですか!?」
アキ「アイちゃんが遺跡に融合されちゃった時点から何が起きたっておかしくないでしょう。それよりも・・・」
アキト「それよりも?」
アキ「アレを非常識だからって色眼鏡で見ても意味がない。
 見たまんまの通り、アレはああいうものとして扱わないと・・・」

アキトにはアキが言っている意味が分かった。
なに、元々は木星蜥蜴とか思って不思議な無人兵器と戦うつもりでいたのだ。
最近ではそれがただの人間同士の争いに戻ったのだが、それがまた不思議な化け物との戦いの世界に戻っただけだ。

文字通り、漫画の世界に出てくる化け物と同じぐらいに非常識な強さを誇る相手と戦うと思っていなければやられるに決まっている。
既にこんな非常識な出来事が起こっているのだから。

アキト「なら自衛隊でも呼んできますか?(苦笑)」
アキ「大きさがゴジラぐらいだったらそれも役に立つでしょうけどね(苦笑)」

アキにはアレが薄々何かわかっていた。
その龍の意匠が彼女の知っているものに似ていたからだ。
多分、古代火星人の遺跡がらみに関する産物であろう。

そうであるなら・・・

対抗することは酷く困難に思えた



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第二十七話 セカイノオワリ<後編>



Yナデシコ・ブリッジ


ユリカ「エステバリス、全機発進して下さい!」
メグミ「リョーコさん達、お願いします」
リョーコ『お願いしますって言われても・・・』
ユリカ「アキト達を孤立させるわけにはいきません」
リョーコ『わかった。行って来る!』

ユリカはイヤな予感がしてすかさず指示を出した。
アレがなんなのか、それすらもわかっていない状況だが、ともかく味方でだけはなさそうな気がしたからだ。



火星極冠遺跡上空


リョーコ「おい、アキトに隊長、無事か?」
アキト「何とかね」
ヒカル「しかし、間近で見るとでっかいねぇ」
イズミ「お願いすると何か叶う?」
アカツキ「ドラゴンボールじゃないんだから(汗)」
三郎太「こりゃ・・・地球の新兵器か?」
秋山「それとも草壁閣下の作った新兵器か?」
アララギ「いや、さすがにこんな巨大なものは作れないだろう」

カキツバタやかんなづきらからも機動兵器がやってきて口々に巨大な龍を見上げていた。

しかし、近寄ってみれば見るほど、それはあまりにも非常識な存在であった。
常識的に考えて、こんな巨大なものが自立するはずはない。
自重に押しつぶされて崩壊するはずだ。
けれど重力制御でもしているのかそれは一直線に天に昇るように首をもたげていた。
離れなければそれは龍の首と思えない。近づいて見ると本当にでっかい柱である。

半ば彼らは見物気分であったのかもしれない。




けれど・・・



天を目指して這い出そうとしていた龍の首は途端に矛先を変えてこちらを睨んだ。

ニヤリ

確かに龍が笑ったように見えた。
しかし驚くのはそれだけではなかった。

アキト「アイちゃん!!!」

そう、ちょうど龍の額の所には銀の彫像のようにアイちゃんがニョキッと突き出ていたのだ。そしてその横にはある男が立っていた。

アキ「東郷!」
秋山「まさか、奴が今回の首謀者だとは・・・」
アララギ「というか、あんな非常識なことの出来る男だったか?」

木連で彼を知る者がいればそんな感想を抱くだろう。
確かに優秀な男ではあった。
だが、彼は九十九を慕っていたはずであり、間違ってもこんな事をする人物ではなかった。
何より、こんな人間離れをした存在の頭の上に乗れるような能力はなかったはずである。
断じて!

秋山「東郷、これは何のつもりだ!」
東郷「多分話しても理解は出来ないだろう
 所詮大地から見上げるだけでは世界の全ては見えない。
 天空から地球を見下ろす事が出来て初めて全てが見える。
 地べたに這い蹲る君らには無理だろう」
三郎太「何だと!」
アキト「それよりもアイちゃんを返せ!
 彼女をどうするつもりだ!」
東郷「彼女は贄だ。
 この八岐大蛇を蘇らせるためのな」
アキト「何だと!!!」

アキトはそんな目的の為にアイちゃんを利用した事に腹を立てた。
けれど東郷はそんな怒りすらもまるで意に介さない。

「遙かなる太古、滅ぼされる前に私は大蛇の魂を抜いて種子にまで還元した。
 奴らの目を誤魔化すことが出来た。
 悠久の遙かより大蛇は火星の大地でここまで復活した。
 あとは魂だ。
 そして私にはわかっていた。やがて人類が火星に踏み込む事を。
 人々は探求という美名の元に遺跡を掘り返し、演算装置を動かす事を。
 そして一人の少女が遙か太古の火星まで跳ばされる事を・・・
 だからそれまで待ったのだ。
 大蛇の魂の器とする為に・・・
 少女アイネスの魂を持って大蛇は復活する」

