アバン


ボソンジャンプ
それは敵味方が血眼になってその技術を得ようとしているもの
でもアキトさんがその中心にいるとは誰も思っていませんでした。

自分の意志に関わりなく巻き込まれていく恐怖を私達は知っています。
そしてそれ以上に見向きをされなくなった時の恐怖を私達は知っています。

やがて運命は流転していきます。
歴史を変えようとする意志と
歴史を変えまいとする意志とのせめぎ合いの中、
その狭間で翻弄されるアキトさんの姿がありました。

ああ、これってSecond Revengeのラストとほんのちょっぴり関係があったりしますのでそのつもりで〜



ヨコハマ・繁華街


あの後、アキトとメグミはとぼとぼヨコハマまで流れてきていた。
いくらモルモットとはいえ、逃げ出してきた疚しさと、行く当てのない心細さでアキトは落ち込むことしきりであった。

そんなアキトを案じてか、メグミは彼を元気づけようと精一杯明るく振る舞った。
「アキトさん、ここにホテルのパーティーチケットがあるんですけど行きませんか?」
「え?」
「嫌なことは忘れて素敵なアバンチュール・・・過ごしませんか?」

下心たっぷりだけど、今のアキトにはこのぐらい強引な方がいいと思うメグミであった・・・



ナデシコ・パーティー会場


「敵、カワサキ地区に出現。全員戦闘配備について下さい。
 ヒック」
ウインドウのちょっと酔っぱらい気味のルリがクルー全員に戦闘配備を告げる。
クリスマス気分は一転、緊迫した空気に変わった。



カワサキ・上空


「連合軍は既に全滅かよ・・・」
「あ、あれは何!?」
「げ、ゲキガンガー!?」
ヨコスカ港からすっ飛んできたナデシコが見たもの

それはゲキガンガーみたいな機動兵器が2体
のっしのっしとカワサキの街を破壊しながら闊歩している姿であった。

あまりの非常識な光景に一同は唖然とした・・・



研究所・BJ実験ホール


「ほう、また会ったな、我が生涯の伴侶よ」
「誰が生涯の伴侶か!」
「まぁいい。主要な奴は殺させてもらった。資料も抹消させてもらった」
「でもいいの?あなたが活動しているなんて証拠が残っても」
「かまわん。どうせ白鳥のバカ共がこの街もろとも吹き飛ばす。」
「へぇ、念の入ったことで。じゃ、さっさとお帰り遊ばせば?」
「それはダメだ。お前はここで足止めをする。
 『時の記述』に修正を加えてはならない。
 あのガキには月へ跳んでもらう」
「ふぅん・・・力づくってわけね・・・・
 出来るかしら?」
「出来るさ」

シャリーン・・・・

振りかざされる錫杖の音がイヤに寒気を誘う。
爬虫類のような顔を持った暗殺者はニタ〜とこっちを向いて笑った。

アキ「エリりん、早く逃げて」
エリナ「誰がエリりんよ!!!」
アキ「そんだけ元気があれば十分。立てるわね?」
エリナ「ええ・・・」
アキの茶化しで硬直が解けた事に気づくエリナ

アキ「イネスさん、エリナさんをお願い」
イネス「お願いされたいのは私の方なんだけど・・・わかったわ」
アキは北辰の動きから目を離さずにそういう。
イネスには背中を向けている彼女がウインクしている気がした。
だがアキはまだ言葉を続けた。

アキ「そうそう、エリナさん」
エリナ「なに?」
アキ「CCを1ケースほど持って外へ出ててくれますか」
エリナ「なんで?」
アキ「後で私が使うから」
エリナの疑問にアキはそう答える。しかし・・・

北辰「使わせん・・・」
エリナ「そいつ、そう言ってるけど・・・」
北辰の脅しを込めた台詞にビビったエリナはアキに再度確認する。
でもアキは・・・

アキ「まぁ・・・私がダメだったらアキト君に渡して」
エリナ「あ、アキト君って・・・」
アキ「さっきエリナさん自分で言ったじゃないですか。
 『アキト君は必ず戻ってくる』って・・・」
エリナ「・・・わかったわ」

エリナとイネスはよろけながらもホールの出口から逃げていった。

北辰「汝はこの我から逃れて白鳥らを追い返せると思っているのか?」
アキ「さぁやってみないとわからないけど・・・
 それよりもちょっち別のことに興味があるわね」
北辰「ほう・・・我と付き合う気になったか?」
アキ「そうじゃなくって・・・・
 あんた、一体誰の命令で動いてるの?」
北辰「汝がそれを知ってどうする?」
アキ「場合によっては命令を出した奴を叩く。」
北辰「出来ると思っているのか?」
アキ「魔王は勇者に倒されるのが物語の摂理!」
北辰「抜かすわ!!!」

二人の修羅の抜き差しならない戦いが始まった・・・



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第13話 「真実」なんて一つもない<後編>



カワサキ・市街地


リョーコ達はまるでアニメのような冗談な世界を目の当たりにしていた。
ビルの谷間に身を潜めるエステバリス。
そのエステバリスから見上げるような巨体がのっしのっしと黒い影を落としながら歩いてくる。
まるで昔の怪獣映画だ。
いや、このエステバリスですら見上げなければいけないような巨大な機動兵器があるなんて誰も想像だにしなかった。

