アバン


星の数だけ出会いがあり、星の数だけ別れがある
会うは別れの始まりとも言いますが、
私たちの場合、別れは会うの始まりだったのかも知れません。

なにせアキトさんとナデシコに乗る前に知り合っていたなんて知ったのはつい最近のことだったんですから。
これって他の女性よりも縁(えにし)が強いって自惚れてもいいんでしょうか?

ああ、これって外伝なので黒プリ本編とは何の関係もありませんのでそのつもりで。



ナデシコ乗艦180日前


こんにちわ、私ホシノ・ルリと言います。
今は某研究所で両親の研究の手伝いをしています。
ああ、両親っていっても実の両親ではありません。
私、養子なんです。だからホシノ姓も養子に来てからの名前です。
でも元がどんな姓だったかは覚えていません。
まぶたの母・・・ってやつもいるにはいるんですが、会いたい気持ちもありませんので気を使わないで下さい。
一応ホシノって姓は気に入ってますから。

えっと話はどこまで進みましたっけ・・・
そうそう、私が某研究所で研究の手伝いをしているって所ですよね。

まぁぶっちゃけた話、研究の手伝いといっても実際の所、手伝いどころじゃなく研究そのものをしていました。
なんでお茶を濁した言い方をするかといえば、一応法律によれば幼児の就労は厳しく制限されていますから。子供が親の仕事を手伝うのはOKなのだそうで。

もっと正確に言えば研究のお仕事をしているというよりも私が研究の対象にされちゃっているんでどんなにきれい事を言っても説得力はないんですが(苦笑)

あ、でもここの生活が嫌いな訳じゃないです。
研究対象にされているといってもそれほど酷い扱いじゃないんです。
前に引き取られていた研究所では何の説明も受けずに薬の投与とかされてましたし、食事も栄養剤てんこ盛りのレーションだったことを考えればここはまだマシです。
少なくともクスリやナノマシーンを投与する場合は事前に説明は受けますし(たまに私の方がその効能をよく知っていて投薬のアドバイスをすることもしばしば)、投薬自体を拒否をする権利もありますし。
食事も皆さんと同じ仕出し弁当を食べさせてもらってますし、お小遣いなんかも搾取されずに貯金していただいてますし(って通帳だけの数字なので実感は湧かないんですが)
概ね児童虐待保護を受けなくても良いような人道的な扱いは受けています。

強いて不満なことといえば、自由に外出できないことと、仕出し弁当が毎日3食決められた時間にしか来ないってことですか?
まぁ外に行けないってのはネットにアクセスすることで大部分の知的満足は解消されますからいいんですけど、問題は食事ですね。

ここだけの話なんですが、私って結構食べるんです。
仕出し弁当が物足りないってのもありますが、ダイエットを気にしすぎた女性向けだからなんでしょうか?
はっきり言って足りないです。
・・・大食いじゃありませんよ、私。
そう、成長期なんです。成長期
体が欲求するんです。
背も早く伸びないといけませんし、出るところも出てくれないと困ります。

いえ、そうじゃなくて、朝早かったり、夜遅くてもお食事できないんです。
まぁ少女に早朝や深夜の仕事はさせてないって建前なんで仕方ないんですが。

もっとも量の多いおじさん向けのお弁当は頼めません。
これでも私は少女ですから(苦笑)

まぁ、それさえ解消してくれれば思いの外、良い職場です。
それなりに大事にしてくれますし。

そんなことを思っていられたのも昨日まで
そう、今日私の取り巻く状態を大きく変える事件が起こったのです。

『まことに申し訳在りませんが、取引先の仕出し業者が食中毒発生の疑いにより5日間の業務停止処分を受けました。つきましては皆さん、各自出前を注文して下さるようお願いします』

そう、それは掲示板に貼られた無情な通知でした。

「ごめんね、ルリちゃん・・・」
その通知を呆然と眺める私に業務のお姉さんが謝って下さいましたが、食事が食べられないという脱力感の前には効果ゼロでした。

「だからこの中から好きなのを選んで出前を取って♪」
と言われて手渡される出前のチラシの数々・・・

出前を取ってって言われても、現金を持ってませんが・・・まぁ研究所が立て替えて下さることで事なきを得ました。

仕方がないので、まずはお店に電話です。
なにげなく掴んだのが『雪谷食堂』ってお店のチラシでした。
あか抜けない名前ですけど、まぁフランス料理の出前・・・ってやつをやられても仰々しいだけですのでこんなもんでしょうけど・・・

さっそく電話です。
そういえばまともにダイヤルするなんて初めてです。
普段はメールかチャットですし、電話にしても名前を選べば自動で発信してくれます。
出前の短縮番号なんて誰も登録してないんで仕方ないんですけど。

プルルル・・・・

『はい!雪谷食堂です♪』

あ、電話口から威勢のいい若い男の人の声です。
若い男の人はちょっと初めてなので緊張します。

「あ、あの・・・」
『もしもし?』
「あの・・・注文いいですか?」
『いいですよ?何にしましょう』
「チキンライス大盛りでお願いします」
『・・・・チキンライスっすか?』
「いけませんか?」
『ちょっと待って下さいね』

何がいけなかったのか、受話器の向こう側の男の人は少し惑った様子でした。
受話器の音に集中するとなにやら親方らしい方と言い争いになってる様子でした。

『ばかやろう、ウチが中華屋だって知っててかけてきたんだ。
 冷やかしなんかほっとけ!』
『いえ、そうでもなくって、小さい子みたいなんですけど・・・』
『んなこと言っても今、それどころじゃないぐらいに忙しいんだ。
 んな注文は丁重に断っとけ!』
『でも・・・』

それを聞いて私ははたと気が付きました。
チラシに書いてあるメニューを見ると・・・
チキンライスなんてどこにもありません。
そりゃ中華屋さんにある方が不思議ですね。
せっかくの出前なんで好きなものを頼んでしまったのが間違いでした。

『ゴメン。チキンライスは今日売り切れなんだ。
 代わりにチャーハンなんてどう?』

男の人は戻ってきてそう告げてくれました。
私の方が間違っているのに気を使ってくれたようです。

「わかりました、それでお願いします」
『あの、それだけじゃ味気ないだろうから餃子も一緒にどう?
 いまならセットで・・・』
「中華屋さんにもあるんですね、セット販売。
 ファーストフード店だけだと思っていました」
『あはは・・・(汗)』

苦笑いしつつも私は住所を告げて電話を切りました。

あの人が出前に来てくれるのかな?
久しぶりに待ちわびるという気分を実感しながら私は出前が到着するのを待ちました。

しばし後・・・

「ルリちゃん、はい出前の品」
「・・・・」
「どうしたの?ルリちゃん。」
「何でもありません」
受付のお姉さんが持ってきたチャーハンを私は少し落胆した表情で受け取りました。

