アバン


このままでも良いかと思った日常
あり得たかもしれないもう一つの人生
やがて祭りは終わりその日常に帰っていくかもしれない。

けれど、私達には成すべき事がある。
戻ってやるべき事がある。
私達の大切な場所はまだ朽ちていない。

だからこそ、日常に戻って再確認したのだ。
あの場所がどれだけ大事であったという事を
どれだけ戻りたい場所であったかを

当たり前だからこそ、気づかなかった気持ちを再確認する必要があったのだと・・・

ああ、これってSecond Revengeのラストとほんのちょっぴり関係があったりしますのでそのつもりで〜



Yナデシコ・格納庫


Yナデシコの格納庫では困った機動兵器が一台鎮座していた。

ウリバタケ「敵の機械を拿捕してくるのは良いんだけど・・・
 出来れば原形をとどめておいて欲しかったなぁ・・・」
アキト「済みません。なにせ撃ち落とすわけには行かなかったもので・・・」
ウリバタケ「まぁ軍の機体だったら罪状が一つ加わるからなぁ。
 それは良いとしても・・・」

アキト達は困った顔でその機体を見上げる。
そう、正体不明の機動兵器、ステルン・ベルギアのなれの果てである。
よくナデシコのある平塚まで保ったものだが、追撃機の攻撃でボロボロになっていた。
相手も乗っ取られたことがわかったらしく証拠隠滅をかねてアキセカンドの足を潰すつもりだったのか容赦がなかったのだ。
結果、アキトはアキセカンドを守るのに手一杯でベルギアの方はボロボロだった。

ウリバタケ「さてと、ご開帳だけど・・・
 襲いかかってきたらよろしく頼むぜ?」
アキト「良いですよ」

ベルギアのコックピットの両端に分かれ、開けた途端にドカーンとかバン!とかされないように慎重にハッチを開いた。

中からは何も出てこない。
恐る恐る中を覗く二人であるが・・・

アキト「・・・」
ウリバタケ「まぁ気を落とすな。お前が悪いわけじゃない」
アキト「でも・・・」
ウリバタケ「葬式・・・あげてもらうか?艦長に」
アキト「それはさすがに・・・」
ウリバタケ「なら申し訳ないけど宇宙葬だな。地球に戻って埋めてやりたいが・・・」

彼らはコックピットの中を見てやりきれない気分になった。
パイロットは自らの顔を潰し、自決していた。

ウリバタケ「死人に口無し・・・か。
 こりゃ機体をばらすしかどこの機体か知る方法はないな・・・」
アキト「自決してまで守らなきゃいけない秘密ってなんなんですかね・・・」
ウリバタケ「さぁな。それだけ重要な秘密って事だろ?」
アキト「・・・」

アキトはやるせない怒りに拳を握りしめた。



ネルガル・会長執務室


一方地球のネルガルでも事後処理に追われていた。
アカツキ「いやぁ参った参った〜」
エリナ「参ったじゃないでしょう!どうするつもり!?」

ネルガルにもひっきりなしに抗議の声が殺到していた。
だが、アカツキは落ち着いたものだ。

アカツキ「こういうとき、会長は雲隠れしておくものでしょ?」
エリナ「だからって・・・」
アカツキ「詰め腹は親父の番頭達に切らせるさ。
 ちょうど火星でのクーデター騒ぎの一件の噂も流されてるしね」
エリナ「まぁ!」

エリナは驚く。これを機に鬱陶しい父親の代からの重役達を切り捨ててしまおうというのである。しかも自分はほとぼりが冷めるまで雲隠れするという理由を付けて行動のフリーハンドを得ようというのだ。

エリナ「本当、転んでもただで起きない人ね」
アカツキ「会長だもん。それよりカキツバタが出航準備出来次第、僕たちも出かけるよ。
 せっかく彼らが地球を混乱状態にしてくれたんだ。
 ドサクサに紛れて僕達も出た方がいいだろう」
エリナ「ドサクサにって・・・彼らの拿捕?」
アカツキ「僕たちの手で始末する」
エリナ「なんてことを!」
アカツキ「・・・って言ったら反対する?」
エリナ「え?」
アカツキ「冗談さ。棚ぼたを狙いたいだけさ」
エリナ「ならいいけど・・・」
アカツキ「第一彼らはわかっていない。自分達が何をしでかしたのか。
 アレじゃ自分たちが標的だって言っているようなもんだよ。
 監視とはいえ、護衛してやってるのを気づかずにあんな事するもんだから、こんなのに襲われたりするんだ」

アカツキはそう言うとアキセカンドとステルン・ベルギアとの戦闘シーンを写した写真をエリナに放り投げる。

エリナ「これ・・・」
アカツキ「君の妹さんの意見は正解だったみたいだ。
 クリムゾンの試作機さ。」
エリナ「やっぱり・・・」
アカツキ「調査に行かせたウチの兵隊が何人かやられている。
 それだけ機密の機体なはずなのにわざわざ使って邪魔してくるなんて尋常じゃない。
 何考えてるんだか・・・」
エリナ「まさか・・・」

まさかアカツキがナデシコを心配してカキツバタを出そうとしているのか?とエリナは勘ぐったのだが、そうでもないようだ。

アカツキ「クリムゾン、木連・・・
 さてはて、何が待っているのやら。
 こりゃ見逃す手はないね♪」

それが単なる火事場の野次馬であることは明白であった。

呆れるエリナであったが、アカツキはもう一人の登場人物を呼ぶ。

アカツキ「ドクターも興味があるでしょ?」
エリナ「え?」
イネス「そうね・・・」

入り口にはいつの間にかイネス・フレサンジュが立っていた・・・

エリナ「あなた、ナデシコに乗ったんじゃ・・・」
イネス「私は他人に興味はないの。
 ただ・・・」
エリナ「ただ?」
イネス「神様はサイコロを振らない・・・
 かのアインシュタインはそう言って量子力学を否定しようとした。
 でも現在はその量子力学によって多くの理論が説明されている。
 シュレーディンガーの猫は確率によってのみ生かされている。
 歴史もそれと同じなのか・・・
 それが知りたいだけよ」
エリナ「はぁ?」

