アバン


思い出が幸せであればあるほど
現実の惨さが際だつ

思い出が大切であればあるほど
奪われた悔しさが募る

光は闇を際だたせる
光が輝けば輝くほど
私はその闇に深くたゆたうのだった・・・

ああ、これってSecond Revengeのラストとほんのちょっぴり関係があったりしますのでそのつもりで〜



作戦開始8分前・Yナデシコ通路


Yユニットのメインコンピュータ・サルタヒコへ向かう道すがら、アキト達は信じられないモノを目の当たりにしていた。

アキト「・・・・あんたは誰だ?」

それはアキトの見知らぬ人物、
黒いマントを羽織った謎の人物が立ちはだかっていた・・・



作戦開始46分前・戦闘空域


アキトが無事にジャンプしたのを見ると次は自分だとばかりにアカツキがボソンジャンプの準備をしていた

エリナ「本当にやるの?」
アカツキ「行くしかないだろう」

アカツキの決意にエリナはやらせてやることにした。

月面フレームが強力なディストーションフィールドを展開し、そこにCCが散布される。するとCCは光を放ち始める。

アカツキ「うおぉぉぉぉぉ!!!」

アカツキはイメージする。
アキトに出来て自分に出来ないはずはない。
彼のナノマシーンが活性化し、身体中にナノパターンが現れる。

けれど・・・

『ジャンプフィールド消失』
「なに!?」

試みは突如中断されてしまった。

アカツキ「一体どういう事だ!」
エリナ『こちらで強制解除したわ』
アカツキ「どうして!」
エリナ『自分の体を見なさい』

エリナの声に自分の体を見るアカツキ。
するとパイロットスーツとコックピットのシートが融合しかけていた。
もう少しやればアカツキ自身がコックピットと融合していたかもしれない。

そう、これがアカツキとアキトの差なのだ。

アカツキ「僕には跳べないのか!
 兄さん!!!」



???


そこは不思議な空間、
何故か真っ暗な空間の中、円卓状の麻雀台を囲んで様々な人達が麻雀を打っていた。

イネス「彼には年の離れた兄がいた。
 暗殺?」
アカツキ「事故死だ」
イネス「跡継ぎとして有能な兄と常に比べられて、兄よりも優秀だということを示そうと躍起になっているってところかしら?」
アカツキ「関係ないね」
アキト「・・・悪趣味ですよ。人の記憶の覗き見なんて」

アキトは暗い気持ちながらもイネスを諫めようとする。
けれどイネスは言い返す。

イネス「仕方が無いじゃない。ここはそういう場所なんだから。
 嫌でも見えてしまうんだもの。」
アキト「でも・・・」
イネス「他人に見られたくなかったら頑張ってあがることね。」

釈然としないながらも、現状がそれなのだからどうしようもない。
麻雀に集中しようとしたアキトだが・・・

ユリカ「あ・・・ツモっちゃった」
ヒカル「今度は艦長!?
 運が良すぎるよ〜〜」
ジュン「で、その牌はどんな記憶なんだい?」
ユリカ「えっと・・・」

興味津々で記憶を覗くユリカ。
そのニンマリした顔からすればアキト絡みの役であがったのだろう、彼女は記憶を覗いたのだが・・・

ユリカ「・・・・・・」
ジュン「ユリカ?」

明らかにユリカの顔色が変わっていた。

ルリ「どうしたんですか?ユリカさん」
ラピス「お腹壊した?」
アカツキ「っていうか、艦長がそんな顔するなんて珍しいねぇ」
イズミ「本当。リョーコと同じで風邪なんかひかないと思ってたのに・・・」
リョーコ「どういう意味だよ!!!」
イネス「まぁどうやらアキト君と同じように芳しくない記憶だったらしいわね」

イネスの言葉に何となく事情を察し始めた一同・・・

ユリカはアキトに目配せをした。

『アキトが見たのってこれ?』
『ああ・・・』
『本当のこと?』
『わからない・・・』

そんなやりとりも一同の想像を裏付けるモノであった。

『一体どんな記憶なのだ?』

アキト達の表情からすれば、見ない方が良いのかもしれないが、それでも見てみたいと思うのはただの好奇心だけではないだろう。

そして・・・ただ一人、アキだけは悲しい顔をして無言を貫いていた・・・



いつか走った荒野


助かった。
でもそのまま死んだ方が良かったというのが大方の意見だった。
ネルガルシークレットが俺を助けに来たとき、俺は生ける屍だったそうだ。
辛うじてあるのは瞳孔反応ぐらいで自分の意志では指一本動かせなかったらしい

『アカツキ君、どういうこと?これがテンカワ君!?』
『エリナ君か・・・どうやらそのようだね』
『そのようだねって・・・奴ら彼に何をしたの!?』
『実験だよ。大事なジャンパーになんて事するんだか』
『酷い・・・』
『確かにね。まぁ僕も人のことは言えないけど』
『それよりミスマル・ユリカの方は?』
『ダメだったそうだ』
『・・・そう。
 で、彼女の救出計画は?』
『ないよ』
『ないって・・・どうして!』
『イネス博士は既に確保してある。テンカワ君がこのまま使えるかどうかわからないけど、サンプル数としては十分だよ』
『そ、そんな!あんたそこまで腐ってたの!!!』
『いや、まぁ僕も助けたいのは山々なんだけど・・・
 テンカワ君を助けたときにシークレットの隊員をごっそりやられちゃってね。
 北辰だっけ?奴からお姫様を取り戻すのは今の手駒じゃまず無理だね』
『そ、そんな・・・』
『イネス博士もそうなんだけど、ルリ君なんかの護衛も考えたらこれ以上の手出しは利益どころか損失しか生み出さない。
 残念だけどね・・・』
『・・・・』

ユリカを助けない?
今度はユリカの番じゃないか!
こんな事をされるんだぞ?
なのに助けないのか!