そうです。研究所の中まで出前を届けてくれるはずがありません。
研究所の中は部外者立入禁止ですし
第一私は現金を持っていませんのでお金を払えません。
それに受付のお姉さんがお金を払っちゃえば、出前の人が私に会う必要なんてどこにもないんですから。

バカなことに私はそんな当たり前なことに気づけずにいたのです。
私は大盛りのチャーハンをほんのちょっぴり残しちゃいました。



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
外伝 第0.5話 私がナデシコに乗ったわけ



ナデシコ乗艦179日前


次の日、私はまたあのお店で出前を取ることにしました。
なぜなのか自分でもよくわかりません。

『はい、雪谷食堂・・・あれ、君は昨日の・・・』
「ええ、昨日は済みません」
やっぱり電話に出たのは昨日の人でした。

『あ、ゴメン。やっぱりチャーハン嫌いだった?』
「え?」
思いがけない言葉に驚いてしまいました。
なぜこの人はいきなり謝るのでしょうか?

『残してたでしょう、チャーハン』
「あ・・・」
『ちょっぴり塩辛かったかなぁ・・・
 それとも油っぽかった?』
「いえ、そういう訳じゃないんですけど・・・」
『で、今日は何が食べたいの?』
「え、えっと・・・」
『チキンライスはどう?今日は大丈夫だよ』
「え?」
『大盛りで良かったんだよねぇ』
「そうですけど・・・あの・・・」

おたくは中華屋さんでは?
という疑問を心の中にそっと飲み込んで、あれよあれよという間に決まっていく事項に頷くしかありませんでした。

で、受話器を置いてしばらくすると・・・

「ルリちゃん、出前よ♪」
受付のお姉さんが持ってきてくれたのはちゃんとしたチキンライスでした。
そしてその横には手紙が添えてありました。
『親方に頭下げて俺が作ったんだ。
 まずかったらゴメンね』

私はその手紙を眺めながら、ちょっぴりチャーハンっぽいチキンライスを頬張りました。



ナデシコ乗艦176日前


あれから5日目
明日は仕出し屋さんの営業停止が解ける日。
ということはもう出前は今日で最後
明日からは出前を取らなくても良いことになります。

もうあの男の人とも話さなくてもよくなるんです。

『あ、まいど♪』
「まいど?」
『ああ、これ関西の方じゃ挨拶なんだよ。』
「そうなんですか」
『やべ、親方睨んでるよ。
 毎日君と話し込むから昨日も怒られたばかりなんだ。
 で、さっそく注文教えてくれる?』
おしゃべりしすぎて怒られちゃったみたいです。

でも・・・

今日が最後
明日にはこの人の声を聞けなくなる
ちゃんとお別れを言わなくちゃ・・・
でも出前の人にお別れを言うなんてよく考えればそれも変な話で・・・

『・・・でいいよね?』
「え?
 ええ、はい」
『じゃ、まいどあり〜』

電話が切れてしまいました。
これで私とあの人とを繋ぐ糸が切れました。

到着した出前をぼそぼそ頬張る私。
なんかぽっかり穴があいたような思いに捕らわれてしまいました。



ナデシコ乗艦170日前


どうにもなりませんでした。
元の仕出し弁当を食べても味気ないんです。
美味しくないんです
食べた気がしないんです。

いえ、仕出し弁当が不味い訳じゃないんです。

あの出前が美味しかったのもあります。
いえ、お世辞じゃなく、今まで行った数少ないお店の中じゃトップクラスです。
ここに比べれば10年早いってお店も少なくなかったです。

でもなんて言うんでしょうか?
おいしいものを毎日食べたいとかそういうんじゃないんです。
自分でも詳しく説明できなかったんですけど、
気が付くと体が動いていました。

「明日から仕出し弁当ではなく出前を取っちゃダメですか?」
お願いされたお義父さんは目を丸くしていました。
確かに仕出し弁当より出前の方がリッチです。
毎月の支払いだってバカになりません。
たぶん研究所の食事手当じゃ賄いきれないでしょう。
でも私は諦めませんでした。

「私のお小遣いを減らしてかまいませんから、お願いします!」
お義父さんは何か言いたそうでしたが、私の決意の顔を見て言葉を飲み込んだらしく、黙ってうなずきました。



ナデシコ乗艦100日前


あれ以来、毎日出前ものです。
確かに美味しいんですが・・・ちょっと膠着状態です。
いくら美味しくても仕出し弁当みたいにバリエーションはありません。
最初のうちはほぼ2、3品をローテーションで食べていたのですが、さすがに飽きてきたので最近は「雪谷食堂のメニューを全て食べ尽くそう計画」を発動しました。
出前さん(ああ、毎日電話に出てくれる人を私はこう呼んでいます)も頭をひねっていろいろメニューを考えてくれたりしてくれます。
でもいい加減メニューは一巡します(苦笑)
いくらレパートリー豊富な中華屋さんって触れ込みでも毎日頼んでいればそりゃネタは尽きますよね。

仕方ないので最近では某ファーストフード店を見習って「XXセット」なんてシリーズを作っていろいろ組み合わせたりしています。
餃子ダブルセット・・・なんてのも試してみましたが、これはイマイチでしたね。

今日は何を頼みましょう・・・

そんなことを考えていると、前を通りかかった応接室でなにやらお義父さんとどこかの偉いさんがお話ししているようです。
別に立ち聞きするつもりはなかったんですが、なにせ私の名前が出てきたもので思わず立ち止まりました。
少し耳を澄ますと・・・

『ぜひルリさんを私どもに・・・』

漏れ伝わる言葉を聞いて私はため息をつきました。
いわゆる引き抜き、スカウトって奴です。
まぁ成人だったら直接私のところに来るんでしょうが、未成年ですし親権はお義父さんにありますから。

ガチャリ

「日を改めますので・・・」
「また来られても考えは変わりませんから・・・」
スカウトらしい方がそう言いましたが、お義父さんは丁重に断ってました。

お客さんを見送った後、お義父さんは私の頭を撫でました。
「心配しなくてもいいからね。
 お前をどこにもやらないからね」
とても優しい顔でした。

でも・・・
私にはその顔が私の本心を恐る恐るのぞき込むような、私に媚びているような気がして仕方ありませんでした・・・

その日から私の出前は全て食事手当で賄われることになりました。
ちょっと露骨っぽくって寂しかったです。



ナデシコ乗艦60日前


あれから何回かスカウトの方が来られました。
そのたびにお義父さんはNoと断ったそうです。
いくらか大金を積まれているようですが、それでも断っているそうです。
断ってくれているのはそれなりにうれしいのですが、端で見ていて少し複雑です。

何故かって?