東郷は意味深な事を話す。
あるいは世界の実像を話したのかも知れないが、東郷と視線が同じでない彼らに意味が通じるはずもなかった。

アカツキ「・・・木連人はあんな電波がいっぱいなのか?」
三郎太「貴様!木連人を侮辱する気か!」
秋山「三郎太!」
アララギ「まぁ同郷人として念のため弁護すると・・・あんな物言いをするのはアイツだけだ」
ヒカル「イズミ、今のわかった?」
イズミ「わかんない」
リョーコ「んなこたぁどうでも良いんだ!
 おい、お前!アイちゃんを返しやがれ!!!」

しかし彼らの言葉に耳を貸さない。
東郷が繰り返すのは神にしかわからない言葉であった。

「彼女は特異点だ。
 不可侵の存在さ。
 けれど変わらぬ象徴であるとも言える。
 故に全てを無に返す。
 全てをやり直すために」

東郷は小気味よく笑う。
彼らの言葉など聞いてはいない。
これから作り上げる未来・・・それだけが彼の関心事であった。

アキ「全てを無になどさせるか!!!」

彼女はレールカノンの引き金を引く!
ゲキガンタイプのディストーションフィールドをも打ち抜く威力がある。
狙いはまっすぐ東郷一人!

けれど・・・

キィィィィィン!!!

リョーコ「は、弾いた!?この至近距離で!?」

そう、目に見えるほど強力なディストーションフィールドが東郷の目の前に発生して、至近距離からのレールカノンを弾いたのだ!

東郷「何を驚く?お前達の使う武器は所詮太古の英知のコピー・・・つまり出来の悪い紛い物だ。そんなものがこの八岐大蛇に通用すると思うのか?」
アキ「なんだと!」
東郷「まだ気づいていないようだな。
 古代火星人がどれだけ死力を尽くしてこれと戦ったのか・・・
 お前達がどれほど絶望的な相手と戦おうとしているのか・・・
 その片鱗を見せてやろう。
 それは死に至る病となりうるから・・・」

そう東郷が言うと竜は顎を開く。
すると口の周りには膨大な量の重力波が収束した。

アキ「全機散開!」
リョーコ「え?」
アキ「どこでも良いから散開しろ!!!」

彼女の切迫した声に弾かれるように機体を操るパイロット達!
東郷も半ばそれを黙認した。
滅ぼすことが目的ではない。
絶望を植え付けることが目的なのだ。

機動兵器が散り散りになる頃を見計らって・・・

ゴォォォォォォォォォォォォォォ!!!

龍は咆哮をあげた。それは重力波の奔流になって火星の大地を焦がした!!!

バリバリバリバリバリ!!!!!!!!

震える大気!
割れる大地!

衝撃波が収まったのを見計らって通り過ぎた重力波の方を振り向く一同。
そこでみた光景とは・・・

アカツキ「だ、大地がえぐれてる・・・」
秋山「しかもあんなに遠くまで・・・」
三郎太「こんなの反則だぜ・・・」

誰もが唖然とした。
遙か数百kmも先まで大地が重力波によってえぐり取られていたから。
こんなに強力なグラビティーブラストなど見たことがない。
もし火星上空からこの光景を見ている者がいたら、火星に新たな運河が出現したことをハッキリと目の当たりにしたであろう。
それほどこの一撃は絶望的に映った。

誰の心にも絶望が刻み込まれた・・・

『こんなものに勝てやしない!』と・・・



Yナデシコ・ブリッジ


メグミ「ナデシコに損害ありません・・・」
ルリ「艦内異常なし・・・」

二人がようやく呟いた。
他の者はあまりのことに言葉すら出なかった。

勝てない。
勝てるはずがない。

人々の心はその言葉で埋め尽くされた。

だが、俯いて絶望しながらも、毅然と顔を上げる女性がいた。

ユリカである。
彼女はまだ望みがあると命令を出した。

ユリカ「相転移砲準備!」
ジュン「なんだって!?」
プロス「それはいくら何でも乱暴では・・・」
ルリ「そんな事をしたらアイちゃんまで・・・」
ユリカ「相転移砲以外にアレを倒せるんですか!!!」

その一括に誰もが黙る。
もちろん、木連の無人戦艦ですら防がれてしまうナデシコのグラビティーブラストなど何の役にも立たないだろう。
というよりも、あれほど強力なグラビティーブラストを撃てる兵器がアレよりも断然劣るグラビティーブラストに破壊されるような間抜けな性能のはずがない。

メグミ「でもそんな事をしたらイネスさんが・・・」
ユリカ「大丈夫です!」
ルリ「根拠は?」
ユリカ「イネスさんがここにいるから!」
ルリ「それ、根拠ですか?」
ユリカ「ええ!」

イネスさんがここにいるという事が因果というのなら、ここでアイちゃんを攻撃してもアイちゃんはいずれ過去の火星に戻るはず。
ならばアイちゃんが死ぬという運命はないはず。
それは東郷自身が言った台詞のはずだから。

頼りない根拠だけど・・・

けれど今はそれしか方法がないから!!!

ユリカ「相転移砲、撃てぃ!!!!」




ゴォォォォォォォウ!!!!