『ウソ!体を動かせないはずなのに・・・』
『・・・どうやらテンカワ君は不服のようだね。
 どうだい、不満かい?
 ふぅん、不満なんだ。
 自分の嫁さんなんだろ?
 ならば自分で助ければいい』
『ちょっとアカツキ君!彼は病人よ!なのになんて事言うのよ!!!』
『黙っててよ、エリナ君!』
『・・・』
『ウチも人手不足だから悪く思わないでくれ。ルリ君とかも守りたいだろ?
 その代わりお金だけは出してあげるよ。
 つまりウチのテストマシーンはドンドン提供してあげよう。もちろんデータは回収させて貰う。そしてネルガルと君の復讐とは無関係・・・
 ギブアンドテイクで行こうじゃないか。
 それでOKかな?』
『アカツキ君、それじゃ・・・』
『人には生きる動機が必要だよ。
 たとえそれが復讐の為でもね。
 そうじゃなければ彼はそれこそ生ける屍だよ』

かまわない
それで力が手に入るのなら
ならば、この動かない体をどうにかしよう
たとえ動かぬ体だとしても、引きずってでも動かしてみせよう・・・

その時俺はそう誓った。



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第21話 いつか走った「荒野」<後編>



作戦開始19分前・通路脇の武器庫


準備が整ったようなのでゴートは作戦内容を伝える。

ゴート「作戦内容はYユニットのコンピュータルームに向かい、サルタヒコの掌握に当たることである。」
アキト「って言われても俺達にコンピュータの暴走を止められるとは思えないけど?」
ゴート「その点は心配するな。こちらからコントロールできないのはサルタヒコへの通信が拒絶されているためだ。
 迂回ルートを使えばアクセスは可能になる。
 そうすれば優秀なオペレータ二人が何とかしてくれる」
アカツキ「迂回ルートって?」
ウリバタケ「コミュニケだよ」
一同「コミュニケ?」

・・・・・・・・・・・

クルー一同はしばし待つ。

キョロキョロ

でもやはりいくら待っても変化は訪れなかった。

イズミ「おかしい。いつもなら喜んで馳せ参じるあの人がこない・・・」
リョーコ「た、確かに・・・」

一同はあの人物が説明にすら訪れない事を気味悪がったのだった(笑)



作戦開始19分前・医療室


イネス「お姉ちゃん、フカフカ♪」
アキ「いや、だから〜〜」
イネス「膝枕、膝枕♪」
アキ「だからイネスさん、あのですねぇ・・・」
イネス「フフフ♪お姉ちゃん、ママの匂いがする。
 ママに膝枕して貰っているみたい♪」
アキ「・・・(苦笑)」

無邪気に膝枕に興じるイネスを持て余すアキであった(笑)



作戦開始19分前・通路脇の武器庫


待っていても仕方がないので説明を再開するゴート

ゴート「IFS保持者達はコミュニケによるデータリンクが可能だ。
 今回はこの機能を使用する。
 つまりこの中の内、誰かがサルタヒコまで辿り着き、コンソールにIFSをかざせばルリ君達がサルタヒコへの強制介入及び修復を行ってくれる。
 ただし!」
リョーコ「え〜〜まだあるの〜〜」
ゴート「途中、サルタヒコからの妨害があるかもしれないので、2チームに分かれて1番通路と2番通路からそれぞれ同時に攻略する。
 危険が予想されるのでB装備(艦内用の白兵戦装備)の携帯を義務付ける。
 作戦開始時間までにサルタヒコに辿り着くこと!
 以上だ!」
一同「了解!!!」

パイロット(+ジュン)は手にライフルを取る。
そして・・・

アキト「よっしゃ!!!待ってろ!蜥蜴ども!!!」
ジュン「あはははは!!!俺に銃を撃たせろ!!!」
ヒカル「えっと・・・んっと・・・」
リョーコ「ひえぇぇぇぇ」
アカツキ「まぁ御平らに、御平らに」
イズミ「二人とも、いい女がそばにいるからって格好付けなくても良いのに♪」
一同「え?」

イズミの発言にしばしフリーズする一同。

アキト「・・・行こうか」
アカツキ「そうだね・・・」

一同(イズミを除く)は時間もないことなのでさっさとサルタヒコ攻略の徒に出ることにした(苦笑)



作戦開始19分前・Yナデシコブリッジ


ブリッジのメインスクリーンには奇怪な光景が映し出されていた。

ジュン『あはははは!!!!!!
 俺はこの時を待っていた!!!
 好きなだけ銃を撃てるなんて♪
 逮捕だ!逮捕する!
 本官の邪魔をするな!!!』
リョーコ『お願いだからもうやめて〜〜
 暗いの怖いよ〜〜
 狭いの怖いよ〜〜』
ヒカル『えっと〜〜
 んとぉ〜〜
 雲は甘い?』

その光景を見てブリッジクルー達は呆れ返っていた。

ミナト「赤塚ギャグ?」
メグミ「いえいえ、うる星ワールドでしょう」
ルリ「最後のだけがわかりません」
ラピス「って言うか、全部わからない」
ミナト「大人になったらわかるわよ・・・」
メグミ「いや、そういう問題でもないでしょうけど・・・」

とジュン達B班だけがおかしいのではなかった。

アキト『かぁ!!!まさかナデシコの中で自転車乗り回すことになるなんてな!』
アカツキ『でもさぁ、ただ走るだけってのも張り合いないよね』
アキト『まぁそうだな』
アカツキ『じゃぁ競争しない?』
アキト『競争?』
アカツキ『誰がサルタヒコに一番乗りできるか競争するんだよ』
アキト『おお!面白そうじゃねぇか!』
イズミ『二人とも子供っぽいわねぇ』
アカツキ『でさでさ、勝ったら相手の大事にしているモノを一つ貰うんだよ♪』
アキト『お、そりゃいいなぁ』
アカツキ『僕が買ったらアキさんを貰うね』
アキト『ば!
 アキさんは別に俺のものじゃ・・・』
アカツキ『約束だからね♪』
アキト『ま、待て!勝手に決めるな!
 こら!!!!』
イズミ『二人とも、私の体が目当てなんて、ウブなのね♪』