いつかYesと言われてしまえばそれが私の値段って事になるからです。

いわば私は金のなる木らしいですから。
お義父さんがお金を積まれても私のことを手放さない理由もわかってます。
ここの研究所は私なしで研究が進まないからです。
なんでも研究テーマが『イメージ伝達におけるナノマシーンのうんたらかんたら』らしいんですけど、私が来てから研究が飛躍的に進んでいるそうです。
そうなると研究所も研究成果で予算が付くところがありますから、私を手放すと研究費が途端に減額になるみたいなんです。
私の移籍金と今後の研究費、
まぁ天秤にかければどのぐらいで私を手放すかなんとなくわかる気もしますが
意外に予想の金額を越えている割には耐えているみたいです。

ひねくれた考え方ですか?

でも私は皆さんみたいに楽観できません。
それが親の愛情です、子供を手放す親はいません・・・って言われても実感が湧かないんです。
どうしても透けて見えるんです。
両親の笑顔の裏にある私に対する怯えみたいなものが。

両親は私に
「偉いよ」とか
「お前は私達の自慢だ」とか言ってくれますが
優しそうな笑顔の奥でいつも私の確認をしているんです。
私が別の人のところへ行きたい・・・って言わないかどうかを
毎日毎日確かめに来るんです。
こちらの機嫌を伺うように優しい言葉をかけてくれるんです。

見ているこっちが可哀想になるぐらいに・・・

だからかもしれません。
別のところに行きたい・・・って言わないのは。
別にここに不満もありませんし、気を遣ってくれているということはそれなりに大切に扱ってくれそうですし。
・・・雪谷食堂の出前が食べたいから・・・ってだけの理由じゃないんですよ?
ええ、決して!

ダメですね、すれてますね。

そんなことを出前さんに話したら
『そんなことないんじゃないかな?』とか言ってくれます。
「でも・・・」
『確かに俺も親は研究者だったから寂しい思いはしたなぁ』
「あなたのご両親も研究者だったんですか?」
『ああ、両親ともね。そのせいか鍵っ子だったけど』
「で、どうだったんですか?」
私は思わず聞いてみました。
少し出前さんに親近感が湧いたからかもしれません。
すると・・・

『どうだろう?殴られた覚えとかはあるけど俺も小さいときにふたりとも死んじゃったから・・・』
「え?」
『それからは一人で生きてきたからね』
「ごめんなさい・・・」
『いいよ。幸い回りは俺が一人で暮らして行けるぐらいには優しくしてくれたから。
 でもやっぱり両親のいる同い年の子供達はうらやましかったなぁ』
「そうなんですか・・・私にはあまり実感はありません」
『まぁありきたりだけど、「親孝行したいときに親はなし」って言うから義理のお父さんでも分かり合う努力はした方がいいんじゃないかな?』

もう二度とご両親と触れ合うことの出来ない出前さんの言葉は重かったです。

でも・・・やっぱり私の心から疑心が抜けることはありませんでした。



ナデシコ乗艦45日前


最近いろいろと考えることがあります。

私のスカウトのこともあります。
今日も一人来られたのですが、結局お義父さんは断りました。
全くの他人事ですが、積まれたお金は結構良い値段だったみたいです。少なくともここの研究所で2、3年は研究費に困らないぐらい。
でもお義父さんは断りました。
なかば意地になっているみたいです。

ああ、考え事はそれじゃなくって・・・
いえ、関係がなくはないんですが、主に出前さんとのいつもの注文の会話です。
『今日はニラレバなんてどう?』
「・・・レバーは嫌いです」
『ダメだよ?それでなくても好き嫌いが偏っているんだから。
 子供の頃から偏食してちゃ、大きくなれないよ』
「あ、それ子供扱いしてます!!」
『ははは。でも安心した』
「安心・・・ですか?なぜ?」
『いや、普段とても大人っぽいことばかりいうから』
「大人っぽい・・・ですか?」
『うん。だから子供っぽいところがあると逆に安心する』
「・・・・」

それ以上言わなくてもわかってます。
私って子供のくせに変に老獪してるって思います。
いいえ、ある意味悟りきっているのかもしれません。
私の人生、所詮こんなもんだって。
あきらめに近いかもしれません。
でも性分ですし・・・

そんなことをつらつら考えていたりします。
なぜ考えていたのか・・・理由は後になってわかりました。

ずっと考えないようにしていたわけも含めて。

私の心の疚しさと共に・・・



ナデシコ乗艦20日前


その日、ずっと恐れていた事がやってきました。
そう、とうとうその日がやってきたんです。

私、落札されちゃったんです。
私の値段が決まっちゃいました。

「・・・後は義娘の判断に任せます」
「ええ、私どもも無理強いするつもりはありませんので、ハイ♪」
ちょび髭をはやした眼鏡のおじさんと、大男さんがお義父さんと話し合いを終えて出てきました。

無理強いも何も、今までの常識を遙かに越えた金額を純金のインゴットで現金払いされたとあってはいくら血を分けた肉親でも悪魔に魂を売り渡してしまうかもしれません。

「ルリ、この方達はお前の力がどうしても必要だそうだ。
 だが、行きたいかどうかはお前が決めるといい。
 でもこれだけは言っておく。
 お前がイヤだったら断ってもいいんだ。
 ここはお前の家なんだから」
お義父さんは私の頭を撫でてそう言ってくれます。
でも私はその言葉に喜べませんでした。

ウソ!!!
私がうんと言ってくれることを願っているくせに!
義理とはいえ自分の娘を売ったという疚しさから逃げ出したいだけのくせに!
自分は決断をせず、私が決断をしたのなら自分の良心は痛まないから。
全然私に残ってくれることなんて望んでないって顔をしているくせに・・・

それって私の考えすぎですか?

「私、こういうものです」
その人はにこやかに名刺を差し出してくれました。
名前はプロスペクター。
変な名前です。
話を聞くとネルガルのスカウトらしく、戦艦のメインコンピュータのオペレータをして欲しいって話でした。

「まぁ一度見学に来て下さい。我々の所は福利厚生施設も充実しております。
 お仕事もとってもやりがいがあると思います。
 気に入っていただけると思いますです、ハイ♪」
にこやかにそう言うプロスペクターさん。
よっぽど自信があるんでしょうね。嫌味がない分、お義父さんより好感が持てます。

でも・・・

お義父さんが私を売ることに了承したとか、ここを離れると出前さんと話が出来なくなるとか、色々なことが頭の中で渦巻いて・・・

「しばらく考えさせて下さい」

それだけ言うのが精一杯でした。



ナデシコ乗艦19日前


そのことを出前さんに言えないまま丸一日が経ってしまいました。
私はまだ何の結論も出せずにいました。

断ればまた昨日と変わらぬ日常が待っている。
失うものは何もない
そう思い込もうとしていました。
でも、私の値段が決まったという事実は、私の心に重くもたれ掛かってきました。

そんなときです。
あのメールが私の元に来たのは。

宛先:unknown
題名:なし
添付ファイル:”君にこの暗号が解けるかな?”