Yナデシコから発射された相転移を導くビームが八岐大蛇に当たった!
・・・かに見えた。

しかし・・・

ルリ「相転移効果キャンセルされました」
ユリカ「ええええええ〜!!!」
ラピス「まぁ、予想された結果ではあるけど」

相転移を導くビームは八岐大蛇に当たったが、肝心の相転移そのものが発生せず、あっさりと消滅した。
自分たちの今の技術が古代火星人からすればただの粗悪な模造品である事をまざまざと見せつけられた格好となった。



火星極冠遺跡上空


ヒカル「あんなの反則だよ・・・」
アカツキ「あ、アハハハ・・・あれ欲しい♪」
リョーコ「アカツキ、てめぇ!」
アカツキ「冗談だって〜〜」
三郎太「でもどうやったらあんなものに勝てるっていうんだ・・・」

誰もが諦めかける。
けど・・・

アキ「まだよ!」

彼女だけは諦めていなかった。

アキ「接近して攻撃すれば何とかなる!
 所詮巨大兵器は小回りは利かない。
 懐に潜り込んでしまえば・・・」
アキト「でも・・・」
アキ「ん?」

アキトの声が震えているのにアキは気が付いた。
振り返ってアキトの顔を見ると・・・

アキト「だ、ダメなんですよ・・・
 あんなのに勝てるわけが・・・」
アキ「アキト君、どうしたって言うの?
 あなたがそんな弱気で・・・」

アキはいつものアキトらしくないと思った。
いや、その変化はアキトだけに現れているのではなかった。

『無理だ、勝てるはずはない・・・』
直接心の奥底に語りかける声・・・

リョーコ「だ、ダメだ・・・勝てない・・・」
ヒカル「やっぱり無理だよ・・・」
イズミ「・・・」
アキ「ちょ、ちょっと、みんな!」

彼女達だけではない。

『相手は古代火星文明の魔物。勝てるはずがない・・・』
その声は心の中に響く、自らの可能性を狭める声・・・

アカツキ「こりゃダメだね・・・」
秋山「悔しいが・・・」
三郎太「自分がふがいないです・・・」
アララギ「これは無理だな・・・」

みんなが一様にそう言う。

アキ「どうしちゃったの、みんな!」
東郷「無駄だよ」
アキ「なに!」

東郷はあざ笑うかのように言う。

東郷「逆らえるはずがない。
 運命は絶望へと向かうと決められている。
 そう、時の記述である私が決めた。」
アキ「運命をお前が決めるだと?
 ふざけるな!」
東郷「ふざけてなどいない。
 お前はこの八岐大蛇をただの巨大な怪獣か何かだと考えていないか?」
アキ「どういうこと?」
東郷「これは人の運命を支配するデバイスなのさ」
アキ「な!」

あまりのことにアキは思わず絶句した・・・



遠くのユーチャリス


Actress「どういうことですか?」
Blue Fairy「未来って予知が可能だと思いますか?」
Secretary「いや、運命を支配出来るかって話じゃ・・・」
Blue Fairy「ですから未来はわかると思いますか?」
Secretary「オカルトじゃないんだから出来ないでしょう」
Blue Fairy「例えば今日はSnow Whiteさんがお料理当番ですが、お料理は成功すると思いますか?」
Pink Fairy「出来ない」
Actress「無理ですね」
Secretary「無理だわ」
イツキ「無理だと思います」
Snow White「みんな酷い!」
Blue Fairy「はい、これは予知とは言いませんか?」

みんな狐に化かされたみたいだ。

Blue Fairy「予知というのは言葉が悪いですね。
 予測です。しかも精度の高い。
 でもこれは何故可能なんですか?」
Pink Fairy「結果が見えているから」
Blue Fairy「結果が見えているというのなら、その予測は高い精度で当たりませんか?」

あ・・・

みんな納得する。
確かに東郷=『始まりの人』は『時の記述』なのでこれから起こる未来を知っている。
ならばそれは予知と言い換えても良いほど精度は高いはずだ。

Secretary「でもそれと運命を支配出来るのと何の関係が・・・」
Blue Fairy「ではこう言い換えましょう。
 未来とは限られた可能性を再生している行為ではないかと?と」
Snow White「あ・・・」
Pink Fairy「なるほど・・・」
Actress「どういうことです?」
Secretary「さっぱりわからないわ」
イツキ「もう少し詳しく説明して下さい」

Blue Fairy「可能性は無限にはありません。
 例えばSnow Whiteさんが今日の食事当番に決まった段階で今日の食事は絶望的です。
 これは料理当番という可能性が制限されたからこそ未来は狭められたんですよね?」
Snow White「だから私の料理は美味しいって」
Blue Fairy「ではこの可能性を限りなく絞り込んでいけば・・・どうなります?」
Actress「あ・・・」
Secretary「なるほど・・・」

選ぶ可能性がなければ人は吸い寄せられるようにたった一つの可能性を実行してしまう。
たとえそれを選んでいる自覚があろうがなかろうが・・・

Blue Fairy「八岐大蛇は『時の記述』という指向性の高い情報を使って人の因果を書き換えることが出来る運命操作デバイスなんです。
 人々の可能性の幅を狭めることによって・・・」

