アバン


何が正しくて、何が間違っていたのか・・・
本当のところは誰にもわからない
何が変わって、何が変わっていないのか、
それすらもわかっていない。

けれど・・・

もしも熱血という言葉に何かの意味があるとしたら、
それは確実に誰かの心に残ったのかもしれない。

誰かから見れば愚かな行為に見えても、
それはきっと誰かに伝わる。

きっと誰かに・・・

ああ、これってSecond Revengeのラストとほんのちょっぴり関係があったりしますのでそのつもりで〜



Yナデシコ・ブリッジ


ナデシコのブリッジはいきなりの事態にパニックになっていた。

メグミ「木連艦隊からの砲撃です!!!」
ジュン「なんだって!?」

撃たれるはずのない相手から撃たれる
これほど驚くこともなかった。

確かに木連艦隊から砲撃を受けている・・・
その驚きが彼らの思考を麻痺させていた。

ルリ「ジュンさん、戦闘指揮を!」
ジュン「え?でも・・・」
ルリ「敵が攻撃を仕掛けているんです。
 アキトさん達の護衛で艦外待機しているリョーコさん達を見殺しにするつもりですか!」

『だって味方じゃないか・・・』と言おうとしたジュンをルリが叱咤した。
たとえ和平会談している相手でも今攻撃を受けているという事は敵に違いない。

ジュン「ああ、そうだね。
 第一種戦闘配備!
 ディストーションフィールド全開!
 艦隊外部で攻撃されているエステバリスに援護の砲撃を!」
ルリ「了解」

気を取り直したジュンが指示を出したが、その反応は遅かった。
何故襲われているかわからない。
何かの事故かもしれないし、事情もわからずに攻撃したら和平が決裂してしまう・・・
第一あの中にはまだユリカ達が残っているのだ。

それが余計に反応を鈍らせた。

ラピス「・・・やっぱり上手く行きすぎた反動?」
ルリ「それだけでもないでしょうけど・・・」
嫌な予感が当たってしまったことを苦々しく思う二人であった・・・



戦闘宙域・きさらぎ周辺


リョーコ「なんだってんだよ!コイツら!!!」
ヒカル「和平会談してるんじゃないの!?」
イズミ「交渉決裂・・・艦長また何かやらかした?」
ヒカル「あり得るけど・・・」
リョーコ「バカ野郎!いきなり襲ってくるような決裂の仕方ってどんなだよ!!!」

三人は大挙して襲ってくるバッタの群を倒すのに必死だった。
訳がわからなくなりながらも、きっちり自分たちを攻撃している奴らだけを倒しているのはさすがだった。

けれどさすがの彼女達も状況は悪化の一途を辿っていた。
無人兵器だけでなく、戦艦からの砲撃が加わり始めたからだ。
まだゲキガンタイプが出てこないだけマシだったが、こうなると同士討ちしても良い分だけ機動兵器がバッタオンリーというのは始末に負えなかった。

イズミ「ライフルの弾数少なくなってきた・・・」
ヒカル「一度撤退しようよ〜〜」
リョーコ「バカ野郎!艦長達を見捨てるつもりか!!!」
ヒカル「けど、中の状況がわからないんじゃ・・・」
リョーコ「ゴートの旦那にアキトだっているんだ。
 無事に決まってる!!!
 俺達が奴らの退路を確保しないでどうする!
 あいつらを見殺しにするつもりか!!!」

弱気になるヒカル達をリョーコは叱咤する。
きさらぎ内部の状況がどうなっているのかわからない。
捕まったのか、謀殺されたのか、まだ中で逃げ回っているのか・・・

けれど彼らだけでは決して逃げ切れるものではない。
何とかして彼らが逃げ出してくるまでこの場を確保しなければ・・・

そう檄を飛ばすリョーコであるが、事態は芳しくなかった・・・



Yナデシコ・ブリッジ


ユキナ「ねぇ、どういうことなの!?」
メグミ「わからないんです!いきなり襲ってきた・・・」

慌てて入ってきたユキナは愕然としていた。
まさか味方と思っていた木連の艦隊が自分達を襲っているのだから。
しかもブリッジのスタッフワークは最悪だった。

艦長のユリカはいない。
いつもなら戦闘指揮のオブザーバーをするゴートもいない。
操舵士のミナトもいなければ、副操舵士のエリナもいない。
エステバリス隊はアカツキとアキト、それにアキを欠き、
リョーコ達はきさらぎの周囲から離れられないでいる。

必死にジュンが指揮するものの、
迂闊に木星艦隊に攻撃できない、
アキト達はまだきさらぎに乗っている。
かといって向こうの艦隊はこちらに容赦なく攻撃してくる。

ジュン「一度退却して・・・」
ルリ「ですからアキトさん達がまだ脱出してません!
 リョーコさん達の頑張りを無駄にするつもりですか!!!」
ジュン「でも・・・」

被弾は徐々にディストーションフィールドの効果を殺いでいく。
いつ直撃を食らってもおかしくない。
判断を誤ればナデシコ全員の命を危険に晒しかねない。
その瀬戸際でジュンは苦悩していた。

と、ちょうどその時・・・

メグミ「きさらぎから脱出する機影発見!
 ・・・ひなぎくとアキセカンドです♪」
ジュン「繋いで!」

クルー達はユリカ達が無事なので安堵した。
しばらくすると向こうからの通信も入る。
しかし・・・ひなぎくからの通信は驚愕の事実を告げるものだった。

ゴート『和平は決裂した!
 謀られた!奴らは最初から和平する気なんか無かったんだ!』
ユキナ「そんな・・・」
メグミ「それで全員無事なんですか?」
ゴート『テンカワに艦長は無事だ。
 けど白鳥が・・・重傷だ!』
ユキナ「お兄ちゃんが!!!」
ゴート『とにかく手術の用意をしておいてくれ!
 一刻を争う!!!』
ジュン「わかった!
 本艦は各機を収容した後、後退する。
 援護射撃を!」
メグミ「リョーコさん、アキトさん達の援護を!」
リョーコ『わかってる!やってるよ!!!』

ブリッジは訳が分からないなりにも、生き残ることをしなければいけなかった。

ユキナ「そんな・・・お兄ちゃんが・・・」
少女のショックを気遣ってやれる暇のある者は誰もいなかった・・・



ひなぎく・コックピット


ユリカ「ゴートさん、白鳥さんじゃなくてヤマダさんです!」
ゴート「す、すまん!つい・・・」

まだ彼が白鳥九十九ではなく、ダイゴウジ・ガイことヤマダ・ジロウであることを理解していないゴートは言い間違えた。
これが混乱を招くのだが、仮に子細を伝えたからといって事態が好転したか怪しい。