たったそれだけが書かれた電子メールです。
題名なしに宛先不明・・・
これだけで即行ゴミ箱行き決定に十分な理由なんですが、問題は添付ファイル

易い挑発で普段なら引っかかったりしないんですが、
なんていうんでしょうか・・・魔が差したってやつですか?
例の件とか考えたくなかったのもあったのでしょう。
何も考えずに没頭できるものが欲しかったのかもしれません。
興味本位も手伝って試しにその暗号を解いてみることにしました。

最初は高を括っていたのですが、これがどうしてなかなか手強い代物でした。

絶対解けないっていうものじゃないんです。
さりとて誰にでも解ける程度の低いものじゃありません。
そう、私にしか解けないと思わせる程度のレベルの高さ
私にだけ解かせるだけのレベルの高さ

私は感心しました。
端から解けないならさっさと放りだしたでしょう。
また簡単ならさっさと興味を失ったでしょう。
私の自尊心をくすぐるギリギリのレベル
まるで私の気持ちを熟知している人が作ったみたい・・・
そんな風に感じました。

だから私は熱中してその暗号を解いてみることにしました。

まるで私の手の内でも知っているかのようなその暗号化されたファイルと格闘するために1〜2日を費やすこととなりました。



ナデシコ乗艦17日前


結局、私は徹夜をする事二日、ようやくその暗号を解くことに成功しました。
その間、夜遅く出前を取ることもしばしば
出前さんからは
『何かあったの?』
と聞かれる始末。
お義父さんは私が思い悩んで部屋に閉じこもっていると勝手に解釈したのか、そっとして置いてくれました。

まぁ、それはいいんですが

で、暗号を解いたファイルから出てきたのは『闇の王子』と名乗る人物からの画像ファイルとテキストのメッセージでした。

普段の私なら嘲笑して破棄してしまっていたかもしれません。
でも出前さんと色々話していて思うところがあった私はそのメッセージに少し動揺してしまいました。

『君は自分のことを人形として生きていると感じたことはないか?』

最初の一行にドキッとしました。
そう、それは出前さんと話していて日々感じ始めていたこと。

あの人は楽しそうに話す
あの人は悲しそうに話す
私に気を使い、私を楽しませようとする

でも私はなに?
与えられた課題をただ黙々とこなすだけ
檻に入れられて、飼われていることにも気づかずに、接してくれる人を嘲笑してバカばっかと言う。
私は笑ったことがあるのか?
楽しいと思ったことはあるのか?
悲しいと思ったことはあるのか?
寂しいと思ったことはあるのか?
そんな自分のことでさえ少し醒めた目で見て、諦めと自分を納得させる理論で誤魔化して気づかない振りをしている。

あの人は何故私みたいな赤の他人の、しかも人形のように笑わない少女を喜ばせようとするのだろうか?
それが人間?
当たり前の人間?

もしそうだとしたら私は一体何者なんだろう・・・

『もしそう思うなら、そしてそれが痛痒と感じているなら私の元に来なさい。
 君と同じ境遇のラピス・ラズリという少女を伴って。
 そうすれば君に人間としてのかけがえのないものをあげよう。
 私はナデシコで待っている。
                未来の君の王子様より』

メッセージを読み終わり、添付されていた画像を見ました。
そこには薄桃色の髪の長い少女がいました。
たぶんこの子がラピス・ラズリ
私と同じ笑わない目の少女
私と同じ人の形をした人形みたいな女の子

まるで鏡を見せられているみたい

ちょっと前まではそれでも平気だったのに・・・
今の私には堪えました。

そしてその日のうちに私は電話をかけました。

『はい、ネルガル・・・おお、その声はルリさんではないですか♪』
「夜分にすみません、プロスペクターさん」
『早速引き受けて下さる気になっていただけたでしょうか?』
「いいえ・・・でも」
『でも?』
「見学させて下さい。私がするかもしれないお仕事を」
『かまいませんよ♪』

私は思わずそうお願いしていました。

私は何があるか知りたかったんです。
ネルガルのスカウトさんから受けた新造戦艦ナデシコへのお誘い
そして、奇しくも同時期に受けた謎のメッセージ

ナデシコに何があるというの?

私は「『闇の王子様』ってひょっとして出前さんかな?」とかあり得ないことを思いながら、ナデシコに行ってみることにしました。

それがパンドラの箱だなんて知りもせずに・・・



ナデシコ乗艦15日前


「さぁさぁ、こちらがネルガルの誇る最新鋭の戦艦ナデシコです♪」
「・・・変な形ですね」
「今までにない斬新な構造と言っていただきたいです、ハイ」
私の素直な感想をプロスペクターさんはそっと軌道修正しました。

まぁ私の発想が固定概念化されすぎているのかもしれません。
戦艦といえばもっと無骨な、リアトリス級の戦艦を思い浮かべちゃいますから。
でもこの艦はなんというか・・・およそ戦艦らしくないんです。
戦艦って男の武器!って感じがするじゃないですか
デザインよりも機能優先、質実剛健ってなやつ
なのにこの戦艦と来たらデザイン優先なのか、各部は細いアームで繋がれていて、被弾したら肢体バラバラになりそうな脆弱さ。

大丈夫なんですか?
こんな艦で?

そんな私の不安を見透かしたようにプロスペクターさんは説明して下さいました。
「大丈夫です。敵の攻撃はディストーションフィールドが防いでくれますから」
「え?完成してたんですか?」
「ええ、グラビティーブラストも完備です」
「・・・ひょっとして相転移エンジン搭載ですか?」
「おやルリさん、よくご存じで」
「ネットで聞きかじりました。ネルガルがそんなのを開発しているらしいって。
 でも研究所レベルでも基礎理論しか出来ていないものを・・・」
「まぁそれは企業秘密ということで♪」
ウインクで誤魔化されてしまいました。
確かに何かあります、この戦艦・・・

「ここが食堂です」
「それはいいんですけど、なぜ私がここに案内を?」
「いえ、ルリさんはお食事のことを結構気にされていたようでしたので」
「で、出前の件、知ってらっしゃったんですか!?」
「お義父さまからお伺いしました。
 『ルリは味にうるさい!』とか」
しれっと言うプロスペクターさん。
お義父さん・・・この人にどんなこと言ったんですか?

