アバン


まぁ、ちょっと悪のりしすぎたかもしれないけれど、見逃して下さいね。
アキさんの首輪があんまりハマりすぎたものだから我を忘れてしまったんだけど。

それはいいとして、前半ほとんどを使ってなぜなにナデシコに興じていた私達はある一人の老人の決意なんて気づかずにいました。
それが後々私達の心にどれだけ大きい影響を与えるかなんて気づかずに浮かれていました・・・

ああ、これってSecond Revengeのラストとは何の関係もありませんのでそのつもりで。



ナデシコ・ブリッジ


「至急の用事って何ですか?」
ユリカ、ルリ、メグミがブリッジに入ってくるとみな沈痛な面もちで考え込んでた。

アキ「首輪はずしてよ・・・」
ラピス「だめ、また逃げ出すから!」
一部そうでない面々もいるが・・・

「あれをご覧下さい」
プロスが目の前のウインドウを指さす。
そこには・・・・

「く、クロッカス?」
「確か地球でチューリップに吸い込まれた・・・」
ユリカとメグミは驚いたようにつぶやく。
「でも何故ここに?」
ルリがまっとうな質問をする。

と、そこにブリッジの扉が開いて
「あの、その前に教えて欲しいことがあるんですけど」
と尋ねながらテンカワ・アキトが入ってきた。(とついでにイネスも)
「遅いぞ!今頃ノコノコと・・・」
と詰め寄るゴートだがアキトはそれを払いのけてある男の前に近づいた。

「フクベ提督・・・・」
そう、さっき彼と一緒にお茶を飲んだ老人である。
アキトのただならぬ形相に割って入ろうとした者もいたが、逆にアキトの真摯な瞳に気圧されて引き下がった。

「なんだね?」
「フクベ提督って第一次火星会戦で指揮していたって本当ですか?」
「ああ」
フクベはアキトからの視線をはずさず、まっすぐに答えた。

「おかしいわよ、アキト。フクベ提督が緒戦でチューリップを落とした英雄だって誰だって知ってるわよ」
「そうだよ。自らの艦をチューリップに体当たりさせたって感動モノのエピソードを知らないのか?」
ユリカが思わず割って入る。ガイもなぜアキトが怒っているかわからないように尋ねた。でも・・・・

「ああ、知ってる。嫌って程さ
 見てたよ。チューリップが落とされるところを。
 でもただのメンツでチューリップを落とそうとしたせいでチューリップの降下軌道が逸れて・・・そのためにコロニーが一つ潰れた・・・」

アキトの脳裏にはあの日の光景がまだ鮮明に蘇る。
真っ赤に燃え上がりながら落ちてくるチューリップ
吹き飛ぶユートピアコロニー
かろうじて生き残った者は地下に隠れ住み、バッタに怯える生活
でもつかの間の安息、出会い
『私、アイ!お兄ちゃんデートしよ♪』
だがその平穏も・・・
燃え上がる炎
たった一瞬で奪われる命
バッタたちに蹂躙されていく命

それも!これも!

「あぁぁぁぁぁっ!!!
 あんたか!!!」
フクベにつかみかかるアキト!
「俺の故郷を潰したのはあんたか!あんたか!あんたか!
 あんたのせいでアイちゃんやみんなは!!!!!」
みんな止めにはいるが、アキトはなおも叫び続け、拳を振り上げ、フクベを詰った。
フクベはそれを黙って甘受した。

結局・・・アキトがフクベを殴ることは叶わず、取り押さえられるのであった。



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第7話 いつか僕らが「歌う詩」<後編>



再びナデシコ・ブリッジ


しばし後、暴れるアキトを取り押さえた一同はアキトを椅子に縛り付けたあげく、猿ぐつわをはめた。まだ興奮しており、離したらまたフクベに掴みかからんばかりに暴れそうだったからだ。
「うぐぃぃぃぃぃ!!!!」(←離せ!と言いたいらしい)
「何やってるんだよ、いい大人が・・・」
「は〜〜い。これ見て落ち着いてね。」
「(怒!)」
縛ったアキトをあやすウリバタケとヒカルだが、全然成功していない。