意味不明な事を言うイネスに首を傾げるエリナであった。



木連市民艦れいげつ・東郷和正の部屋


「確率?違うな。それは必然さ。
 ただ神の身ではないお前にはそれが確率的に配置されたように見えているだけさ。
 全ては時の記述の通り
 在りし日の姿に戻るために・・・」

彼は誰とはなしにそう呟いた。



東郷和正の部屋の前


九十九「・・・あいつは一体誰と話しているんだ?」

ナデシコが地球を離れたと同じ頃、れいげつ白鳥九十九が草壁春樹と一部の幹部達が地球のクリムゾンと結託している事を調査していた。
しかし、そのことを話すにはもう少し時間を遡って説明した方がいいだろう。

時はそう・・・アキト達がユキナを逃がす頃から始まった方が良いと思われる。



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第二十三話  Reconstruction<case by TSUKUMO>



ナデシコ脱走劇直後・れいげつ


ユキナ『お兄ちゃん、通信切るね』
九十九「ユキナ!おい、どうしたんだ!?」

チューリップによるボソン通信が一方的に打ち切られた九十九は訳が分からなかった。
和平の使者として地球に向かったユキナ
そのユキナがいきなり通信を送ってきたと思ったら、なんの事情も話さぬまま通信を切ったのだ。
訳が分からなかった。

不安を覚えた九十九であったが、そのことを月臣に相談した。
彼から帰ってきた言葉はそれ見たことか!という返事だった。

月臣「大体地球人を信頼に足る相手だと思う方がおかしい」
九十九「そんなはずはない」
月臣「だがユキナは現に・・・」
九十九「あの人もいるんだ。大丈夫のはずだ・・・」
月臣「では何故心配などするのだ。大丈夫のはずなのであろう?」
九十九「いや、それはそうなのだが・・・」
月臣「だが、なんなのだ」
九十九「でも心配なのだ。」
月臣「その気持ちは分からないではないが・・・」
九十九「やっぱり俺が行くべきだった」
月臣「いや、お前が行くと危険じゃないか!」
九十九「いや待て。じゃお前はなんでそんな危険な所とわかっていてユキナを和平の使者に推薦したんだ!」
月臣「い、いや・・・それは・・・」
九十九「それはとはなんだ!!!
 まさかお前、最初からユキナと結託して和平を失敗させるつもりだったんじゃないだろうな」
月臣「そ、そんなつもりはない。
 ただ巨乳女に誑かされたお前を・・・」
九十九「ミナトさんはそんな人ではない!!!
 彼女を侮辱するな!!!」

グワシィ!!!!
九十九の拳が月臣の頬に炸裂した。

月臣「何をする!俺はお前のことを思えばこそ!」
九十九「彼女を侮辱する者は何人たりとも許さん!!!」
月臣「この野郎、骨の髄まで魂を抜かれおって!
 それでも貴様は木連男子か!
 共に誓ったナナコさんへの愛を忘れおって!!!」
九十九「何を!!!」

グワシィ!!!!
グワシィ!!!!

なんかいつの間にか本題はすり替わりにすり替わり子供のケンカを始める二人であった(笑)



れいげつ・食堂


秋山「どうした?九十九に元一朗」
九十九「いや・・・」
月臣「何でも・・・」
アララギ「珍しいな。親友のお前達がケンカをするなんて」
九十九「ふん!」
月臣「ふん!」

九十九は月臣、それに秋山源八郎、アララギらと共に食事をとっていた。
彼らは士官学校の幼年部からの同期であり、また親友である。
近年では優人部隊の艦長としてその才能も競い並び合う存在である。
しかし木連男子の常なのか、互いにライバルでありながら男同士の固い友情で結ばれている・・・らしい。
あまりに当たり前の光景なので、特にそのことを訝しがる者はいなかった。

だが、今回はいつものそれとは少々様子が違っていた。

アララギ「まぁいい。それよりも九十九、
 お前に頼まれていた資料だ」
九十九「すまん」

九十九はアララギから渡された封筒の中身を取り出した。
取り出されたのは数枚の写真・・・
その先頭にあったのはルリとラピスの写真であった(笑)

月臣「・・・貴様、いつから幼子にまで手を出すようになった!」
九十九「いや、これは何かの間違えだ!おい、アララギ〜〜」
アララギ「すまん。これは個人的な写真だった」

そういうと彼女達の写真をこっそり自分の懐にしまい込むアララギ(笑)

一同が無言で冷や汗をかいていると、先に立ち直った秋山が次の写真に注目した。
ルリらの写真を取り去った下にはミナトの写真が置かれてあったからだ。

秋山「ほう、これはいかにも九十九が好きそうな女性だなぁ」
九十九「え?」
月臣「貴様は婦女子の写真を盗み撮りするような輩だったのか!!!」
九十九「ち、違う!アララギ、お前は一体俺の頼みをどういう風に聞いていたのだ!!!」
アララギ「ああ、それは俺の部下が地球に潜入した際、妖精達を撮影しに行ったついでに撮影してきただけだ。
 ただの酒の肴だ。気にするな」
九十九「酒の肴って・・・」
月臣「いや、問題はその前だと思うが・・・」