一同はシーンとする。

だからこの世界の人々は『時の記述』から逃れられない。
それこそが英知を極めた古代火星文明を崩壊の一歩手前まで追い込んだ恐ろしさなのだ。

イツキ「それじゃ、アキトさんは・・・」
Blue Fairy「アキトさんは唯一彼の支配する因果から逃れている存在。
 でも一人じゃ・・・」
Actress「私達が助けに行くっていうのは?」
Blue Fairy「ですから始まりの人が東郷というこちらの世界の人の身を纏っている以上、手出しは出来ません」
Secretary「なぜ!」
Blue Fairy「ですから、私達の知っている未来では東郷が生き残っています。
 そう思っています。
 ならばここで私達が東郷を倒すということは、私達自身の否定でしょ?」
一同「あ・・・」

それが因果である。
未来を知っているという事は同時に彼女達の可能性も狭めている。
自分たちの存在はそのままこの歴史への介入を不可能にしているのだ。

そしてアキ・・・アキト自身もまた因果に囚われている存在。
たまたまこの世界のアキトとは微妙に異なるがゆえに歴史の介入を許されている。
けれどそれは彼女には歴史を変えられないという事の逆説ゆえかもしれない・・・

Blue Fairy「せめて始まりの人が東郷の体から出てくれれば・・・」

そんなことは今のアキトにも絶望的に難しいことを誰もが感じていた。
しかしその考えに組みしない者がいた。

イツキ「なら私が行きます!」
Snow White「ちょっとイツキさん。一体何を・・・」
イツキ「私はあなた達の言う未来を知らない。
 因果って奴ですか?それに囚われていないはずです!」
Blue Fairy「無理です。あなた一人じゃ・・・」
Pink Fairy「あなた一人が操るゲキガンガーじゃパワー不足。
 それに友情パワーが足りないわ」
イツキ「それでも私がやらなければ誰がやるんですか!」

イツキは居ても立ってもいられず、格納庫に走り去った・・・



火星極冠遺跡上空


パイロット達は皆一様に力を無くす。
無理だ、勝てない、敵うはずない
そう自らの可能性を否定する。

東郷「それこそが運命操作デバイスである八岐大蛇の力さ。
 誰もが絶望する。抗えぬ運命を悟る!」
アキ「ふざけるな!
 抗えぬ運命だと!?そんなものがあってたまるか!!!」

今まで抗って生きてきた彼女だからこそ、そう叫ぶ!
目の前で見てきた大切な人達の不幸
救いたいと思っていた人達を救えなかった無念

だからこそ絶望もした。
迷いもした。

けれど、目の前で不幸になろうとしている人達を助けなければ良かったなどと思ったことは一度もない!!!



Yナデシコ・ブリッジ


ユリカ「どうしよう・・・相転移砲もダメなんて・・・」
ルリ「艦長、指示を」
ユリカ「でも・・・こんなのどうすれば・・・」
ルリ「ユリカさん!」

ブリッジを絶望的な空気が支配していた。

『人の運命を操作するですって?
 人の運命は人々のものだ!
 運命を切り開こうとする人のものだ!』

アキの声がブリッジに響きわたるが、誰もが伏し目がちに項垂れていた。



Yナデシコ・格納庫


ウリバタケ「ナンマンダブ、ナンマンダブ!」
整備班員「班長!」
ウリバタケ「俺はまだ死にたくない!
 俺はまだ何もしちゃいない!
 死にたくないんだ〜〜」
整備班員「しっかりして下さい、班長〜〜」

神頼みを始めたウリバタケら整備班の面々
そこにもアキの叫びは響いていたが・・・

『何を絶望しているの?
 私達にはまだこの身がある!
 選ぶ可能性がない?そんな馬鹿な!
 私達にはまだ可能性は残っている!
 諦めるか、諦めないか、選べる可能性が!』

だが、その言葉は誰の心にも響かない。
それこそが運命操作デバイスの影響であることを彼らは気づかない・・・



Yナデシコ・ミナトの自室


ミナト「あの人は私を捨てた・・・
 あの人は私よりも・・・」

ミナトは暗い部屋でぶつぶつとそれだけを繰り返した。
それは癒す者のいない、ただ自分を苛むだけのだけの行為であった。

『本当に運命に身を任せて良いの?
 これが望む運命?
 こんなものに身を委ねて本当に良いの?
 本当に後悔しないの!?』

アキの言葉もミナトには届かない。
悲しみに暮れてしまった方が楽になれる。
悲劇のヒロインになった方が心が楽になる。
運命に身を任せた方が楽だ。
立ち向かおうとして傷つけられるのは痛くて耐えられない
もう傷つきたくないから運命に身を任せよう・・・

彼女の心はそんな思いに捕らわれていた。



Yナデシコ・ユキナの自室


パンパン!
少女は遺影と言うには真新しい兄の写真に向かって手を合わせる。
そして遺影の彼に語りかけた。

ユキナ「お兄ちゃん、見ていて下さい。
 私がお兄ちゃんの遺志を受け継いでみせます・・・」

『私達は何のためにもう一度火星に来たの!
 火星の人達を見捨てた私達が!
 ここで朽ちるため?
 違う!
 こんな事のために火星に来たんじゃない!
 こんな事のために地球を飛び出してきたんじゃない!
 地球と木連、共に手を携える未来があると信じたからここに来たんじゃないの!
 あなた達はそれを成し遂げずにここで朽ちるというの!!!』
「うん、そうだよね・・・」

アキの言葉にユキナは頷いた。この小さな少女だけは絶望感に囚われていなかった。
それどころか・・・

ユキナ「私がきっとミナトさんを幸せにして見せます。
 だから天国で安心して眠っていて下さい」

パンパン!