「見直したぜ!」
「やめときなさい。ああいうのは先走りして真っ先に死にに行くようなタイプよ」
リョーコとイズミがそんなくだらない世話話をしているなか、ナデシコの幹部達は怒り心頭だった。
ゴート「大丈夫ですか?提督」
フクベ「ああ」
ジュン「乗員が提督に手を挙げるなんて許されるべきじゃない!
 ユリカ、テンカワは断固とした処分を下すべきだ!!!」
ユリカ「そんな・・・・アキトの気持ちだって・・・」
メグミ「そうですよ。アキトさんだって何も悪気があってやった訳じゃ・・・」
ジュン「悪気がなかったら殴りかかってもいいのか?ここは独房にでも入れるべき・・・」
ルリ「いい加減にしないと、女装バラしますよ?」
ジュン「・・・・・・・・・・・・はい」

とまぁ、そこは軍隊でもないナデシコ。フクベが「大したことない」の一言で済ませたので、アキトをイスに縛ったまましばらく反省させるだけでお咎めなしとなった。

それはともかく、話はクロッカスの件に戻る。

ユリカ「でも、クロッカスがどうして火星に?確か地球でチューリップに吸い込まれたはずじゃ・・・」
イネス「この前も話したとおもうけどチューリップは一種のゲート、ワープホールと考えられる。だとすれば地球で消えた艦が火星に現われたとしても不思議じゃない」
ゴート「じゃ、木星蜥蜴どもはこの火星から送り込まれているというのか?」
ミナト「そうとは限らないんじゃない?一緒に吸い込まれたもう一隻の護衛艦、何だっけ?」
フクベ「パンジー」
ミナト「そう、その姿が見当たらないわ。出口がいろいろじゃ安心して使えないよ」
一同「う〜〜ん」
憶測だけを並べ立てても出てくる結論は堂々巡りになるに決まっていた。

ユリカ「ひなぎくを降下させて艦内の調査を・・・」
プロス「その必要はありません。それよりも火星極冠のオリンポス山にあるネルガル研究所に向かいましょう。あそこなら相転移エンジンのスペアが手に入るかもしれません」
ユリカ「でも、生存者がいるかも・・・」
プロス「今、木星蜥蜴と遭遇したらどうします?調査は我々の安全を確保してからでも十分でしょ?」
ユリカ「・・・・・・どうします?提督」
フクベ「ネルガルの方針には従おう。エステバリス隊による先行偵察を出す。」
結局、今のナデシコに他者を思いやるだけの余裕はなかったのだ。

アキ「んじゃ私は偵察に出動するから・・・首輪外してくれる?」
ラピス「ダメ」
ルリ「ダメ!」
メグミ「ダメです」
ユリカ「・・・・ということでダメです。」
アキ「ふぇ〜〜ん!私、隊長なのに〜〜」
ルリ「第一この前アキスペシャル壊して乗れるエステが無いじゃないですか」
アキ「ぎゃふん」

結局、アキトと並んで拘束されるアキ。
前回歴史を変えた反動からか今回はとことんいいとこなしのアキである(笑)



火星極冠・氷原


氷原を走る3機のエステバリス。
ヒカル、イズミはゼロG戦フレーム、リョーコは砲戦フレームであった。
確かにナデシコを離れて行動しなければいけないので、予備バッテリー運搬を兼ねる砲戦フレームは必須なのだが・・・・。
「いいな、お前ら身軽で。いいな〜〜」
後ろからノロノロついてくるリョーコは二人に不満をたれる。

ちなみにガイは・・・
「お前は偵察には向かん」
「何だと!!!」
「じゃ、敵を発見したら?」
「もちろん突っ込んで撃破!!!!」
「したら偵察にならんわ!!!!!」
ということで外されたらしい(笑)



ナデシコ・ブリッジ


二人仲良く並んで反省ザルのように反省させられているアキとアキト。
まだ怒りの冷めやらぬアキトを見て苦笑するアキ。
「・・・・・・まだ怒ってるの?」
「何をですか?」
「フクベ提督の事」
「・・・・そんなんじゃないですよ」
「じゃ、なに?」
答えられないアキト・・・・・・隠そうとしても態度が見え見えである。

アキはため息をついてぽつりとつぶやく。
「怒りを持つことは大切よ。
 でもね、憎しみを持ち続けてはダメ」
「え?」
「怒りは生きるバネになるけど、憎しみに囚われたら心が病んでいくの。
 私みたいに・・・・」
「アキさんはそんなこと・・・・」
「見てみたい?私の心の中を。
 きっとあなたも幻滅するわよ」
「そ、そんな・・・」
『そんなことはない』とはとうとう口に出せなかった。
リョーコ達に銃を向けたアキ。
木星蜥蜴の大群の直中で阿修羅のごとく戦ったアキ
それは確かにアキの闇の部分なのだ。