リョーコ「ロン毛は上空から奴らの動きを逐一報告。
 どうせフィールド張ってるんだ。無理せず索敵に努めろ」
アカツキ「そういうわけにも・・・」
と言いかけた矢先、巨大機動兵器からのグラビティーブラスト一閃!
油断していてあわや避け損ねて直撃をもらいそうになるアカツキの空戦フレーム
アカツキ「りょ、了解・・・」
情けなさそうな顔をして、エステを旋回させ戻って行った。

その間にも隊長代理たるリョーコの奮闘は続く。

リョーコ「ヒカル、イズミ、配置はいいか?」
ヒカル「いいけど・・・だんだん近づいてくるよぉ〜〜」
イズミ「アルプスの少女、配置・・・なんちゃって」
リョーコ「イズミ!真面目にやりやがれ!!!」
イズミ「了解、隊長ぅ♪代理」
余裕があるのかないのか
まぁ冗談を言えるぐらいだから多少は落ち着いているのだろう、
リョーコは心配を今度入った新人に向けた。

リョーコ「ったく、おい新入り」
イツキ「イツキです!」
リョーコ「新入り、お前はエステでの戦闘は初めてだろう?
 くれぐれも無茶はするなよ」
イツキ「イツキと呼んで下さい!
 それにエステバリスの模擬戦は受けてきました。
 ガイ隊長に出来て私に出来ないはずがありません!」
リョーコ「いやまぁ、だからちょっぴり不安なんだけど・・・」
イツキ「なにか?」
リョーコ「わかった、イツキ!
 あのバカヤロウみたいに無茶だけはするな!」
イツキ「ご心配なく!どちらかといえば無茶を抑える側に回ってましたから!」
リョーコ「わかった。
 んじゃヒカルとイズミは奴らの注意を引きつけろ。
 俺とイツキはその隙に敵さんのフィールド突き破って砲撃だ。
 アカツキ、上空でサボるんじゃないぜ!」
一同「了解!」

リョーコの号令以下、全機散開してフォーメーションを組む。
彼女は任された隊長代理を彼女の認めた隊長が戻ってくるまで必死に支えようとしていた。でも相手が悪すぎる。

「了解・・・とは言ったもののやっぱり怖いよぉ〜〜」
ヒカルはローラーダッシュをしながら巨大機動兵器からの攻撃をふらふらかわしていた。
陸戦フレームだからこその機敏さでかわすことが出来ているが、一歩間違えばあの世行きの攻撃が繰り返されている。

ヒカル「リョーコ〜〜早く〜〜」
リョーコ「わかってるよ!!!」
ビルの谷間に身を潜めていたリョーコの砲戦フレームの前をヒカル機を追って歩いていく巨大機動兵器が通り過ぎた。

「でりゃあぁぁぁぁ!!!!」
交差する瞬間、リョーコ機は躍り出て巨大機動兵器に120mmカノン砲を向ける!
だが敵はディストーションフィールドでそれを阻む。
「鈍重なくせにフィールドばっかり強力で・・・・」
砲戦のパワーを持っても敵のフィールドに押し返される。
並のジェネレータを積んでいる訳じゃなさそうだった。
だが、リョーコにも意地がある。

「フィールドがなんだぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
無理矢理フィールドを突き破って砲身をねじこむことに成功したリョーコ
「沈めよ!!!」

ドンドンドン!!!
砲身から火花が散る!!!
しかしそれが目標に当たることはなかった!

ボワン!!!

「なに!?」
リョーコは驚く。
いや、リョーコだけじゃない。その光景を見ていたものは全て驚いた。

消えたのだ、その巨大な機動兵器は!
カノン砲の銃弾は空しく空を切った。

「なになに?どこ行ったの!?」
辺りを見回るヒカル機の背後に眩き光が現れる。
「ヒカル君、後ろ!」
「え?・・・わぁ!!!」
アカツキの警告も間に合わず、ヒカル機は突然背後に現れた巨大機動兵器のディストーションフィールドに弾かれて吹っ飛んでしまった。

「ヒカル!」
「私が囮になるわ!」
「ゴメン、イズミちゃん〜」
ヒカル機が体勢を立て直す時間を稼ぐためにイズミ機が前に躍り出てライフルを掃射する。だが、それをあざ笑うかのようにまた消えた。

「ロン毛、奴はどこに行った!!!」
「ちょっと待て、こっちでも追いきれてない!
 っていうか、消えたんだ!追えるか!!!」
リョーコの指示にアカツキはそう答えるしかなかった。

数秒後、巨大機動兵器はリョーコ機の真後ろに現れて彼女を慌てさせた・・・。



ナデシコ・ブリッジ


ユリカ「なんなの・・・あれ・・・」
ルリ「わかりません。しかし少なくとも小型とはいえグラビティーブラストを装備している模様です」
ユリカ「ってことは相転移エンジンを載せてるってこと?」
ルリ「おそらく・・・」
ユリカ「っていうか、あの消える現象ってなんなの?
 マジでゲキガンガー!?」
ルリ「こういうときあの説明おばさんがいないのが痛いですね」

ブリッジではユリカとルリが頭を痛めていたが、他の者は声も出なかった。

消えては現れて、現れては消える謎の機動兵器
いや、謎の兵器ならまだ可愛げがある。
これがまたアニメのゲキガンガーに似ているときたからほとんど冗談を絵に描いたような悪夢に囚われていた。

あんなふざけたものをどうやって倒せばいいのだ?