もう一度柏手を打つユキナ。

決意は立派だけど・・・何か勘違いしていないか?



火星極冠遺跡上空


アキの呼びかけも空しく、パイロット達は力無く項垂れたままだった。

「ちぃ!」
アキは動かない彼らに見切りを付けて一人で八岐大蛇に向かっていった。

アキト「アキさん、無理だよ!」
秋山「そうだ。ここは一度退いて対策を・・・」
アキ「退いて何かが変わるの?
 無理と諦めたら目の前の現実が変わるの?
 私は嫌だ!
 何をやっても運命は変わらなかった。
 けれど目の前で悲劇が繰り返されるのだけはもう嫌だから!
 だから私はいくらでも足掻く!
 何度でも!」

アキは目の前の大蛇に飛びかかった。
しかしそれはまるで象に戯れる蟻のようでもあった。

「無駄だ」

東郷の言葉と共に龍は顎を開く。
重力波が収束していく。

「ちぃぃぃ!」

アキはPODを操りグラビティーブラストの照準から外れようとする。

ゴォォォォォォォォォォォォ!!!

重力波の奔流はPODの脇をかすめて行った。
しかし、かわしたといってもその余波ですら機動兵器を破壊するには十分だった。

バチバチバチ!
PODのディストーションフィールドが悲鳴を上げる。
一瞬だがコックピットにはフィールドの負荷がレッドゾーンにまで踏み込んだことを示す警告表示が現れる!

アキ「かすっただけでこれかよ!」
東郷「無駄な足掻きだ」
アキ「ふざけるな!懐に潜り込んでしまえば!」

アキは危険を承知で大蛇に肉薄した。
そう、敵は巨大だが、その巨大さ故に機動兵器みたいな小さな兵器が懐に潜り込まれた場合、それを迎え撃てるだけの小回りは利かないはずである。
高速で八岐大蛇の胴体に平行に疾走しながらスピードが最高に乗ったところで攻撃を仕掛けた。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

ズバァァァァァァァァ!!!

渾身の一撃は大蛇の表面に張り巡らされていたフィールドを一撃で切り裂いた。

「このまま切り裂く!!!」

キィィィィィィィン!!!!

アキはその勢いを弱めない。
フィールドを切り裂いたその体勢のままフィールドランサーを大蛇の胴体に押しつけた。
火花が散る!
まるで地割れするかのようにPODは八岐大蛇の胴体を切り裂いていった!

「どうだ!」

手応えはあった!
疾走したままアキは後ろを振り返る。
大蛇の胴体にはパックリと切れ目が広がっているはずであった。

しかし・・・

東郷「無駄だ」
アキ「なに!?」

メキュメキュ!

切り裂いたはずの傷口からは無数の触手が出現し、互いに絡み合った。
体のほとんどがナノマシーンの集合体である魔獣にとって、斬られるという行為は単に一時的な結合を解かれた状態でしかない。
再結合など造作もないことであった。

アキ「くそ!ならばもう一度・・・」
東郷「ではこちらからも反撃させて貰おう」
アキ「!!!」

大蛇の胴体から触手のようなモノが現れ、群がる人の手のようにPODに殺到した。

「くそ!」

近づきすぎると触手が現れPODを絡め取ろうとする。
しかし接近しなければ決定的なダメージを与えられない。
遠距離からの砲撃はフィールドに阻まれる。
本当はごく至近距離からのグラビティーブラストであればナノマシーンごと消滅させられるだろうが、あの触手をかわせるほどの機動力を持った機動兵器はなかった。
PODですらレールカノンを撃ち込むぐらいが関の山である。

悔し紛れにレールカノンを撃つ!
けれど弾は大蛇の皮膚に当たるが、撃ち込まれた砲弾の跡はあっという間にかき消えてしまった。

「くそ!パワーが足りない!」
所詮PODはエステバリス以外の何者でもない。
機動兵器が相手なら負けるつもりは毛頭ないが、今対峙している相手は質量からして決定的に違っていた。

まるで蟻が象にケンカをするようなモノである。

アキ「だからって諦めるられるか!」
東郷「諦めが悪い。いい加減消えるがいい。
 因果の外にある存在よ」
アキ「!!!」

次の瞬間、大蛇は鎌首をもたげて急激に体を捩った!

ブゥオンンンン!

巨体が身じろぎしただけで空気が震える。
そしてその巨体が迫ってくるだけでも十分兵器として通用しそうだった。

「くそぉぉぉぉ!!!」

ズズズズーーーン!

眼前に迫り来る巨大な胴体を必至にかわそうとスラスターを噴かすPOD!
そして迫り来る胴体からは無数の触手が!
下に、横に逃げながらも、地表は間もなくだった。
このままでは巨体に押しつぶされる!