でも頭でわかっていてもすぐに憎しみを捨て去れるほどアキトは大人ではなかった。



再び火星極冠・氷原


アキ達のお話が長引いたので、リョーコ達は既に襲われています(笑)

「これだから砲戦フレームって奴は・・・っておい!!」
敵の蜥蜴のドリルが分厚いはずの砲戦フレームの装甲に嫌な音で食い込む。
「やだ、嘘だろ?」
見る見る装甲を食い破らんばかりのドリルの回転!
リョーコは死の危険をヒシヒシと感じた。
「バカ!やめろ!!
 イズミ、ヒカル、ヤマダ、テンカワ
 隊長!!!!!!!」

ガシ!!!!!!!

装甲が破れる前にイズミがカットに入った。
だがそれで怯む蜥蜴ではない。
着地すると再び砲戦フレームに襲いかかろうとするが・・・

バン!!!!!!

リョーコの放ったカノン砲の一撃が見事蜥蜴を仕留めたのだった。

リョーコ「ふう〜〜」
リョーコが安心したのもつかの間、今度はスケベ親父のような顔をした同僚がウインドウを開いた。
イズミ「何おごってもらおうかな♪」
リョーコ「な!」
ヒカル「へへへ、聞いちゃった♪」
リョーコ「ば、バカ!あたいは何も・・・」
ヒカル、イズミ「隊長♪」
リョーコ「いや、それはあと一人いればフォーメーションが組めるからって(赤)」
ヒカル、イズミ「隊長♪隊長♪隊長♪隊長♪隊長♪隊長♪隊長♪
 隊長ぉぉぉぉぉん♪」
ウインドウを大量に出して冷やかす二人

リョーコ「わかったよ。おごる、おごるよ!!」
ヒカル「私、プリンアラモード アマガワ・アキスペシャル♪」
イズミ「私、玄米茶セットホウメイスタイル」

かしまし三人娘・・・・偵察はどうした?



ナデシコ・ブリッジ


何とか偵察を終えて情報を持ち帰った三人。今度はそれをみんなが検討を始めた。
ゴート「研究所の周りにチューリップが五機・・・」
ジュン「こりゃ、鉄壁の守りですね」
プロス「しかし、あそこを取り戻すのがいわば社員の義務でして。
 皆さんも社員待遇であることをお忘れなく」
この期に及んで会社の利益を持ち出されて少しむっとするパイロット達。

リョーコ「俺達にあそこを攻めろってか?」
プロス「そう要求してはいけませんか?」
リョーコ「別にやれって言われたらやるけど・・・
 でもこの前木星蜥蜴に襲われたときに玉砕覚悟で戦ってた方がまだ勝率が高かったんじゃないか?」
プロス「そ、それは・・・」
ヒカル「チューリップ一機でアキさん一人。チューリップ五機ならアキさんを5人連れてこないといけないよね〜〜」
プロス「・・・・」
そう言われれはプロスも反論のしようがなかった。

アキ「私が頑張ってチューリップ五機破壊するから・・・・首輪外して?」
ラピス「ダメ」
ルリ「ダメに決まってます」
メグミ「ダメですよねぇ・・・」
ユリカ「・・・・・ってことでやっぱりダメです」
アキ「がっくり・・・」
八方塞がりである(いろんな意味で)

だが、そこである人物が事態解決の提案をした。
「あれを使おう」
その人物、フクベ提督が指さしたモノは先ほど調査を後回しにした護衛艦クロッカスである。



ナデシコ・格納庫


「提督、考え直していただけませんか!
 私が行きます!!」
そうゴートは老人に訴えかける。しかしフクベの考えは変わらなかった。
「なぁに、ただ調べに行くだけだ。
 第一、君達に戦艦の手動操作は無理だろう。」
「ですが・・・」
宇宙軍の戦艦の操作方法はやはり宇宙軍の戦艦に乗っていた者しかわからない。だいたいナデシコの乗員は最新鋭のナデシコを操縦する訓練は受けていても、ナデシコから見れば旧式の戦艦など操縦出来まい。それはミナトやルリも同様の事だ。