とまぁ、アキト達A班もこんな様相を呈していた。

ユリカ「アカツキさん、そこはアキさんじゃなくて私です〜」
メグミ「なんで艦長がアキトさんのモノなんですか!!!」
ルリ「そうです!そうです!」
ラピス「そんなにナガレにお持ち帰りされたいの?」
ユリカ&メグミ&ルリ「いや、そういう訳じゃないけど・・・」
ミナト「アカツキ君も大胆ねぇ〜〜
 っていうか、命知らず?」
エリナ「なんて不謹慎なの!!!
 作戦行動中よ!!!」
ミナト「あ〜〜妬いてるの?」
エリナ「え?誰があんな奴のことを・・・」
メグミ「そうじゃないとしたら、アキさんが奪われそうなんで焦っているとか♪」
エリナ「ち、違うに決まっているでしょ!!!」
ルリ「焦るところがますます怪しい」
エリナ「ば、馬鹿を言わないで!!!」
ラピス「アキの添い寝は私のモノ。
 エリナもライバルなのね?」
エリナ「違うわよ!!!」

とまぁ一通り、弄りやすい人達を弄り終えた後でプロスが溜息をついて言う。

プロス「本当にパイロットの皆さんはどうされたのでしょうか?」
ユリカ「こういうときこそ、イネスさんがいてくれればもっともらしいことを説明してくれるんですけどね・・・」
ゴート「それよりも後18分・・・本当に作戦は成功するのか?」

その呟きはクルー全員の総意だったりする(笑)



???


そこは不思議な空間
彼らは相変わらず記憶麻雀に興じていた。
でもその片手間でイネス先生による推論が展開されていた。

リョーコ「つまり俺達はそのコミュニケによってデータ連結されているって言いたいのか?」
イネス「IFSはナノマシーンが大脳に一種の補助脳を形成して外部とのイメージデータを交換する。
 その際、記憶なんかもある程度はキャッシュとしてデジタルデータのまま補助脳に保持されていたりする。あるいは直接記憶中枢とのやりとりも可能になっているわ。
 そう考えれば、いま我々が一つの記憶空間に意識が存在していることも説明可能かもしれない」
ヒカル「本当にそんなことが可能なんですか?」
イネス「一番確度が高い説明だと思うけど」
ルリ「でも、私達はともかくナノマシーン手術を受けていないユリカさんやイネスさんまで連結されているっていうのは変じゃないんですか?」
イネス「それに関しては一応仮説らしきモノもない訳じゃないんだけど・・・
 あ、リーチ」
ヒカル「うわぁ、早い〜〜」
ルリ「・・・それロンです」
イネス「ウソ!?」
ルリ「それ思いっきり筋でしたけど?」

説明にかまけてヤミテンに振り込んでしまったイネス

ラピス「どんな記憶?」
ルリ「それは・・・」
アカツキ「で、ドクター、その仮説とやらを聞いておきたいんだけど・・・」
ルリが記憶をのぞき込むのと同時に、ガックリ項垂れるイネスに質問するアカツキ

イネス「それは説明できるほどの根拠があるわけじゃないから今は言えないわ」
アカツキ「なんだぁ」
ジュン「でも、僕達の意識がここにあるって事は、リアルの世界にある僕たちの体はどうなっているんですか?」
イネス「もう一つの人格ね」
イズミ「もう一つの人格?」
イネス「普段は表の人格に遮られていて現れない、抑圧された人格・・・
 本来、人が外界と接するためにペルソナを纏った人格、それがここにいる人格・・・
 けれどそうやって外界と上手く付き合うために纏ったペルソナはやはりどこかに歪みを生み出す。様々な感情により本来の自分から抑圧される。
 そうやって抑圧された感情が作り出すもう一つの人格よ」

いま、リアルで奇怪な格好を見せているのはそのもう一つの抑圧された人格だというのだ。それならば彼らの豹変は納得がいく。

アカツキ「でも抑圧されたモノが解放されたらああなるって・・・
 なんか嫌だなぁ」
ジュン「君なんかまだ良いよ。
 僕なんかまるっきり危ない人じゃないか〜〜」
リョーコ「あ、あたいってあんなにメソメソしているキャラなのか・・・」
ヒカル「私ってぽやや〜んってしてるねぇ」
アカツキ「まぁ僕は相変わらず爽やか系だけど」
イズミ「爽やか系っていうよりかは子供っぽいけどね」
ヒカル「そういえば、ルリルリも艦長もあんまり変わってなかったけど・・・」

そういって視線を向けてみると・・・

ラピス「どうしたの?ルリ姉、お腹痛いの?」
ルリ「いえ、そんなことはないです・・・」
リョーコ「あ・・・・ルリも見たのか?艦長達と同じ奴を」
ルリ「・・・・コクン」

ルリは何も言わずに頷くだけだ。
顔色の悪さがその記憶の酷さを物語っていた。
そしてさっきからアキトやユリカも会話に絡んでこない。
よっぽど酷いモノを見たらしい。

その記憶とやらがどんなモノなのか・・・
一同は聞いてみたい気もしたが、聞いたら彼らのようになるかと思うと聞くのが躊躇われるのであった・・・



いつか走った荒野


俺は復讐の鬼と化した。

『どうした、もうへばったか?』
『威勢だけはいいな。だが、まだまだ遅い!』
『体を捻るな!力を溜めるな!踏ん張るな!』
『遅い!まだまだお前の動きが見えている!
 そんなことでは俺の体に触れることすら出来ないぞ!』
『自らが弱いと知れ!』

俺は動かぬ体をひきずるように動かした。
ネルガルシークレットの隊長から武術の手ほどきを受ける。
医者が言うには驚異的な回復力だそうだ。
もしそうならそれは復讐心からだろうか?
それとも連れ去られた妻を取り戻したい一念だったのだろうか?

何が俺を駆り立てたのかわからない。

ユリカの顔を思い出したら一刻も猶予が出来ないと思えた。
今ユリカが奴らにどんな実験をされているか、想像すればするほど焦燥感に駆られた。
一刻も早く助けなければ!

