アバン


とりあえず辿り着いた火星の大地
何とか蜥蜴さん達には勝利してこれたけど、本当にこれからも勝てるの?

そんな心配をよそに、アキトさんとメグミさんはなんかエステでデートとか、ユリカさんはそれを戦艦ごと追いかけるわで緊張感がまるでないんですが。
おまけに説明おばさんまで登場するし

それよりも私はアキさんが何を考えているかの方が心配なんですけど・・・

ああ、これってSecond Revengeのラストとは何の関係もありませんのでそのつもりで。



ナデシコ・ブリッジ


「つまり、とっとと帰れと?」
「そうよ。」
開口一番、生き残りの代表としてナデシコにやってきたイネス・フレサンジュが言った台詞がそれだった。
涙ながらに救世主として歓迎されるものと思いこんでいたナデシコクルーとしては意外を通り越して驚きの反応であった。

「ナデシコの相転移エンジンとディストーションフィールドの基本設計をして地球に送ったのはこの私よ。だから私にはわかる!
 この艦では木星蜥蜴達には勝てない!
 そんな艦に乗る気にはならないわ!」
イネスはきっぱり言う。
それは今までのナデシコの行動の全否定だ。それをナデシコクルーらが許容できるはずもなかった。ゴートが反論した。
「お言葉だが、レディー。
 我々は今まで木星蜥蜴達との戦いには常に勝利している。
 その・・・」
「あなた達は木星蜥蜴について何を知ってるの?
 どこから来たのか?
 目的は?
 あれだけ高度な無人兵器をどうやって生産しているのか?」
イネスは捲し立てるように言う。ナデシコクルーにその答えを持つ者はいなかった。だからアキトの次のような言葉が出てくる。

「俺達を信じてくれないんですか?」
イネスはアキトの真摯な台詞をあざ笑うように言った。
「よし、君の今の心を解説してあげようか?
 『ロボットを操縦できて、かわいい女の子にもモテて、俺は何でも出来る!』」
「もしかして説明好き?」
メグミの茶々を無視してイネスはアキトの増長をズバリ指摘した。
「そんなんじゃない!そんなんじゃ・・・・」
アキトは心のやましさを言い当てられて狼狽した。

「フレサンジュさん!」
今度はユリカがイネスの言葉を遮る。
そして真摯な瞳でイネスを見つめた。

誰がどんな思惑を持とうとも、
ナデシコが火星に来たのは、火星に取り残された人達を救い出して地球に連れて帰るためだ。そしてユリカはそれを成し遂げるためにここにいる。
それは仕事だからでもなく、同情などの浮ついた気持ちからでもない。
地球でアキトが火星に行きたい理由を聞いたときから、少なくともナデシコクルーの総意になっていたのだ。

その気持ちはイネスにも伝わっている。
しかしイネスはそんな決意が吹き飛んでしまうほどの絶望も知っていた。
だからそれを何とか言葉で説明しようとした。
でも、運命はそれをイネスの口からではなく、現実の光景として知らしめようとしていたのだ。

「前方、チューリップより木星蜥蜴の艦隊出現!!!」
レーダーの反応に気づいたメグミが叫ぶように報告する!

「グラビティーブラスト用意!」
「はい!」
ユリカの素早い指示にルリが発射の照準を合わせた。
「撃てぃ!!!!!!」
ユリカの号令と共にグラビティーブラストは発射された。

ゴウゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!

前方の敵艦隊が閃光に包まれた。

『どうです?』
ユリカはそう言う顔をイネスに向けたが、イネスの顔はなおも意地悪く笑っていた。まるでその回答が間違っているのを知っているかのように・・・。

閃光が消えていく。それと共にクルーの自信の笑みがやがて驚愕に変わっていった。
「持ちこたえた!?」
ユリカが思わず叫んだ。みんな同じ気持ちだった。
その理由をイネスが意地悪く解説する。
「敵だってディストーションフィールドを装備している。お互い一撃必殺とは行かないようね。」

そして敵の戦艦は減るどころか続々とチューリップから出現して来たのだ。
「うそぉ、どうしてあんなに入ってるの!?」
あんな小さなチューリップからそれに相当する大きさの戦艦が何隻も現れる様をみて、ミナトは驚きの声を隠せなかった。
「入ってるんじゃない。
 出てくるの!
 あれはこちらの世界とどこかの異世界とを繋ぐゲートのようなものらしい。
 だから蜥蜴達はどこか遠い異世界から送り込まれてくる。
 途切れることなく・・・」
イネスの言葉を待つまでもなく、敵の数は見境なく膨らんでいった。
グラビティーブラストを連射できないナデシコにとっては始末に負えない程に・・・