「堪えろ!堪えろ!堪えろ!!!!」
触手を切り裂きながら天井に巨体を、下には地上を見ながら必死に滑空するPOD

ズシーーーーーーーーン!!!!

大蛇の巨体が倒れ込むだけで火星の大地に砂煙が上がり、地震が発生した。



Yナデシコ・ブリッジ


「アキさん!!!」
思わず悲鳴を上げるユリカ!
しかし、砂埃の中をそれを突っ切るように飛び出してくる飛行体があった。
PODである。

『よかった。無事だった・・・』
とみんなが安堵しようとした次の瞬間、PODは転進して、再び八岐大蛇の方に突っ込んでいった。当然誰しもが悲鳴を上げた。

アキ『まだまだ!もう一度!』
アキト「アキさん、もう止めて下さい!」
アキ『止めない!私は最後まで足掻く!』

誰もがアキを止めようとする。
もう止めて欲しいと願う。
敵うはずがない。
これ以上やったら次こそは本当に死んでしまう!
アキの行為は自殺行為の何者でもない。
そうとしか見えない。

けれど彼らは気づかない。
そうやって諦めてしまっている事こそが運命変更デバイスたる八岐大蛇の力だという事に・・・

メグミ「大蛇の口に重力波反応」
ルリ「PODに照準されました!」
ユリカ「アキさん、避けて!」
ラピス「ダメ!逃げ切れない!!!」

あちこちから悲痛な叫び声があがる。
大蛇からグラビティーブラストが放たれようとしたその時!!!

ダダダダダダ!!!!

大蛇の顔を撫でるように砲撃があった。
攻撃そのものは大したことはないが、思わぬ攻撃に怯んだのか、PODに合わせていた照準を外してしまった大蛇。

ユリカ「どこからの砲撃!?」
ルリ「九時の方向・・・先ほどの地球の艦隊です」

そう、先ほどまで木連の草壁派の艦隊と共にナデシコを攻撃したリアトリス級の戦艦数隻からの砲撃であった。

なぜ地球の艦隊が砲撃をしたのか?
それは数分前の出来事まで遡る・・・



数分前・クリムゾン戦艦ブーゲンビレア


「これじゃ話が違うじゃないのよ!!!」

金髪の妙齢の女性は画面に向かって怒鳴っていた。
しかし画面の向こうの強面はつかみ所がなく黙って聞き流していた。

「我々は極冠遺跡の情報を分け与えられると聞いたからこれまで協力してきたのよ。
 けど、目の前の現実はどういうことよ!」
『問題ない』
「何が問題ないの!
 あなた達のボスは何を考えているの?
 我々が欲しかったのは遺跡の情報よ!技術よ!
 あんなモノを呼び覚ますことではないわ!」

金髪の女性・・・シャロン・ウィードリンは手近のテーブルを叩いた。
彼女はクリムゾン財閥の後継者アクア・クリムゾンの異母姉妹である。
妹と違い、日陰の身の彼女は今回の出来事で木連側と手を組み、ネルガルが実権を握っている軍の既得権益を奪おうと画策していたのだ。
それは大変リスクの高い方法であるが、ネルガルが古代火星文明の技術を独占している以上、今から巻き返しを計るには危ない橋でも渡る必要があった。

とはいえ、発覚すれば企業の命運は完全に絶たれる。
そこで日陰のシャロンに一連の計画が任された。
成功すればクリムゾングループの盟主の一員として認められる。
ただし失敗すればそのまま無明の闇へ葬り去られる。

けれどシャロンはそんなリスクを負った今回の計画を引き受けた。
そうでもしなければあの馬鹿な妹に勝てないからだ。
ただ生まれが正妻の娘というだけでクリムゾンの盟主の座が約束されるなんて
あんな性格破綻者でも盟主になれるなんて
私の方がよっぽど優秀だというのに!!!

だからこそ、彼女はそれが毒饅頭だとしても食らうことを望んだ。

だが、目の前の状況はどうだというのだ!

もう少しで上手く行くと思ったのに、手に入れようとした直前で甦ったのは古代火星文明の怪物だ。

欲しかったのはこんなモノではない!

欲しかったのは技術!
グラビティーブラスト、相転移エンジン、ディストーションフィールド
そしてボソンジャンプ!
それら古代火星文明の技術だ。
あんな化け物ではない。

あんな過ぎたる兵器ではない。
確かにあんなモノがあれば世界を支配できるかもしれないが、それはあまりにも非常識だ。
あんなモノでは世界を焼き払うことしか出来ない。
頭の狂った独裁者なら欲しがるかもしれないが、あいにくシャロンは破滅主義者ではない。

支配する社会があってこその支配だ。
あれは全てを滅ぼすことしかできない
第一、あれを御することが出来るかどうかすら怪しい。

なによりあんな化け物を起こすことが目的などとは聞いていない!