「それはいいとして、何で俺が連れて行かされるんですか?」
アキトは憮然として言う。
クロッカスを調査するフクベとイネスを護衛する目的でエステバリスを出すことになりそのパイロットにアキトが指名されたのだ。
なぜかは直接指名したフクベにしかわからない。

「私が行くから首輪外して♪」
「ダメ」
「ダメですね」
「ダメですよねぇ」
「・・・・・・・・ってことでやっぱりダメです」
「いけず!!」

とか・・・

「こら!!この俺様を差し置いてテンカワを行かすとはどういう了見だ!!!」
「だって、敵が現れたら?」
「もちろん、突進して撃破!!!」
「したら護衛にならんでしょうが!!!!」

ってな事もあったが、結局は
「まぁ、さっきの罰だと思ってもらおう」
フクベのとってつけたような理由でとりあえずみんな納得した。
「・・・・・」
「まぁまぁ」
イネスがなだめるもののアキトはまだ不機嫌なままだった。

そんな二人を横目にしながらフクベに話しかけたのはアキだった。
「提督」
「何かね?アマガワ君」
「この艦・・・ナデシコは提督の艦じゃないんですか?」
「・・・・・何が言いたい?」
「人のことは言えませんけど、提督も2ヶ月間この艦で苦楽を共にしたんです。単に火星に着くためだけの手段じゃなくなってると思ってるんですけど」
「何のことかわからん。言いたいことはそれだけか?」
「・・・・ええ」
「それじゃ、失礼する」
届かぬ言葉。
立ち去るフクベをアキは悲しげな瞳で見送るしかなかった・・・。



クロッカス・艦内通路


フクベ、イネス、そしてアキトの三人はクロッカスの艦内を調査していた。
三人とも艦内の様子に唖然としていた。
「確かクロッカスが地球でチューリップに吸い込まれたのが二ヶ月前って話よね?
 でもこの艦内の様子を見ると半年・・・
 いえ!もっと前から氷に埋まっていたと思われるわ!」
イネスは艦内の氷化具合から見てそう判断した。

「それじゃ何かね?この艦は6ヶ月以上も過去にワープしたとでもいうのか?
 まるでゲキなんとかというアニメの世界だな・・・」
やれやれという口調のフクベ。
木星蜥蜴が現れるようになってから何が起きても驚かなくなったが、ワープの次はタイムマシーンとは閉口するしかなかった。
「確かに非現実的ですが、一方で科学的にはおもしろい現象が確認できています。」
「というと?」
「チューリップから物質が現れるときその周囲で光子、重力子、π中間子といったボース粒子・・・つまりボソンの増大が検出されています。
 もしこの現象で超対称性に基づくボソン−フェルミオン変換が行われているとすれば・・・」
イネスは思考の海にどっぷり浸かった。

「・・・・わかるかね?」
「わかりません・・・」
フクベはアキトに尋ねてみるがすげなくそう答えられてしまった。
考え込んでるイネスをよそに、二人の間に気まずい雰囲気が流れる。
邪険にしてるのはアキトの方でフクベの方は老人の老獪さなのか静かに待ちの姿勢を示した。
だから先に痺れを切らしたのはアキトの方だった。
「乗員、いませんね」
「まぁフレサンジュ君の言葉を信じればとっくに6ヶ月は経過していることになる。どこかのコロニーに避難していても不思議じゃあるまい。」
「・・・・・・」

『それにしては』とアキトは思い、ふと何気なく近くのドアを不用意に開けた。
そして何気なく中を覗いた。
「・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!」
イヤな勘が当たったのだろう。
「イネスさん・・・」
「物質がフェルミオンからボソンに変換されるなら・・・ってなに?アキト君」
「これ・・・・人間じゃなくて人形ですよね?」
アキトは部屋の中を指さす。イネスやフクベもその先を覗き込む。
そこには・・・・

第一印象は美術館などにあるオブジェに近い。
壁からは金属色の人間の像の半身が飛び出ていた。壁か助けを求める手や苦悶の表情を浮かべる人の顔が外壁の素材で浮き出ていた。
それはいやに生々しく、そしてリアルに人の形を模していた。
リアルすぎるほどに・・・

「いえ、たぶんこれ本当の宇宙軍兵士よ」
「「ええ!?」」
「だってドッグタグが反応しているもの」
人形の胸の部分からドッグタグの反応が出ている。
ドッグタグとは軍が発行している識別票・・・いわゆる身分証明書である。
これがないと捕虜としての正当な扱いを受けられず、下手をすればスパイと見なされてすぐに処刑されても文句は言えない。
兵士にとって命の次に大事なものだ。もっとも木星蜥蜴相手に有効かどうかは不明であるが。