アララギ派はこの後、電子の妖精ファンクラブを設立するが、今現時点でもこれだけアクティブに活動しているとは(苦笑)

アララギ「まぁそれは冗談として、だ」
九十九「いや、どこまで本気だったのか・・・」
アララギ「今度こそ、お前の所望のモノだ」
月臣「まさか、もう一人の女じゃ・・・」
九十九「そこから離れろ!」
秋山「こりゃ・・・」

秋山は二人がケンカしている間にミナトの写真の下にあるモノを見つけた。

アララギ「何に見える?」
秋山「こりゃ・・・何でアイツが地球に・・・」
月臣「なに?」
九十九「やはりか!」

二人もその写真を見る。
最初の二枚はカモフラージュ。
その下が本命の写真。

場所は地球のヨーロッパ
そこには三度笠のマント姿の男が望遠でうっすらと写っていた。
その傍らには地球の技術者と機動兵器が写っていた。
敵対している・・・という程険悪な雰囲気はなかった。
むしろその逆と言った方が良い。

彼らは敢えてその写真に写っている男の名前を喋らなかった。
場所が場所だけに不用意に誰かに聞かせると不味いからだ。

アララギ「俺も報告を受けるまでは半信半疑だったが・・・」
秋山「俺達でも知らされていない事が多すぎた・・・って事か」
月臣「信じられん・・・」
九十九「だが事実だ。ただ疑念が確信に変わっただけだ」

月臣に九十九はそう言う。

アララギ「九十九、これからどうするつもりだ?」
九十九「確信が真実なのかどうか確かめる」
アララギ「確かめてどうするつもりだ?」
九十九「それが祖国を守る為の戦い以外のモノだとしたら・・・潰す」
月臣「おい、九十九・・・」
秋山「にしちゃ、相当やばい橋だぜ?」
九十九「承知の上だ。」

九十九は戦いの為の戦いが虚しいことを知っていた。
何より戦う相手が同じ人間であることを、分かり合える人間であることを知っている。
愛し合うことすら出来る人間であることを知っているのだ。

けれどアララギの顔は険しい。

アララギ「だが、ヤバイだけでは済まないかもしれないぞ?」
九十九「なに?」
アララギ「こいつを送った部下はその後行方不明だ」
九十九「・・・済まん」
アララギ「気にするな。それよりも・・・
 気を付けろ。ユキナちゃんを悲しませるマネだけはするな」
九十九「わかった・・・」

彼らは感じていた。この件は自分たちにはあまりにも荷が勝ちすぎていることを。
けれど九十九の瞳は怯んでいなかった。
愛する人と共に暮らせる社会を作る為
何より、戦う為の戦争など誰も幸福にはならないから・・・



数日後・れいげつ


帰ってこないユキナをイライラしながら待っていた九十九はそれから何もせず無為な日々を暮らす・・・ということはしていなかった。
彼は北辰の動向を追うことに注力していた。

その結果、わかったことは色々ある。

れいげつ内の第13区画・・・

ここは一般に配られている艦内マップには記入されていない箇所である。
マップ上は外装の外であるはずの場所になる。
けれど・・・

月臣「やっぱり外装しかないじゃないか」
九十九「よく見ろ、元一朗。ここは三方から死角になっている」
月臣「そう言われれば・・・」

増築に増築を重ねた木連の戦艦らしく、その艦は巨大であるが故に案外と誰もその全体像を把握していない。

そこは第1船体と第2船体を繋ぐメインシャフトの周りに幾つかのサブコロニーが増築されている箇所だ。
外からはこのサブコロニーが見えるが、サブコロニー裏側からメインシャフトの間に何があるか伺い知れない。
またサブコロニー内部からシャフトを見ようとすると微妙に死角があって見渡せない場所がある。

そこにあるというのだ。九十九は。
幻の第13区画が。

「だがなぁ・・・」
月臣は言葉を濁す。
確かにそんな噂はある。
兵器の開発者はそこに出入りしているという噂はある。

しかし、だ。同じだけ別の噂もある。

12本しかない柱を万が一13本と数え間違えたら柱の中に引きずり込まれるとか、
丑三つ時にだけ柱の数が1本増えるとか、
夜中にキョアック星人のテーマが流れるとか、
おおよそ学校の怪談の大差ないレベルの噂もあるのだ。

故に誰も気味悪がってあまり近寄ったりしないのだ。

九十九「眉唾だというお前の意見もわかる。
 しかし、火のないところに煙は立たない。
 噂があるとしたらいくらかの真実は含まれていると思わないか?」
月臣「まぁ確かに・・・」

大概その手の噂は何か実際にあった事実が曲解されて伝わるケースは多い。
ならばあながち見当はずれの推測でもないかもしれない。
とはいえ・・・

月臣「けど九十九・・・これじゃいずれバレるぞ?」
九十九「その心配は不要だ。完璧なカモフラージュだ」
月臣「完璧・・・か?」
九十九「そうだ。完璧だ」

二人はその噂の通路で張り込みを行っている。
張り込みといっても隠れるところもない通路で一日中見張っていれば嫌でも目に付く。
そのことを月臣は訴えているのだが、九十九は何故か勝算ありげだ。
それもそのはず・・・

九十九「ゲキガンガーの『第12話・不思議忍者怪獣ハッタリ君』からヒントを得た!」
月臣「このシートがか?」
九十九「心配するな。こう見えても美術は得意だったんだ。騙し絵で教師を何度騙したことか」