ただ、ユリカからこういう叱咤が飛ぶだけであった。

ユリカ「それよりも、ゴートさんもう少し静かに飛べませんか?
 ヤマダさんの様態が・・・」
ゴート「出来るならやってる!攻撃してくる奴らに言ってくれ!」

攻撃を受けて揺れる船内では無理な望みだった。
けれど既に血の気が引いているガイにはその揺れの一つ一つが体力を奪っていくものであった・・・



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第二十五話 白鳥九十九は二度死ぬ<後編>



戦闘宙域


「くそ!くそ!」
アキトはアキセカンドを操りながらひなぎくを襲ってくるバッタ達を振り払うのに必死だった。

けれど・・・

多勢に無勢とはこのことだ。
単騎の力がどれほど高かろうが、これだけの物量をかけられればそれは無力に等しい。
ここにアキのPODでもいれば少しは違うだろうが、焼け石に水かもしれない。

ひなぎくを庇いながら本気で戦えないエステバリス隊
彼らを収容するために砲撃をもろに浴びる位置で戦闘を余儀なくされるナデシコ
艦長のユリカはひなぎくの中でガイの手当に手一杯
真綿で首を絞めるようにじわじわ体力を奪われていった。

「くそ!!!」
『残念、残弾ゼロ』
「え!もう!?」
レイの警告ウインドウが開く。
ラピットライフルの銃弾が切れたのだ。
仕方がない。これまで何機バッタを落としたのか覚えていない。
今までで最高の撃墜数をレコードしたかもしれないが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

リョーコ『もう終わりかよ!』
ヒカル『こっちも弾切れ!』
イズミ『右に同じ』

周りの状況も変わらなかった。

「くそ!!!」
アキトはフィールドアックスを取り出して叫んだ。

アキト「リョーコちゃん、ひなぎくを頼む!」
リョーコ『頼むって、おい!』
アキト「ここで足止めする!その間に・・・」
リョーコ『バカ野郎!一人でどうする気だ!』
アキト『だって・・・』

そういっている間にナデシコもひなぎくも被弾をし始めた。
多かれ少なかれこのままでは全滅は免れない。

リョーコ『落ち着け、アキト!』
アキト「だけど!」
リョーコ『うわぁぁぁぁ!!!』
アキト「リョーコちゃん!!!」
リョーコ『心配するな、フィールドが防いだ。
 けど・・・ちょっぴりヤバイか・・・』

みんなが観念し始めた、その時・・・

メグミ『後方よりグラビティーブラスト!
 待避して下さい!』
アキト「え?」

まさに救援は現れた。
グラビティーブラストとレールカノンの掃射が木連艦隊を容赦なく攻撃した。
そしてその直後、通信が入った。

アカツキ『格好つけて飛び出した割にはざまぁないね(笑)』
アキト「アカツキ!?」

そう、ナデシコを助けたのはネルガル会長アカツキ・ナガレの専用艦「カキツバタ」である。ナデシコ級三番艦であるが、故あって四番艦「シャクヤク」よりも後にロールアップすることになった最新鋭の戦艦である。
その威力たるや、木連艦隊でも怯むほどであった。



カキツバタ・ブリッジ


エリナ「もう一押し、押し返すわよ!
 グラビティーブラスト、撃て!!!」
サブキャプテンシートではエリナが艦の指揮を執っていた。
その横でアカツキは悠々自適にナデシコとの連絡を取っていた。

ユリカ『・・・助けてくれるんですか?』
アカツキ「まぁ成り行き上、仕方がないでしょう。
 それとも、手出しは無用だった?」
ユリカ『そんなことありませんけど・・・』
アカツキ「主義にこだわって潔く散る?」
ユリカ『交換条件・・・あるんですよね?』
アカツキ「今回のは貸しで良いよ。
 詳しい商談は生き延びてからということで。
 まぁ嫌なら手を引くけど・・・
 とりあえずはそこの彼を何とかする方が先決じゃない?」
ユリカ『・・・お願いします』

ユリカは苦渋の表情で同意した。
するとアカツキはニッコリと笑ってエリナに促した。

アカツキ「それじゃ、ナデシコはさっさと撤退の準備をして。
 エリナ君、こっちはナデシコの間に入るよ」
エリナ「了解」
アカツキ「それと、ドクターに怪我人の診察に飛んでくれるようにお願いして」
エリナ「了解」

さすがにカキツバタが戦闘に加わったのを見た木連艦隊も深入りは諦めたようだ。
それを見てエリナはポツリと呟く。

エリナ「まぁ大盤振る舞いだこと。なんの下心があるのやら」
アカツキ「ナデシコは貴重な戦力だしね。フリーで使える手駒は多いに越したことがない。」
エリナ「嘘つき。本当は火星の遺跡を調べるのにテンカワ君達が必要だからでしょ?」
アカツキ「さすがは僕の秘書♪
 それもそうなんだけど・・・」
エリナ「けど何よ」
アカツキ「他人に渡したくない・・・それだけさ
 巨万の富とかそういうのじゃなく・・・ね」
エリナ「アカツキ君・・・」
アカツキ「みんなそう思っている。
 思い入れって奴かな?
 打算で動いているならいくらでも妥協するだろう。
 けどそうじゃないから戦争が起こる・・・
 そうだろ?」
エリナ「まぁ・・・ねぇ・・・」

『そういうあなただって父や兄に負い目を感じているから火星を手に入れたいんでしょ・・・』

エリナはそういってみたい気がしたが、そう言っても誤魔化されるだろうから言うのは止めた・・・



ナデシコ・通路


イネス「ええ、そうよ!モルヒネを用意して!
 せめて痛みだけでも・・・」
看護婦その1「血圧レベル低下!」
看護婦その2「脈拍低下、危険域です」
イネス「急いで!」
看護婦達「はい!」

ストレッチャーに重傷の患者を乗せて医療室に向かうイネス達。
そこに大急ぎでユキナが駆け寄ってきた。

「お兄ちゃん!大丈夫!?」

しかし彼の様子をのぞき込んだユキナは愕然とした。
彼の顔色は既に血の気が失せていた。

ユキナ「お兄ちゃん!死んじゃダメ!」
イネス「お願いだから患者を揺らさないで!」
ユキナ「でも、お兄ちゃんが!!!」

と、そこに・・・

「ガイ!大丈夫か!!!」

アキセカンドを降りてきたばかりのアキトが駆け寄ってきた。

アキト「ガイ!」
ユキナ「お兄ちゃん!」
アキト「ガイ!」
ユキナ「お兄ちゃん!」
アキト「ガイ!」
ユキナ「お兄ちゃん!」
アキト&ユキナ「ん?」
彼を揺する二人が思わず顔を見合わせる。