「お〜い、プロスペクターの旦那」
「おや、ホウメイさん。早いですねぇ。一般クルーの乗艦は15日後ですよ?」
「自分の職場だ。当日来たって食材と調理器揃ってなきゃ開店休業だからね。
 はい、これ不足分。当日まで揃えといて」
「承りました」
一人会話に取り残されて立腹気味な様子に、ふとホウメイという人が気づいたようで。

「おや、このおチビちゃんは?」
「ああ、ご紹介します。こちらは・・・」
「ホシノ・ルリ、11歳。少女です」
「えっと・・・この艦のオペレータをしていただく予定です!」
「まだお引き受けするかどうかは決めてませんが」
「・・・ああ、悪い悪い。おチビちゃんはなかったか(笑)」
プロスペクターさんのわざとらしいウインクと私の少し不機嫌そうな顔で察したようで。
ちょっと大人げなかったですが、でもやっぱりおチビちゃんはないと思いませんか?
少女を捕まえて!

「まぁいいや。もしこの艦に乗るならうまいものた〜んと食べさせてあげるから期待してな♪」
「・・・・はぁ」
「そうそう、プロスペクターさんよぉ。コック、もう一人か二人くらいなんとかならないかい?」
「今色々当たっているところです」
「そうかい、出来るだけいい奴頼むよ」
「ええ」
そう言い終えると、私達は食堂を辞去しました。
『どうです?ウチの食堂は♪』
なんかそう言いたそうなプロスペクターさんの顔はしてやったりって感じで、これも一つのデモンストレーションなんだって気が付きました。

「さてさて、ここがブリッジです♪」
「こじんまりしてますね」
次にブリッジを案内された私の第一印象がそれです。
昔のアニメみたいにやたら計器がいっぱい、座席がいっぱい・・・
ってわけでもないみたいです。

「ええ、平時にはほぼ全自動で運行できるように設計されています。
 そしてこのナデシコの運行を一手に司るのがネルガルが誇る次世代コンピュータ『オモイカネ』です」
「オモイカネ?」
「ええ、そしてこのオモイカネをコントロールして頂くのがルリさんのお仕事となります。」
「コントロール・・・ですか?」
「ええ♪」
「触っていいですか?」
「どうぞ、どうぞ♪
 まだIFSの調整をしていないので使いづらいと思いますが」
「かまいません」

私はオペレータシートに座り、コンソールを軽くなぞりました。

『おはようございます♪』

オモイカネは挨拶をしてきますが、私はたったそれだけのことで衝撃を受けました。

このコンピュータは今まで扱ったどのコンピュータとも違います。
自立型コンピュータ
思考するコンピュータ
AIなんて使い古された言葉の枠に囚われない本当の人工知能を搭載したコンピュータ。

本当の心を持ったコンピュータ
まだ手垢の付いていない、真っ白で無垢な心のコンピュータ

私は久しぶりに興奮しました。
触ってみたい
本当にそう思いました。
間近で見ていたい。
鍛えることが出来るなら私が鍛えたい
バカばっかな大人がこのAIの心を醜く変えるなんて耐えられない。

触ったのはほんの一瞬でしたがこのAIの全てを知るにはそれだけで十分でした。

これを触る喜びを知ったら日頃研究所でやっている実験なんて子供のお遊戯みたいに退屈なものに思えてきました。

そのとき既に私の心は決まっていたのかもしれません。

「プロスペクターさん」
「なんでしょう?」
「条件があります」
「はいはい、可能な限り努力いたします♪」
自分の作戦が上手く行ったのを喜んでいるらしく、揉み手で顔を近づけてるプロスペクターさん。
私は懐から一枚の写真を取り出して見せました。

「この子がネルガルの研究所のどこかにいるはずです。」
「は、はぁ・・・・」
「この子を私のサブにつけて下さい。
 それがお引き受けする条件です」
「ルリさん・・・これをどこで?」
ラピス・ラズリの顔写真を見たプロスペクターさんは目を丸くしていました。

「私が教えて欲しいぐらいです」
「えっと・・・」
プロスペクターさんは私の回答に大層驚かれたみたいです。
私も少しお返しが出来たようです。



ナデシコ乗艦12日前


あれから2、3日後、結構無理難題に見えた条件
「ラピス・ラズリを私のサブにつけて下さい」
って奴ですが、なんかすんなり承認されたようで。

断るって高を括っていたんですけど・・・

だってそうでしょ?
彼女も見るからにマシンチャイルド
能力的に私とそれほど遜色ないかもしれません。

なのに彼女を選ばずに私の所に来た。
なぜ?

隠し玉・・・たとえばもう一隻ナデシコ級の戦艦を隠し持っていてそのオペレータに据えるつもりだった・・・とか
はたまた年齢は8〜9歳ぐらいで性格に問題があった・・・とか
考えればいくらでもあるのですが、私が出した条件を飲んでまで得する事って何もありません。

見通しが少し甘かったかもしれません。

あ、ラピス・ラズリを条件に出したのは別にネルガルのお誘いを断りたかったからじゃありませんよ。
興味はあったんです。
『闇の王子様』って人の思惑にのるのもしゃくなんですけど、でも会ってみたいと思ったのは事実です。

たぶん自分と同じ境遇の子をどうにかしたい・・・ってな感情じゃないんでしょうね。
哀れみなんでしょうか?
同情なんでしょうか?
よくわかりません。
気まぐれみたいなものです。

『闇の王子様』ってのを見てみたいからかもしれません。
ラピスを連れていかなければ彼に会えない
たぶんそんな姑息な理由なのかもしれません。

どちらにしてもナデシコに乗ろうとは決めてました。
でも心の半分では断ってほしかったのかもしれません。

出前さんともう逢えなくなる・・・

変ですね。
電話で会話しただけで顔を合わせたこともないのに
もう少しモラトリアムが欲しいなんて思っているんです。
止めればいいじゃないか・・・って思われるかもしれませんがそれは出来ませんでした。
オモイカネを触って、もうここの仕事は出来ないと思いました。
急に鳥かごで飼われているって実感しちゃったから。
でもその決断を自分でしたくなかったんです。

判断をネルガルさんに委ねちゃったんです。
お義父さんのこと、非難できなくなっちゃいました。

で、結局はナデシコに乗ることになりました。

出前さんとのお別れが決定となったんです・・・。



ナデシコ乗艦1日前


あれから数日、ナデシコでオモイカネの調整をしながらお昼にはきっちり帰ってきて出前を取りました。でもそこまで頑張っても私はとうとう出前さんにさようならを言えなかったんです。
あ、今日はいいところまで行ったんですよ?