ユリカ「グラビティーブラストなら倒せるかな・・・」
ルリ「ディストーションフィールドも装備しているみたいですけど何とか破れるんじゃないでしょうか?」
ラピス「でも撃ったらカワサキ一帯壊滅だよね・・・」
ユリカ「そうなのよぉ〜〜」

少なくともナデシコが直接あの巨大機動兵器に攻撃をかけることは出来ない。
あまりにも周りに損害をかけすぎる。
いまはただエステバリス部隊に望みを託すしかなかった。

ルリ「こんな時にアキトさんがいてくれれば・・・」
ラピス「こんな時にアキがいてくれれば・・・」
ユリカ「誰ですか、二人を辞めさせちゃったの・・・」
ムネタケ「なによあんた達、その目は!!!」
クルー全員ムネタケをジト目で見るが、それで事態が変わるわけでもない。
恨み言を言ってても始まらない。

今は目の前で戦っている戦士達の健闘を祈るしかなかった・・・



研究所・BJ実験ホール


『やっばいわねぇ・・・』
アキは久々に焦っていた。

こんなはずではなかった。

ここでテツジンとマジンを木星に送り返せていれば全ては上手く行くはずだった。
イツキ・カザマがテツジンのボソンジャンプに巻き込まれて死ぬことはなくなる
アキトがマジンとともに2週間前の月に跳ばなくても済む
そうなれば月でのマジンとの攻防も先送りが出来る。
白鳥九十九がナデシコに捕まることもなかったし、メグミやミナトと逃げることもなくなる。
月でマジンが暴れることもなくアキトを助けた食堂の女将さんも死ななくて済んだかもしれない。
そして月で極秘裏に建造中のシャクヤクのロールアップまで白鳥や月臣らの攻撃を抑えられたかもしれない。
結果としてシャクヤクとナデシコ2隻を無事に現存させられただろう。

だが今の状況はどうだ!

結局は元の歴史のまま、事態は悪化の一途を辿っている。
早くしなければイツキがテツジンのボソンジャンプに巻き込まれて死んでしまう・・・

だからアキは焦っていた。
焦って早く北辰を倒そうとしていた。
だが、焦って倒せるほどこの時代の北辰は甘くなかった。

「迷いか・・・らしくない。
 が、つけ込ませてもらおう。
 烈風・・・」
北辰は錫杖を捨てると懐から二本の小太刀を取り出した。

そして一呼吸を置き・・・

「参る!!!!」
縮地と呼ばれる歩法を使って一気に間合いを詰める北辰。
反応したアキもさすがだが、北辰はそれにかまわず小太刀の突きを繰り出した。

「ちぇいいいいいいい!!!!」
無数に繰り出す突きの連打!!!
月臣はこの技を技が発生する前に止めていたが、あれは実力差があればこそ出来る技であり、本来実力の拮抗するもの同士ではそれすら難しい。

アキはリボルバーで小太刀を受け流したりしているがかなり辛い。
「ちょわちょわちょわ!!!」
「ちょこまかちょこまか、お前はユパ様か!!!」
「誰だ、それは?」
「古典アニメの傑作よ。それぐらい見ておきなさい!」
「愚問だ。木連男児がゲキガンガー以外見るわけなかろう」
「ああ、そうですか!!!」
アキはかするのを覚悟で懐に潜り込み掌底を食らわせた。

吹き飛ぶ北辰!

だが・・・

「なかなかやるわ、さすが我が生涯の伴侶・・・」
「伴侶じゃない!にしてもあまり効いてないのはちょっとショックかな?」
「そうでもない・・・といいたいが、焦りの出た拳で我を葬れると思う傲慢は修正せねばなるまい?」
「あらご忠告どうも・・・」
お腹の辺りをさする北辰
肩の辺りをナイフでかすられたアキ
痛み分け・・・と行きたいが、この勝負時間だけを稼げばいい北辰に分があった。

『イツキちゃん・・・』
アキの願いも空しく、もうすぐ『時の記述』通りの歴史をなぞることになる・・・



ヨコハマ・レストラン


「どうしたんですか?アキトさん」
メグミに声をかけられたアキトであるが、そうとは気づかずTVに釘付けになっていた。

『繰り返します。カワサキ地区は現在戦闘行為が行われており第一種避難勧告が出ております。付近の住人の皆様はくれぐれも見物などの行為は自重して下さい。
 繰り返します・・・』

アキトは放送の内容にショックを受けていた。

『ナデシコが戦ってるのか?
 アキさんは、ユリカ達は?』
「アキトさん!」
「え?」
「アキトさん、今日は私と付き合ってくれるんじゃないんですか?」
「ああ、そうだね・・・」
メグミの言葉に曖昧に答えるアキトだが、戦闘のことが頭について離れなかった・・・



カワサキ・市街地


その戦闘現場では未だボソンジャンプする巨大機動兵器との戦闘に手を焼いていた。

「えぇい!ちょこまかちょこまか!」

ドンドンドン!!!

カノン砲を撃ち続けるリョーコであるが、巨大機動兵器はそれをあざ笑うかのようにヒラヒラジャンプしてかわし、自分たちのすぐ後ろに現れて攻撃を行う。
そのたびにフォーメーションが崩れ、建て直しのために陣形が崩れ、ようやく再攻撃をかけようとするとまたジャンプをして逃げられる・・・

その繰り返しで翻弄されていた。

「落ち着いて下さい、私が前に出ます!」
「おい、バカ!何をする気だ、イツキ!」
リョーコの横を飛び出すイツキの砲戦フレーム!

ドンドン!
砲撃で顔にかかっている腕を退かせると、イツキは素早くワイヤーフィストを巨大機動兵器の顔面目掛けて撃ち出した。
慌てて機動兵器はワイヤーを払おうとするが一瞬早くワイヤーは機動兵器の頭部に絡みつく!

