アバン


彼は走り続けていた。
平和な世の中を作るために
しかしそれが成功に向かうにつれ、自分の身が危うくなるのに気づかずにいた。

彼は前に進めずにいた。
友が前を走る様を羨ましくも思い、妬ましくも思っていた。
いつか友に着いていけなくなるのではないかと不安を抱いていた。

彼女は走り続けていた。
わき目もふらずに、歴史を良き方向に進むように走り続けた。
たとえそれが人にとっては不可解な行動に見えたとしても

今はまだ、彼らのバランスは保たれている。
けれど終わりは・・・いつか来る
まるで砂上の城のように・・・

ああ、これってSecond Revengeのラストとほんのちょっぴり関係があったりしますのでそのつもりで〜



れいげつ・九十九の部屋


「ん・・・誰ですか・・・」
九十九は目を擦りながら暗闇を凝視する。
暗闇の中にぼんやりと白い姿・・・
それは長い髪の女性であることに気づく。

「ん・・・アキさんですか?
 トイレなら・・・」

九十九は自分がまだ寝ぼけていることを自覚しつつも、彼女が自分の元にやってきた理由などそれしかないだろうと適当に応対した。

しかし、ゆら〜りと迫ってくるアキの姿はなぜか艶めかしく、視線は釘付けになった。
次の瞬間、彼女は声を発した。
けれど、それは九十九が想像していたような種類の内容ではなかった。

「白鳥君、ゴメン・・・」

九十九がその台詞の真意に気づいた瞬間、
アキが手に持っていた包丁を振りかざすのに気が付いた。

「ゴメンって・・・」
そう言おうとしたかしないかのうちに、アキは手に持っていた包丁を九十九に振りかざした!!!

ブスゥ!!!!!!!!
切り裂かれた羽毛や綿が辺りに飛び散る。

九十九「あ、アキさん!何をされるのですか!?」

間一髪、紙一重のところで包丁をよけた九十九は耳元に冷たく光る包丁に冷や汗をかきながら彼女に訴えた。
しかし彼女は何も話さない。
そのまま包丁を引き抜こうとする。
たまらず九十九は飛び上がるように起きあがった。

ヒュン!

次の瞬間、薙ぐように包丁が閃いた!
九十九はもたつく足を叱咤しながらかろうじてバックジャンプをした。
だが下に布団があるため、上手く飛べずそのまま尻餅をついて着地した。
けれどそこは木連式柔の有段者である九十九である。半回転をしてすっくと立ち上がった。
そして木連式柔でいうところの構えを取った。

ちょうどそこにアキが包丁を繰り出した。
波陣である。
波陣は武器を持ったとき、その神速の動きから凶悪な力を発揮する。
しかし九十九はよく避けた。
いや、狙いが肩口とかそういう甘い所を狙っているからかもしれない。

2、3回やりとりを行った後、今度は九十九の方が一歩を踏み出した。
包丁の分だけ間合いは向こうの方が長い。
ここは絡みに持ち込まないといけない。

バシィィィ!!!
九十九はアキの右手を叩いて包丁を落とし、後ろ足で部屋の隅に遠ざけた。

アキ「ち!」
九十九「アキさん、一体どうしたっていうんですか!?」
アキ「おとなしくしなさいよ!本気で殺しちゃったらどうするつもりよ!」
九十九「いや、本気で殺されかかってますよ!」

ともかくも九十九はアキを取り押さえようとする。
今までの数手の組み手で彼女がかなりの実力者だということがわかった。
しかも流派は自分たちの木連式武術の流れに近い。
けれど、やはり力は女性故に非力だ。ある程度力で押さえ込む技を主体に繰り出していけば何とかなるかもしれない!

九十九は寝技に持ち込む。

片方が相手に馬乗りになり押さえ込もうとすると、もう片方が跳ね返して乗り返す。
そんな攻防がしばらく続いた後に力が尽きたのはやはり女性のアキの方だった。

アキ「はぁはぁはぁ・・・」
九十九「アキさん、これは一体どういうことですか?
 本気で殺すつもりはなかったみたいですが、なぜこんな事を・・・」
アキ「殺したくなかったから・・・」
九十九「殺したくないって、さっき殺されかけましたけど・・・」

そう言おうとした九十九はハッとなる。
彼女の寂しげな表情を・・・

アキ「このままじゃあなたは死ぬ。だから・・・」
九十九「自分が死ぬ・・・ですか?
 そう言えばあなたは以前撫子の時にもそのような事を言われましたね」

確かあれは九十九がナデシコで捕虜になったときの事だ。

『このままじゃ何も変わらない。
 このまま木連に戻ったらあなたはいずれ殺される!』

あの時はよく意味が分からなかった。
けれど彼女があの時と同じ事を言っているのだとしたら・・・
そういえば確か今朝も何か話したそうな顔をして、結局照れ隠しとか言われて誤魔化されたけど、全て同じ理由だとすれば・・・

九十九「どういうことか説明してもらえませんか?」
アキ「・・・」
九十九「このまま行けば私が殺されてしまう・・・そうあなたは思っているのですよね?
 なぜそう思うのですか?」
アキ「知らない方が良いこともあるわ」
九十九「同じ怪我をさせられるとしても理由を知ってからにしたいんですが・・・」
アキ「・・・」

アキはしばらく無言だった。
九十九は辛抱強く彼女が話すのを待った。
アキは渋々口を開いた。

アキ「和平を実現させるのは止めなさい」
九十九「え?」
アキ「和平をこれ以上実現させようと動いたらあなたは・・・
 月臣君に殺されるわ」
九十九「なんですって!?」