でも・・・
『はい、毎度あり〜』
「あ、あの・・・」
『ん?なんだい?』
「あの・・・私・・・」
やっと言おうと決めたんです。その決意を固めるだけで数日かかるなんて本当にバカな話なんですけど、やっと決心が出来たんです。

でも・・・

『ゴゴゴ!!!!!!
 うわぁぁぁぁぁ!!!』
「え?ど、どうしたんですか!?」
『ああ、嬢ちゃんゴメンな?』
「あ、あなたは?」
『コイツの雇い主。
 ちょっとこの上で蜥蜴が暴れてて、コイツ大の苦手なんだ。蜥蜴がよ。
 今時子供ですら怖がらんっていうのに』
「はぁ・・・」
『注文は承ったから、コイツが復活するまで少し待っててくれや』
「は、はい・・・」
『じゃ』

それが出前さんと交わした最後の会話でした。

結局さよならは言えませんでした。

その日の夕方は出前なし。
なぜなら研究所の皆さんが私の壮行会を開いてくれたからです。
主役のはずなのにぼーっとパーティーを眺めていました。
こういうのって、絶対主役が楽しむようには出来ていないんですもの。

みんなお別れを言ってくれます。
最後にお義父さんが挨拶してくれました。
「ルリならきっと立派に活躍できる。
 頑張るんだよ」
「ええ」

家族ゴッコもこれでお終い
これはその儀式
お義父さんにはお義父さんの感慨があるのかもしれませんが、私にはそんな醒めた感情しか湧きませんでした。

私は知ってます。
私の契約金で研究所を別の所に移転させることを
まぁ木星蜥蜴の攻撃も厳しくなり始めてますし、ここも危ないんですけど。
でもそれと知ってもなお親の情を感じ続けられるほど私は純真な子供ではなかったという事です。

・・・確かに人形かもしれません・・・

その日、私は泣くかな?・・・とか思っていましたが、結局泣きませんでした。
短かからぬ我が家に別れを告げるはずなのにこんな感情しか湧かないなんて、私は結構薄情なのかもしれません。



ナデシコ乗艦当日・研究所前


「さぁホシノ・ルリ、行こう」
出迎えに来たのはプロスペクターさんと一緒に来ていた大男さん。
名前はゴート・ホーリーさんでしたっけ。

研究所の皆さんが手を振る中、私は遠ざかる研究所を一別して・・・それで終わりでした。
荷物は手提げカバンが一つ。
ほとんどはお気に入りの魚のぬいぐるみ
手を振るみんな
小さくなっていく研究所

もう帰ってくることはないんだって時になってはじめて気づきました。
受け入れなかったのは私の方だったんだって
遠ざけていたのは私の方だったんだって・・・

私は研究所が見えなくなる前に一礼だけしました。
そして・・・

「ゴートさん」
「なんだ?」
「寄って欲しいところがあるんですけど、いいですか?」
「・・・いいだろう」
私の頼みに理由も聞かず、ゴートさんは車の進路を変えて下さいました。

今度は後悔したくない。
出前さんに会って、そしてお別れを言いたい。
そう思いました。



ナデシコ乗艦当日・雪谷食堂


「さっきクビにしちまった」
「え?」
そう勇気を出して雪谷食堂に向かった私に待っていたのは店主さんの無情な一言でした。

「どうしてですか!?」
「あいつ木星蜥蜴のこと恐がってたろ?」
「ええ・・・」
「大目にみてたんだけど、やっぱりあの恐がり方は異常だよ。
 こっちも客商売だしなぁ、臆病者のパイロット崩れを雇ってるって噂がたっちゃ商売あがったりだしな」
「そんな、酷いです!」
「でもなぁ・・・」

本当に酷いこと?
それは無理からぬ事かもしれません。
空襲なんて街の皆さんも既に慣れっこ
木星蜥蜴が襲来してくるのが日常になっていて、しかも盛んに戦意高揚を謳っているこの時期に臆病者のパイロットさんは戦場を逃げ出してきた卑怯者と見られかねません。

でも・・・
でも・・・

「まぁ心配するな。1ヶ月ぐらいは食うに困らない退職金を渡してる。
 今の時期、野宿したって凍死しないさ」
「でも・・・」
「あいつ、中途半端なんだ。
 恐がってちゃ、なんにもなれやしねぇ。
 こんなところでぬるま湯に浸ってても仕方ないんだよ」

ぬるま湯・・・
そのぬるま湯から抜け出そうとした私に店主さんを非難する資格はないのかもしれません。

「どこに行かれたかわかりませんか?」
「さぁ。あいつ天涯孤独らしいから」
「わかりました・・・」
私はそれだけ言うとお店を去りました。

「済みません、お時間を取らせて・・・」
「それはかまわんが・・・ほら」
「え?」
ナデシコに向かう車中でゴートさんはそっぽを向きながらハンカチを渡してくれました。

「心配するな。ちゃんと洗っている。」
「えっと・・・」
「これでも身の回りのことぐらい自分でしてるぞ。
 決してパンツなんかと一緒に洗ったりはしてないから・・・」

なんか気を使って下さってるのでしょうか
少し照れてそっぽを向いているのがおかしいです。
おかしいんですけど・・・

「泣きたいときは泣いた方がいい。
 心配するな。他言はしない」
「あ、ありが・・・・」

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

私はゴートさんのハンカチをほんのちょっぴり濡らしちゃいました。

さようなら、出前さん
さようなら、私の楽しい思い出達・・・



ナデシコ・ブリッジ


とりあえずナデシコにやってきた私は既に到着されていたブリッジクルーの方々の紹介を受けました。
操舵士のミナトさんに通信士のメグミさん
あと後ろの方で怒鳴っているのが連合軍から出向してきた副提督さん
その苦情を聞いているのがゴートさん
さらにその隣でお茶をすすっているのが火星会戦で英雄になったフクベ提督

でも、この辺りを漂うやる気なしモードはなんなんですか?
やっぱりナデシコに乗るの早まったかも・・・

「皆さんお待たせ致しました♪」
プロスペクターさんが申し訳なさそうにブリッジに入ってきました。
彼を見やるとその後ろにしがみつくように少女が隠れていていました。
あの子がひょっとして・・・

「おや、艦長と副長さんがいらっしゃりませんね?」
「遅刻じゃないの?」
ミナトさんの緊張感のない返事にプロスペクターさんは少しだけ肩をすくめて苦笑いをしました。

「仕方ありませんねぇ。では艦長には後ほどということで先にいらっしゃる皆さんにご紹介しておきましょう。
 本日から皆さんと一緒に働いていただくラピス・ラズリさんです」
「あらま、かわいい♪♪♪」
ミナトさんは早速食指を動かされたようで近づいて頭を撫でようとしましたが、彼女はささっとプロスペクターさんの後ろに隠れてしまいました。
「ああん、怖がらなくてもいいのに・・・」
「すみませんねぇ。この子はちょっと人見知りが激しいんですよ。」
「ぶ〜〜〜」
彼女の気持ちは良くわかります
私もさっきミナトさんに撫でられましたが、なめ回されそうでちょっとイヤでした。