するとイツキはジャンプしながらワイヤーを巻き取った。
重いはずの砲戦フレームは信じられないぐらい軽やかに巨大機動兵器の頭部にたどり着いた。

「いくら瞬間移動されようが取り付いてしまえば同じ事です!」
イツキは振り払おうとする機動兵器の腕を器用に避けながら首の付け根にカノン砲を撃ち込んでいった。
いくら装甲が厚くても首の付け根まで厚くはないだろう。

「バカ野郎!やめろ、イツキ!!!
 無茶するなって言ったろう!!!」
リョーコの叫びにもかまわずイツキ機は攻撃を続けた。

目の付け所は悪くない
エステバリスは初めてでも戦闘には慣れている。
発想も柔軟で悪くない。
いいパイロットになれるだろう。

ただし、それは相手が並の機動兵器だった場合の話である。
並の機動兵器なら見事な攻撃と賞賛されてすんだであろう。
でも今のイツキの行動は無知が起こさせた暴挙と呼ばざるをえなかった。

そう、リョーコ達は知っていても、彼女は知らないことがあったのだ。



研究所・BJ実験ホール


アキと北辰の死闘は続く。
だがやはりアキの旗色は悪かった。

「どうする?もうすぐイツキ・カザマが死んでしまうぞ?」
「貴様!」
「迷いを捨てて本当の自分をさらけ出せ。
 血と殺戮を好む偽善に塗り込めた己の本性を」
「黙れ、北辰!!!!」
「躊躇するか?ならかまわん。
 そうやって歴史が全て元通りにしかなぞらないのを見ながら絶望するのも一興だろう。ククク・・・」
「言うな!!!」

アキの攻撃を北辰はかわした。
まるであざ笑うかのように・・・



研究所・テラス


「まったく、さんざんだわ・・・」
瓦礫をかき分けようやく這い出たイネスとエリナ
埋まっていたCCのアタッシュケースを運び出すのにだいぶ骨が折れたようだ。

だが、そこで彼女達が見たものは市街地で戦う巨大機動兵器の様子であった。
消えては現れ、現れては消えるその戦闘方法をつぶさに見て、エリナとイネスはあることに気づいた。

エリナ「あれはもしかしてボソンジャンプ!?」
イネス「敵は機動兵器単独によるボソンジャンプを完成させていたようね」
エリナ「まずい!」
イネス「どうしたの?」
エリナ「エステが一機、あの機動兵器に取り付いたわ!
 このままジャンプに巻き込まれたら・・・」
エリナの脳裏には例の実験の様子が浮かんだ。
チューリップに降下した耐熱耐圧エステ
その末路がどうなったか・・・

エリナ達が慌てて警告を発しようとしたが時既に遅し!

キラリ!!!

警告を発するまもなく巨大な機動兵器はボソンジャンプをした・・・



カワサキ・市街地


ドンドンドン!!!

何度も放たれるイツキ機のカノン砲
それはほとんど最後の苦し紛れの行動であった。
もし機動兵器にパイロットが乗っていたらおそらくそんなことをするつもりはなかったと思う。
どうなるかの結果を知っていたと思うから。

でも結果としてその機動兵器はボソンジャンプをした。
張り付いていたイツキの砲戦フレームもろとも!

「イツキ!!!」
リョーコが思わず叫ぶ。
一同もあることを思い出して息を飲む!

ボワン!

次の瞬間少し離れた地点に巨大機動兵器が現れた。
そして砲戦フレームも現れた。
崩れ落ちる巨大機動兵器。
先ほどのイツキ機の砲撃が効いたのだろう、完全に制御を失ったようだ。

だがその功労者は・・・・

まるで操り人形の糸が切れたかのように砲戦フレームは力をなくした。
そして静かに落下する・・・

ドスン・・・

それは落下音を残しただけでうんともすんとも言わなくなった。

「おいイツキ!返事をしろ、イツキ!!!」
「無理よ、コックピットがない・・・」
叫ぶようにイツキの安否を確認しようとしたリョーコをイズミが制した。

そう、彼女達は思い出した。
火星でクロッカスがどうなったか。

「なにが無茶を押さえに回る側だ!ヤマダと一緒じゃねぇか!」

ドン!
リョーコは力任せにコンソールを叩いた。
だが戦闘は終わっていない。

「リョーコ・・・」
「くそ!!!
 全機に告ぐ!
 残った一体に攻撃を集中する!接近戦は厳禁だ。
 奴のワープに巻き込まれるな!!!」
「了解!!!」
リョーコは悔しさと悲しみで泣き叫びたい気持ちをどうにか抑えて全員に的確な指示を送った・・・



ナデシコ・ブリッジ


「・・・・」
クルーの一同は沈黙に包まれていた。
いくら新入りとはいえ、仲間が一人死んだのだから。

こんな時、アキやアキトがいないのが心底恨めしかった。

「・・・信じましょう。リョーコさん達を」
ユリカは静かにそう言った。
リョーコ達が同じ目に遭わないことを祈りながら。



ヨコハマ・レストラン


アキトは心ここに在らずだった。
「・・・・トさん」
『ナデシコ・・・無事なんだろうか・・・』
「・・・キトさん」
『リョーコちゃんもいるし、新入りのイツキさんもいる。
 たぶん大丈夫だと思う。
 大丈夫だと・・・』
「アキトさん!」
「え?」
「もう、何をボーっとしてるんですか?」
メグミの問いかけにようやく気づいたアキト。