と、そこに・・・

九十九「ヤマダ君!どうしてあんなことしたんだ!」
ユキナ「お・・・兄ちゃん!?」

そう、後ろから駆け寄ってきたのは彼女の兄、白鳥九十九その人であった。

ユキナはストレッチャーに乗せられた男とピンピンしている兄を見比べて目を丸くしていた。

ミナト「白鳥さん、まだ寝てなきゃ」
九十九「自分の事は良いんです!
 それよりもヤマダ君、君はなぜ僕の身代わりなんかに!」
アキト「白鳥さん・・・」

ミナトは監禁された疲れで少し気を失っていた九十九の身を案じた。
けれど九十九はどうしても聞きたかった。
ほとんど面識はない。
アキトにちらっと話を聞いただけだった。
けれど他人の気がしなかった。
自分とそっくりの顔の男。
なぜ自分の代わりに・・・

ガイ「あんたにゃ・・・代わりはいないだろう」
九十九「ヤマダ君・・・」
ガイ「ダイゴウジ・ガイだ・・・」
九十九「でも君にだって代わりはいないだろう・・・」
ガイ「俺は死んだ人間だ。
 だから何も出来はしない。
 けれどあんたは生きている。
 生きて・・・あんたにしか出来ない事をしなきゃならない。
 それが何なのかあんたにはわかっているはずだ。
 なら・・・・ぐぅ!!!」
九十九「ヤマダ君!!!」
イネス「手術室よ、下がって!」

その言葉だけを残して彼は手術室へと消えた。

九十九「・・・・」
アキト「白鳥さん・・・」

九十九は手術室のランプが灯るのを呆然と眺めた。
そしてそれを見守るミナトとユキナの表情は複雑であった。



Yナデシコ・ブリッジ


プロス「艦長!?」
ジュン「ゆ、ユリカ!?」

さすがのプロスも驚き、ジュンはその直後気絶した。
それもそのはず
血で真っ赤に染まった制服姿でユリカがブリッジに入ってきたからだ。
しかも形相は鬼のようだった。

彼女は顔に付いたガイの血を拭いもせず、血で汚れた制服を着替えずにブリッジに入り、ルリに指示をした。
それは周りを驚かせるに十分な内容であった。

ユリカ「相転移砲の準備を!」
プロス「か、艦長!いくら何でもそれは!」
ユリカ「それは、とは何ですか!」
プロス「ですから、そんな事をしてしまっては和平は・・・」
ユリカ「彼らは初めから和平なんかするつもりはなかったんです!
 しかもあの人は白鳥さんを暗殺しようと!」

ユリカは本当に怒っていた。
裏切られたのもそうだが、許せなかったのだ。
味方を騙し討ちにしてまでも火星を手に入れるという彼らの正義が!
そんなものが彼らの正義なら滅んでしまえば良いと思った。
どうせ生きていても将来あんなことをするのだから・・・

ルリ「良いんですか?」

けれど、ルリはそう言う。

ユリカ「良いんです!」
ルリ「本当に良いんですか?
 もし撃ってしまったら、本当に和平の道も絶たれます。
 それでも良いんですね?」
ユリカ「・・・」
ルリ「本当に後悔しないんですね?」
ユリカ「・・・・・・・」

結局ユリカは砲撃の命令を出さなかった・・・



Yナデシコ・手術室前


手術室のランプが消え、アキトと九十九はハッとした。

手術したにしては早すぎる・・・
手術室のランプが消えた直後、中からイネスが現れる。

アキト「手術は終わったんですか!」
九十九「それでヤマダ君は?」
二人はイネスに掴みかからんばかりに迫った。
イネスは首を振って一言こう言った。

「最後のお別れをしなさい・・・」

その台詞を聞いた二人は急いで手術室に入った。



Yナデシコ・手術室


看護婦達が伏し目がちに俯いていた。
ガイの顔色はまるで作り物の蝋人形のように実感が湧かない。
医者もさじを投げたのだ。
心電計が彼の死期を刻一刻と告げていた。

アキト「ガイ!」
九十九「ヤマダ君・・・」
ガイ「テンカワ・・・」
アキト「ああ、ここにいる!しっかりしろ、ガイ!」
ガイ「そんな顔するな・・・」
アキト「でも・・・」
ガイ「ヒーローはもっと自信満々でいるもんだ・・・」
アキト「でも・・・」
ガイ「俺の正義・・・伝わったか?」
アキト「ああ・・・伝わった。
 俺もお前の正義を信じている」
ガイ「なら・・・あとは任せ・・・」

ピーーーーーーーー!!!!

ガイ!!!

満足そうなガイの亡骸にアキトは縋り付いて泣いた・・・



Yナデシコ・手術室前


みんなはアキトを置いて手術室を出た。
ガイの遺体に縋り付いて泣くアキトをそっとしておこうという心遣いからだった。
だが、一番最後に出てきた九十九の表情はやはり暗かった。

「くそ!!!」

バン!

九十九は近くの壁に苛立ちをぶつけた。

ミナト「白鳥さん・・・」
ユキナ「お兄ちゃん・・・」
九十九の落ち込みぶりを見かねた彼女達が声をかけていた。

ミナト「白鳥さん、気にしないで・・・
 あなたのせいじゃ・・・」
九十九「ミナトさん、ちょっと良いですか?」
ミナト「ええ、良いですけど」

九十九はミナトに話があるからと別の場所へと席を移すことを提案した。

ユキナ「お兄ちゃん、私・・・」
九十九「ゴメン、ミナトさんとだけ話がしたいんだ・・・」
ユキナ「わかった・・・」

有無を言わさぬ九十九の表情におとなしく二人を見送るユキナであった・・・。



Yナデシコ・手術室


アキトはただ泣いていた。
結局何もできなかった自分を悔いて。
死んだと思っていたガイと再会したというのに、すぐに失ってしまって。
自分はとことん甘かった。
和平なんて道を選ばなければガイを死なせずに済んだかもしれない。