九十九と月臣ふたりは柱と柱の間にベニヤ板を立てかけ、その後ろに隠れていた。
ベニヤ板にはかぶせる前の壁の絵が本物そっくりに描いてある。
遠目には元の壁と見紛うであろう。
いわゆる忍法隠れ身の術という奴である。

しかし、まぁ古典的な方法である。作りの甘い木連戦艦だから出来る技であろうか?
それはともかくである。

月臣「しかし・・・」
九十九「なんだ?俺の美術の腕を信じないのか?」
月臣「そう言うわけではないが・・・」
九十九「ならなんだ?」
月臣「お前は本当に草壁閣下を疑っているのか?」
九十九「ああ」
月臣「北辰の独断かもしれん。草壁閣下まで・・・」
九十九「俺のカンだ!」

きっぱり言い切る九十九

月臣「いや、いくらなんでもカンでは・・・」
九十九「ヒーローのカンは当たるものだ。
 かの第13話聖夜の悲劇サタンクロックMでもケンのカンが結果みんなを救った。違うか?」
月臣「確かにそうだが・・・」
九十九「し!誰か来た。」

ここで木連人以外の者がいれば思いっきり突っ込むところだが、残念ながらそのような者はこの場にはいなかった。そして今回ばかりは九十九のカンは当たっていたのだ。

深夜の通路に誰かがやってきた・・・
その人物とは・・・

九十九『草壁閣下!』
月臣『一緒にいるのはお前の部下じゃないか?』
九十九『ああ、東郷和正だ・・・』

彼らは噂のある柱の付近に来ると何気ない場所を押す。
すると柱が動いてそこに新たな通路が姿を現した。
二人はその中にはいるとやがて柱は元の場所に移動し、通路の存在を消した。

その一部始終を目の当たりにした二人であるが、彼ら自身ですら自らの見た光景を信じられないでいた。

月臣「・・・」
九十九「行こう」
月臣「行くってどこに!?」
九十九「どこって第13区画さ」
月臣「なんだと!?」
九十九「俺達は真実を知るためにこの場にいる。今知らずしていつ知る」
月臣「・・・わかった」

彼らはさっき草壁らが行ったとおりに通路を開いてみせた。
そして通路内に侵入する。
慎重に・・・
慎重に・・・



れいげつ・第13区画


そこはまるで秘密基地、巨大ロボットの格納庫といった様相である。
幾つかのハンガーは空っぽであるが、あるハンガーに失敗作のジンタイプが存在する。

月臣『ジャンボダイマジンがある・・・』
九十九『まだロールアップするという話は聞いていないが・・・』
見たところ完成の域には達していないようだが、なにもわざわざ秘密の区画で作るようなものでもないだろう。
慎重に歩を進めながら進む九十九達は足を止めてある人物達を見咎める。

草壁と東郷だ。

草壁「奴は今日帰ってくると?」
東郷「ええ、不知火の調整はまずまずとの事です。
 こちらへ直接乗って帰るそうです。」
草壁「で、こちらで生産できるのか?」
東郷「組み立てることは出来ますが、一部のパーツは製造できません。
 さすがにプラントで作れるものと作れないものがありますので」
草壁「で、奴らの要求はなんだ?」
東郷「虫型兵器100台分で不知火用の部品10台分だと・・・」
草壁「こちらの足下を見ているのか!」
東郷「まぁまぁ。ギブアンドテイクです。
 多少値切りますが、向こうもこちらのプラント生産物が喉から手が出るほど欲しいのです。寛容を・・・」
草壁「その件はお前に任せよう。
 だが、いくらライバル企業に勝ちたいとはいえ、ご禁制の品にまで手を出すとはなぁ」
東郷「所詮は愚かな地球人。
 沈みゆく船であろうとも、その中での優劣に形振り構わぬものなのです。
 たとえそれが船を沈めることに手を貸す行為だとしても・・・」
草壁「愚かだな・・・」

彼らの会話を息を呑んで聞く二人。
しかし核心の部分に触れる前に草壁らの会話は中断された。

オペレータ「ボース粒子増大」
東郷「お帰りのようですよ」

備え付けのチューリップの口が開いたかと思うと、そこからニョキニョキと生えるように機動兵器が現れた。
白い機動兵器、不知火である。
九十九らは驚いた。あんな9m級の機動兵器が実現されたなど聞いていないからだ。

月臣『おい、もうこれ以上はやばいぜ』
九十九『いや、まだだ』
二人の背中は危険を知らせる予感でチリチリしていた。
しかし、もう少し、もう少し・・・
そんな好奇心も足をその場に縫いつける要因になっていた。

だが・・・

北辰「閣下、戻りました」
草壁「早かったな」
北辰「ええ、なにぶん地球の犬達に嗅ぎつけられそうになりましたので」
草壁「潮時か・・・量産だけは出来るようにしておけ」
北辰「は!」

北辰が何気なく辺りを振り返る。
自分たちが隠れている場所も視線がめぐらされる、そんな箇所でしかない。
しかし、気のせいだろうか?
その視線が一瞬自分たちのいる方向で止まったように感じたのは?
その視線が一瞬ニヤリと笑ったように思えたのは?