で、プロスペクターさんは私の前に彼女を連れてきて改めて紹介して下さいました。
「ラピスさん、こちらがホシノ・ルリさんです。今日から彼女のサポートをしていただきます。」
「ホシノ・ルリ11歳、オペレータです。
 ここのコンピュータのオモイカネは素直でいい子なので心配いりません。
 仲良くしましょう」
「・・・」
私は当たり障りのない儀礼的な挨拶をしました。
よく見ると少し前の私みたい。
無表情で精気がなくて人にどう思われていようと気にしていない様子。

でもそれは誤りであることに気が付きました。

ラピスはほっとしたのか頬を赤らめながら手を差し出しました。私は思わずつられて握手してしまいました。
するとラピスはにっこり笑いました。
私をして『かわいい』と言わしめるくらいに。

この子ってこんな風に笑えるんだ・・・

そんなことを私が考えていると・・・

「ではルリさん、ラピスさんをよろしくお願いします。私は面接者を待たせておりますので」
そういってプロスペクターさんは立ち去ろうとしましたが、そう簡単には行きませんでした。

「あの・・・手を放していただけませんかねぇ・・・」
見るとラピスがまだプロスペクターさんの服の裾を手放していませんでした。
そして私の手も・・・
ふたりして説得しましたがラピスはがんとして手を離してくれませんでした。

「仕方がありません。ルリさんも一緒に来ていただけませんか?」
「いいんですか?私が着いていって。
 面接なんでしょ?」
「ええ。でも・・・ルリさんもたぶん無関係じゃないかもしれませんよ?」
「はい?」

私はそのとき気づくべきでした。
プロスペクターさんのお尻に生えている黒い尻尾に



ナデシコ・乗員昇降用デッキ


「えっと、今回追加のコックさんとして採用させていただくことになりましたお二人をご紹介します。
 右手の方がテンカワ・アキトさん。」
「どうも、テンカワ・アキトッス」
「左の女性の方がアマガワ・アキさんです」
「どうも〜〜アマガワ・アキです〜♪」

女性の方も一緒に紹介されましたがほとんど聞いていませんでした。
だってこの声を忘れるはずがありません。
毎日半年間も聞き続けたこの声・・・

「で、出前さんですか?」
「あれ?ひょっとして研究所のお嬢ちゃん?」
アキトさんと私はお互い聞き覚えのある声を確認して目をパチクリさせ合いました。

「おや、お二人はお知り合いだったのですか?」
プロスペクターさんがわざとらしく言いますが・・・・
このタヌキ親父、知っててわざと黙ってたのですか!?

きっとそうです!
私をナデシコに誘う前から下調べしてたんです!
いざとなったら切り札としてアキトさんを使うつもりだったんです!
まったく食えない人です!!!

・・・まぁ感謝してますけど。
でも・・・
それじゃプロスペクターさんが「闇の王子様」ってことですか?
それともアキトさんの隣のちょっぴり・・・いえいえだいぶ黒尽くめの女性の方でしょうか?
闇の王子様・・・つまり男性ではないですがそれ以外はぴったりのイメージです。
 この人が暗号の手紙の主なのかな?
私はなぜか思った疑問をそのまま口に出していました。

「あなた、闇の王子様ですか?」
「え?」
「いえ、心当たりがなければいいんです」
「ははは、何かの小説かな?」
「関係なければいいんです」

せっかくの出前さんとの再会だったのに、どうでもいいことに心を奪われてアキトさんの真意を聞く機会を失ってしまいました。



ナデシコ・食堂


で、プロスペクターさんはアキトさんとアキさんを食堂へご案内、ラピスがプロスペクターさんと私を離さないので数珠繋ぎに私も食堂へ行くことになりました。

「いやぁ、包丁が握れる人間が来てくれて助かったよ」
開口一番、ホウメイさんはアキトさんとアキさんを手放しで歓迎していました

「すみません、シェフがいるのに押し掛けてしまって」
「よろしくお願いします!」
それに対しアキさんが愛想良く答えて、アキトさんは緊張気味にお辞儀します。

「こら男子、とって食おうってわけじゃないんだから」
「すみません」
「それよりあんた達、何が作れるんだい?」
「オレ、一応中華料理屋で修行してたっす」
「私もメインは中華料理です。その他は凝っていなければ一通りは作れますが・・・」
「へぇ偶然だね。」
ふぅん、アキさんとアキトさんってどことなしに似てるんですね。
お料理が作れるところだけですけど

と、私が思っている最中に二人の女性が入ってきました。
「こんちわ!」
「お邪魔します〜」
確かミナトさんとメグミさんです。

「おやおや、ブリッジクルーが二人して」
プロスペクターさんが少し非難がましく仰りますが、私も二人の気持ちはわかります。
「だってあのキノコ頭がうるさいんだもん」
「それに艦長が来るまでこの艦って動かしようがないんでしょ?」

確かにあのキノコ頭はうるさいですよね。
それにマニュアルの眺め読みですが、確かナデシコは艦長がマスターキーを差し込むまで動作できないはずです。

「しかしですねぇ・・・」
「まぁまぁプロスさん、ちょうど新入りのコック二人の腕を見るのに試食を作ってもらおうと思ってたんだよ。
 どうだい、食べてくかい?」
「「食べる!食べる!」」
プロスペクターさんを押さえてホウメイさんは提案しました。お二人はタダ飯にありつけるとあって大喜び。
でも私は・・・

「おチビさん達も食べるだろう?」
「え?」
「イヤかい?」
「・・・ええ、頂きます」
「コクン」
ホウメイさんの明るい言いように私は無下に断るわけにも行かず頷いてしまいました。、ラピスも私に習ったのか素直に頷きました。
プロスペクターさんだけは少し不満のようでしたが。

お題はチャーハン、さっそく6皿分の料理に取りかかるお二人。
とはいえ調理の間、私達女性陣観衆の中なのでアキトさんとかやりにくそうです。

「・・・チキンライスの方がよかったな・・・」
とぼそりと呟いてみる私。
そういえばアキトさんが最初に作ってくれたチキンライスもどきのチャーハン、なんて名前で呼べばいいんでしょうか?
でもアキトさん一生懸命です。
そりゃ隣のアキさんの方が遥かに上手なのは素人目にも明らかですけど、それでもいいじゃないですか!