「俺のせいだ・・・
 俺がもっと強ければガイを死なせずに・・・」
「それは傲慢というものだよ、アキト・・・」
「え?」

不意に後ろから声が聞こえた。
初めて聞くような、それでいて聞き覚えのあるような・・・

慌てて振り返ると、そこにはボソンのキラメキがあった。
キラメキは徐々に人の形を成していった。
人影は三つ

一つ目は白いマントに黒いバイザーをかけた藍色の髪の女性であった。
どこか懐かしい感じもする

二つ目はピンク色のマントにやはり黒のバイザーをかけたピンク色の髪の少女であった。どこか知った女性の面影を残している気がする・・・

そして最後の人影は・・・

「イツキ・カザマ・・・さん?」

アキトにはその顔に見覚えがあった。
確かビッグバリア突破の際にデルフィニウムでナデシコを阻止しようと挑戦してきた連合軍のパイロットである。
後にナデシコに配属されたが、カワサキでの戦闘でゲキガンタイプのボソンジャンプに巻き込まれて死亡したとされている。
彼女は確か、ガイの元部下で彼を慕っていたはずだ。

イツキ「隊長・・・本当にバカなんですから・・・」

彼女はその亡骸にしがみついて泣き始めた。
アキトは声をかけるのを躊躇われたが・・・

アキト「イツキさん、生きていたんですか?」
Pink Fairy「はい、退いて退いて」
アキト「うわぁ」

イツキとガイに近づこうとしたアキトをピンク色の髪の少女が遮った。

Pink Fairy「ふむふむ・・・」
Snow White「で、どうなの?」
Pink Fairy「試してみたいことがある。
 イツキ、ちょっとどいて」
イツキ「え?ええ・・・」
Pink Fairy「ちゃららちゃっちゃちゃぁ〜♪
 ゴーストデジタライズナノマシーン〜〜」

彼女はなにやら懐から注射器を取り出すと、イツキを退かせた。
そしてガイの首筋に注射器を当てて何かを注射した。

Snow White「それで?」
Pink Fairy「一度連れて帰る。失敗しても恨まないで」
イツキ「お願い!」
そういうとイツキはガイの亡骸を抱きかかえた。
重そうなので藍色の髪の女性も支える。

けれどそれを唖然としてみていたアキトは大慌てで彼女達を止めようとした。

アキト「ちょっと、あんた達、ガイをどうするつもりだ!」
イツキ「ごめんなさい、隊長の遺体、預からせて下さい」
アキト「でも・・・」
Pink Fairy「信じて」
アキト「信じてって言われても・・・」
Snow White「アキト♪」

彼女達は口々にお願いをする。
そして藍色の髪の女性はバイザーを外してそっと微笑んだ。

アキト「お、お前は・・・」
Snow White「ゴメン、彼は私達の大切な仲間なんだ。
 彼女のためにも預からせてくれると嬉しいな」
アキト「一体あんたらは何者なんだ!?」
Snow White「もうわかってるはずだよ♪」

アキトは何となく気づいていた。
彼女は・・・彼女達は・・・

Snow White「大丈夫、彼を悪いようにはしないから。
 それよりもアキト、これから辛いことはいっぱいあると思う。
 でも負けちゃダメだよ。あなたの未来はあの人なんだから♪」

そういうと彼女はガイと二人の少女を抱きかかえて再びボソンのキラメキに包まれた。

来たときと同じく、何の痕跡も残さずに・・・

「ガイを頼む!」
アキトは消え去った彼女達に頭を下げた。
一縷の希望を託して・・・

けれど、そんなことがあったとは露知らず、こちらの方では死んだガイをめぐる男女の葛藤があった。



少し前・Yナデシコ通路奥


九十九はあるものをミナトに差し出した。
それはこの場に似つかわしくないと思えるものだった。

九十九「ミナトさん、これを・・・」
ミナト「なに?」

ミナトはそれを受け取って中身を見た。
いや、中身を見るまでもなく、箱の形でわかったかもしれない。

「エンゲージリング・・・これは?」

本来なら好きな人からもらえて嬉しいはずである
しかし、状況が状況なだけにミナトには出来の悪いジョークにしか思えなかった。
けれどあの九十九がそんなことをするはずがない。

次の瞬間、九十九は信じられない台詞を言う。
いや、あるいはその箱を見せられたときから予感をしていたのかもしれない・・・

九十九「ミナトさん・・・必要が無くなったら捨てて下さい」
ミナト「白鳥さん?」
九十九「・・・自分は木連に戻ります」
ミナト「何を言ってるの、白鳥さん!!!」

ミナトは我が耳を疑った。

ミナト「木連に戻るですって!?正気なの!!!」
九十九「ええ・・・」
ミナト「ヤマダさんはあなたの代わりに殺されたのよ!
 ということは本当に命を狙われたのはあなたじゃない!
 そのあなたが何も考えずに木連に帰ったら・・・」

殺されるに決まっている!
とミナトは二の句を継げなかった。
同胞に命を狙われるなんて、それも何も悪いことをしていないのに信じていた同胞に命を狙われるなんてどれだけ辛いことだろう。
それでも九十九は言う。

九十九「それでも戻ります」
ミナト「殺されるっていうのに!?」
九十九「ええ・・・」
ミナト「どうして!?せっかくヤマダさんが身代わりになってまで助けてくれたのに!
 あの人の犠牲を無駄にするつもりなの!?」
九十九「身代わりにしてしまったからですよ!!!」
ミナト「白鳥・・・さん?」

珍しく九十九にしては声を荒げる。
こんなに激しく怒ってる九十九を見るのは初めてだった。
後悔や、自分の未熟さや至らなさに対する怒りだった。

九十九「身代わりにしてしまったからこそ・・・
 一度逃げ出してしまったら・・・
 僕は不器用な人間ですから・・・
 『彼のためにも死ぬわけには行かない・・・』と自分に言い聞かせ続ける。
 どんな場面でも生き残ることしか考えなくなる。
 逃げ出すことしか考えなくなる・・・」
ミナト「いいじゃないの!
 死んで花実は咲くものかっていうじゃない!
 生きていれば出来ることもあるわよ!」

ミナトは死ぬとわかっていて行くことが正しいとはどうしても思えなかった。
『武士道は死ぬことと見つけたり』なんて言葉があるけど、そんなこと全然理解できなかった。そんなのただの格好付けにしか思えなかった。
でも九十九は首を横に振る。

九十九「生きるために命はありますが、命のために生きるものではないでしょ?」
ミナト「・・・意味がわからないわよ!
 私のことは嫌い?」
九十九「好きです」
ミナト「じゃ、私やユキナちゃんと一緒に暮らすことは意味のないことなの!?
 ただそうやって暮らすことに何の意味もないことなの!!!」