九十九『退くぞ』
月臣『ああ・・・』

彼らは来た道を慎重に引き返した。
まるで黄泉の国から逃げ帰る伊邪那岐命の心境であった・・・



れいげつ・九十九の自室


月臣「気づかれていないだろうな・・・」
九十九「多分・・・」
喉もカラカラになりながら必死に帰ってきた九十九達。
ある程度予想されたとはいえ、自分達の見たものはやはりショックであった。
そして冷静になり、自分達の見たものと、自らの置かれている状態を冷静に判断しようとした。

九十九「やはり地球と通じていたか・・・」
月臣「いや、アレは単に地球の奴らを利用しているだけじゃ・・・」
九十九「本当にそう思っているか?元一朗」
月臣「それは・・・」
九十九「確かに俺は和平を提案した。
 にしてもあの機体を造り上げるには少なくとも半年以上は必要だ。
 半年といえば俺達が地球に乗り込む前のことだ。
 となれば、それ以前から地球人と共謀していたことになる。
 我らが必死に戦っている裏で地球の一部と手を組んでいたことになる」
月臣「確かに・・・」

二人はそのことの意味を必死に考えようとする。
単に自分達とは別の組織が和平を模索していたというのだろうか?
それともこれは単なる地球の一部の組織のパワーゲームに利用されたと捉えるべきなのか?
あるいはこちらが敵の不協和音に乗じて内部工作を行っていると考えるべきなのか?

九十九「う〜〜ん」
月臣「う〜〜ん」

結論は出ない。
二人はもう少し情報を調べることにした。
しかし、事態は九十九らに不利になりつつあった・・・



れいげつ・草壁の執務室


呼び出された九十九と月臣は一瞬『先日の件がばれたか!?』と思ったが、ある意味それよりも事態は悪くなっているかもしれなかった。

草壁「君に任せた和平の件だが、本当に大丈夫なのかね?」
九十九「と言いますと?」
草壁「聞けば和平の特使として送った君の妹でもある白鳥ユキナ君が行方不明になっていると聞くが」
九十九「い、いや、それは・・・」
草壁「噂によれば特使であるにもかかわらず、彼女は謀殺されそうになって逃亡中との話も聞こえている」
九十九「それは・・・」

誰がそんな噂を・・・
九十九はそう思ったが、理由はすぐわかった。
月臣が気まずそうに視線を反らしていたからだ。

九十九「元一朗、お前か・・・」
月臣「いや、別に告げ口とかそういう訳じゃ・・・」
草壁「詰問したのは私だ。
 それに多かれ少なかれ気づくことだ」

そう言うと草壁はテーブルの上にいくつかの書類を投げ出す。
あるいは新聞のコピーであったり、雑誌の切り抜きであったり、そういった地球側の情報だった。そこには大衆の間では和平のわの字も出ていない事を如実に示していた。
むしろ、地球の雰囲気としては月から木星蜥蜴を一掃し、これから火星に攻め入るという機運がますます高まっていた。

これでは全面戦争に突入の様相もある。

草壁「私は君を信頼して和平の指揮を任せたのだ。
 しかし情勢はむしろ君の楽観視から大きく後退している。
 私はまだ君を信じていても良いのか?」
九十九「は!今しばらく自分に時間を・・・」
草壁「だが時間をかけている暇はあるのか?
 妹のユキナ君の身の安全もある。
 我々木連兵士は同志の為なら喜んで協力してくれると思うが?」

草壁は威圧するような瞳で九十九を睨む。

九十九は瞬時に悟った。
これは明らかにハメられている。
直接木連と地球連合が手を組んでいるかどうかわからないが、明らかに和平を潰して全面戦争に突入したい意図が見え隠れしている。
その餌として一旦和平の話を振ってそれを地球側に潰させるという形を取っているのだ。
これならばいくら和平派の声が大きいとはいえ、和平の使者であるユキナを救うという大義名分の為、全面攻撃やむなしと世論は迎合するであろう。

「自分に任せて下さい。
 今しばらく時間を・・・」

九十九は苦しげにそれだけ言うのが精一杯だった・・・



れいげつ・九十九の部屋


草壁の部屋を辞去した九十九と月臣は力を無くし項垂れていた。
特に月臣は元気がなかった。
仕方ないだろう。
彼の一言は九十九の政治的な立場を悪くしているのだ。

月臣「済まん、九十九」
九十九「仕方ないさ。事実だ」
月臣「だが・・・」
九十九「問題はこれからだ。こちらが隙を見せれば閣下は和平を潰そうとするだろう」
月臣「まさか・・・」
九十九「地球人の力を借りてまで新型機動兵器を準備させているところを見るとこのままで終わるつもりはないはずだ。
 閣下の目的を見誤ると・・・」

九十九はそのことを慎重に検討する。
何が目的なのか?
ただ単に勢力が増しつつある和平派を抑えるだけが目的なのか、
それとももっと別の目的が隠されているのか・・・

九十九はそのことに注意を払われていた。
だから、ほんの少し月臣の心にあった不安感を見過ごしたのかもしれない。

月臣「なぁ、九十九・・・」
九十九「情報が少なすぎる!もっと精度の高い情報を集めなければ!
 それになんとしてもユキナやミナトさん達とコンタクトを取らなければ」
月臣「・・・ああ」
九十九「ん?どうした、元一朗?」
月臣「いや、なんでもない・・・」

月臣は九十九ほど割り切れていなかったのかもしれない・・・



数日後れいげつ・九十九の自室


しばらく情報収集を行う二人であったが、収穫は少なかった。

まず例の第13区画であるが後日改めて向かったが、そこには最初から何もなかったかのように痕跡は残っていなかった。
あれ以来、幽霊騒動もパッタリと収まり、柱の間の通路も反応しなかった。
多分、区画そのものが撤去あるいは別の場所に移築されたのだろう。
この先から相手の正体を明らかにしていくという作戦は使えなくなった。