「敵戦艦、なおも増大中!!!!」
メグミが悲鳴を上げるかのように叫ぶ。
「敵のフィールドも鉄壁ではない。続けて攻撃するんだ!」
「はい、グラビティーブラスト続けていきます!」
「・・・・無理です。エネルギーが足りません。」
「え?」
ゴートの声にはじかれるようにユリカは指示をした。しかしルリは無情に答える。
「ここは宇宙じゃない。真空度が低い地上では相転移エンジンの反応は悪すぎる。
 グラビティーブラストを連射するほどのキャパシティーはないのよ・・・」
イネスはまるでナデシコ級戦艦の問題点を認めた報告書でも諳じるかのように呟く。

「私達が出ていってもひき肉にされちゃうよね・・・」
血の気の引いたヒカルが呟く。それを聞き咎めたガイが暴れ出した。
「バカ野郎!あれぐらいの敵がなんだ!!
 この俺様がやっつけてきてやるから、この縄をほどけ!!!!!!」
「ど阿呆!!てめえごときが行ってどうにかなる数か?
 死にに行くようなものだぞ!」
「熱血の魂があればあれくらい・・・」

ゴツン!
縛ったガイをリョーコが殴って気絶させた。

「このバカ縛っといて正解だったぜ。隊長のお陰だな・・・
 ってその隊長はどこいったんだ?」
「さっきまでそこらにいたけど・・・」
イズミもリョーコと一緒に辺りを見回したがアキの姿は見えなかった。

ゴウ!!!!!
敵の戦艦の攻撃がナデシコの直上をかすめた。
「ディストーションフィールドを張りつつ後退・・・」
「待・・・」
「待って下さい!!」
ユリカの指令にイネスがしゃべる前にメグミが叫んだ。

「まだ地下の人達を収容してません!
 今、ナデシコがフィールドを張っちゃったら収容できないじゃないですか!
 それに後退しちゃったら敵の攻撃が火星の人達に直撃しちゃいますよ!!」
「あ・・・・」

メグミの言葉に唖然とするユリカ。
でも今の敵の数はナデシコが前進して一度に相手に出来る数ではない。
いったん逃げて体制を立て直し、各個撃破していくより他にない。

でもそれはせっかくの火星の生き残り達を見捨てることになる。

でも・・・・
でも・・・・

「かまわん!フィールドを張って後退だ!!」
「でも、アキトさんは約束してきたんですよ!
 みんなを地球に連れて帰るって!!」
「提督、これは艦長には厳しすぎる決断のようですな・・・」
「かまわん!自動防御だ!」
「艦長命令がまだです・・・」
ゴートが、メグミが、そしてみんながどうにも出来ない狭間で揺れ動いた。
そんな声を聞きながらユリカは決断できずにいた。
時間がたてば決定的に不利になっていくにもかかわらず・・・

アキトの呆然とする顔を見ていたらユリカは何も決断できなくなってしまうのだ。

「どうせ、あれだけの蜥蜴達から地下の人達を助けられるはずもない。
 結局あなた達は漫画のヒーローみたいに誰かを助けるなんて出来ないのよ・・・」
イネスの無情な声がユリカを嘲笑うかのようにブリッジに響いた・・・。

しかし・・・・

『さて、それはどうかな?』
そのイネスの声を意外な人物が否定した。

ゴウ!!!!!!!!!!!!!!!

敵陣の一ヶ所が火を噴く!!!

そう、その声を送ってきた主は・・・
エステバリスに乗ったアマガワ・アキであった。



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
第6話 「運命への抵抗」みたいな<後編>



再びナデシコ・ブリッジ


『こら!!誰だ、勝手にエステを4機も持ち出したのは!!!』
「ウリピー、邪魔!!!!」
アキのウインドウに被るウリバタケのウインドウをヒカルが追い払った。

改めてみんなの視線がアマガワ・アキに集中した。
彼女がどこから通信を送ってきているのか・・・
そう、敵陣のど真ん中であった。

「アキさん!何でそんなところに!?」
ユリカは思わず叫んだ。しかしアキから帰ってきた言葉はひどくのんきな口調のモノであった。
『いやぁ、さすがに上空にこれだけ敵がいると壮観だねぇ。
 それでこそやり甲斐があるってものよね♪』
『って!!アキちゃんかぁぁぁぁぁ!!!
 エステを持ち出したのは!!!!』
ウリバタケのウインドウがアキのウインドウに迫るが、アキの回答は平然としたものだった。
『大丈夫、艦長に使用許可をもらったから。
 そうですよね?ユリカさん』
「え?・・・・・・・・・・・・・ああ、はい!」
『ってことでよろしく♪』
「・・・・・ってよろしくじゃないですよ!!!!」
ユリカは自失から復帰してアキにウインドウ越しに詰め寄った。