でも心に悪魔が囁きかける。

『本当にそうか?
 そんなきれい事だけでお前は動いているのか?』

間違いなく俺の心にはもう一つの感情があった。
憎悪・・
どす黒く渦巻く憎悪を抑えるように体を動かす。
その時だけがあの屈辱の記憶を忘れることが出来た。

奴らの首をかき切る
奴らの額に鉛弾をぶち込む
首を絞め、腸を引きずり出し、目を潰し、指を折る
さぞかし惨めたらしく泣きわめくだろう

強くなればそれが出来る・・・

いや、俺の目的はミスマル・ユリカを救い出すことだ。
だからこんな辛い訓練にも耐えている。
そのはずだ。
そのはず・・・

本心はどちらだろう?
本当にユリカを救うためか?
それとも単に復讐したいだけか?

『愛する者を救うためだ!』

そう思えば思うほど、今の自分の姿を鏡で見て愕然とする。
嬉しそうに笑っている。
醜く顔が歪んでいる。
強くなることに喜びを感じている
奴らを倒す力を得ることに無上の喜びを感じている。

『愛する者を救うためだ!』

そう思えば思うほど、言葉は俺の心を上滑りしていく。
なにより俺を苛むのは・・・

彼女の笑顔が俺を苛む。
彼女の笑顔が眩しければ眩しいほど、今の自分のどす黒さを思い知らされた。

彼女の笑顔のそばで無邪気に微笑んでいたあの頃の自分
そして彼女を救おうとして足掻いている今の自分
ユリカという光を求めれば求めるほど
力という名の闇に染まっていかなければいけない

この矛盾は何なのだろう?

まだ引き返せる・・・
そんな風に思っていた。
けれど・・・




その日、初めて火星の後継者のラボを襲った。
初めて敵を殺した。
何か自分の中で抑えていたモノが途切れた。
ユリカの笑顔を思い出した・・・

そして・・・・

あいつに初めて惨敗した。
これでもダメだった。
端から相手にされなかった。
もっともっと闇に染まらなければアレには勝てない。
そう思い知らされた。
心のどこかでまだ引き返せるかもしれないなんて甘いことを考えていた。
まだあの幸福な時間に戻れるかもしれないと思っていた。

もう無理だ、
俺には無理だ
そう思ったその時・・・

ユリカの笑顔が浮かんだ。
なぜか涙が出てきた。
最後の涙だった。
救いたい、そう思った。
でも、そうしたら引き返せないと思った。
もうあの幸福な時間には戻れない
もっともっと心を殺さなければいけないと思った
もっともっと手を血で染めなければいけないと思った

多分その涙は幸福な・・・ただ甘いだけの自分への離別の涙だったのだ。
そしてユリカの笑顔の隣に立っていたテンカワ・アキトという男が死んだ瞬間だったのかもしれない・・・



???


そこは不思議な空間
みんなはひたすら記憶麻雀を繰り返していたが、アキトとユリカ、ルリは相変わらず気落ちしていた。
何故か彼ら三人にだけ、表情を曇らせるような記憶が集まっているらしい。

そしてまた一人の犠牲者が現れたようだった・・・

ラピス「あ、ロン」
ヒカル「あ〜もう、なんで一回も上がれないの〜!」
イズミ「上へ参ります〜」
アカツキ「・・・それってどういうギャグなんだい?」
リョーコ「で、ラピスさぁ、それどんな記憶なんだ?」
ラピス「・・・・・・・・・・」

リョーコの問いにラピスは無言だった。
訝しがったヒカルはラピスの顔をのぞき込む。
すると何が起こったかすぐに察したようだった。

ヒカル「ひょっとして・・・例のやつ?」
ラピス「コクン」

ラピスも例の記憶を見たようだ。
その証拠に彼女も顔色が真っ青だ。

その光景を見てアキはまた悲しい顔をした・・・

『彼らは全てを知って私を恨まないだろうか?
 彼らは全てを知って私を蔑まないだろうか?
 彼らは真実を知って後悔しないだろうか?』

彼女はそれだけが心配だった。



いつか走った荒野


いつからだろう。
敵を殺すことに躊躇いを感じなくなったのは

『ゆ、許してくれ〜』

躊躇う気持ちは全然なかった。
躊躇なく引き金を引けた。

バンバンバン!

人はそれだけであっけなく死ぬ。
まき散らされる脳の破片すら時折美しく見える。
感覚が麻痺したのだろうか?

いや、コイツらは死んで当たり前なのだ。
だって見てみろ。
この周りの実験と称した非道の数々を
まだ彼女達は幼児なのに、
扱い切れぬからと実験を繰り返してむごたらしく殺していった。
何の罪もないこの子達を殺す権利が奴らにあるのか?
あるはずがない。
だから報いを与えてやっている。

それはひどく甘美な行為だ。
正義のために悪を粛正する。
火星の後継者達の掲げる正義と何が違う?

だから殺せばいい
その為の力だ
その為に強くなった
殺せばいい
こんな奴は殺せばいい
殺せば・・・



コトン


物音が一つする。
奴らが証拠隠滅に壊そうとしていたシリンダーの一つだ。
その影に彼女は隠れていた。

俺は近づいて手を差しのべようとした。
怖がることはない、君達を助けに来たんだ。
そういったが彼女は恐怖に顔をひきつらせて泣き叫んだ。

『怖い!』

その言葉を投げかけられて初めて愕然とした。
近くのシリンダーに写る自分の顔がさらに追い打ちをかけた。

愕然とした。

あいつの顔と同じだった・・・
新婚旅行のシャトルで俺達を襲ったあいつの顔に・・・

ユリカを助ける為のはずなのに・・・
その為に力を得たはずなのに・・・
最も憎んでいたあいつと同じになってしまうのか!?
取り戻そうと思えば思うほどあいつと同じになってしまうのか!?