「どうしたんですか?上の空で・・・」
「いや・・・」
「やっぱりナデシコが気になります?」
「いや、そういう訳じゃ・・・」
「ウソです。また戦いたいって顔してます。」
「・・・・」
メグミの指摘にアキトは反論できないでいる。

「そんなに戦いたいんですか?
 アキトさんを要らないって言ったナデシコのために?」
「・・・俺、アイちゃんを助けられなくって、
 それで火星から逃げ出して、
 でも地球のどこにも居場所がなくって、
 やっとナデシコに居場所を見つけたんだ。
 今度こそ火星に行ってあの日何も出来なかった自分をやり直すんだ!
 ・・・そう思ってたんだ。
 だから、もしナデシコがなくなったら俺はまた居場所が無くなっちゃう。
 また木星蜥蜴を恐れて震えている自分に戻っちゃうから・・・」
「そりゃ私も心配です。
 でもだからって心配だったら戦わないといけないんですか?」
メグミはアキトを責める。
彼から透けて見えるナデシコに対する未練、
いや本当に心配しているのはユリカやルリ達だろう事は容易にわかった。

だからかもしれない。

メグミは周りを見てこう言った。
「みんな楽しそう。クリスマスですからね。
 でものんきそうに見えますか?
 すぐそばで戦闘しているのに無関心そうって思いますか?
 でもみんな必死なんです。」
メグミは気持ちをストレートにぶつけた。

「みんな自分の今の居場所を、生活を守るので必死なんです。
 蜥蜴達と戦わない人達もみんな自分の居場所を守るために戦っているんです。
 戦争する人だけが偉いわけじゃないでしょ?
 女の子を守って戦うのも立派な戦いでしょ!」
「・・・」

アキトはメグミが言っていることはよくわかった。
だけど・・・

「でも俺は・・・」
アキトはそれでも言った。
自分の今の気持ちを。
どうしようもない、偽らざる気持ちを・・・



研究所・BJ実験ホール


「残念だな、イツキ・カザマは死んでしまった。
 次はテンカワ・アキトの番だな。
 今度も見殺しにするか?」
「黙れ!!!」
「そうだ、その顔だ。
 我を憎くて憎くてたまらないという顔だ♪」
北辰はアキの憤怒の表情に恍惚の笑みを浮かべる。

気高い瞳を憎しみに歪ませ、そして無惨にも絶望の淵に追いやるときのなんと美しい事よ!

北辰は盛んにアキを挑発した・・・



カワサキ・市街地郊外


何者かが見晴らしの良い小高い丘にジャンプアウトしてきた。

「到着♪」
「ご苦労さまです」
「・・・・えっとここはどこですか?」
労をねぎらい合う二人をよそに、狐に摘まれたような顔をした少女が一人。

「あれ?私は確かエステに乗っていて機動兵器の首に掴まって、
 それからそれから・・・・」
「ああ、戦場から離れたところに避難したんで、もう心配はいりませんよ」
「えっと・・・」
なぜかさっきまで戦闘していたはずなのに安堵するように説明されて改めて状況を理解しようと努める少女

落ち着いて自分の様子を見る。
手も足もある。パイロットスーツのままだ。
そして自分のそばに落ちる人影が二つ。
その一つに目を向けて彼女は驚いた。

「か、艦・・・モゴモゴ・・・」
「ノンノン、ここでは私のことをSnow Whiteと呼んで下さい♪」
「そ、それにル・・・」
「私のことをBlue Fairyと呼んで下さい」
「ふたりともいつの間にコスプレ変えたんですか?
 っていうか、戦闘中でしょ?ナデシコをほったらかしにしてどうしたんですか!?」
「これはコスプレではなくって(汗)」
「えっと詳しく話す時間がないのですが、
 ごめんなさい、あなたは元の歴史通り、本日ただ今をもって死亡したことになりました。」
「え・・・じゃ私って死んじゃったの?幽霊?」

その少女、イツキ・カザマは自分の顔や手足をペタペタと触り死を実感しようとしていた。

イツキ「ってことは艦・・達の奇妙奇天烈な格好は死神か天使の制服って訳ですね?」
Snow White「違います。」
Blue Fairy「あなたは死んでませんよ」
イツキ「え?でもさっき死んだって・・・」
訳の分かっていないイツキは頭の回りにハテナマークを飛び回らせていた。

Blue Fairy「戸籍上死んだって事です」
イツキ「戸籍上?」
Blue Fairy「この世界ではあなたの居場所はなくなったということです。
 つまりあなたの名前は以降歴史に全く刻まれないということです」
Snow White「ごめんなさい。死なないことにすることも出来たんだけど、結局どこかで歴史の反動が来るからここで救出するのがベストと判断したの」
Blue Fairy「勝手なお願いなのはわかってます。
 でもお願いします、私達に協力して下さい。
 私達にはあなたが必要なんです」
イツキ「それってどういう・・・」