今にして思えば、あそこまで易々と第13区画に入れたのも草壁らの思惑のような気がしてくる。そう考えれば今の状況も全部あちらの思う壺なのかもしれない。

「そんな弱気でどうする、九十九!
 ミナトさんとのラブラブな・・・
 じゃない、みんなが平和に暮らせる世界を作り上げるんだ!」

弱気になりそうになる自分を叱咤する九十九。

だが、まだ地球のナデシコクルーらとはコンタクトが取れない。
地球に潜入しているアララギの部下らに調査を求めているのだが、肝心のユキナやミナトそれに艦長であるミスマル・ユリカらの足取りがようとして知れないのだ。
彼らもまた地球で逃亡生活を送っているらしい。

逆に言えば、この線から和平を模索するという道も厳しいかもしれない。

そうなると問題は草壁、北辰、東郷、この三人から物資、資金の流れを追って行き尻尾を捕まえる以外、現状の劣勢を跳ね返す方法はない。
とはいえ、それはあまりにリスクが高い上に危険だ。
何か木連人を欺いている証拠でもあればいいが、限りなく黒に近いというだけで明確な証拠があるわけではない。
向こうにしらばっくれられたらそれまでだ。

まさに八方塞がりの状態だった。

「だぁぁぁぁ!やめだ、やめ!」
九十九はくしゃくしゃとした気分を晴らすためにお茶を飲みに行くことにした、



れいげつ・食堂


九十九はある意味で変なことに巻き込まれていた。
いつもは政治的な立場もあり、同期の月臣らしかあまり寄りついてくれなかったのであるが、その日は少し違っていた。

先輩「よぉ、白鳥」
九十九「ああ先輩。お久しぶりです」
先輩「いやぁ、済まなかったなぁ。大事なものだったんだろ?」
九十九「は?」
先輩「何をとぼけてるんだ。着古しの学ランをゲキガンガーの幻のムック本と引き替えなんて、正直悪いと思ったぐらいだぞ?」
九十九「いや、自分には一体何のことか・・・」
先輩「お、謙遜か?
 まぁお前らしいといえばお前らしいが、秘密にしたい気持ちも分かる。
 確かにあのムック本は普通じゃ手に入らないからなぁ〜〜
 わかっている。秘密にするから。
 じゃ、ありがとうな♪」
九十九「いや、ですから・・・」

と、訳も分からず声をかけられ、意味不明なことを言われて去っていくというパターンがその後続発したのだ。

月臣「どうしたんだ、九十九?」
九十九「いや、どうも話を総合すると俺がみんなにいろんな物や情報と引き替えにゲキガンガーのレアアイテムを配っているらしいのだ」
月臣「レアアイテムとは?」
九十九「当時のマニアージュ増刊・ゲキガン祭特別号とか・・・」
月臣「何!?あの伝説のドラゴンガンガーの設定資料が載っているという幻のムック本をか!?
 なぜ親友の俺に秘密にしていた!!!
 お前という男は!!!」
九十九「待て、元一朗、誤解だと言うのに・・・
 って首を絞めるな、首を!!!」
裏切られた気持ち一杯で九十九の首を絞める月臣であった。



しばらくの後・・・


月臣「本当にそれはお前じゃないんだな?」
九十九「さっきからそう言っているじゃないか」
月臣「なら、そのレアアイテムを配り歩いている奴は誰なんだ?」
九十九「さぁ。しかし俺を見知っている者すら俺と勘違いしているという事は、俺にそっくりな人物なのかもしれない」
月臣「・・・偽伝に確か傀儡というのがあったな・・・」
九十九「なに?」
月臣「印象操作術や催眠術の一種だ。相手に自分の特徴を誤認させられる。
 使い手になれば全くの別人に成りすませる。」
九十九「なんと!」
月臣「そういう可能性もあるという事だ。
 邪法故に今じゃ口伝でしか伝えられていない。
 それこそ北辰当たりじゃないと使えないだろう」
九十九「・・・先入観を持つつもりはないが、一体誰が何の目的で俺のフリをしたというんだ?」
月臣「それは・・・」

二人は首を傾げる。
白鳥九十九のフリをして良いことなどあるのか?
やっている事といえばレアアイテムを配り歩いているとかその程度の事なのだが、それにしたって何の利益にもならない。
仮に後で九十九になりすまして悪行の限りを尽くす・・・ということになったとしても、九十九自身がここに実在している以上、あらぬ嫌疑を掛けるには難しい様に思える。

本当に何が目的なのだろう?

月臣「相手の思惑がどうあれ、用心に越したことはない」
九十九「ああ・・・」

何故だろう、自分の一挙手一投足が監視されている気がする。



れいげつ・通路


九十九は張り付く視線を感じながら日々を過ごす。
その視線がどこから来るのか探るのだが、なかなか捉えることが出来ない。

無為に時間だけが過ぎていく。
何の情報も入ってこない。
何も出来ない。
苛立ちばかりが募る、そんなある日・・・

『今日も見張られている・・・』
歩きながらそんな視線を感じて思わず振り返る。

しかし、前方に不注意だったのか、誰かにぶつかってしまった、

ドン!

「あいたたた・・・」
「前を見て歩け」
「済みませ・・・」

九十九は相手の注意に素直に謝ろうとしたが、その声が誰なのか気づいてハッとした。

「北辰!!!」

爬虫類の様な目をした男
狂犬北辰・・・そう噂されている本人が目の前にいるのだ。
しかもあの幻の第13区画に奴はいた。
何よりあの時自分の方を振り向いた気がした。

だから思わず声を荒げてしまった。

九十九「貴様、何故ここにいる!」
北辰「これは異な事を言う。
 我がここにいて悪い理由でもあるのか?」
九十九「い、いや、そういう訳ではないが・・・」

ここは第13区画などの秘密のスペースではない。
公共の場所だ。
別に北辰がここにいて悪い理由はない。

北辰「手を貸してやろう」
九十九「す、すまん・・・」
北辰という男にしては珍しく、手を差しのべる。
九十九は躊躇いながらも、彼の手を借りて立ち上がった。

『俺を監視していたのはこの男か?』
九十九はそう思いながらも顔に出さないように彼を見る。
だが、北辰の顔は無表情だった。
しかし何を思ったのか、薄気味悪い笑顔を浮かべてこう言った。

北辰「御身は大事にされよ。何せ、和平の責任者だからな」
九十九「気遣いかたじけない」
北辰「妹君の身の上も心配であろう」
九十九「あれが自分で志願したこと故、心配はしていません」

彼からはあのまとわりつくような視線は感じられない。
では誰なのか?