好きな人と穏やかに暮らす道だってあるじゃないかとミナトは訴える。
九十九はその考えを否定しない。
けれど・・・

九十九「そうじゃありません。
 でも僕は不器用だから・・・
 自分が成すべき事もせずにただ逃げているのは、僕にとっては死んでいることと一緒だから・・・
 後悔しながら生きることは僕にとって死んでいることと同じだから・・・」
ミナト「九十九さん・・・」
九十九「僕には成すべき事があります。
 草壁閣下は白鳥九十九が暗殺されたことを地球側の和平妨害工作として発表するでしょう。そうなれば木連の穏健派の発言は完全に封じられる。
 なまじ和平が上手く行きかけていただけに、火星を追い出された頃の史実を引き合いに出されて徹底抗戦やむなしとの意見が大勢を占めるでしょう。
 そうなればもう止まりません。
 地球と木連はそれこそどちらかが滅びるまで戦い続けるでしょう。
 そうなったときに一番被害を受けるのは名もない兵士や、戦えぬ民間人です。
 僕にはそれを止めずに安穏と隠れているなんて出来ない」
ミナト「そうだとしても別に白鳥さんじゃなければ止められない訳じゃ・・・」
九十九「本当に止まると思いますか?」
ミナト「そ、それは・・・」
九十九「僕は僕にしか出来ないことをしに行きます。
 だから・・・」

九十九はミナトの手を握り、エンゲージリングの入った箱を握らせた。

九十九「本当は和平が成ったら求婚するつもりでした。
 その気持ちは今でも変わりません。
 本当は待っていて下さい、生きて帰ってきますからと言いたいけれど、やっぱりそれは無責任なお願いだから・・・
 必要が無くなったら捨てて下さい。
 恨みませんから」
ミナト「そんな・・・酷いよ・・・」
九十九「済みません。けれど覚えて置いて欲しい。
 僕はあなたの笑っている顔が好きだから・・・
 あなたが幸せなら、僕は幸せです。
 だからあなたが幸せと思う事をして下さい」
ミナト「九十九・・・」

九十九はミナトの手をそっと離すと背を向けて数歩歩いた。
そして振り返ると敬礼をし、そのまま走り去った。

ミナトはその場で崩れ落ちるのであった・・・。



Yナデシコ・格納庫


ウリバタケ「おい!誰がゲキガンタイプを動かしてるんだ!」
整備班員その1「知りませんよ!」
整備班員その2「白鳥さんらしいッス!」
ウリバタケ「えぇ!?」

この世界ではきさらぎに行く為に白鳥九十九・・・つまりガイはテツジンに乗らなかった。まぁ乗れなかったと言っても良いのだが、そのためにテツジンはナデシコに置いておかれた。
だから、まだここにあった。

九十九はそれに乗り込んだのだ・・・



Yナデシコ・手術室


アキト「何だって!白鳥さんが!?」
白鳥九十九がゲキガンタイプでナデシコを離脱したという報はアキトのところにも届いた・・・



Yナデシコ・通路奥


ユキナは泣いているミナトの元にやってきていた。

ユキナ「ミナトさん、どうしたの?」
ミナト「うぅ・・・・」
ユキナ「お兄ちゃんでしょ!お兄ちゃんが酷いことを言ったのね!
 お兄ちゃんをとっちめてやる!
 待ってて、ミナトさん!」

兄を探しに行こうとするユキナの手を掴むミナト。

ユキナ「ど、どうしたの?」
ミナト「ち、違うの・・・
 違うの・・・」
ユキナの手を握って泣き崩れるミナトを見てユキナはただのケンカではないと悟った。
そしてミナトは言えずにいた。

九十九が木連へ死にに行ったなどとは・・・



Yナデシコ・ブリッジ


ブリッジにもその報が伝わっていた。
九十九自身の通信が入っていたのだ。

ユリカ「白鳥さん、どうして!」
九十九『例の通信機、ずっと点けていて欲しい』
ユリカ「通信機って・・・あのチューリップ型のですか?」
九十九『ええ、それと・・・ルリ君』
ルリ「私ですか?」
九十九『この間みたいに通信の映像を地球に流せるかな?』
ルリ「それはまぁ・・・」
九十九『その時が来れば何を流せば良いのかわかると思う。
 お願いしたい。』
ルリ「・・・はい」
九十九『じゃ、頼みます』
ユリカ「ちょっと、白鳥さん!?白鳥さん!!!」

そう言うと、九十九のテツジンはボソンジャンプをして遙か彼方に飛び去った。
それと入れ違いにアキトが大急ぎでブリッジに入ってきた。

アキト「白鳥さんは!?」
ユリカ「行っちゃった・・・」
アキト「なんで!」
ユリカ「わからないよ・・・」
アキト「ガイは助かるかもしれないのに!
 なのに!」

アキトは何故こうなってしまったのか、わからなかった・・・



白鳥九十九暗殺から12時間後


白鳥九十九・・・実際にはダイゴウジ・ガイことヤマダジロウだが・・・が暗殺されてから12時間後、和平のムードは一変していた。

地球から流れてくる情報はどれも最悪のものだ。
何故か地球にも木連和平特使白鳥九十九の死亡は伝えられていた。
どういう経路で伝えられたかは知らないが、公式発表では地球側の謀略により殺されたと地球連合を非難する声明が木連側から出されていた。

もちろん、地球側は反発した。
自分達が白鳥九十九を殺すはずがない。
これは木連側が和平をしたくないから和平特使である白鳥九十九を殺し、自分たちに罪を擦り付けたのだ。そうに決まっている!

なまじゲキガンガーが流行り、木連側と分かり合えると思っていた地球の民衆の反動は凄まじかった。
奴らなど似非のゲキガンガーファンだ。
自分達を油断させて騙し討ちしようとしたのだ。
戦争の口実にする為に和平使者である白鳥九十九を謀殺したのだ。
そうに違いにない!

特に白鳥九十九は地球の民衆にウケが良かったのでなおさらだった。

どちらにとってもヒーローに近い彼の死は、互いを非難または憎悪させる要素として両陣営の主戦派に最大限に利用されてしまった。
その影で、草壁の一派とクリムゾンの暗躍があった事は疑いようもないが・・・

けれど、可愛さ余って憎さ百倍
仲間と信じていた者に裏切られた後の憎悪ほど激しいものはない。
一部、和平派は平和を唱えてはいたが、それは異端とされてしまった。
やらなければやられる。

それが両陣営の体制に決定的な影響を与えた。

和平など吹っ飛び、両者徹底抗戦が世論となってしまった。

・・・どこで間違えてしまったのだろう?