俺は一体・・・
俺は一体・・・
俺は一体・・・
俺は一体・・・
俺は一体・・・

目の前が真っ暗になった。
けれど・・・

肩に置かれる温かい感触があった。

『・・・大丈夫、嫌いになったりしないから』

怖いはずなのに少女は俺の肩を抱いてくれた。
剥き出しの心を優しく抱いてくれた。
決して許されたわけではないことはわかっている
でも、なぜか少し報われた気がした。
それだけで少し癒された気がした。

たったそれだけの言葉なのに
なぜか・・・あの日以来止まっていた涙が流れた



作戦開始15分前・医療室


アキは険しい顔をする。
抑圧された人格
闇の王子と呼ばれていた頃の自分が剥き出しになっていた。

普段の彼女は偽りのペルソナを纏っていた。
ある意味理想の女性を演じていた。
本当の自分を隠す為に
好かれるために
嫌われないために
誰もが好きでいてくれるように
理想と思われる女性を演じてきた。

いや、違うか・・・

彼女達を救うため
そう言いながら平気で手を血で染め続けてきた自分を隠す為に
闇に囚われた自分を隠す為に・・・

取り戻せたと思ったのに、
昔の自分を思い出せたと思ったのに、
居場所があるんだと思えたのに、
ぎこちないけど笑えるんだとやっと思えたのに、
また昔の様に暮らせると思えたのに・・・

またあの頃の自分を思い出した・・・

闇に身を染めていた頃の自分を・・・

過去に戻って歴史を変えようとして、結局何も変わらなかった。
いや、むしろ悪くなっていった。

カワサキでの事・・・
月面での事・・・
なぜあいつの影は俺につきまとう!
なぜ俺の心はあいつの呪縛から逃れられない!
奴らは一体何を企んでいる!!!

「お姉ちゃん、どうしたの?」

アキの膝で寝ていたイネスが彼女に声をかける。

『私』は狼狽した。
こんな顔をしたままじゃ彼女は怖がる。
こんな私を彼女は拒絶するかもしれない。
取り繕うと思って笑顔を作ろうとしたが上手く行かない。
顔は醜く歪み、自分でも取り繕えなくなった。

何故だ?
抑圧していた人格が表に現れているからか?
嫌われたくないのに・・・

けれど彼女の様子はアキの想像とは違っていた。

アキ「・・・」
イネス「どうしたの?何か怖いことでもあった?」
アキ「なんでもないよ・・・」
イネス「んじゃ、良いこと教えてあげる♪」

イネスは風貌に似合わぬ幼い口調で屈託のない笑顔を立ち上がった。
今度は自分がベットに座るとアキの頭を自分の膝に押しつけた。
そしてなでなでとアキの頭を撫で始めた。

アキ「ちょ、ちょっとイネスさん〜〜」
イネス「ママがね、こうやってくれると蜥蜴達が襲ってきても安心できたの♪
 だからお姉ちゃんも怖がらなくったって良いんだよ♪」

なでなで、なでなで
なでなで、なでなで
なでなで、なでなで
なでなで、なでなで
なでなで、なでなで
なでなで、なでなで
なでなで、なでなで

何故だろう、そうされると落ち着く。
心があの頃に戻っていく。
ささくれ立った心が癒されるのは何故だろうか?

悪夢はまだ見る
止めどもなく涙が出る
でも・・・
何故心安らかにこの膝の上で眠っていたいと思うのだろう?

イネス「良い子良い子♪」

彼女はしばらくイネスの膝の上で眠る。
一人のアキトは平穏を得ていた。
でももう一人のアキトはどうなったのだろうか?



作戦開始8分前・Yナデシコ通路


Yユニットのメインコンピュータ・サルタヒコへ向かう道すがら、アキト達は信じられないモノを目の当たりにしていた。
何者かがアキトやアカツキ、そしてイズミらを通せん坊していた。

彼らにだけは見えた。
黒いマント、黒いバイザーをかぶった謎の男性だ。
黒く流れるような長い髪をなびかせ、そして静かにこちらを向く。
何となく見覚えがあるような無いようなそんな雰囲気だ。

でもこちらが彼に近づこうとすると・・・

ギン!!!!!!

身の竦むような殺気のこもった視線!!!!
思わず自転車を降り身構えてしまった。

アカツキ「あれが誰か・・・知ってる?」
イズミ「いえ、知り合いにもしたくないタイプよ・・・」
アキト「・・・・あんたは誰だ?」

アキトは思わずそう聞いた。
聞かずにはおれなかった。

でも・・・

アキトにだけは何となく聞く前から彼が誰なのかわかっていた。
いや、言葉には出来ない。
しかし何故かわかっていた。
でもそれは無意識に認めたくなかったのかもしれない。

本当にわかったのは・・・
抑圧された方の人格ではない、本来の人格の方であった。



作戦開始7分前・Yナデシコブリッジ


ブリッジではその光景の不思議さに首を傾げていた。

プロス「パイロットの皆さんは一体何をされているのですか?」
ユリカ「さぁ」
ゴート「今度は艦長にも見えないのか?」
メグミ「モニター越しじゃ幽霊は見えませんよねぇ」
ミナト「見えたら心霊番組に持ち込めるけどね」
ルリ「幽霊なんかいませんよ」
一同「え?」

ルリの言葉に驚く一同。
しかし彼女の発言にかまわず、通路のパイロット達の状況は変わっていた。

アカツキ『こ、恐くなんかないぞ!』
イズミ『あなたは私を殺しに来たんでしょ?
 お願い、私疲れたの!』
アキト『あんた!どうして俺達の邪魔をするんだ!
 俺達を先に行かせないつもりか!!!』

パイロット達は叫ぶ。
けれどもう一度ルリはきっぱり言った。

ルリ「幽霊なんていません。
 それはあなた達の心そのものです。」

この言葉は同じ時間の違う場所でも語られた・・・



作戦開始7分前・連結された記憶


ルリはアキトに向かってハッキリと言った。

ルリ「幽霊なんていません。
 その先に行きたくないと思っているのは、あなた自身の心そのものです。
 彼を幽霊として見せているのもあなたの心そのものです」
アキト「そ、そんな・・・」