彼女のあまりにも突拍子もない言葉に、ここまで驚きづめの九十九はさらに驚いた・・・



れいげつ・九十九の部屋の前


月臣「・・・俺が九十九を殺す?
 そんなバカな・・・」

九十九とアキが同衾になりはしないかと心配になって様子を見に来ていた月臣もその会話を聞いてしまっていた・・・



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第二十四話 Boys meets girl(?)<後編>



翌朝・れいげつ九十九の部屋


次の日、卓袱台の上には朝食が山のように置かれていた。
もちろん、これだけたくさんの量を作ったのは三角巾にエプロン姿のアキである。
そして卓袱台には九十九と月臣が既に着席していた。

アキ「おはよう♪
 今日もたくさん作ったから遠慮なく召し上がれ♪」
月臣「うわぁ、美味しそうだ♪
 いただきます〜〜♪」
九十九「いただきます〜〜♪」

もしも昨日の騒ぎを知っている者がいるとすれば、その豹変ぶりを驚くぐらい何事もなかったように振る舞う彼らがいることに驚くことだろう。

月臣「いやぁ〜相変わらず美味しいですね♪」
アキ「あら、ありがとう♪」
月臣「アキさんはきっといいお嫁さんになりますよ」
アキ「お嫁さんって何?」
月臣「え?」
アキ「誰がお嫁さんになるって?」
月臣「い、いや・・・それは・・・」
アキ「誰がお嫁さんになるって言うの!」
月臣「い、いえ、誰かと結婚するとか、考えてませんか?」
アキ「別に考えなくないけど・・・」
月臣「ならお嫁さんに・・・」
アキ「だからお嫁さんって何よ!」
月臣「・・・・もう言いません」

あまりに『お嫁さん』という単語に対して怒りにも似た拒絶反応を起こすアキに敗北感を感じる月臣(笑)

さりげなく『俺の嫁さんにならないか?』と繋げようとするつもりだったのだが、すげなく拒絶されてしまった。
もっとも、真相を知っていたらもっと別の意味で拒絶していたことに気づいたろうが(苦笑)

だが、そのやりとりを聞いて笑い始めたのは九十九であった。

九十九「あはははは!!!!」
月臣「つ、九十九!何がおかしい!!!」
九十九「い、いや・・・・
 何がおかしいって・・・
 やっぱりおかしいって♪」
月臣「き、貴様!笑うな!!!」

それでもなお、九十九は笑い続けた。
なぜだかわからない。
無性に笑いたくなったのだ。

そしてひとしきり笑った後、九十九はアキに向き直り、こう言った。

九十九「アキさん」
アキ「ん?何?」
九十九「デートしませんか?」
アキ「で、デート?」
月臣「九十九、貴様やっぱり二股か!!!」
九十九「それは冗談ですが、出来れば艦内を案内したいんですよ」
アキ「いやぁ、私ってば密航者だし(苦笑)」
九十九「そうはいってもいつまでも部屋の中じゃ気が滅入るでしょ?
 観光スポットと呼べるほどのものはありませんが、是非見せたいものもありますので」

九十九はニッコリ笑ってそう言う。
渋るアキであるが・・・

アキ「ほらさぁ、部外者って目立つじゃない?
 そうすると捕まったりするから・・・」
九十九「自分に任せて下さい!
 妙案がありますから」
アキ「妙案?」
月臣「九十九、貴様・・・」
九十九「いや、元一朗も喜ぶはずさ♪」

ウインクした九十九は珍しく悪戯っ子のような顔だった・・・



れいげつ・廊下


九十九と月臣は女性と歩いていた。
その女性というのはグルグル眼鏡に三つ編みのお下げ、それに木連女性がよく着るような白い長袖のシャツに紺色の長いスカート姿であった。
結構背の高い女性であるが、恥ずかしさからなのか、常に背中を丸めながら俯き加減に九十九達の背中に張り付いていた。

アキ『白鳥君!!!!』
九十九『ああはは・・・結構お似合いですよ♪』
月臣『これはこれで新鮮だ♪』

こそこそ笑う九十九をコンチクショウ!と思うアキ。
妙案って何かと思っていたら、要はただの変装である。
しかも今時木連の婦人会でももう少しお洒落だぞ!ってな感じのルックスに身を包んでいる。痘痕にえくぼな月臣は除くとしても、こんな姿を好むのは眼鏡っ子好きな大きなお友達ぐらいである(笑)

北辰「我が生涯の伴侶の匂いがする・・・」

ゴメン、例外がもう一人いた(苦笑)
柱の影で熱い視線をこちらに送っている人物が一人。
その視線に気づいて冷や汗をかくアキ。

アキ『ちょっと、何かがあの柱の影でこっちを見てるわよ!
 気づかれたんじゃないの!?』
九十九『大丈夫ですよ♪
 堂々としていればバレやしませんって♪』
アキ『本当に!?本当にバレてない!?』
九十九『大丈夫ですよ♪』

北辰「・・・似ている。
 どことなしに我が生涯の伴侶の面差しが・・・」

ジーーーーー

アキ『バレてるよね!絶対バレてるよね!』
月臣『何!?北辰がアキさんをつけ回しているのですか?
 ならば俺が成敗して・・・』
九十九『まぁ待て、元一朗。
 向こうはこちらに確証があるわけじゃない。
 ならばこちらからそうだと教えてやる必要はないだろう』
月臣『ふむ、それもそうか』
アキ『そうか、じゃないわよ〜〜』

アキは真っ赤になりながら九十九を睨み付ける。
九十九は面白がっているのか、それとも意趣返しなのか、おもしろくてしかたがないって感じだ(笑)