ナデシコのクルー達は否が応でもその情報に晒されていた。
無力感でいっぱいだった。
まだ艦の整備とかやる事があるのでまだ良い。

けれど・・・



Yナデシコ・ブリッジ


ユキナ「ミナトさん・・・しっかりして」
ミナト「・・・・」
塞ぎ込むミナトを元気づけようとするユキナ。
けれどそれは上手くいかない。
その空気がブリッジ全体を支配していた。

けれど・・・

ラピス「ボソン通信機に受像」
ユリカ「え!?」

例のチューリップ型通信機に映像が入った。
多分、九十九が木連側で作動させたのだろう。
その時点で九十九は無事かもしれない・・・・

一応クルーはホッとした。

ルリ「地球に通信を転送します」
ユリカ「お願い・・・」

彼の願いだからそのまま通信を転送する。
けれど、その画面から映ってきたのは・・・
白鳥九十九の国葬であった・・・

真実を知っているナデシコクルー達にはその光景が空々しく思えた。
けれど、その映像を送ってきた九十九の意図をもう間もなく彼らは知る事になる・・・



木連市民艦れいげつ・とある倉庫


アキは国葬が行われる大スタジアムの近くに潜伏していた。

「ったく、何やってるんだか・・・」

アキは自分に絶望する。
結局何も変わらなかった。
九十九は殺され、戦争はよけい激しさを増した。
白鳥九十九が生きていれば歴史も変わる・・・
いや、変わる最後のチャンスかもしれないと思ってナデシコを降りてここまでやってきたのに、結局出来たことは何もなかった。

あの後、命辛々ここまで逃げ延び、終いには草壁春樹の国葬での演説でも妨害しようかとこんな所まで来ている。

それで何が変わるというのか!
自分でも馬鹿馬鹿しいと思うが、それでも何かをやらなければ気が済まなかった。

けれど・・・

まもなく、白鳥九十九の国葬が始まる・・・



れいげつ・月臣の部屋


「俺が九十九を殺した。
 俺が九十九を殺した。
 俺が九十九を殺した。
 俺が九十九を殺した。
 ・・・・・・・・・」

月臣はこれから始まる国葬の放送を眺めてブツブツと呟いていた。
まだ自分のしたことが信じられ無いかのように・・・



れいげつ・貴賓控え室


草壁はこれから国葬の準備をしていた。
しかしその表情に迷いがあった。

草壁「月臣少佐は?」
東郷「まぁ彼の役目は終わったんです。気になさる必要もないでしょう?」
草壁「そうだな・・・」
東郷「気にされていますか?白鳥特進大佐の台詞」
草壁「そうではない。我々は成すべき正義がある・・・」
東郷「それでよろしい。」

次の瞬間、草壁の顔から迷いはなくなっていた。

彼は式場に向かった。

東郷はほくそ笑む。

「さぁ世紀の名演説、見せてもらいましょうか」
それを合図に国葬は始まった。
茶番だが、全面戦争を決定づける演説が・・・



れいげつ・大スタジアム


そこには悲しみに暮れた木連の市民が何万人も詰めかけていた。
みな、黒い喪服や学生服に黒い腕章を付けていた。
スタジアムの真ん中に鎮座するステージには大きな大きな塔が立てられ、そこに白鳥九十九の遺影が飾られていた。

幼年部の学生達による国歌と追悼の曲を演奏の後、草壁春樹が塔の前に作られた壇上に現れた。

それを見ながらスタジアムの末席に座っていたアララギと秋山源八郎は囁きあっていた。

秋山「・・・本当に地球側の謀略だと思うか?」
アララギ「こういう場合、一番得をした者が犯人というのが推理小説の鉄則だがな・・・」
秋山「お前もそう思うか・・・」
アララギ「だが、解せぬ噂もある」
秋山「噂?」
アララギ「・・・がやったという噂だ」

アララギは空席に視線をやる。
そこは月臣元一朗の席だ。

秋山「まさか・・・」
アララギ「なぜ、そんなまどろっこしいことをしたのか・・・
 どちらにしてももうすぐ本音が語られるだろう・・・」

二人は演説に注視する。
これからの木連の運命を決める演説になるはずだから。

司会「突撃優人部隊草壁春樹リーダーより、和平特使白鳥九十九二階級特進大佐に贈る言葉!」
草壁「諸君の悲しみはいかばかりかと心中を察する。
 そして私も悲しい!
 彼は和平を成すために実に真心を尽くした。
 僕たちの平和を愛する心を地球側に伝えるべく誠心誠意尽くした。
 だが、彼らはそれを裏切りによって報いた!!!」

彼の演説をスタジアムは悲しみにすすり泣く声で聞いていた。

そしてその光景を見ていたナデシコのクルーは軽蔑とやるせなさで見ていた。
倉庫で聞いていたアキは忌々しげに聞いていた。
月臣は自室でうつろな顔で聞いていた。

草壁「僕らは争いを望まない!
 けれど卑劣な悪とは戦わなければならない!!!
 敵は強大だが、僕らは決して負けない!
 ゲキガンガーの第39話の様に!!!
 正義は決して負けないのだ!
 だからみんなも恐れずに戦おう!
 志半ばで無念の死を遂げた白鳥大佐のためにも!!!」



Yナデシコ・ブリッジ


ユリカが、アキトが、ルリやミナトらがその光景を見ていた。
胸が苦しくなった。
吐き気がした。
九十九はこんなものを見せたかったのか?
こんなものを地球のみんなにも見せてどうしようというのだ・・・

けれど、ざわめきが起きた。
ナデシコ内でもそうだが、れいげつのスタジアムの方でもだ。

ルリ「あれ・・・」
ラピス「あ・・・本当・・・」
ユリカ「何々?」
アキト「あ!」
ユキナ「ミナトさん、お兄ちゃんがあそこに!」
ミナト「え!?」

みんな気づいたようだ。

別の場所でみんなが口々に呟いた。
あの男の存在を・・・



れいげつ・倉庫


「あのバカ!あんなところで何をやってるんだ!!!」
アキは考える前に行動を開始していた。
彼が死んでいたなんて既に頭の中から忘れ去られている。
そんなことよりもあの馬鹿げた行為を止めさせなければ・・・

彼女はそれだけを思って走り出した・・・



れいげつ・月臣の部屋


「九十九・・・生きていたのか?」

彼は怖ず怖ずと放送の画面を食い入るように見ていた。
自分が殺したはずの人物がその映像に映されていたからだ・・・



れいげつ・大スタジアム


ざわめきを気にしながらも草壁は気にしないように演説を続けていた。
何があったんだろう?と思いながらも、より演説を盛り上げるように叫ぶ。

「正義は一つ!僕達の側にある!
 さぁみんなで叫ぼう、正義の合い言葉を!
 レッツ!ゲキガ・・・」
違う!!!!!