そんな二人の会話が聞こえていないかのように、イネスは解説をし出す。

イネス「彼、アカツキ君は死んだ父親、そして優秀だった兄へのコンプレックスがある。
 その為か、死んだ兄への周りの期待がそのまま自分にスライドしてきたことが負担だった」
アカツキ「そんなことないさ・・・」
イネス「彼はそのプレッシャーをはねのけようと大人になることを強要された。
 その反動が今の人格に現れている。
 小さい頃に年相応の無邪気さの発露を制限された彼・・・
 そして彼は常に虚勢を張る。
 大人びた言動を取り、狡猾を装う。
 怖くないさと強がってみせる。
 兄さえ生きていればこんな生き方をしなくて良かったのにと思いながら・・・」
アカツキ「兄さんのことは関係ない!!!」

聞きたくないように耳を塞ぐアカツキ・・・

イネス「そしてイズミ君は婚約者が死んだ原因が自分にあると思い込んでいる」
ヒカル「そういえばイズミ・・・いたんだよね?確か二人・・・」
イズミ「私は不幸を呼ぶ女なのよ。お呼びじゃないって事ね」
イネス「一人目は病死、二人目は事故死。
 でもそれを自分と付き合った為と自分を責めている。
 恋はしないと嘯いてみても、実は恋に未練を持つ。
 けれど彼らを殺したのは自分だからと、新しい恋人を作ることも怖がっている。
 そしていつか彼らが自分を責めにこないかとビクビクしている。
 だから常に死と隣り合わせの戦闘に身を置こうとする。
 不確実な何かに殺される恐怖を打ち消すために、自らの手で確定できる死に場所を求めている」
イズミ「・・・そんなことないわよ!そんなこと・・・」

泣き崩れるイズミ
二人を傷つけるように解説するイネスに怒りを感じるアキト。

アキト「イネスさん!あんた精神科医にでもなったつもりかよ!
 人の心を穿り返してそんなにおもしろいのかよ!!!!」
イネス「なぜあなたがそんなことを言うのか解説してあげようか?」
アキト「いや、俺は単に彼女達が・・・」
イネス「正義感から?
 違うわね。ならば何故あなたはそんなにイライラしているの?」
アキト「そ、それは・・・」
イネス「今度は自分の心が晒される。
  次は自分の番だ・・・だから口封じをしたいんでしょ?」
アキト「ち、違う・・・」

違わない。言い当てられるのが怖いのだ。

イネス「彼らの場合は死そのものよりも死者への思いが強かった。
 でもあなたの場合はどうなの?」
アキト「そ、それは・・・」

次の質問をするのはイネスではなくなった。
ルリである。

ルリ「あなたは怖かった。
 先に進んでしまえば、あの人のようになってしまうのではないか?と・・・
 持ってしまった力がどういう経緯で生み出され、どんな思いが込められていたのかを。
 そして怖くなってしまった。
 疎ましくなってしまった。
 自分もこのまま力を振るい続ければ、また彼のようになってしまうのではないかと。
 彼のように心を闇に身を任せなければいけないのではないかと・・・」
アキト「違う!!!」

違わない。
怖いのだ。
その象徴があの通路に現れた闇の王子の姿なのだ。

俺は何の為に力を手に入れた?
誰かを守る為だ。
ユリカやルリちゃんやラピスちゃんやメグミちゃんやエリナさんやナデシコのクルーみんなだ。
だから強くなろうとした。

でも・・・
でも・・・

強くなったらどうなる?
強くなっても本当にまだ自分のままでいられるのか?
本当に?
彼の心ですら容易にねじ曲がったのに?
本当に俺は彼の領域に踏み込んでいって、手を血で染めることだけに喜びを感じる存在に成り下がらないのか?

そんな自信なんて到底ない。

怖い
怖い
怖い
怖い
怖い
怖い

君は怖くないか?
俺は怖い
自分が自分でなくなってしまう!

ラピス「でも、本当は復讐したかったんじゃないの?」
アキト「そ、それは・・・」
ラピス「月面で女将さんを殺されて、そう思ったんじゃないの?
 復讐したいって」
アキト「それは・・・」
ラピス「メグミが泣いて止めてって言っても止めなかったじゃない。
 それがあなたの守るって事なんじゃないの?」
アキト「そ、そうじゃない・・・」

そうじゃないって教えられた。
憎しみで戦ってはいけないと、彼女に教えられた。
復讐のためにこの力を奮わないと約束した。

馬鹿だ・・・

彼女がどんな気持ちでそう言ったのか気づきもしなかった。
彼女がどんな気持ちで武術の指南をしていたのか気づきもしなかった。
力を憎しみのために使っていくことが、どれほど怖いことかなんて
力を憎しみのために使っていくことが、どれほど心が壊れていくのかなんて

知らずに無邪気に言っていたなんて・・・

俺は・・・どちらに進めば良いんだ?
俺はこの道を進むべきなのか・・・
誰かを守るために進むべきなのか・・・
それとも・・・

まるで出口のない迷宮のように悩んだ。
けれど、光を与えてくれるのは決まって彼女だった。

ユリカ「アキトはアキトの思うようにやれば良いよ」
アキト「ユリカ・・・」
ユリカ「だってアキトは私の王子様だもん♪」

その言葉だけで何故かアキトは道を示されたような気がした・・・



作戦開始3分前・Yナデシコブリッジ


通路ではなにやら壁に阻まれたみたいだったアキトがあっさりと越えられない一歩を踏みしだした。

アキト『わかったよ、ユリカ!!!
 俺の道は俺が切り開かなくてはいけないんだ!!!』

そう叫ぶとアキトはサルタヒコに向かって走っていった。

で、取り残されたのはブリッジのクルー達。

プロス「あの・・・艦長。
 テンカワさんに何を言ったんですか?」
ユリカ「え?私は何も言ってないけど!?」
ルリ「そんなはずありません!」
メグミ「そうです!そんなはずありません!」
ユリカ「そんなこと言われても・・・
 そ、そうか!
 これは私とアキトの愛のなせる技なのよ♪
 そうに違いないわ♪」
ルリ&メグミ「そんなはずありません!」

今の彼女たちにとってそれでしか説明が付かないのだから余計厄介だった(笑)