九十九『あの角を曲がったら走りますよ』
アキ『え?ちょっと・・・』
月臣『おい、待てよ』

角を曲がったところで九十九はアキの手を引いてダッシュした。
その顔がなんとも楽しそうだ。
三人はまるでレポーターから逃げ回る芸能人にでもなった気分になっていた。




しばらく走った後・・・



ずいぶん走って艦の中心部に逃げてきた三人
さすがに息を切らすが、それでもどこか楽しそうだった。

九十九「はぁはぁ・・・
 追いかけてきませんね」
月臣「巻いたか?」
アキ「なんて無茶な・・・」
九十九「アキさんの口から無茶なんて台詞が出てくるなんて自分の方こそ意外ですよ(笑)」
アキ「んにゃろ・・・」

アキは忌々しげに九十九を見上げた。
けれど元々は木連の戦艦に単身の乗り込むという無茶をやらかしているのはアキの方だ。

九十九は涼しげな顔をしてこう言った。

九十九「・・・本当にデートしませんか?」
アキ「え?」
九十九「見せたいんですよ。俺達の艦を・・・」
月臣「九十九・・・」

三人はそのまま艦内デートにしゃれこんだ。もちろんデートと呼べるほどに色気のあるものではなかったが。



れいげつ・通路奥


ちなみに先ほどから熱い視線を送っていた北辰さんはどうしていたかというと・・・

「き、貴様、いつの間に・・・」

とか、

「白鳥九十九!我の邪魔をするというのか!」

とか、

「我は伴侶を捜すのに忙しいのだ!貴様の相手をしている暇はない!!!」

とか、

「むむむ、手強いではないか。
 しかし愛の力がある限り、我と伴侶との仲は誰にも裂けん!」

とかやっていたらしい。
多分偽物の白鳥九十九と戦っていたのでしょう(笑)



れいげつ・公園


九十九「さぁ着きました♪」
アキ「連れてきたかったってここ?」
九十九「ええ♪」
月臣「なるほど・・・」

九十九が自信満々に紹介した場所。
そして月臣もその光景を懐かしむように見ている場所

そこは誰もいない、ただの公園だった。
ブランコにジャングルジムに雲梯(うんてい)
どこにでもありふれた・・・
いや、今となってはかなり古めかしい。
雑草程度は生えているが奇麗な花など咲いていない。
いや、花壇などはあるが全て造花だ。
木々も全てダミー
背景も書割(かきわり)だった。

アキ「はて?どこかで見たような・・・」
九十九「わかりませんか?」
アキ「えっと・・・」
九十九「ゲキガンガーの」
アキ「ああ、アニメに出てくる公園!」

そう、この公園はゲキガンガーの劇中に出てくる近所の公園を模して作られていたのである。ただし、緑と土の実物だけはなかったが。

アキ「何でまた・・・」
九十九「そうだ、元一朗」
月臣「何だ?」
九十九「アキさんも喉が渇いたでしょう?」
アキ「いや、まぁ・・・渇いたというか・・・」
九十九「元一朗、何か飲み物を買ってきてくれないか?」
月臣「何で俺が・・・」

せっかくの公園でのデートなのに使いっ走りをさせられることに渋る月臣であるが、九十九は懐から取り出したがま口を月臣に投げてお願いした。
いつもの憎めない人なつっこそうな顔で。

九十九「頼む」
月臣「・・・わかった」
見た目と違って月臣は優しかった。
彼は大急ぎで飲み物を買いに走った。

二人は誰もない公園に取り残された。
九十九は近くのベンチに座ると懐かしそうな表情で公園を見やった。

アキ「気を利かせてくれたのね、月臣君」
九十九「ええ、一番の親友です」
アキ「でもさぁ、何でこの公園ってゲキガンガーの公園にそっくりなの?」
九十九「それはあこがれだからですよ」
アキ「あこがれ?」
九十九「ええ、ゲキガンガーは地球の姿を映した数少ない映像でしたから」
アキ「あ・・・」

かつて火星を追われた木連の民が持ち出せた映像資料は少ない。
その中の一つがゲキガンガーというアニメだった。
でもアニメは所詮作り物である。
けれど、作り物であるが故に、それは理想が映し出されていた。

九十九「特に太陽と緑と大地は木星にはありませんでした。
 これはもはや我々にとって渇望と言っても良いものです。
 我々は焦がれているんですよ、大地というものに・・・
 だから性急に思われても火星に戻りたいと思う同胞の気持ちもよくわかっているんですよ・・・」
アキ「白鳥君・・・」
九十九「作り物だからこそ、本当の緑の大地に憧れる・・・
 だから同胞達には大地を踏ませてあげたい。
 そう思うんですよ。
 たとえ、それで自身の身を危うくしたとしても・・・」

九十九はアキに言われた言葉を重々承知していた。
けれど・・・九十九は一刻も早く和平を為したかった。



回想・れいげつ九十九の部屋


それは昨夜のことだ。
九十九が襲いかかるアキを止めた後、アキは真相を語り始めた。

アキ「和平を実現させるのは止めなさい」
九十九「え?」
アキ「和平をこれ以上実現させようと動いたらあなたは・・・
 月臣君に殺されるわ」
九十九「なんですって!?」

最初、九十九は彼女が冗談を言っているのだと思った。
けれど彼女の真剣な瞳はそれがウソではないことを物語っていた。

アキ「和平はならないわ。望んでいないもの。
 地球連合も木連も。
 少なくとも上層部は・・・」
九十九「ああ、そのことですね。
 でも民衆は和平を望んで・・・」
アキ「だからあなたは和平を成功させようとしている。
 いや、させすぎているわ!
 けれどそのことが自分の身をどれだけ危うくしているか気づいていない!!!」