まったくわけのわかっていないイツキは必死に状況を理解しようとしていた。
だが、二人が続けた説明はそんな次元を遙かに凌駕していた。

Blue Fairy「私達にはこの世界に関与する因果がないんです。
 この時代にもう一人の私達がいるから。
 でも『ヤツラ』はこちらの世界の人達に取り付いて因果を持ってしまったから私達には手出しが出来ないんです。」
イツキ「因果?ヤツラ?」
Snow White「でもこの世界の人達には『ヤツラ』に逆らえないの。
 『ヤツラ』は『時の記述』を守らせるように強制力を使ってくるから。
 強制力に影響されないのはこの世界に因果をもたない私達だけ。
 でもこの世界に因果を持ってしまった『ヤツラ』に私達は手を出せないの」
イツキ「それって誰も手出しができないんじゃ・・・」
Blue Fairy「唯一アキさんだけはこの世界に因果を持ちながら『時の記述』に左右されないの。遺伝子的にアキトさんとは同一人物じゃない。それに『時の記述』にはあの人の記述がないから。」
Snow White「でもアキさんだけじゃダメなの。
 だからあなたの力を貸して欲しいの!」
イツキ「よくわからないんですけど・・・私もこの世界の人間だからダメなんじゃ・・・」
Snow White「大丈夫♪」
イツキ「どうしてですか?」
Blue Fairy「あなたは元の歴史では今の時点で死んでしまっています。
 つまりこれ以降、あなたの事は『時の記述』には書かれていないんです」
Snow White「だからお願い、力を貸して。
 今もアキさんが苦しんでる・・・」

わけのわかっていないイツキを置き去りにしながら、二人はカワサキ市街を見やる。
事態は急速に元の歴史をなぞり始める。
アキの努力をあざ笑うかのように・・・



研究所・BJ実験ホール


「さぁどうした。汝の力はそんなものか!」
「なにを!」
「いいのか?テンカワ・アキトはもうすぐ到着するのだろう?
 そして月臣がこの地を吹き飛ばす。
 早く本性を見せないとどうなっても知らんぞ?」
「黙れ!!!」
アキの動きはより鋭く速くなっていく。
もし未来の北辰が見たらかつての黒百合の姿を思い出していたであろう。

ギラギラ憎しみの炎に燃える瞳
やがてアキの攻撃は北辰の体を捉え始めた。

「おもしろい♪実におもしろい♪
 それでこそ我が伴侶!
 愛憎は表裏一体!
 それこそ我が積年望んできたものだ!!!」
「うるさい!お前はここで倒す!!!」

二人の修羅の戦いは続く。
観客がいればさぞかしその戦いに魅入られたであろう。
いや恐れをなして逃げ出すか?
それとも憎しみをぶつけるだけの戦いに悲しみを覚えるのだろうか?



カワサキ・郊外


アキトは必死に自転車を漕いでいた。
なにが彼を突き動かしたのだろう?
胸騒ぎは後から後から湧いて出た。

そこに自分の居場所があるのか?
そこで自分は何かになれるのか?

答えはたぶんそこにしかないと思うから
アキトはそこを目指していた。



ヨコハマ・レストラン


「アキトさんのバカ・・・」
一人残されたメグミは泣いていた。

わかっていたはずだ。
私は仲間を見捨てて安穏とするような人を好きになるはずないって
私か仲間か、そんな二者択一で選べるようなものじゃないって

私は私だけを好きなアキトさんを好きになったわけじゃない。
何かになろうとして必死になっているアキトさんを好きになったんだって
だからそんな二者択一を突きつけても勝てるはずはないって

でも私が一番だと言って欲しかった
全てを捨てても私を取るって言って欲しかった
私を目の前にして私以外のものを選択されるなんて、それじゃ私の立つ瀬がないじゃないの・・・

そんなのワガママだって思っている
でもそれが恋愛の愛憎だということをメグミは改めて思い知らされた・・・



カワサキ・市街地


リョーコ「くそ!また消えた!!!」
ヒカル「アカツキ君、次どっち?」
アカツキ「3秒後、右400m!!!」

最初は戸惑っていたエステバリスパイロット達であるが、次第に目が慣れてきたのか、落ち着いて行動するようになっていた。

彼らは巨大機動兵器のある特徴に気づいていた。

この機動兵器は瞬間移動するが、距離及び方向がほぼ数パターンに限られているのだ。
しかもかなりの癖がある。
まだ未完成の技術のようでほとんど同じ所をぐるぐる回るぐらいの能しかない。
向こうの機動兵器も制限の中でを瞬間移動を有効に戦術利用しようと苦慮しているのか、こちらの背後を突こう、突こうとジャンプしてくる。

それならと、ジャンプ先を誘導するように行動してジャンプアウトしてきた瞬間を狙い撃ちするようになってきた。

効果はてきめんである。

なまじ図体がデカイだけにおもしろいように砲撃は当たった。
砲戦フレームの砲撃でディストーションフィールドに負荷をかけ、弱まったところで一斉掃射する。
この攻撃がかなり効いたのか、敵はさらに悔し紛れにジャンプしだした。

「パターンさえわかれば!」
「よし、ジャンプアウトした瞬間を狙うぞ!!!!」
「了解!!!」

機動兵器が現れた瞬間、エステバリス達は一斉掃射した。
フィールドを突き抜けて機動兵器に当たる!
機動兵器はとうとうビルを押しつぶしながら崩れ落ちた。

「よっしゃ!」
リョーコが勝ち鬨を上げようとする。
だが、それは甘かった。

機動兵器の胸部が開く。

ブウォォォォォォォン

何かが不気味な音を立てて唸り始めた・・・。



研究所・テラス


「最悪ね」
その様子を見ていたイネスは一言あっさりとした口調で恐ろしいことを言った。

エリナ「最悪って?」
イネス「奴は相転移エンジンを暴走させ始めた」
エリナ「暴走って・・・」
イネス「最初から奴らはそれを狙っていたのね。
 あの機動兵器は周りの空間ごと相転移させようとしているわ」
エリナ「それって一体・・・」
イネス「さぁ、どうなるのかなぁ?
 でもこの街が奇麗さっぱり吹き飛ぶことだけは保証するわ」