わざわざ人間の形を模すように壁を加工し、しかもご丁寧に本物のドッグタグまで埋め込むなんて芸当を木星蜥蜴がやるはずない。

コンコン

「中身は詰まってる。でも音から察するに金属の固まりではない。推測だけど人間と金属が高分子レベルで融合しちゃったみたいね」
「そ、それって・・・」
イネスは恐ろしいことをさらりと言う。唖然とするアキト。
「・・・・やっぱりチューリップによるワープの副作用でしょうか?」
「生体は通れないから無人兵器・・・というわけか」
フクベはつぶやく。その考えにイネスも頷いた。

やりきれなくなったアキトは視線を逸らした。だから一番最初に気がついた。
頭上に忍び寄ったバッタを!!!

「危ない!!!」
アキトはその直下にいたフクベを突き飛ばす!
間一髪で襲いかかったバッタからフクベを救うことが出来た。
しかし着地したバッタは再び彼らに襲いかかろうとしていた。
アキトはとっさに手にしていたライフルを構えるが、素人の悲しさかセーフティーをかけたままだった。

ガチャガチャ
「くそ!!」
アキトがセーフティーの解除に戸惑うその一瞬を逃さず、バッタはアキト達に襲いかかる!!
「うわぁ!!!」
思わず叫ぶアキト。
しかし、慌てずアキトの後ろのフクベは持っていた拳銃でバッタを狙撃した。ちょうど躍りかかろうとした際に一番装甲の薄いお腹を晒しており、そこをフクベは上手く狙った。

バン!バン!バン!

その三発の銃弾でバッタは完黙した。

「うぅ〜〜」
脱力してため息を漏らすアキト。
その後ろでフクベは無感情にこうつぶやいた。
「私など守る価値もないのだろ?あのまま見殺しにすればよかったじゃないか。」
「か、体が勝手に動いたんだ!!!」
アキトはそう言ってそっぽを向く。

怒りが消えた訳じゃない。
憎しみが消えた訳じゃない。
でも助けようと思って体が動いた。
それは当たり前の行動なのだが、今のアキトには自分自身に少し腹立たしさを感じた。

そして、フクベはわざと憎まれ口をたたいた。その後の自分の行為でアキトが苦しまないように。



クロッカス・ブリッジ


「まだ動くようだな」
始動キーを入れるとブリッジ全体に電源が入り、各管制システムが作動し始めた。
フクベはオペレータシートに座ると、昔扱ったことがあるのか、手早く操作し各部の自己診断をチェックした。
「噴射口に氷が詰まっているようだ。
 エステバリスで取ってきてくれたまえ」
「俺がっすか?」
嫌そうに言うアキト。それにかまわずイネスにも指示を出す。
「フレサンジュ君、君も着いていってやってくれ。彼一人ではわからんだろう」
「はい。」
ふてくされるアキトを見てイネスはクスリと笑った。



クロッカス・外部


「って大したことないじゃないか!」
アキトは怒っていた。
「そうね。これぐらい露出しているならエンジンをかけるだけで溶けるわね」
イネスも苦笑して言う。
エステバリスで噴射口の氷を取り除こうとしたが、その氷は取るまでもないものばかりだった。
ほとんど無駄足である。

だが、アキトがそのことを抗議する前にフクベはアクションを起こしていた。

「エステバリス退け!!!これより浮上する!!!」
「な!!」
何の前触れもなく、クロッカスは浮上した・・・。



ナデシコ・ブリッジ


クロッカスが浮上した光景はナデシコにも視認できていた。
「ほう、どうやら使えそうですな♪」
プロスは喜んだ。
これでクロッカスを囮に使えば何とかネルガルの研究施設を奪取できるかもしれない。そう思っていたからだ。

だが、ブリッジの誰もが思っていたその考えをクロッカス自身が否定した。

ナデシコの方に向くクロッカスの砲身

「へ?」
ユリカが間抜けそうな声を出し終わる前に最初の射撃が行われた・・・・

ゴウ!!!!