アキは苛立ちをぶつける。
彼はやはりわかっていない。

アキ「あなたは自分に向けられている悪意に鈍感すぎる!
 今だってあなたは全くの無防備だった!」
九十九「い、いや、それは否定しませんが・・・
 だからといって・・・」
アキ「上手く行き過ぎればその反動も大きい!
 彼らのターゲットは一気にあなたに集中することになるのよ」
九十九「まさか、いくら草壁司令でもそこまでは・・・」
アキ「確か遷都計画は実施されかかっているって言ったわよね?」
九十九「ええ」
アキ「それだけ性急に事を進めているのに和平がなったらどうする?
 その裏で進めている本当の計画すら危うくなる。
 是が非でも潰そうと躍起になるわ。
 今の和平ムードはその為に利用される可能性すらあるの!」
九十九「まさか・・・」

そう思う九十九であるが、彼女の言葉もあながち間違ったものではない。
現に草壁は地球の一企業と協力をして機動兵器を開発していた。
その意図が何かはわからないが、決して平和が目的ではないだろう。

アキ「急いで和平が成っても必ず軋轢を生む。
 その歪みはいずれ最悪な方法となって吹き出す。
 だから・・・」
九十九「それで私が元一朗に殺されると言うのですか?
 けれど元一朗は良い奴です。一番の親友です。
 その奴がなんで・・・」

それでも月臣に殺されるという言葉が信じられないのか九十九は尋ね返す。

アキ「・・・あなたはミナトさんとの結婚を考えているのよね?」
九十九「え!?いや、なんでそのことを!!!」
アキ「いや、ほら・・・」

アキは部屋の隅を指さす。
結納の品々が既に準備されていた(気が早!)

九十九「いや、こ、これは・・・(汗)」
アキ「私のいた世界ではハルカ・ミナトは別の男性と結婚している・・・」
九十九「え?」
アキ「その男の人と一子をもうけているわ。」
九十九「いた世界って・・・」
アキ「心配しないで。白鳥ユキナちゃんはミナトさんと同居しているから」
九十九「済みません、言っている意味が分かりませんが・・・」
アキ「私のいた世界にあなたは既に存在していない。
 あなたは赤城山の墓地に埋葬されているの。
 そして月臣君は君を殺した罪の意識からか、ネルガルシークレットに入り、闇の仕事に手を染めているわ。
 今より5年も先の話だけど」
九十九「ま、まさかあなたは・・・」
アキ「時空跳躍と呼んでおいて、空間移動だけってことはないでしょ?」

アキは顔を見せないようにそう言う。
彼女は一体何者なのだ?
彼女の言葉が正しいならまるで・・・

九十九「けど・・・」
信じがたいように九十九は呻く。
けれど彼女がいつものように「照れ隠しでした♪」とか言う気配はどこにもなかった。
だからこそ、よけいそれが真実と感じさせた。

アキ「まだ未来を変えられるかもしれない。
 悪いことは言わないから性急に和平を実現させようとは思ってはダメ。
 今、あなたが死んだりしたら未来はもっと酷くなる・・・」
九十九「・・・」

九十九は彼女の発言そのものの意味を理解するだけで手一杯だった・・・



回想終了・れいげつ公園


九十九は昨日アキが言ったことをずっと考えていた。
そして出た結論がそれである。

九十九「本当に早く同胞達に本当の大地を踏ませてあげたいんです。
 そのためなら・・・」
アキ「ミナトさんを悲しませても?」
九十九「私にしかそれを為すことが出来ないというのなら」

九十九の瞳はどこまでもまっすぐだった。
それを見たアキは決心した。

アキ「わかったわ」
九十九「わかってくれましたか♪」
アキ「ええ、ここは重傷を負わせても和平会談に出れないようにしてやるわ!」
九十九「またそれですか〜〜!」

結局昨日襲ってきたときとリアクションがまったく変わっていない(笑)
いきなり身構えて襲いかかってくるアキに必死に防戦する九十九だった。

バシ!!!
ガシ!!!
シュシュ!!!

幾度かの攻防が繰り返される。
誰か聴衆がいたらその攻防が白熱してる事がわかったろう。
けれど徐々にアキの攻め手が弱くなったのに気づいただろうか?

「うりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
渾身の力を込めた一撃!・・・に見えたアキの一撃
それを九十九は受け止めた。
まっすぐな真摯な瞳で、
アキの瞳を真っ正面から見据えながら。
だから、彼女も悟ったのであろう。

アキ「なんで・・・」
九十九「自分は信じています。元一朗は親友です。
 そして木連の民も、地球の民も・・・
 手に手を携える日は必ず来ると・・・
 その日が一日でも早くくるなら自分はその礎となりたいのです」
アキ「だからって、あなたが死んでしまったら何にもならないじゃない!
 しかも味方に殺されて!
 信じたものに殺されるのよ!?
 そんなのガイだけでたくさんよ!!!」
九十九「アキさん・・・」
アキ「あなたがいれば未来はもっと変わったかもしれない!
 火星の後継者なんてものも現れなかったかもしれない!!!」
九十九「買いかぶりすぎです。自分はただの一将校ですよ」
アキ「君は・・・
 君は私のあこがれだった。
 目標だった。
 君とミナトさんは本当に幸せそうだった。
 木連と地球は手を携えることが出来る、その象徴だった。
 なのに味方に裏切られて、ゲキガンガーを利用されて・・・
 だからもう一度同じシーンを見たくない!」