北辰「なれど、地球も不穏だ。
 汝の立場も微妙であろう。
 せいぜい足下を掬われるようにな」

北辰は明らかに嘲笑した。
地球での情勢を知って嘲っているのだ。
和平など成立しない。
自分がその楔を打ち込んできたのだから

そんな顔つきであった。

でもわかりながらも、九十九は平静を装った。
挑発に乗ってはいけない。
わざわざ自分をあざ笑いに来たのには何か理由があるはずだ。
そう、まだ続くこのまとわりつくような視線・・・

九十九は北辰の後ろの柱に隠れている人物を目敏く見つけた!
東郷和正!
自分の部下であるはずの男だ。

彼は一瞬で姿を消した。
しかし見ていたのは確かだ。

なるほど・・・自分を挑発してこちらがどれぐらい知っているか鎌をかけたのか・・・
ならば、弱みを見せる必要はない。

九十九「心配ご無用。和平は成りますよ」
北辰「ほう、自信満々だな。楽観的だな」
九十九「確信ですよ。まぁ任せておいていただこう」

そう言うと九十九はきびすを返して立ち去った。
もちろん根拠もないハッタリだけど、気概だけは失いたくなかったから・・・



東郷和正の部屋の前


九十九「・・・あいつは一体誰と話しているんだ?」

九十九は自分の部下である東郷を張っていた。
彼を追えば地球と草壁一派の繋がりがわかるはずだから。
そしてそれがより戦争を混迷させる意図の元で行われていると確信していたのだ。

とはいえ、なかなか尻尾を掴ませない。
そんな調子なので既に手詰まり感さえある。

さて、どうすれば・・・

と九十九が考えたその時、深刻な顔で月臣がやってきた。

月臣「九十九」
九十九「うわぁぁぁ!」
月臣「ドアの前で何をやっている?」
九十九「シー!!!」
月臣「まぁいい。それより九十九・・・
 どうもタイムアップのようだ。
 草壁閣下がお呼びだ」
九十九「なに?」

月臣の表情から深刻な事態であることを知らされるのであった。



れいげつ・草壁の執務室


だが、翌日呼び出された九十九にとって残り時間がもうほとんどないことを告げられた。
事実上の最後通告である。
その内容とは・・・

九十九「遷都計画!?」
草壁「そうだ。我らの宿願、火星へ舞い戻る日が来たのだ」
九十九「急すぎます!なぜ・・・」
草壁「急?急なものか。
 我らは100年もの間、大地に根ざした暮らしを送ることを夢見て生きてきた。
 月を地球に取り戻されて焦っている同胞にこれ以上待てと言うのか?」
九十九「しかしそれでは地球側を刺激しすぎは・・・」
草壁「確かに君の危惧はわかる。
 だが、火星は我々の戻るべき大地だ。
 和平があるとしても、それは核で火星を追い出されたあの時点まで巻き戻す必要がある。それが和平の最低条件だ。
 誰もがあの日に戻ることを夢見ている。
 形だけ和平が成ってもダメなのだ」
九十九「・・・」

草壁の言うことはある意味木連の現在の心情を代弁していた。
しかし、地球連合がそれを受け入れるだろうか?
地球連合とて火星に植民していた。
確かに木連側は自分達を排除した後に勝手に住民を入植させたと言うだろう。
自分達の土地に勝手に入植させたのだ。
その排除をして何が悪いと言うかもしれない。
けれど、地球とて火星に入植していた人々をほぼ皆殺しにさせられたのだ。
彼らとて和平というなら火星に入植していた頃まで巻き戻したいことだろう。

なるほど・・・
戦争の真の目的は火星の争奪戦ということか・・・
まったく、なぜみんなそんなに火星に固執するのだ。
まさか、そこがこの戦争の全ての源なのか・・・

草壁「計画の具体的な採択まで間もない。
 もし君の考える和平案というものが遷都計画の前に成される必要があるのなら、その前に実現させることだ。」
九十九「・・・わかりました」

数日中に何をどうこう出来る当てはない。
けどやるしかないのだ。
やるしか・・・



れいげつ・廊下


力無く草壁の部屋を出てきた九十九を迎えたのは月臣や秋山、アララギらであった。

秋山「どうだった?」
九十九「・・・・」
月臣「やはり遷都計画は本当だったか」
秋山「火星への移住は悲願であったが、今は複雑な心境だな」
九十九「それより地球の方はどうなっている?」
アララギ「変わりない。月で勝利した余波を借りて火星まで攻め込もうかという計画が着々と進んでいる。」
九十九「それだけは避けねば・・・」

このまま行けば地球と木連は火星で激突する。
互いの我を張り合った結果、火星を戦場にしてしまった場合、犠牲になるのは随行しているであろう市民艦だ。
最悪のシナリオだけは避けたい。