相転移エンジンは周りの空間を別の空間に相転移させることで莫大なエネルギーを得ている。だがそれが無差別に行われれば・・・
想像するだけで恐ろしかった。

そして異常な事態に驚いたのか、エステバリス部隊は慌てて巨大機動兵器への攻撃を強めた。だが攻撃を捨てフィールドにエネルギーの全てを回した機動兵器を倒すことはとても困難に見える。

イネスはやけにさばさばした声でそう言ったが、エリナから帰ってきた答えはとても怯えているような様子ではなかった。

「それはどうも。
 でも大丈夫じゃないかな?」
「え?」
エリナが指さす先をイネスは見る。
するとそこには・・・・

「ハァハァハァ・・・
 俺にCCを・・・」
そこにはようやく到着したアキトの姿があった。

エリナは自分の予想が当たったことがちょっぴり嬉しく、
そしてアキが結局現れなかったのに少し心が痛んだ・・・



研究所・BJ実験ホール


「北辰、殺す!!!」
「そうだ、その目だ!
 おもしろい、おもしろいぞ!!!」
アキの攻撃を紙一重でかわしていく北辰
だがそのスピードはますます上がっていく。

阿修羅のごとき技を繰り出すアキ!!!

「狼牙!!!」
素早い突きを無数に繰り返す。
その手の構えが狼の牙に見える技だ。
そして突くのは全て急所!!!
眉間、鳩尾、喉笛、脇腹、拳の小指、金的
息もつかせぬ勢いで次々と繰り出していく!

「見え見えの陽動だ。
 狙って下さいといっているようなものだ」
北辰は冷静に指摘する。

そう、アキはそんな中でも隙をつくって北辰の攻撃を誘っていた。
危険を冒してもカウンターを狙うつもりなのだ。

「・・・まぁいい。
 誘いにのってやろう!」
北辰は何を思い直したのか、反転して攻撃に転じた。
隙はわかっている。

狼牙を繰り出した後の無防備な脇腹!!!

「迅雷!!!」
「朧!!!」
アキの脇腹を狙いに行った北辰に対し、アキはあえて身体を接触させに行った!!!
技の発生点で受け止めて返し技を放つ!!!

「チェストォォォォォ!!!!!」
「ハァァァァ!!!!!!!!!」

ガシィィィィ!!!!

交差する二人・・・・・

「左手一本か・・・脇腹との引き替えにしては分が悪いか・・・」
「だが今度はそうはいかない!
 今度こそ必ず倒す!!!」
力の入らない自分の腕を見てさばさばしている北辰に対して、アキの目は負傷を負ったにもかかわらず殺気がみなぎっていた。

だが・・・

「その必要はない。」
「なに?」
「勝負はついた。我の勝ちだ」
「馬鹿な!まだ勝負はついていない!」
アキは小馬鹿にしたような北辰の言葉に激怒する。
勝負は五分と五分、傷も互いに等しく負った。
そして両者まだまだ動ける。
勝負はついていない。
アキはそう思っていた。

だが、北辰は既に勝負をついたとばかりに構えを解き、こう言い放った。

「いや、我の勝ちだ。
 既にテンカワ・アキトは月臣を止めに行った。
 もうその傷ではテンカワ・アキトの後を追うことは叶わぬだろう。
 我は汝にその傷を負わせた時点で勝利したのだよ」
「!!!」
「我は月臣がこの街を吹き飛ばす前に退散させてもらうとしよう。
 ククク・・・」
「逃げるな、北辰!!!私との勝負はまだついていない!!!」
「いや、ここで帰る。
 さすれば汝は我を憎む。
 憎悪は時間をかけて育まれ、次に会うときは最初から本気の汝と対峙できるであろう。
 楽しみは後のためにとっておこう♪」
「北辰!!!」
「それじゃ、我が生涯の伴侶よ、さらばだ。
 無事に生き延びろよ・・・」
「待て、北辰!!!!!!!!!」

アキの叫びを聞き流したままその場を去った北辰。
だが追えなかった。
北辰の言うとおり、足が動かなかったのだ。

その場には脇腹を負傷し、やがては足に痺れがきたアキだけが残された。

「北辰!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
崩れ落ちたアキは力の限り叫んだ。
叫ぶことしか出来なかった・・・



ナデシコ・ブリッジ


ナデシコのブリッジでは敵巨大機動兵器の異変に緊張していた。

ルリ「敵相転移反応増大」
ミナト「それって自爆しちゃうって事?」
ジュン「おいおい、そんなことになったらこの一帯が・・・」
ユリカ「どうしよう・・・どうしたら・・・・」
そんな動揺がブリッジを駆け抜けているときにラピスは何かに気がついた。

ラピス「左舷のビル、アキト発見」
ユリカ「え?」
ラピスが引き延ばしたスクリーンには確かにビルの屋上にアタッシュケースを抱えたアキトの姿が映っていた。



カワサキ・市街地


「おい、そんなところで何をやってるんだよ、アキト!」
リョーコがナデシコからの報告を受けてその場所を見やると確かにアキトがいた。
アキトは敵機動兵器のすぐそばのビルの屋上におり、あまりにも近づきすぎているので危険と思われるほどだった。
少なくとも生身の人間がいていい場所じゃない。

誰かが叫んでいるのもアキトの耳には届かなかった。
アキトは手の中にあるものをじっと見つめていた。

「俺は何かになれるのか?
 半端なままの自分ではなく、誰かを救うために何かを成し遂げれるのか?」
半端な自分
何も出来なかった自分
今度こそ何かが出来るのか?