アキは泣きながら頭を振った。けれど九十九は優しく諭す。

九十九「・・・もしもこの道が正しいのなら、私一人が死んでも続くものは必ず現れます。
 そして私はこの道が正しいと信じています。
 あなたの知っている歴史でもこの道は正しかったのでしょ?」

九十九の問いかけにアキはぎこちなく頷いた。
すると九十九は満足げに笑った。

九十九「ならば私はこの道をまっすぐ進むことが出来ます。
 ありがとう、アキさん。
 大丈夫、簡単には死にませんよ。
 何よりミナトさんと結婚したいですし♪」
アキ「・・・バカ野郎」

アキは九十九の胸に顔を埋めて彼の胸板を叩いた。
そんなアキの頭を九十九は優しく撫でた・・・。

カァーーーー
カァーーーー

何故か、お約束のように天井には夕焼けが映し出され、放送にはカラスの鳴き声が流されていた。



れいげつ・公園の外


「俺は・・・」

中に入れずにいた月臣は缶ジュースを持て余していた。
知った真実の重さに、
沸き上がる嫉妬に
心の迷いに

けれど心は定まっていたのかもしれない。
沈む夕日に照らされた二人の重なる影を見ながら、二人の思いを反芻しながら・・・



数日後のれいげつ


それからの日々は何事もないようにすぎていった。

九十九はいそいそと和平の準備を進めていた。
もちろん、結納の準備も着々と進めていたりした。

九十九「すまん、元一朗!金を貸してくれ!!!」
月臣「いくらだ?」
九十九「20万」
月臣「なに!?そんな大金、何に使う気だ!」
九十九「いやぁ、給料の三ヶ月分というではないか」
月臣「貴様!気が早すぎるわ!!!」
九十九「この通りだ!一生の頼みだ!!!」
月臣「お前の一生の頼みはこれで何度目だ?」
九十九「そう言わずに・・・」
月臣「・・・わかった。
 そのかわり、必ず返せよ」
九十九「恩に着る、元一朗♪」

などというやりとりもあり、見事エンゲージリングもゲットできたようだ。
見た目、九十九と月臣の友情も問題ないように見える。

アキ「さぁ朝御飯よ」
月臣「うひょぉ!旨そうだ♪」
九十九「本当に美味しい♪」

彼らの生活も変わらないように見える。

けれど、終わりは確実に近づいている。

九十九「和平会談が決まった」
月臣「本当か!?」
アキ「・・・」
九十九「ああ、撫子の方々が向こうの全権特使に推挙されたそうだ。
 あと数日で彼らはこちらの宙域に到着なさる。
 俺は一足先に向こうに出向き、詳細な打ち合わせをしたいと思う」
月臣「急な話だな」
アキ「いつ頃向かうの?」
九十九「明日には出立します。
 テツジンで跳べばすぐですから」

その日が彼らが三人で食事をとる最後の日となった。
壮行会代わりに彼らは騒いだ。
プロポーズをするつもりだと言う九十九を二人は冷やかした。
九十九はのろけながら、酒の勢いで最近している交換日記の内容を暴露し始めた。
相変わらず月臣は『貴様、そんなに巨乳が良いのか!!!』とか、叫んだが、九十九は全く意に介さなかった。

酒を酌み交わし、
笑い合い、
騒いだ。

まるで無理矢理楽しいフリをするように
どこかで感じていたのかもしれない
こうやって笑い合える日々が今日で最後だということを、
肌で感じていたのかもしれない。




宴の後・・・・



男達は酔って寝ていた。
そんな中、アキだけがむっくりと目を覚ました。
酔っぱらって寝ている二人の顔を眺める。
九十九は幸せそうな顔でスヤスヤ寝ていた。
そして月臣の方は・・・

アキ「起きてるんでしょ?月臣君」
月臣「・・・わかりましたか?」
アキ「うん。多分何か言いたそうだったし、
 それに私も言いたいことがあったから」
月臣「・・・そうですね」

アキは月臣が何を言いたかったのか、
月臣はアキが何を言いたかったのか、
どうやらわかっていたようだ。

アキ「ねぇ、月臣君・・・
 手合わせして欲しいんだけど・・・」
月臣「・・・良いですよ。
 今の時間なら道場には誰もいないでしょうし」
アキ「ありがとう」

二人は深夜の艦内を道場に向かった・・・



れいげつ・道場


その道場に明かりは付けられなかった。
薄明るい月夜に模した照明があるだけである。
こういうところはやはり地球に憧れるが故であろうか?

月臣「防具は?」
アキ「いらない」
月臣「そうですか・・・」
アキ「手合い形式は神楽で」
月臣「神楽ですか!?
 しかしいくら何でもそれは・・・」

神楽とは本来、神に捧げる音楽と舞の事である。
しかし木連式武術の場合、それは制限無しの試合・・・つまり相手の命を殺めても咎めなしとされる。
いくら月臣でもそれには躊躇した。
けれどアキはこう言う。

アキ「そのくらいやらないと北辰には勝てない。
 それとも月臣君は北辰に足元にも及ばないと?」
月臣「滅相もない!あんな外道に後れをとるほど、この月臣元一朗、腐ってはおらぬ」
アキ「なら結構。
 あなたと死合って勝てないなら北辰にも勝てないでしょうから」
月臣「わかりました。
 では全力で行きます!」

月臣は北辰の強さを十分知っていた。
そしてそれに勝つというアキの並々ならぬ気迫も十分感じていた。
だから己の全力を持って相まみえん決意を固めた。

二人は互いに一礼する。
しかし構えは取らない。
それが木連式柔の構えだ。
居合道が刀を鞘に収めたまま敵と対峙するのと同じように、彼らの柔は構えも取らずに両手を下げたままが構えなのだ。

その後、しばし互いに何もしないまま膠着する。

木連式柔の初手は神速にて攻める「波陣」であり、これは先の先を取る技だ。
しかし先の先であるが故にかわされると次の手が厳しくなる。
だから如何に相手に気取られないように繰り出すかがポイントになる。
その技を出すタイミングを両者は計っていたのだ。

静かに互いの呼吸だけが聞こえる。
それぞれ相手の呼吸を聞き入っていた。

スーーーー

それが合図になった!!!