しかしどうすれば・・・

月臣「九十九・・・」
秋山「まだ日にちはある。無理をして体だけは壊すな」
九十九「しかし・・・」
アララギ「まだ和平の全権特使、白鳥九十九という肩書きは生きている。
 利用できる内は利用できるようにしておくのが良策だ。
 穏健派もみんなお前に期待している。
 その声が小さくないからこそ、草壁閣下もお前を特使から外せないのだ。
 それを肝に銘じて行動しろ」
九十九「・・・わかった」

仲間に励まされ、九十九は諦めることを止めた。
限られた時間とは言え、まだやれることはあるはずだから・・・



れいげつ・九十九の自室


「はぁ・・・疲れた」
九十九はヘトヘトになりながら自分の部屋に帰ってきた。
遷都計画などショックなこともあり、かなり落ち込んでいる。
けれど気落ちして入られない。
出来ることをやろう。
北辰や東郷達のやろうとしていることを探り出すこと
地球との、特に妹ユキナを今なお保護しているであろうナデシコクルーとの連絡
タイムアップまでにはもう少し時間があるはずだから・・・

しかし今日はヘトヘトだった。

疲れた頭で考えたりしても、悪い方へ悪い方へ考えが巡ってしまう。
こういう時はさっさと寝て明日に気持ちを切り替えた方が良い。

そう思って九十九はベッドに倒れ込んだ。

え?九十九の部屋は和室じゃないのか、って?
何故か寝室は布団じゃなくてベッドなんですねぇ(苦笑)

それはさておき、ヘトヘトで良くベッドを見ずに倒れ込んだ。
もしちゃんとベッドを見ていたら倒れ込んだりはしなかったろう。
しかし倒れ込んでしまったが為に・・・

「痛い!」
「わぁ!済みません!!!」

柔らかい感触と共に起こる黄色い悲鳴に思わずベッドを飛び降りる九十九!

ドスン!!!

「痛たた・・・」
「痛いのはこっちよ。人がせっかく良い気持ちで寝ていたっていうのに」
「それは済みません・・・
 って、えぇ!?」

尻餅をついたお尻をさすりながら、黄色い声に思わず九十九は謝った。
しかし言っていて自分でも事の異常さに気づき始めた。

ここは自分の自室であり、他に誰かいるはずもない。
思わず九十九はベッドを改めて凝視した。

最初に飛び込んできたのは細くて白い長い足であった。
それがにょきっとベッドを覆っているシーツの端から現れていた。
まじまじと何でそんな足があるのか見ていた九十九にその白い足が襲いかかった。

「なにじろじろ人の足を見ているのよ!」

ゲシ!!!

「ぐわぁ!!!
 済みません〜」

蹴られた九十九は平身低頭で謝る。
しかし発せられた黄色い声は明らかに女性のものだ。
何故、自分の部屋のしかもベッドに女性が?

もう一度しげしげとベッドを見やる。
するとシーツは見事に女性特有の起伏を形作っていた。
その起伏はおよそ衣服の存在を感じさせなかった。
ここで世の男性なら在らぬ妄想を膨らませて鼻の下を伸ばしたであろう。
けど、純情な九十九はちょっぴり鼻の奥が熱くなった(笑)

やがてシーツからモソモソと女性の頭らしきものが現れる。
亜麻色の長い髪だ。

・・・残念だが、上はタンクトップを着て、下は女性用のトランクスは穿いているみたいだった。
しかし、その聞き覚えのある声といい、亜麻色の長い髪といい、確かに数少ない九十九の記憶にある女性であることは確かであった。
もっとも決定的だったのは顔をこちらに向けたときだった。

黒いバイザーなど九十九の知る限りたった一人しかいない。

九十九「・・・アマガワ・アキ・・・さん?」
アキ「おハロ〜〜長旅で疲れたからベッドを借りていたわよ♪」
ここにいること自体、全く似つかわしくない人物がさも自室かのようなリラックスをした表情で自分の部屋にいれば、そりゃ誰だって驚くだろう。

白鳥九十九・・・青春まっただ中であった(笑)



ポストスプリクト


ということで黒プリ二十三話をお届けしました。

あ、アキさん、木星に行っていたのね(笑)
これは最初から決まっていました。
だからアキが本編中にちょろちょろ出ていたのですが、それはラストに木連に行くのでどうつじつま合わせをするかを考えながら書いていたので結構苦しかったです。

ともあれ、
エリナは結局変わらないことを選んだ人、そして限りなくナデシコを地球側に引き留めておく人物として書きました。不都合は壊せばよい・・・という考え方の人ではないことだけはご了承下さい。

メグミは日常に戻った人の代表として書きました。また、戦争する人の方が偉いの?っていうアキトに投げかけた台詞が直接自分に跳ね返ってきたりもしています。

ルリ&ラピスは敢えて変化球で責めました。伏線張りも兼ねてますが、普段はしゃべらない二人が一緒にいて話を進めるというのはなかなか難しかったです(苦笑)

アキト&ユリカはTV23話のメインストーリーをなぞる形で書きました。アキトが意識的に全身の力をコントロールしているということも何気なく出ています。
本当はもう少しメカ戦をしたかったところですが、尺の関係で端折りました(苦笑)

最後がなぜか九十九編
最後にアキが行く場所だったからですが、それにしても木連4人組ってのは新鮮ではあります。木連の事をクローズアップする意味もあります。
さりげなく伏線とか張ってありますが(笑)

なお、今後TV版と話数が歩調を合わせていくことはありません。
実際次の二十四話はTV24話の間に挟まる感じで木連中心のお話になります。
さてさてどうなる事やら(笑)

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・tohoo 様
・想斗 様
・k-siki 様
・YSKRB 様
・kakikaki 様