草壁の声を遮るように通る声が会場一杯に響きわたった。
さっきから気づいていた人も・・・
今まで気づかなかった人も・・・
みんながその声が発する場所を注視する。

秋山「おい・・・あいつ」
アララギ「ああ、生きていたか!」
誰もがわかった。その声の主が。

さすがに草壁もその声に振り向く。
するとそこには・・・

塔のちょうど頂上にその男は立っていた。

草壁「貴様は!!!」
九十九「私は正真正銘、本物の白鳥九十九です!
 故あって暗殺を免れました!
 あなた達が死んだと思っている人物は僕の身代わりになってくれた人です!」

そう、塔の上で叫んでいたのは死んだと思われていた白鳥九十九その人である。

九十九「騙されてはいけない!
 彼は地球側に謀殺されたのではない!
 そこにいる草壁春樹に謀殺されたのです!」
草壁「何を世迷い言を!」
九十九「世迷い言ですと?
 では何故和平ではなく、戦争を唱えるのです!
 あなたの正義とは何ですか!」
草壁「奴は偽物だ!
 白鳥九十九を騙る不届き者だ!」
九十九「偽物と思われるなら、それも致し方がない!
 だがしばし私の言葉に耳を傾けて頂きたい!
 その言葉が偽物に紡ぎ出し得るものなのか!
 その言葉に一点の曇りでもあれば撃てばいい!!!」

九十九は一世一代の大勝負に出ていた。
それは会場の聴衆はおろか、草壁春樹すら巻き込んで彼の言葉を聞かせることに成功した。いや、草壁は彼が偽物だろうと彼の言葉を聞かなければいけない雰囲気にさせられてしまったのだ。
草壁は彼を偽物と切り捨てられなければいけない。
撃つことは容易いが、それでは彼の主張を認めたと取られかねない。
ここから二人の説法が始まる。

九十九「では改めて聞く。あなたの正義とは何ですか!」
草壁「悪を撃つことだ!」
九十九「悪とは何ですか!
 誰が悪と決めるのですか!」
草壁「誰が決めなくとも明らかではないか!
 地球は我々を弾圧した。今また攻めて来ようとする。
 これを倒す事が正義ではないというのか!」
九十九「ではいつまで彼らは悪なのですか!
 未来永劫悪なのですか?
 手を差しのべてきても?
 謝罪をしてきても?」
草壁「罪は永遠に消えない!一時の謝罪など何の意味も持たない!」
九十九「それでは人は永遠に分かり合えぬというのか!
 人は永遠に許し合えぬというのか!
 憎悪の連鎖は永遠に続き、戦いはどちらかが滅ぶまで続けなければいけないのか!」
草壁「奴らがそれを望んだ!」
九十九「それは地球の総意ですか!
 彼らが我々を滅ぼしたいと何故わかるのですか!」
草壁「奴らは悪だ!それ以上の理由はいらぬ!
 悪はそう考えるものだ!」
九十九「分かり合おうとしないのはあなたの方だ!
 相容れぬ者達と分かり合う努力をしなければいつまで経っても争う事でしか解決出来ないではないですか!」
草壁「貴様!地球の女に誑かされおったか!」
九十九「ゲキガンガー第14話聖夜の悲劇サタンクロックMでは悲劇が描かれておりました。天空ケンは悪だから倒したのではない!
 分かり合えぬから倒したのです。
 けれど分かり合おうとしないその姿勢こそが悪だとは考えないのですか!」
草壁「ええい!奴は偽物だ!
 撃て撃て!!!」

しかし衛兵達は誰も撃とうとしない・・・
いや、撃てないといった方が正しい。
みんな何が正しい正義なのかわからなくなっていたからだ。
そしてこの偽りのない訴えをする九十九がとても偽物に思えなかったからだ・・・



れいげつ・月臣の部屋


「九十九だ・・・」
月臣は涙を流してその光景を食い入るようにいた。
親友の訴えは確かに彼の心の中に届いた。
負い目と後悔と嫉妬でくすんでいた彼の心に届いた・・・



れいげつ・スタジアム入り口


「何者だ!・・・うわぁぁぁ!!!」
「くせ者!!!」
「邪魔よ!!!」

彼女は全てが敵とも言えるスタジアムの中に突っ込んだ。
当然衛兵達がそれを阻止しようとする。
けれど彼女は疾風だった。

「あなた達は敵じゃない!退きなさい!!!」
彼女は容赦がなかった。が、殺しもしなかった。
一撃で捉えようとする衛兵を薙ぎ倒していった。

「もう良い、白鳥君!
 もう止めろ!今度こそ殺されるぞ!!!」

彼女こと、アマガワ・アキは白鳥九十九の元に必死に駆け寄る。
今度こそ彼を助けるために!!!
今度こそ彼を死なせないために!
やはり彼は必要なのだ!
地球のためにも、木連のためにも!!!

「行かせはせぬ!我が将来の伴侶よ!」
「北辰!どこまでまとわりつく!」
北辰は民衆の間から躍り出て彼女の行く手を阻む!
けれど救いの手は差しのべられた。

秋山「故あって助太刀いたす!」
アララギ「貴女は白鳥の元へ」

北辰とアキの間に割って入ったのは九十九の親友達だった。
アキそのものとは直接面識はない。
けれど、彼らはアキの意図を正確に悟っていた。

アキ「あなた達は!?」
アララギ「ここは我らが」
北辰「汝らは偽物を庇うつもりか?」
秋山「偽物?義を見てせざるは勇無きなり
 漢が命を張って諌言するのに偽物も本物もあるものか。
 ましてやそれが親友とあらば見捨てたとあっては末代までの恥!」
アララギ「俺にはお前や草壁中将の方がよっぽど奸賊に見える」
北辰「裏切り者よ!」
アララギ「貴女は早く九十九の元へ!
 奴は良い奴です、死なせないでやって下さい!」
アキ「・・・ありがとう!」

アキは彼らの意を汲んでスタジアム中央の塔に向かった・・・



れいげつ・貴賓室


東郷はその光景を見て忌々しくいう。

「なるほど、本物は生きていたか・・・
 なれどそれは些細な出来事。
 人は足掻く。
 けれどそれは決して流れの変わらぬ大河を逆らって泳ぐようなもの。
 時間は『時の記述』の通りに流れる。
 どんなに足掻こうともな・・・」