グワシィィィ!!!!!!!!!!!!

彼らは互いに波陣として繰り出した掌底で受け止めた。
すると月臣はそのままアキの手を握り、自分の懐に引き寄せた。
それだけではない。
そのまま近づく相手の顔に逆の手で掌底を打ち込もうというのだ!!!

スカ!

しかし、本来アキの顔があるはずだった場所に彼女の顔はなかった。
彼女は頭を下げ、低い姿勢でいた。
そして彼女も掌底を放とうとしていた。
低く突き上げ気味に彼の鳩尾を狙っていた。

グワッ!!!

月臣はほとんどアッパー気味のその一撃を紙一重でかわした。

ここまでの攻防はわずかに数秒である。
その間に、彼らは何度も死にかける攻防を繰り返したことになる。
ここで二人は一度、間合いを取って離れた。
かわしたとはいえ、首筋や顎に少し腫れを残す。
それだけ互いの攻撃が鋭かったという事だ。

アキ「ったく、かすりゃしない。結構本気だったのに・・・」
月臣「アキさん、マジで俺を殺すつもりだったんですか!?」
アキ「い、いやぁ、何となく手加減無用な面構えだったし(汗)」
月臣「面構えって・・・九十九には手加減したくせに!」
アキ「やっぱり見てた?」
月臣「ええ。思いっきり手加減していたように見えましたよ!」
アキ「いや、あっちは万が一にも殺しちゃまずいし・・・」
月臣「俺なら殺しても良いって言うんですか!!!」

しれっと答えるアキに必死の形相で怒る月臣
しかしそれが彼女特有の照れ隠しと気づき、月臣はやがて真顔で聞いた。

月臣「やっぱり俺を殺したかったんですか?」
アキ「いや、別に・・・」
月臣「やがて俺が九十九を殺すかもしれないから?」

聞きたくて聞けなかった言葉
それは自分よりも九十九の方が大事だという告白と同じだから
でもそれを聞いてしまったら自分たちの関係は終わってしまうのではないか・・・
三人の生活はもしかしたら終わってしまうのではないか・・・

だから躊躇われた。
けれどそれもどのみち今日で終わりだ。
明日からは何かが変わる。
それが何かは未来を知る由もない彼にわかるわけはないけれど、終わることだけはわかっていた。

だから聞きたかった。
彼女にとって自分は何なのかを
否定的な言葉でも彼女との関係がそれでハッキリするならそうさせたかった。

だが、彼女の口から衝いて出た言葉は酷く曖昧なものだった。

アキ「ほら、月臣君の実力って何となく知ってるし・・・」
月臣「自分があなたに武術を披露したのは初めてですが?」
アキ「ん・・・なんていうか・・・
 私の攻撃、何となく読めたでしょ?」
月臣「確かに・・・でも、いや、まさか・・・」
アキ「うん、そんなところ。
 っていうか、嫌ほど叩き込まれたし、私も手加減する余地なかったし、まぁその癖というかなんというか・・・」

なるほど、自分が木連式柔を彼女に教えたというなら、自分の技の使い方と非常に似ているのも頷ける。
けれど、本当に彼女は未来から来たというのか?
本当に自分は彼女に武術を教えたというのか?
そして九十九を殺し、闇の世界に身を窶した事は本当だとでも言うのか!?

・・・・・・・・・・・・・・・

彼は思っている言葉を口にした。

月臣「今、この場であなたに殺されたら、未来は変わるというのですか?」
アキ「え?」
月臣「かまいませんよ。あなたの手に掛かるというのなら・・・」
アキ「ちょ、ちょっと・・・」
月臣「あなたが変えたいと思う未来になるというのなら、どうせ親友を裏切る俺などここで殺されても。
 あなたに殺されるなら本望で・・・」

それを聞いたアキはブッチンと切れた。

アキ「この、バカ野郎!!!!」

バキ!!!!!
右ストレート一閃!
しかもコークスクリューに、ファイヤーも付いている(笑)
※木連式柔にコークスクリューはありませんのであしからず

ドンガラガッシャン!!!
月臣は勢いのあまり道場の端の防具の山まで吹き飛ばされた。

鼻血を出し、巻き込まれた防具から顔を出しながら月臣は何が起きたか信じられないように叫んだ。

月臣「あ、アキさん、何をなさるのですか!?」
アキ「何をなさるのかじゃないわよ!
 この腐れ武術バカ!!!
 そんなんだからグジグジ裏街道とか映画でも見たつもりで浸りきって歩いているのよ!」
月臣「???」