砲撃はナデシコの少し手前の地面に着弾した。盛大に砂埃が舞い上がり、その威力を誇示した。
『フィールドの弱まったナデシコになら、現在のクロッカスの火力でも十分沈められる』
ウインドウ越しに通信を寄越したフクベは信じられないことを発言しだした。それはほとんど脅しと同じだった。

「どうされたのですか?提督!」
プロスが叫ぶがフクベは答えない。代わりにデータによる指示が入った。
「前方のチューリップに入れという指示が来てます」
ルリがその内容をウインドウに表示した。確かに進路指示をチューリップに向けろとある。

ジュン「でもチューリップに入ったらクロッカスのように・・・・」
メグミ「ええ〜〜じゃナデシコを破壊するつもりなんですか!?」
ミナト「何の為に?」



クロッカス・外部


「自分の悪行を消し去るためさ!!
 自分の罪は覆い隠して、また一人で生き残るつもりなんだ!
 そう奴だったんだよ!!」
アキトは怒りの表情で叫んだ。しかしコックピットの外のイネスはそれを否定した。
「それならまずあなたを最初に殺したんじゃなくて?」
「そ、それは・・・」
「第一、ナデシコをチューリップに入れなくても直接砲撃を当てればいいじゃない。」
「だけど・・・」
アキトは口ごもる。しかし事態は悠長に言い争いを許す程のんびりしていなかった。

キラリ!

「み、見つかったのか?」
アキトのエステから敵影が見えた。木星蜥蜴の艦隊である。



ナデシコ・ブリッジ


ルリ「敵左舷より接近!」
ジュン「二つに一つ・・・ですね」
ゴート「前門のチューリップ、後門の敵艦隊・・・」
ミナト「じゃぁチューリップかな?」
プロス「なに言っているんですか!損失しか計算できない!!!
 有利な位置さえ確保できればクロッカスを迎撃する事だって・・・」
ラピス「クロッカス破壊した後どうするの?結局蜥蜴達と戦う事になるよ?」
プロス「そ、それは・・・」

そんなみんなの会話を聞いていたユリカはフクベの真意に気づいて一つの決意をする。
「ルリちゃん、アキトに帰還命令を。ミナトさんは大急ぎでチューリップへの進入路を計算してください!」
その命令に異議を唱えたのはプロスだった。
「それは認められません!!あなたはネルガルとの契約に違反しようとなされています!!我々の使命はネルガルの研究施設を取り戻す事です!
 その研究所を目の前に何の抗戦もせず、みすみすナデシコを破壊しようなどと・・・」
「あなたはご自分が選んだ提督を信用出来ないのですか!!!」
「そ、それは・・・・」
プロスの言葉をユリカはたった一言で制した。

今、この時点でフクベを信じ、そして彼の意図を正確に理解しているのはユリカだけだった。

いや、もう一人・・・
『フクベ提督・・・やっぱりその道を選んでしまったんですね・・・』
アキは悲しい顔をして繰り返される歴史を眺めるしかなかった。



ナデシコ・格納庫


「くそ!!!!!」
「おい、テンカワ!!」
帰還したアキトはエステバリスを降りて大急ぎでブリッジへ向かった。
無論、チューリップへ向かえと指示したユリカを止めるために。

『ユリカは知らないんだ。クロッカスがどうなっていたか!!』
ナデシコのクルー達があんな姿になるなんて耐えられなかったからだ。
「ユリカの奴、何考えてるんだよ!!!!」
アキトは力の限り走った。



クロッカス・ブリッジ


後ろから木星蜥蜴の艦隊が近づいてくるなか、ナデシコはクロッカスの指示通りチューリップに向かっていた。クロッカスはその後ろをついて来ていた。
まるで指示を違えないように脅すみたいに、あるいはナデシコの盾になるように・・・

「さすがだな。艦長」
フクベはユリカが自分の意図を正確に汲み取ったようで安心した。

そして・・・ナデシコがチューリップに進入した。



ナデシコ・ブリッジ


「チューリップに進入します」
「いいのかなぁ〜本当に入っちゃって・・・」
「速度そのまま、エネルギー出力はフィールドの安定を最優先にして」
「了解」
ルリの報告にミナトが不安げに言うが、ユリカの表情は確信に満ちていた。