・・・わたし、誰に主張しているんでしょうね

そんな事を思っているとふとラピスに声をかけられました。
「・・・ねぇ、チャーハンって何?」
「こういうものですよ」
私はオモイカネを呼び出して資料をウインドウに表示してあげました。
するとラピスは食い入るように見て、硬い表情ながら尊敬したように私を見ました。
「ルリ、物知りだね」
「そんなことありませんよ」
だが、私はなぜ『もう少ししたら実物が来ます。それを食べたらわかります』と言えなかったのでしょうか?
そのことを後になって思い知らされました。

そして試食タイム・・・

「お、おいしい」
アキさんのお皿を食べた人は異口同音に歓声を上げました。
悔しいけど美味しいです。

でもこんなの食べさせられたら次のアキトさんが・・・
それが証拠にアキトさん、凄い緊張しています。
アキトさんもアキさんの料理を食べたのか自分の未熟さを感じて愕然としていました。

「なんだかアキトさんかわいそう・・・」
メグミさんに思っていた台詞を言われちゃいましたけど、確かにその通りです。
アキさんのお皿に比べて出てきたアキトさんのお皿が少しみすぼらしげなのか、皆さんなかなか手を着けようとしません。

「まぁまぁ、食べてみようよ。」
見かねたのか、ミナトは慰めるようにいうと率先して一口掬って食べました。
それを注視するアキトさん・・・と私

「うん、悪くないんじゃない?アキさんほどじゃないにしても素朴な味で。
 ・・・ちょっぴりチキンライスっぽいけど?」

え?
私はミナトさんの言葉を聞いて急いで一口食べてみました。

・・・・あの時の味です。
半年前、前の日注文に失敗した私に気を使って、翌日親方に怒られながら作ったチキンライスもどきのチャーハン
あの時よりもちょっぴり美味しくなってます。

「美味しい・・・」
「よかった!」
そう私がぽつりと言うとアキトさんが安堵の溜息をつきました。
「心配してたんだよ。ルリちゃんに気に入ってもらえるか」
「何がです?」
アキトの言葉にドキッとして問い直してしまいました。

「いや、一番最初に出したチキンライスもどき、あれずっと美味しかったかどうか聞こうと思ってたんだ〜〜」
「・・・」
私ってそんなにまずいって顔をしてたんでしょうか?
でもアキトさんはそんな半年前のことを覚えていてくれて
そして私に食べさせようとしてわざわざ作ってくれるなんて・・・
「オレのせいでチャーハンとか嫌いになったらどうしようかと思って心配してたんだ。」
その笑った顔が何ともいえず素敵でした。

ラピスはその味に目を丸くしっぱなしでした。
私は改めて知りました。
ウインドウでみるデータなんて当てにはならない。
感じて、体験して、信じた事だけが私の真実なのだと。
たぶんアキトさんに会っていない自分がこのチキンライスもどきのチャーハンを出されてもまずいの一言ですませてしまっていたでしょう。
でも今は違います。
美味しいと思う自分がいます。
この気持ちの違いはデータや数値ではない、私とアキトさんの想いがあるから。

そんな当たり前な事に気づかない自分に自己嫌悪をしていると、不意にアキトさんが私に話しかけました。
「あのさぁ、ルリちゃん・・・」
「なんですか、アキトさん」
「チキンライス、前よりも美味しくなった?」
「え?」
「いやさぁ、一番最初に出したの、美味しくなかったよね。
 だから今度こそは!って思って・・・」
「アキトさん・・・」
私のためにわざわざチキンライス風にしてくれたとは想いもしませんでしたから不覚にも動揺しちゃいました。

そしてダメ押しで・・・

「それとさぁ・・・」
「何ですか?」
「黙ってナデシコに乗ろうとして、ゴメン」
「そ、そんな、私こそ」

謝るアキトさんに見つめられて私は慌ててチャーハンを頬張りました。
『闇の王子様がアキトさんならいいなぁ』と思いながら

「でさぁ、俺のチャーハン美味しくなった?」
「ええ」
私は即答しました。
その日、私は生まれてはじめて笑った気がします。



おまけ


「アキトは私が好き♪」
「ば、バカ!それは違うぞ!!!」
「照れなくていいんだってば
 ユリカには全部わかってるんだから♪」
「違うって言ってるだろ!お前は人の話を聞け!!!」
「アキトはやっぱり私の王子様♪」
なんてスクリーン越しに言い争いしているアキトさんと艦長・・・

そして・・・
「アキさん、アキトから離れて下さい!」
「離れるたって、狭いコックピットなんだからしかたないじゃない〜」
「でもでもアキトは私の王子様なんだからひっついちゃダメ!」
「そんなこと言ったって、ねぇアキト君?」
「って俺に同意を求められても!」
故意なのか、わざと密着して見せて艦長を挑発するアキさん

「どうしたの?ルリルリ。焼き餅?」
「何でもありません!」
「なんでもって・・・コンソールみしみし言ってるけど・・・」
「気のせいです!!!」
やっぱりナデシコに乗るなんてちょっと早まったみたいです(怒)



ポストスプリクト


ってことでルリがナデシコに乗るまでをお送りしました。
本作は元々勝手屋XPさんの所のイベント用の作品でした。
ルールは大まかに
・逆行はなし
・ルリ×アキト物(ラブラブ度は問わない)
・ルリとアキトはナデシコ搭乗の半年前に知り合っている
・ストーリーは原則TV版の通りに進み1話終了程度までとする
という物でした。

で、思いついたのが最後の最後までアキトとは知らずに知り合っていたルリ、最後にぱったりナデシコで再会・・・ってストーリーでした。
まぁどうしても黒プリがらみのストーリーを思いついちゃうのは性格みたいなものなのですが、主題はルリが何を考えてナデシコに乗ったのか?って所ですし、黒プリ部分は匂わすだけでもストーリーとして成立すると思ったので思い切ってイベントに参加したわけです。

で、逆行禁止というルール上、アキとか闇の王子とかは出せないのでかなりぼかしました。
(それでも察した方がいらっしゃったようですが)
でもでも他の方のを見てびっくり、
他の方は結構TV版の方を中心に書かれているんですね。
私なんて最後の方にちょっぴり(苦笑)
異端というか、ルールの範囲ギリギリという作品になりました(笑)

でも個人的には気に入っています
自分でも忘れかけていた初期型ルリ(某氏命名)というものを再確認できたし、アキト側の視点で書いてもすぐに終わっちゃうだろうし、最後にはアキも出てくるし(爆)
じっくりルリを書けたという事だけでも良かったのかな〜と思います。

なお、今回はイベント用の作品から本来の黒プリバージョンに戻しました。
戻しましたと言っても実質的には終盤ぐらいのアキが出始めるところを加筆した程度ですが・・・なんか蛇足のような気もします(汗)

ってことでルリはしばらくアキを目の敵にし、2話ではアキ調査委員会が発足されるというとか、
だから黒プリのルリって最初からかなりアキトラブなのね♪って事になってます。
とか、そういう理由です。

・・・後付のネタなので矛盾点は大目に見てね♪(大汗)

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・かどやん 様
・kakikaki 様
・AKF-11 様