「あなたは本当にアレが何の問題がないと思っているの!」
『我にはわからぬ』
「北辰、あなたでは話にならないわ!
 東郷を出して!
 あのペテン師を!」
『東郷ならあそこだ』

画面の向こう側で北辰はあらぬ方向を指さす。
その指さした先には例の八岐大蛇が存在した。
スクリーンに大蛇が拡大され、そこには大蛇の額に立っている東郷の姿があった。

「あのペテン師野郎!」

シャロンは怒りを露わにする。
今一歩の所までナデシコを追いつめていたのに、北辰とシャロン達を退かせたのは東郷自身だ。何か意図があると思ってわざわざ退いたのに、その意図とは自分一人があんな化け物の力を手に入れるためだったのか!!!

「奴がそのつもりだというのなら、その力を奪うまでよ!
 全艦攻撃態勢へ!」
『やめておけ、無駄だ』
「北辰、アレがあなたの望む結果なの?
 あんなモノがあなたのいう新たなる秩序だというの!
 あなたはその壊れた草壁春樹とあの化け物でこれから何をするというの!」
『・・・』

シャロンは画面の向こうの草壁春樹を指さす。
そこにいるのはただの抜け殻だった。
はたしてこれが北辰の望んだ結果だったのか?

押し黙った北辰を無視してシャロンは貴下の艦隊を八岐大蛇に差し向けた。
ここまでいいように利用してくれた東郷に一矢報いるために・・・



火星極冠遺跡上空


というわけで、八岐大蛇に攻撃を加えたのは地球艦隊・・・実はクリムゾンの私兵である。
図らずもアキはその艦隊の攻撃に助けられた格好となった。

「撃て!撃て!奴の頭を狙うのよ!」

シャロンの命令でめったやたらに砲撃を行うクリムゾン艦隊。

ドドドドドドド!!!
バババババババ!!!
バシュ!バシュ!バシュ!バシュ!

ビーム砲やらカノン/砲やらミサイルやら手当たり次第攻撃していたが・・・
全て八岐大蛇の手前に展開されたディストーションフィールドに弾かれていた。



Yナデシコ・ブリッジ


ルリ「ほとんど、駄々っ子パンチですね」
ラピス「しかも相手に届いてないし」

二人のツッコミは冷静で、しかも的を射ていた。
まるで大人に頭を捕まれて押し戻されながらも、必死に腕を回しながら相手を叩こうとしている子供に見えた。

ルリ「大蛇、地球艦隊へグラビティーブラスト発射しました・・・」
ラピス「あ、外したね」
ルリ「あれはわざとですね。怯ませて恐怖を植え付けようという腹でしょうが・・・」
ラピス「あ、ビビっている、ビビってる。
 ・・・なんとか立て直した。」
ルリ「無線傍受してますが・・・
 エリナさんみたいな女性がガミガミ言って艦隊を叱咤しているみたいです」
ラピス「珍しい。エリナ以外にも怪物より恐い女がいたか・・・」
エリナ『何ですって!!!

とまぁ、一部少女達の冷静な揶揄に反応する大人がいたりもするのであるが、大方の者にとって、彼らクリムゾン艦隊の行動は勇気を呼び覚ますようなものではなかった。
蟻が象にケンカを売る姿・・・
それは自分たちの姿に重なる。
自分たちが反撃したときの姿に。

自分たちが戦ってもああなる。
全く歯が立たずに無駄な抵抗をしている姿を想像できる。
それは可能性を狭める。
自らの可能性を狭め、行動の選択肢を減らしていく。

それが運命を操るという事・・・



火星極冠遺跡上空


攻撃を受けながらも東郷は涼しい顔をしていた。
むしろ、クリムソン艦隊からの攻撃は顔の周りを飛び回る蝿や蚊の様に鬱陶しい存在だったのかも知れない。

「滅するのは簡単だ。
 だが、それだけでは面白くない・・・
 そうだ。贄は多い方が良いな。
 その方が絶望感は増す。」

東郷は何か面白い事を思いついたみたいだ。
もちろん、それが素晴らしい何かであるはずがないのは、その意地の悪い笑顔でも明らかであったが・・・



クリムゾン戦艦ブーゲンビレア


ここでは駄々っ子パンチを続けるシャロンの姿があった。

シャロン「撃て!もっと撃て!!!」
オペレータ「ですがシャロン様、砲撃が全然届いていません〜〜」
シャロン「敵のフィールドも無限じゃない!
 負荷を越えれば破れるは必定!
 ありったけの砲撃を加えるのよ!!!」
オペレータ「ですが・・・」

さっきグラビティーブラストが艦隊をかすめ、しばらくしっちゃかめっちゃかの衝撃を食らったばかりである。
弱気も弱気、それをシャロンの叱咤の恐ろしさでどうにか踏ん張っている状況である。
これ以上頑張れといっても一杯一杯であろう。

「裏切り者を倒して、火星の英知を私達のモノにするのよ!!!」
シャロンは必死に部下達を鼓舞する。
しかし・・・

『真の絶望を与えよう・・・
 神に逆らう行為が如何に愚かな事か、思い知るがいい・・・』

ゾクリ!!!

シャロンの背筋に悪寒が走る!