そこに・・・
「ユリカ、何考えてるんだ!!今すぐ引き返せ!!!」
アキトが息を切らしながら入ってきた。
「ダメ・・・」
しかしユリカは悲しげに首を振って否定した。
「何がダメなんだ!お前は知らないんだ!!
 クロッカスの乗員達はワープの副作用で惨たらしく死んでたんだ!
 俺達もチューリップに入ったらああなるんだ!!」
アキトは必死に訴えた。
『そうとは限らないわよ?』
しかし、それをウインドウ越しに否定したのは同行者だったイネスである。
『クロッカスにはないものを私達は備えている』
「え?」
『ディストーションフィールド・・・相転移エンジンと同じオーバーテクノロジーならあるいは・・・』

そしてイネスの言葉を継ぐようにユリカは語る。
「提督は私達を火星から逃がそうとされている・・・」
「バカな!!
 バカな、バカな!!!」
アキトの叫びがブリッジにこだまする。

「クロッカス、チューリップの手前で反転」
「敵と戦うつもりか!?」
ルリの報告に驚くゴート。

驚く報告はまだまだ続く。
「空戦フレーム一機が強制的に発進しました。」
『すまん!ヤマダのバカがエステで飛び出した!!!』
「ええ!?」
ラピスの報告の直後、バカを止め損なったウリバタケがコミュニケで通信を入れてきた。
『爺さん!!!
 この俺様を差し置いて一人で味方を救う為に囮になろうなんてするんじゃねぇ!
 こういう場面にこそ俺様が相応しいんだ!!!!』
ガイがワケのわからないセリフを口走りながらエステで出撃していった。

リョーコ「誰もヤマダの野郎を縛っておかなかったのかよ!!」
ヒカル「アキさんを監視しててすっかり忘れてた〜〜」
リョーコ「あのバカヤロ!!!!」

敵艦隊からの攻撃が始まり、クロッカスが砲撃に包まれる。その中にガイのエステも突っ込んでいった。

ユリカ「提督、ヤマダさん!!」
ルリ「外からチューリップを破壊してしまえば入り口はなくなりナデシコを追いかけて来れなくなる・・・」
アキト「どうしてみんなしてそんないい風に考えるんだ。
 あいつは!あいつは!!」
アキトはフクベの行動が信じられない。
いや、頭ではわかっているのかもしれない。しかし、心が納得できなかったのだ。

「おやめください、提督!
 ナデシコには、いえ私には提督が必要なのです!
 私達にはこれからどう道を進んでゆけばいいかわからないのです!!」
ユリカは必死に訴える。
自分達の力の限界をまざまざと見せつけられて、艦も傷つき、目標も見失いかけた彼女達にはそれを支える存在が必要だったのだ。

でもフクベはそれを否定する。
『私には君に教えることはなにもない。
 私はただ自分の大切なものの為にこうするのだから』
「なんだよ、それは!!!」
アキトははぐらかされる事に怒りをあらわにする。
『それが何かは言えない。でもそれはきっと君たちにもある。
 今は見つからなくとも、いつかきっと見つかる!』
フクベの言葉がブリッジに響く。

しかし敵艦隊の攻撃は激しくなる一方だった。

「提督!」
『私はいい提督ではなかった。いや、いい大人ですらなかっただろう。
 最後の最後でただ自分のわがままを貫くだけなのだからな。
 でもこれだけは言っておく。
 この艦は君たちの艦だ!」

みんな思い思いの気持ちでフクベのセリフを聞いていた。
ユリカは涙ぐみ、ジュンやゴートにプロスはやり切れない様子だった。
ミナトは不安がり、メグミやリョーコはアキトの気持ちを案じていた。
ルリは少し自己陶酔気味なセリフに眉をひそめ、ラピスにはそれがなにかわかっていないようだった。
そしてアキトはまだフクベを許せずにいた。

『喜びも、悲しみも、憎しみも、愛も全て君達のものだ!』
「でも、提督にとってはこの艦は『私達の艦』ではなかったのですか?」
そう尋ねたのはアキであった。

「一人囮になってみんなを助けても、それで残された人達がどんな思いをするか・・・
 私がこの前やってみせてイヤってほどわかってもらえたと思ってたんですけど。」
アキの訴えはフクベの心にも届いたはずだ。
だが・・・

『確かに・・・・・・ザー!!!!!!!!!!!』
フクベの答えは回答はウインドウの通信不良に阻まれて届かなかった。
クロッカスは敵艦隊の攻撃に晒されて撃沈寸前だった・・・



クロッカス・ブリッジ


「確かに君の言うとおりかもしれん。
 だが、私はあの日誰も救えず火星から逃げ出した。前にも後ろにも進めずにいた。
 だから今度こそ・・・・」
誰にも届かぬ言葉をフクベはつぶやいた。