さっぱり分けがわかってない月臣
しかしアキの怒りは全然収まっていなかった。
月臣の胸ぐらを掴み、揺さぶりながら説教をし始めた。

アキ「そりゃあなたを殺したいと思ったわよ。
 さんざん人のこと虫けらとか、弱いとか、屁の突っ張りにもならないとか、
 罵声ばっかり浴びせるし!」
月臣「い、いや・・・」
アキ「病院送りにされたこと数知れず!
 いや、元から病院から抜け出してきた身だけど・・・
 けど容赦なくさんざんブチのめしてくれやがって!
 でも悔しいかな、反撃できない程、実力の差はあったし!」
月臣「あの・・・もしもし?」
アキ「それで実力が近い頃のあなたがいたらブチのめしたくなるでしょ?
 そう思うでしょ!?」
月臣「いや、俺にそう言われても・・・」
アキ「でも!あなたは私に戦う事を教えてくれた!!!」

そう言うとアキは泣きながら月臣の胸に顔を埋めた。

アキ「そしてあなたは私にただ強くなるだけの虚しさも教えてくれた。
 それなのに死んで欲しいなんて願うわけないでしょう・・・
 曲がりなりにも私の師匠なのに・・・」
月臣「・・・アキさん」
アキ「わかったら、殺されても良いなんて言うな・・・」

涙を拭きながらアキは月臣に命令した。
けれど、月臣はそれだけで良かったのかもしれない。
彼女との関係は決して九十九のおまけなどではないことがわかったから。
たとえそれが恋愛感情ではなくとも、彼女にとっては自分は失いたくない存在であるとわかったから・・・

月臣「わかりました。
 九十九も殺しませんし、
 死にたいなんて言いません」
アキ「わかればよろしい♪」

月臣は笑ってそう言った。
そしてアキは微笑み返した。
その表情がなんとも素敵で月臣の心の中に焼き付いたのであった・・・

偽九十九「でも、君の知ってるXXは死んだ・・・って言った奴の台詞には思えないけどな(ボソ)」

どこかでそんな台詞が漏れ聞こえたのを聞いてアキの表情は一変した。

アキ「ん?何か言った月臣君?」
月臣「いや、俺は別に・・・」
アキ「今、自分の身を省みずに説教がましいこと言ったと思ったでしょ」
月臣「ですから何も思ってませんって!」
アキ「問答無用!!!」
月臣「誤解ですって〜〜」

その後、哀れ月臣はアキに投げの練習台にされたとか、されなかったとか(笑)



翌日・れいげつ九十九の部屋


その日の朝、彼らは何事もなく、いつものように食事をとった。
けれど、いつもと違うことと言えば・・・

九十九「それじゃ、行って来ます」
アキ「行ってらっしゃい」
九十九「しかし、本当に撫子へ一緒に行かなくて良いのですか?」
アキ「いいわよ、別に」

何故かれいげつに残ると言ったアキを九十九は心配した。
部屋の住人である自分がいなくなれば今まで以上にアキの潜入生活は難しくなるだろう。
けれど彼女はこう言った。

アキ「もうちょっとこっちに用事があるし、
 いざとなれば月臣君の所にでも厄介になるから」
九十九「ふ、二人はいつの間にそんな仲に・・・」

バキ!!!

九十九「酷い!これからプロポーズしようと言うのに顔に青あざを作るなど・・・」
アキ「あんたが悪い!」
月臣「あはははは♪」
アキ「あはははは♪」
九十九「笑うことないでしょ!」

と、最後まで笑いが絶えなかった。

それが今生の別れになるとは夢にも思わずに・・・



れいげつ・第一格納庫


九十九は自分のテツジンまでやってきた。
出立するためである。
けれど・・・

「ふぅ、ふぅ、少し・・・荷物が多すぎたか・・・」

九十九は多すぎる荷物を引きずって息を切らしていた。
しかもほとんどは結納の品である(笑)

???「手伝いましょうか?」
九十九「ああ、済みません・・・」

不意に荷物が軽くなるのを感じて礼を言おうとした九十九は振り向いて驚いた。

九十九「東郷・・・君」
東郷「艦長、ずいぶん大きな荷物ですね。」

九十九の顔が一瞬緊張するが、すぐに普通の顔に戻った。
東郷は何食わぬ顔で接してきている。
向こうにこちらの弱みを見せる必要はない。
あくまでも何も知らないフリをして接しなければいけないからだ。
彼はまだ自分の部下なのだ。
たとえ表面上のこととはいえ

九十九「まぁ打ち合わせの資料とかだがな」
東郷「じゃ、アレもですか?」
東郷が指さした先にあるもの・・・

九十九のテツジンの足下にはたくさんの大きな荷物が置かれていた。

それぞれの荷物には
『祝♪婚約!』
『羨ましいぞ、コンチクショウ!』
『和平と嫁さん両方奪取せよ♪』
『レッツ・ゲキガイン!』
などなど、のぼりや張り紙と共に置かれていた。
特に『レッツ・ゲキガイン!』などは人一人入っていそうな程大きい箱だった。
どこで漏れ伝わったのか、多分彼の同僚や部下からなのだろうが・・・

九十九「すまん!公私混同しすぎる!
 あいつらめ・・・」
東郷「慕われているという事で良いではないですか。
 テツジンに運び入れるのを手伝いましょうか?」
九十九「まさか!あんなに持っていけるか!」
東郷「そう言わずに。皆さんの好意を無にすることもないでしょう」
九十九「・・・そうだな」