作戦開始2分前・Yナデシコ・サルタヒコ制御室


制御室のドアを蹴破って入ってきたアキトはその光景を見て愕然とする。

「な、なんだ?これは!」

アキトが見たもの・・・
それはディスプレーに映された自分の記憶の数々だった。

幼い頃、ユリカと火星で暮らしていたときのこと
火星でアイちゃんにミカンをあげていたときのこと
その後、火星で木星蜥蜴に襲われていたときのこと
気が付いたら地球の草原に寝転がっていたときのこと
雪谷食堂でコック見習いをしていたときのこと
ナデシコに初めて乗ったときのこと
初めてエステに一人で乗って出撃したときのこと
ビッグバリア突破の時にジュンのデルフィニウムと戦ったときのこと
何者かにガイが撃たれたときのこと
サツキミドリ二号が木星蜥蜴に襲われたときのこと
その後、メグミちゃんとキスをしたときのこと
火星でメグミちゃんとユートピアコロニーに向かったときのこと
ユリカがナデシコを守る為にユートピアコロニーを見捨ててディストーションフィールドを張ってしまったこと
火星を脱出する為にフクベ提督がナデシコをチューリップに逃がしたこと
遭難してユリカとメグミの三人で月面裏側を漂流していたときのこと

あれ?
おかしい
自分の記憶のハズなのにどこか自分の覚えている内容と食い違いがある。

この記憶には・・・いるはずの彼女がいない。
忘れたのか?
そんなことはない
彼女の記憶はしっかりと持っている
なのになぜ彼女の記憶だけがすっぽり抜け落ちているのか?

・・・うすうす気づいていた。

これは俺の記憶じゃないんだ。
俺の記憶のようで俺の記憶じゃないんだ
いや俺の記憶かもしれない。でも彼女がいない世界での俺の記憶だ。

これは・・・

ふと中央のスクリーンに目を向ける。

そこには木星蜥蜴がいた。
なにやらデータを集めているようだ。
誰のデータだ?
何のデータだ?
その蜥蜴の周りに映っている記憶を見て愕然とする。

そう、ここではないどこか別の場所にいる自分が見た光景
闇の王子と呼ばれた男の記憶
それらばかりがあった。
それを見たアキトは別の場所で記憶麻雀をしているもう一人の自分が見た意識とオーバーラップした。

「お前があの人の記憶を盗もうとしていたのか!!!!!!」

アキトは手にしたライフルで木星蜥蜴を掃射した!!!
人の記憶を!
あの人の辛い記憶を勝手にほじくり出すな!!!

ダダダダダダ!!!!!!

銃弾を浴びた木星蜥蜴はビクン!と痙攣した後、動かなくなってしまった。



作戦開始!


ナデシコのブリッジでは作戦開始の号令とともに緊張が走った!

メグミ「サルタヒコとのコネクトライン接続」
ルリ「ハッキング開始します。オモイカネ、ラピス、フォローお願い」
ラピス「了解」
オモイカネ『了解』
ルリ「・・・とりあえず武器管制のコントロールを奪取しました。ラピスは引き続き汚染エリアへのアタックをお願い。
 艦長、相転移砲を撃てます。」
ユリカ「相転移砲の発射準備をお願いします」
ゴート「相転移エンジン、パワーマキシマム!」
ミナト「了解。相転移エンジン出力最大」
ラピス「Yユニット展開。」
ルリ「艦長、座標の指定を」
ユリカ「前方敵艦隊」
メグミ「全クルーに連絡します。
 各員衝撃に備えて下さい。
 繰り返します。衝撃に備えて下さい。」
ルリ「座標軸固定完了・・・艦長、本当に良いんですね?」

ルリは最後に念押しをする。
だが、地球側に勝利を導くためには頷くしか他に道はなかった。

ユリカ「相転移砲、撃ていぃ!」

ゴウゥゥゥゥ!!!!
ユリカの号令で相転移砲は放たれた!

その頃木連軍の艦隊でも異変を察知していた。

「未知のエネルギー攻撃が来ます!!!
 全機緊急跳躍!!!
 こ、この攻撃は・・・うわぁぁぁぁぁ!!!」

混乱する通信が交わされる中、ほとんど逃げるまもなく相転移反応は敵艦隊中央で炸裂した。
それは防御というモノが全く無意味な、まさに消滅という言葉が相応しかった。
設定された空間まるごとがごっそりとえぐり取られたかのような光景に見舞ったナデシコですら驚愕の声を上げていた。

メグミ「敵艦隊消滅・・・・」
ゴート「こ、これほどの威力とは・・・」
ユリカ「反則だよ・・・こんなの・・・」
ルリ「まさに問答無用ですね。
 虐殺って言った方が良いんじゃないですか?」
ラピス「虐殺ってなに?」
ミナト「ラピラピはまだ知らなくていい言葉よ」

勝ったはずなのに
連合軍からはよくやったという脳天気な通信がバカスカ入ってきているのに
ナデシコクルーの間には何故か重くやりきれない空気が漂うだけであった・・・



作戦終了30分後・イネス先生のなぜなにナデシコ


イネスがこれまでの推論から、パイロット達の珍妙な行動を説明していた。

イネス「IFSのナノマシーンは補助脳と呼ばれるモノを脳内に形成する。
 いわゆる記憶や意識なんかもこの補助脳にデジタル化されて保存されていると言えるわね。
 まぁ無人兵器から見ればこれもコンピュータに見えたのかもしれない。
 つまり、今回の事件は敵の無人兵器がサルタヒコをハッキングする過程でパイロット達もまとめてハックしたと考えられるわ。」
リョーコ「でも、俺達の意識が一つに繋がったのはどういうことだ?」
イネス「コミュニケのおかげね。
 コミュニケのおかげで我々はデータ的に連結されている。
 いわば一つのネットワークが構築されている。
 奴は我々の意識をハックした際、互いの意識を同時に連結してしまったと考えられるわ」
ヒカル「でも、イネスさんや艦長はナノマシーンの手術を受けていないはずだけど・・・」
イネス「不明ね。」
プロス「彼らはナデシコのどんな情報を持ち出したのでしょうか?」
イネス「それも不明ね」