艦には敵の攻撃の振動が激しく伝わる。もう沈むまで長くないだろう。
今度こそ・・・・それがあるはずもないのにそんなことを考えるなんて自分でもバカだと思う。
でも・・・

『こら爺さん!!!
 このガイ様より目立とうなんて十年早いんだよ!!!』

バカな奴だ。この老人と一緒に死のうなんて・・・

フクベはそんなことを思いながら爆発に包まれるクロッカスとともに運命を共にした・・・。



ナデシコ・ブリッジ


ゴート「戻せ!!!!」
メグミ「ダメ!何かに引っ張られているみたい〜〜」
ルリ「チューリップが消滅して入り口が閉じたみたいです・・・」

その報告に一同は沈黙した。みんなの心に何が去来したのだろうか・・・

そしてユリカが大きな息を掃き出して一言だけ指示した。
「これから何が起こるかわかりません。皆さん、対ショック準備をして有事に備えてください。」

異空間を状況任せに航行するナデシコにとってそれ以外に出来ることはなかった。



ナデシコ・食堂


食堂で一人落ち込むアキトをホウメイガールズ達は遠巻きに見守っていた。
そして思わず声をかけようとしたサユリをホウメイが制した。

「ゲキガンガーにもさ、仲間かばって死ぬって話があったけど・・・よりによって何であんな奴に助けられなきゃならないんだ。
 ガイまで巻き込みやがって・・・」
「テンカワ・・・」
ホウメイはアキトの側にやってきて、さっきアキトから手渡されたポットを差し出した。ポットの中から一枚の手紙が入っていた。

「あの人は最初から火星で死ぬつもりだったんだよ。秘密がバレる前にあんたにだけは遺言を書いていたみたいだ」
ホウメイのそう諭すが、アキトはその手紙を払いのけた。

「だから許せって?
 だから感謝しろ?
 あいつは生きるべきだったんだ!!
 生きて生きて、自分が火星で何をしたのか世に知らしめて・・・
 後ろ指を指されようとも火星の人達の為に無様に生きるべきだったんだ!!」
アキトはそう叫んだ。
しかしホウメイは強い口調で戒める。
「だから私達はそうするんだよ!」
「・・・・」
そう、フクベがあの日何もできずに火星から逃げ出したように、今度はアキトたちが何も出来ずに火星から逃げ出すのだから・・・。



ナデシコ・食堂前廊下


乙女達は廊下でアキトの様子を気づかっていた。
でもその彼女達自身ですら今の現状を、その思いを整理出来ないでいた。
メグミ「最初から死ぬつもりだったなんて・・・それって勝手ですよね・・・」
リョーコ「年食ってるからって正しい事するってそれ自体考え違いなんだよ。バカはいつまでたってもバカなんだよ」
ユリカ「でもそれなら・・・私達は誰から学べばいいんですか?」
その問いに答えるものはいなかった。

ルリ「バカですよ。」
アキ「そうかもね・・・」
辛辣なルリの言葉にアキは苦笑する。

ラピス「フクベとヤマダはどうしたの?」
アキ「・・・あの人達は火星に残ったんだよ」
ルリ「アキさん・・・・」
ぼかす様に言うアキに少し批判的なルリの視線。しかしラピスはワケがわからないようにこう言った。

ラピス「ラピス、あの二人結構嫌いじゃなかった。もう会えないの?」
アキ「そんなことないよ。
 私達がネルガルや他の誰の為でもなく、
 『僕らの大切なモノ』の為にもう一度火星に来る事が出来れば・・・
 きっと会う事が出来るよ。」

アキはそうラピスを諭した。

そう、必ずもう一度火星に来よう
いつか僕らが「歌う詩」の為に・・・
今度こそ・・・

その時はフクベ提督も一緒に・・・
アキはそう願った。



ポストスプリクト


ということで黒プリ7話をお届けしました。
既に行数オーバー気味なので手短に。

前編で遊びすぎた為にその後編にシワ寄せが来てしまった(汗)
前編と後編でえらくタッチが違うがご容赦を。
後編のストーリーはほとんどTV版と変わらないのですが、味つけはEXZS風になったと思います。

ということでもしもおもしろかったなら感想をお願いします。
次回は9万ヒットぐらいでお会いしましょう。

では!