アキトはアタッシュケースを機動兵器にぶつけた。
ケースからばらまかれるCC
それは次々と敵機動兵器のディストーションフィールドに接触して発動していった。
やがて周囲にジャンプフィールドが形成される
それに呼応するようにアキトの体中のナノマシーンも活性化する。

アキトはイメージする。
爆発しても被害のないところ
誰もいないところ
そこで今朝聞いた月面での謎の爆発事件の話を思い出したのかもしれない

イメージは入力された。
やがて機動兵器は発生したジャンプフィールドに飲み込まれていく。
そしてアキトも・・・

敵機動兵器が爆発する前にアキトはそれを跳ばすことに成功した。
そして自分自身も・・・

「アキト!!!!!!!!!!!」
消えたアキトを見てユリカ達は叫んだ・・・・



研究所・BJ実験ホール


「くそ!!!」
アキは拳を床に打ち付けていた。
何度も、何度も!

何が歴史を変えるだ!
何にも変わってないじゃないか!
偉そうに立ち回ってそれで歴史が変わるつもりでいるなんてまるで道化じゃないか!

「くそ!!!
 くそ!!!
 くそ!!!
 くそ!!!
 くそ!!!!!!!!!!!!!!」
何度も何度も打ち付ける拳、
いつの間にか地面は殴った拳の血で染まっていた。
しばらくしてアキの拳を止める手があった。

「止めなさい。」
「イネスさん・・・」
アキの手を止めたのはイネスであった。
「まったく脇腹の傷より自傷した拳の方が重傷よ」
「アキト君は?」
「跳んだわよ。敵の機動兵器もろともね」
「そうですか・・・」
てきぱきとアキの応急手当をするイネスの言葉にうなだれるアキ。

「アマガワ・アキ、あの・・・」
エリナも降りてきて彼女のそばに来た。だがアキは・・・

「とりあえず、ナデシコに戻ります・・・」
アキは二人を押しのけてその場を去った。
二人ともとがったナイフのような彼女にかける言葉を持っていなかった・・・。



その後のナデシコ


その後、一時は意気消沈したナデシコであるが、アキト生存の報を聞き、一気にわき返ったとか。

そう、アキトは月に跳んだのである。
二週間前の月に

特に喜んだのが艦長のミスマル・ユリカ嬢。
しばらく自室にふさぎ込んでいたのだが、アキト直々の通信を受け歓喜のあまり『すぐにあなたを迎えに行く♪♪♪』と騒ぎまくったとか。

そのせいかどうかはよくわからない。
何故か軍属となっていたはずのナデシコであるが、それがうやむやになったのかもう少し扱いの緩い存在になっていた。
そして不思議なことに月への航行が許可されたとか。
ユリカの押しが勝ったのか、エリナが上申を取り下げたのか、はたまた月のネルガル工場が攻撃に晒されてネルガルが自己防衛のためにナデシコを欲したのか

理由はわからないけどみんなでアキトを迎えに行こうという事になった。

そして・・・



ナデシコ・アキの部屋の前


「アキ、お食事ここに置いとくね・・・」
ラピスはドア越しに声をかけるが、無反応だった。
ラピスは新しい食事のトレーを部屋のドアの前に置くと、全く手がつけれていない古いトレーを持って帰っていった。

『黄昏はやがて訪れる。だから・・・』
帰る道すがら、ラピスはふとそんな声を聞いた気がした。

アキは脇腹と拳の傷を理由に丸二日、部屋に閉じこもった・・・



おまけ


ナデシコの格納庫には敵巨大機動兵器が転がっていた。
戦利品・・・というわけではないだろうが、月ネルガル工場にこの機体を持っていくのも役割の一つになっていたみたいだ。
軍とネルガルでどんな取引があったのだろう?

それはともかく・・・

「おい、誰だよ!ゲキガンガーの歌なんか歌っているのは!」
「誰も歌ってないっすよ〜」
「ウソ言え、ここから・・・」
ウリバタケは機動兵器の頭らしい箇所を指す。
確かにそこから歌が流れていた。

・・・・木星蜥蜴が歌を歌うのか?
ゲキガンガーの?

整備班達が静かに頭部をばらし、そーっと中を覗いてみると・・・

彼らは驚いた。
木星蜥蜴は無人の機動兵器と思っていたのに
そこには人が座るコックピットらしきものと、ゲキガンガーのCDが再生されていたりしていたからだ・・・・

「勘弁して」
ルリがブリッジでそう言ったとか言わなかったとか(苦笑)



ポストスプリクト


ということで黒プリ13話をお届けしました。

13話は総じてシリアス&ダークネスな感じのお話になってしまいました。
まぁあと2、3話はTV版と同じシリアスな話が続いたりするのですが、ユーモラスの部分が好きな方にはどうなんだろうって思ったりもします。
(この辺り手探りでやっているので難しいところです)

ともあれ、北辰が気になる台詞を吐いたりとか、イツキや奥さん'sはどうなるだとかはありますが、TVどおりに進んで全く違う作品!って存在になるかどうか、今後のストーリー頑張らないといけません。

今回???となった箇所は後々ストーリの中でつまびらかにしていきますのでご安心を。

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!
・AKF-11 様
・青龍 様
・アルフ’ 様
・DIM 様
・まるい55号 様