シャロン「待避!」
オペレータ「え?」
シャロン「いいから急いで!」
オペレータ「どこへ!?」
シャロン「どこでもいい!早く!!!」

シャロンは自分のカンを信じて力の限り叫んだ。
理屈じゃない。
恐怖が迫ってくる。
グラビティーブラストなどではない、真の恐怖だ!
だから逃げるのだ!

しかし・・・

恐怖はそこまで迫っていた!!!

ゴォォォォォォォォ!!!

地響きが起こる!
各艦は緊急回避の行動に移るが、既に手遅れだった。

火星の大地が裂ける!
クリムゾン艦隊の直下だ!
その大地の裂け目は半端な大きさではない!

バリバリバリバリバリバリ!!!

大地が裂ける!
逃げようとするが、それはまるで釈迦の手のひらを飛び回る孫悟空のよう。
その手のひらの大きさも知らずに戯れていた。
裂け目の大きさを見て誰もが愕然とした。

間に合わない!

そしてそれは割れ目から恐ろしい勢いで出現した。

オォォォォォォォォォォォォン!!!

それは巨大な龍の顎であった!
散開する戦艦の群れを丸ごと飲み込もうかという龍の口である。
その巨大な龍はものすごい勢いで地の底から現れ、クリムゾン艦隊を丸ごと飲み込んだ!



Yナデシコ・ブリッジ


その光景を目の当たりにしたクルー達は唖然としていた。
あまりにも非常識な光景。

数隻の戦艦が丸ごと飲み込まれる・・・そんな非常識な光景を未だかつて見た事がない。

ユリカ「食べられちゃったね・・・」
ルリ「そうですね・・・」
ユリカ「パクって一口で・・・」
ルリ「そうですね・・・」
ユリカ「リアトリス級って全長どのぐらい?」
ルリ「300mぐらいですね」
ユリカ「それを何隻もパクって一口で・・・」
ルリ「口をめいいっぱい開いたら十数kmはありますねぇ」

しばし無言の後・・・

あんなの勝てるはずないよ〜〜〜

ユリカは頭を抱えて絶叫する。
誰もが同じ絶叫を心の中であげていた。

しかし驚愕の光景はそれだけでは終わらなかった。

バリバリバリバリバリバリ!!!

バリバリバリバリバリバリ!!!

バリバリバリバリバリバリ!!!

バリバリバリバリバリバリ!!!

バリバリバリバリバリバリ!!!

バリバリバリバリバリバリ!!!

裂け目はあちこちで発生した。
まるで世界の終わりでも来たかのように火星の大地は悲鳴を上げる。
地響きが火星の大気を振るわせ、衝撃があたりを襲った。
磁気嵐も発生し、さながら地獄絵巻のようだ。

ユリカ「全艦、対ショック防御!」
メグミ「全艦、対ショック防御に全力を注いで下さい!」
ルリ「ディストーションフィールド最大!」
ラピス「艦の姿勢維持了解!」

揺れる艦を必死に御しながら、彼女たちは外の光景を見た。

悪い予感的中・・・

彼女たちが目にしたもの・・・
それは大地から新たに突き出た6つの柱であった。
いや、柱ではない。
それは火星極冠遺跡から突き出したあの龍と全く同じモノであった・・・



火星極冠遺跡上空


アキト達は唖然とその光景を見ていた。
たった一匹でも無敵のアキがほとんど歯が立たなかったのだ。
たった一匹でもリアトリス級戦艦を数隻丸ごと飲み込んだのだ。

それがなんと8つも現れた・・・

アカツキ「アハハハハ・・・ここまで来ると笑うしかないねぇ」
秋山「かえって壮観だな・・・」
三郎太「褒めている場合ですか!」
アララギ「確かに誉めている場合ではないが・・・」
ヒカル「どうしよう、私・・・」
イズミ「チビった?」
リョーコ「お、お前ら・・・」
アキト「んなことより、アレをどうするんだよ!!!」

パイロット達は口々に感覚の麻痺した声を上げた。

そして・・・

アキ「そういえば・・・
 確か八岐大蛇は8つの頭と8つの尾を持った化け物だって聞いた事があるの、すっかり忘れていたわ・・・」

アキは忌々しそうに呟いた。

龍達は口々に雄叫びをあげる。
その一つ一つが大地を振るわせた。
それはさながら地獄絵巻の様。

もし、衛星軌道上から火星を眺めるモノがいたら肉眼で確認できたであろう。
火星極冠に八つの柱が現れたのを。
肉眼でハッキリと・・・



ポストスプリクト


ということで黒プリ二十七話をお届けしました。

しかし、八岐大蛇って大風呂敷を広げたなぁ〜
しかも、運命変更デバイスですか
本当に倒せるのかい(苦笑)

一応出すって事は途中で匂わせていたんですけど気づきました?

黒プリのラストはコイツと戦って終わりです。
何となくラストは考えています。
決着は着くつもりです。
もちろん、何が決着なのかはアキさんかアキトの超個人的な事だけかもしれませんが(苦笑)

ともあれ、多分あと2、3話程度ですが、出し惜しみせずにどんどんいきたいと思いますので呆れないでご愛好願います。

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・松吉 様
・bunbun 様
・龍崎海 様
・Chocaholic 様
・k-siki 様
・kakikaki 様