九十九は舌打ちしながらも、東郷の言われるまま、でっかい箱達をテツジンに積み込んでいった。

九十九「しかし・・・誰だ、こんなでかい箱を押しつけたのは。
 一体何を入れたんだか・・・」
東郷「艦長」

最後に人一人は入りそうな箱を押し込んで息を切らす九十九に東郷は話しかけた。
まるで邪気のない顔で。

九十九「なんだい?」
東郷「和平会談、成功させましょうね♪」
九十九「ああ、そうだな」
心の中で彼の真意を測りながら、九十九はそう答えた。



れいげつ・草壁の執務室


ちょうどその頃、月臣元一朗は草壁春樹中将に呼び出された。
そこで彼はある事実を告げられる。

草壁「とうとう見つかった」
月臣「見つかった・・・とは?」
草壁「都市だ」
月臣「都市?
草壁「そうだ。都市だ。
 古代火星人の残した都市だ」
月臣「それは一体・・・」
草壁「木星にあったプラント・・・それを残していった何者かが繁栄を築いた都市だ。
 その存在は我々の政治、経済、理念、道徳、その全てを根底から覆す価値を秘めている。この戦争の意味すら大きく塗り替えることになるだろう」
月臣「ですが今、白鳥が地球との和平交渉のために・・・」
草壁「今、和平交渉をしてしまえばその所在は曖昧になる。
 仮に和平があるとすれば明確に線引きした後だ」
月臣「線引き?」
草壁「そうだ。それが今の戦争の意味だ。
 どちらに火星が帰属すべきなのか。
 我々の側なのか、地球の側になるのか、
 その線引きだ!
 そして奴らには都市は決して渡してはならん!」

草壁は力説する。
その言葉を聞いて月臣は何となく悟った。
これから草壁に何を言われるかを。
なぜ彼女が親友の九十九を殺すことになるなどと言ったのか、その理由を。

草壁「そこでだ。君には特別任務がある」
月臣「特別任務?」
草壁「そうだ。和平会談は決裂する。
 しかも地球側の謀略により、だ。
 そうなればいくら本国の和平派の声が大きかろうが、抗戦やむなしに世論は傾くであろう」
月臣「・・・で、自分に何をしろと?」
草壁「皆まで言わせるな。
 白鳥九十九は地球側の和平反対派に暗殺された・・・
 そういうことになる」

そう、草壁は暗に月臣に九十九を暗殺しろと言っているのだ。

しかし・・・

数日前の月臣なら従っていたかもしれない。
けれど今の月臣はそうではなかった。

月臣「閣下はゲキガンガーを信じておられますか?」
草壁「無論だ」
月臣「であれば、結論は簡単です。
 親友を裏切るなど、ゲキガンガーの教える正義に非ず!!!」

毅然と月臣は断った。
すると草壁はその可能性を考えたかのように銃を取り出して月臣に向けた。

草壁「残念だ。地球のスパイめ!」
月臣「まるで悪役の言いぐさですな、閣下!!!」

銃を向ける草壁に瞬時に襲いかかる月臣!
木連式柔 免許皆伝の腕前は伊達ではない!

しかし・・・

北辰「甘いわ、元一朗」
月臣「北辰か!」

割って入ったのは狂犬北辰である。

北辰「おとなしく従っていれば生き長らえたものを」
月臣「黙れ!貴様のような外道に後れをとるほど落ちぶれてはおらぬ!!!」

二人の死合いが始まる・・・かに思えた。
だが、結果はそうはならなかった。

月臣「グハァ!」
東郷「まったく、勝手に殺そうとしちゃ、ダメじゃないですか」
月臣「と、東郷、貴様・・・いつの間に・・・」
東郷「はい、静かに寝ててくださいね♪」

いつの間にか忍び寄った東郷に音もなく首筋に手刀を入れられて月臣は気絶した。
曲がりなりにも免許皆伝の彼を一撃で沈めたのである。

東郷「白鳥少佐は無事出立しました」
北辰「そっちは良いとしても、こっちは記述通りに行かなかったな」
東郷「誤差の範囲ですよ」
草壁「しかし、誰が暗殺するのだ?」
北辰「元一朗が使えないのであれば自分が・・・」
東郷「いや、おもしろいことを考えつきました♪」
草壁「おもしろいこと?」
東郷「記述は記述通りに実現するが故に信憑性があるんです。
 ならばそうさせてみるのも一興でしょう♪」

東郷はいかにも愉快そうな顔で微笑んで見せた。
彼らの足掻きすらあざ笑うかのように・・・



れいげつ・九十九の部屋


アキは愛用のリボルバーの手入れをしていた。
手慣れた手つきで弾を込めていく。
それが彼女なりの戦いの準備であり、精神統一の方法であった。

月臣は暗殺に手を貸さないでいてくれるであろう。
なら、誰がこの世界で白鳥九十九の暗殺役をやるのであろうか?

・・・北辰であろう

「今度こそ決着を付ける!」

アキはその為にここまで来た。
白鳥九十九を救うために
それで未来が変わるかどうかはわからない。

けれど、変えたいと思ったから。
変わると信じているから。
だから彼女は未来がどうなるかもかなぐり捨ててここに来たのだった・・・




歴史は変わるのか?
それとも何も変わらないのか?



それはもしかしたら誰にもわからないことなのかもしれなかった・・・



ポストスプリクト


ということで黒プリ二十四話をお届けしました。

男女3人の青春ドラマっぽくしながらも、クライマックスへ向けての布石にしてみました。
アキの行動原理から行くと、木連に来たのは至極当然って思っていただけるなら幸いです。

北辰は相変わらず出てくるとギャグっぽい感じなんですが、最後にはまぁ格好良かったので良しとしましょう。
個人的には月臣が男気を見せたなぁ〜と感心しているところです。

さてさて、これから三人がどうなっていくのか、
あるいは、偽九十九の正体はなんで、これからどうなっていくのか?
正確には後何話で完結するのかはよくわかりませんが、クライマックスに向けてご期待いただけると幸いです。

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・Dahlia 様
・k-siki 様
・YSKRB 様
・kakikaki 様
・カバのウィリアム 様
クラヴィズ 様