彼は笑う。その顔は東郷のものではなく、『始まりの人』としての顔になる。

「時は必ずあの場所に戻る。
 歴史を俯瞰してみることの出来ぬ哀れな囚われ人どもよ。
 歴史を変えようと足掻く者どもよ。
 けれど汝らは知らぬ。
 『真実の歴史』を・・・
 全ては必ずあの場所に帰る。
 その為には存在するはずのない彼女を消さねばならない」

誰とはなしに語る東郷。
けれど顔はすぐに厳しい顔に戻る。

「とはいえ、このまま続けばまずいな。
 まずは目障りな男を始末させてもらおう」

彼は手近に端末になりそうな人物を探る。
名も無き兵士の方が良いだろう。
草壁にやらせるのも一興だが・・・

「よし、あいつにやらそう」
彼はお構いなしに一人の兵士の精神を乗っ取ろうとした・・・



Yナデシコ・ブリッジ


「白鳥さん、もう止めて!!!」
ミナトは悲痛な声で叫んだが、その叫びは映像の向こう側には届かない。

いつ撃たれてもおかしくない。
彼を守るものは何もない。
たったひとつ、魂の叫びだけでかろうじてその身を守っている。
地球と木連の双方に訴えるその叫びだけでその身を守っている。
けれどそれは薄氷を踏むようなものだ。
たった一発の銃弾で彼は死ぬ。
けれど、彼以外に誰が両者の魂を揺さぶることが出来るだろうか?
徹底抗戦へと雪崩れ込む大衆の思いを止めさせることが出来るだろうか?

けれど・・・

「白鳥さん、もう止めて・・・」
ミナトの悲痛な声は画面の向こうには届かなかった・・・



れいげつ・スタジアム中央


スタンドの騒ぎは聞こえていたものの、二人の説法は続いていた。
いや、既に一方的に九十九が訴え、草壁は彼を撃てと騒いでいただけだった。

草壁「撃て!賊を討て!!!
 何をしている!!!」
九十九「皆さんも今一度考えて下さい!
 本当にゲキガンガーは悪を全て滅ぼしていたのですか!
 謝罪をし、手を取り合おうとしている者までも悪と呼んでいたのかを!
 敵とは必ず滅ぼさなければいけない者なのか!
 今一度考えて欲しい!
 我々は滅ぼす為に戦っているのですか!!!
 違う!!!
 我々は平和な世界が、安住の地が欲しかっただけだ!
 ならば・・・」

九十九の演説に誰しもが耳を傾ける。
既に誰も彼を偽物と疑う者はいなかった。
だから誰も彼に銃を向けようとは思わなかった。

「もう良い、止めろ白鳥君!」
アキは駆け寄りながら叫ぶ。

けれど・・・

『全ては時の記述のままに・・・』
何かが囁くのをアキは確かに聞いた。

「止めろ!!!」
アキは何者かに叫ぶ!

けれど・・・

バン!

乾いた銃声が会場に響いた・・・



Yナデシコ・ブリッジ


ユリカ「は!」
アキト「う!」
ルリ「・・・」
ユキナ「!」

その光景を見た誰もが呻いた。
そして・・・

イヤァァァ!白鳥さん!!!
ミナトが蒼白になって叫ぶ!

銃声の後、九十九が腹部が真っ赤に染まる光景が映し出されたからだ。



れいげつ・月臣の部屋


「九十九!九十九!九十九!」
月臣は撃たれた九十九の姿が信じられないようにモニターにしがみついた。
生きていたと思ったのに・・・
謝ることもできずに・・・
信じられない現実を受け止められないでいた・・・



れいげつ・スタジアム中央


銃を撃った兵士は信じられないように自分の銃を見つめていた。
同僚は隣で何故撃った!という彼を責めていたが、本人は呆然としていた。

そして会場のあちこちから悲痛な叫びが聞こえた。
彼らの目にはゆっくり崩れ落ちる九十九の姿が映った。
高い塔からまるで人形でも落とすように落下する人影がさらに人々の悲鳴を誘った。



『済みません・・・ミナトさん・・・・
 僕はやっぱりあなたの元に帰れそうにありません・・・』

塔から落ちる最中、九十九は遠ざかる意識の中でそうミナトに詫びた・・・。



白鳥九十九!死ぬな!!!
アキは力一杯駆けた。
けれど行く手には無数の木連兵士がいた。
もうすぐ九十九は地上に叩き付けられる・・・

「お前ら!邪魔だ!!!」
人混みをかき分けるように突き進むアキ

けれど・・・彼女は兵士達の群れに埋もれていった・・・



れいげつ・貴賓室


彼は窓の外に移る星空を見ながらほくそ笑む。

「さぁ、これから人々に真の歴史を見せよう。
 歪む歴史を紐解いて、本来あるべき歴史に正そう。
 歴史はここから始まる・・・
 全ての歪みの始まりの場所へ・・・
 火星で待ってるぞ。アイネス・・・」

彼は祝杯を挙げる。ある女性の名前を挙げて・・・



Yナデシコ・ブリッジ


九十九の悲しみに暮れるブリッジの中で、まるで他人事のようにイネスはブリッジの外に広がる宇宙の星空を眺めていた。

ラピス「どうしたの?」
イネス「いえ、何故か呼ばれた様な気がしたから・・・」
ラピス「誰に?」
イネス「さぁ・・・」
ラピス「なにそれ?」
イネス「さぁ・・・」

彼女はその先に火星があることなど知らずにいた・・・



流転する運命


全ては元の歴史の通りになるのか?
本当の歴史とはなんだろうか?
本当に神様のいうとおりに歴史は流れるのか?
いや、神様にだってわからない・・・
この先どうなるかなんて誰にもわからないのかもしれない・・・



ポストスプリクト


ということで黒プリ二十五話をお届けしました。
これにて黒プリは完結です。

・・・っていうのは冗談ですが、ここで止めても良いような気もします(爆)
ウソです。ちゃんと最後まで書きます。
ラストは考えています。

けど、今回もすごい積み残しが多かったなぁ・・・
本当は後編なんてすぐ終わるのかと思っていたら書いているうちにすごく長くなっちゃった。まぁ短く終わるなんて考えている方が甘いのですが。

ともあれ、ガイと九十九の件に関しては賛否両論はあると思いますが、最後の方まで物語を見て頂くとそれなりに別の感想を持って頂けるかもしれません。
出来ましたらそれまでご批判はご容赦頂けると嬉しいです(苦笑)

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・葛葉 様
・そら 様
・k-siki 様
・Chocaholic 様
・まるい55 様
・H.Y 様
・kakikaki 様
・水島 蓮 様
・望月 コウ 様
・bunbun 様