不明じゃない。
少なくともアキト、ユリカ、ルリ、それにラピスは彼らが何のためにハックしてきたか何となく察しがついている。
でもそれを言うことは憚られた。

アキトは自分の両手を見る。
自分の道は自分で切り開く。
そうするしかない事はわかっている。
でもこの力はどういう性質のモノか知っている。
以前と違い、血塗られたこの技を素直に誇れない。

そして・・・

アキが話が終わったとみるや、さっさと退出した。
アキトは彼女に声をかけたかった。
でも出来なかった。
何を話せばいいのだろう?
まだアキトの頭の中ですら混乱でいっぱいなのだ。

情けないことにこの技を習って後悔していないとは言えなかった。
アキトは自分の心の弱さを恥じた・・・



作戦終了1日後・れいげつ


その日、九十九は大急ぎで草壁の執務室に飛び込んでいた。
事の真相を問いただすためである。

九十九「和平の使者を送った!?」
草壁「ああ、君の推薦通りに」
九十九「私は推薦などしてません!
 一体誰を送ったというのですか!!!」
月臣「お約束というやつだよ」

月臣はウインクをして見せた。
この縁談を破談・・・もとい和平を決裂させてやるつもり十分であった(笑)



作戦終了1日後・ジャンプ空間


ユキナ「見てらっしゃい、地球女!
 お兄ちゃんを誑かそうったってそうは行かないんだから」
前回アララギらが使った個人用ポッドに乗ってチューリップの中を一路跳ぶユキナ。

それにしても・・・

どう考えても和平の使者らしからぬ発言をするのはどうかと思うのですが(笑)



同刻・火星極冠地下


深く暗い地底の中、そこには何故か北辰がいた。

「東郷の奴、さっぱりわからん。
 遺跡がどこにあるか知っているくせに、なぜ草壁閣下に知らせないのだ?」

彼は天然の洞窟をひたすら下る。
誰が火星の地下にこんな空間があるなどと知っているだろうか?
もちろん、それは人工の建築物ではない。
何者かがここにいて、そしていなくなったのだ。
だから洞窟になっている。
そしてその道の先には・・・・それがいるはずである。

東郷が北辰に見てこいと言ったモノが

彼はその地に辿り着く。

「東郷も趣味が悪い。
 こんなモノを何万年も前から育てていたとはな。
 MARTIAN達の目を欺くとはいえ、気の長い話だな」

北辰は侮蔑の表情で眼前に広がる光景を眺めていた。
それは目覚めの時を待っていた。
全てはあの日の為に
同じ時を二度生きた人間を初めて生んだその日、
歪んだ歴史の出発点
全てはその瞬間のために・・・

遙か悠久の太古から眠るモノは目覚めの時を待っていた・・・



ポストスプリクト


ということで黒プリ21話をお届けしました。

今回はかなりシリアスです。
とうとうアキの秘密をアキト達が知っちゃいました。
さてさて彼らはどう思うのでしょうか?
彼らは何を選び、そしてどう進むのでしょうか?
段々元の歴史と変わってきます。
今までの予定調和からとも外れていきます。

一風変わったTV逆行モノになるのではないかなぁ〜とか思います。

にしても、リベ2でやり残した決着を黒プリで付けなくても良いのにと思ったりもしますが(汗)
当初の明るい雰囲気が好きだった方には申し訳ないですが、その分、明るいパートは外伝なんかで補填していきますので見捨てないで下さい(笑)

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・You 様
・そら 様
・AKF-11 様
・YSKRB 様



おまけ、あるいは言い訳めいたモノ


一応、黒プリは巡りめぐれば"Princess of White"の続編だったりしますが、その割には「いつか走った荒野」の中にルリの"Princess of White"の境遇に対する言及がないじゃないか!って思われるかもしれません。

で、一応解説らしきことを書いておきますと、

この世界のアキは"Princess of White"の世界の頃の記憶もありますが、彼女自身は実体験がありません。
アキ自身は劇ナデと同じ運命を辿っており、そのことに対する怨念めいたモノが今回の「いつか走った荒野」のテーマです。

今回はルリのことまで書いちゃうと内容がとっちらかっちゃうってのもありますし、
復讐の理由としてルリにされた仕打ちをあげるのはそりゃ冤罪だろうって気もします。
アキの実体験した歴史では火星の後継者はルリに対しては何もしていないのであり、まだやってもいない未来に対して恨まれるのは
「お前は将来殺人機械を作るから歴史を変えるために抹殺する」
っていうのと同じくらい暴論じゃないかと思います。

ともかく、

黒プリ自身は"Princess of White"の続編にも関わらずルリに関するケアがないのは物語のテーマが既に未来で悲惨な目にあったアキと、これからそれに挑むアキトの関係性に移っているためですので申し訳ありません(汗)

その辺りは奥さん'sでBlue Fairyがそのうち何かコメントするかもしれませんが、
そっちに手をかけるよりかはアキトとルリの関係をどう書こうか悩んでいるって事で色々ご意見下さい(苦笑)

ちなみに・・・・

「いつか走った荒野」でのアキトとユリカですが、シャトルで襲われることは別の世界から来たユリカからある程度は聞いていましたが、それが現実になるかどうかは半信半疑でした。
(もっとも信じていなかった訳じゃないです。その為に準備もしてましたし)

でもここのテーマはたとえそういうことが起こると知っていても未来を変えられなかった・・・って点にあります。
またもう少し残酷なことをいえば、ルリがプレゼントした新婚旅行に行ったためにこうなったとも言えます。(ルリ自身に別の世界の記憶はないので悪意はないのですが)
もっともルリが新婚旅行をプレゼントしなければ旅行に行かなかったかといわれれば、それはそれで何らかの事情が発生して旅行に行ったでしょうが。
つまりEXZS的な歴史観ではある程度の歴史は避けようがないって事になっています。

・・・なんかよくわからない解説になりましたが、そういうわけであまりルリ関係の描写はなくても彼らは裏でちゃんと信頼の絆は結ばれているから書いてないんだって思って下さい。