「そんなところで何やってるんですか!?」
ユリカは驚きの声で尋ねた。
『わからない?』
「わからないから聞いてるんです!!!」

わからないはずはない。
何故かアキの陸戦フレームは屈伸なんかをして準備運動をしていた。
しかもさっきの一撃により、木星蜥蜴達はターゲットの優先順位をナデシコからアキのエステに変更したようだ。それが証拠にナデシコに群がりつつあった無人兵器郡はアキのエステの周りを包囲するように集まりつつあった・・・。

「呆れた。この艦には漫画の読みすぎな人が多いと思っていたら、本当にヒーロー願望の持ち主がいたとは思わなかったわ。」
『いや、それはガイ君で私は別に・・・』
イネスの言葉にアキは苦笑する。
「何だと!!」とどこからか声が聞こえるが当然みんな無視である。

「そんな大軍にたった一人で立ち向かおうとする人間をヒーロー願望に毒されてるって言って何が間違ってるの?
 あなた、それ全部倒せるつもりでいるの?」
『さぁ?』
「さぁって・・・・」
アキの意外に呑気な言葉にあきれるイネス。
しかし、アキの方がずっと冷静だった。

『別に全部倒す必要もない。
 火星の人達がナデシコに乗るだけの時間を稼げればいいわけだし・・・』
「で、自分の命を捨てて人助け?自己犠牲だなんてご立派だこと。
 でも誰もそんなもので恩になんか着ないわよ。
 誰も地球に戻るつもりなんてないもの。」
『いや、誰も恩に着せようなんて思ってないわよ。誰かの犠牲になるつもりもないし・・・』
「じゃ、なに?」
イネスはアキの考えていることがさっぱりわからなかった。

『そうね・・・・強いて言えば・・・
 運命にどれだけ抵抗出来るか試してみたかったからかな?』
アキは当たり前のようにそう語った・・・。



そして戦場ではアキの死闘が始まる


「行くわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
咆哮のようなアキの叫びにエステバリスは呼応し、敵の直中に突入していく。

まずはバッタ達がアキの陸戦フレームに襲いかかる。
吐き出される大量のミサイル!!
しかし、アキは全力疾走でそのミサイル達を間一髪で躱す。
それどころかその爆風を利用してジャンプした。
予想以上の加速がついたエステにバッタ達は対処できず、次々とハードナックルの餌食になった。

慌てた敵戦艦は慌ててアキの陸戦フレームに反撃、バッタもろともビームの雨に巻き込もうとした。
何とか躱しきったアキは近くのバッタを何機かサッカーのように蹴り込んだ。目掛けるは敵戦艦のフィールドの一点!
フィールドに接触したバッタをラピットライフルで撃ち抜き爆発させる。後から続いたバッタ達も巻き込まれるように誘爆した。
そして爆発の負荷に耐えられなかったフィールドはそこだけ欠落する。その一瞬を見逃さず、アキは陸戦フレームをその穴から突入させ、戦艦の胴体をぶち抜いた。

撃墜数 戦艦1隻、バッタ30機・・・・



ナデシコ・ブリッジ


「アキさん!!!」
アキトが思わず叫ぶ!
しかし彼の心配をよそに爆炎の中から現れたアキのエステバリスは健在であった。

「ユリカ、俺もエステで出る!出撃許可を!」
「え?ああ、エステバリス隊、アキさんの援護を・・・・」
アキトの声にはじかれるようにユリカは指示を出そうとする。

『いらないわ!!』
アキがその指揮を叱責する。
「でも一人じゃ・・・・」
『来るんじゃない!!あんた達なんて何人いたって屁の突っ張りにもならない。
 来られるだけ邪魔よ!!!!!!』
「そんな・・・」
『言ったでしょ?私は私の目的のために火星に来たって。
 だから邪魔しないで!!』
アキはアキトの感傷を一蹴した。



戦闘空域


アキの陸戦フレームは敵陣の中をその機動力を生かして縦横無尽に駆けずり回っていた。
敵の予測を上回り、無秩序に動き回り敵の隊列をかき乱していた。
しかし、アキのエステも無傷というわけにはいかなかった。
小さな被弾をするたびにナデシコのクルーたちの悲痛な叫びが聞こえた。

ギシギシ!!!!

「ちょっと無茶しすぎたかな・・・・」
アキは冷汗を垂らす。
ノーマルの陸戦フレームで機体制動の限界以上に操作を加えれば、酷使したアクチュエーター類が悲鳴を上げるのは当たり前だった。

ワイヤーフィストを打ち出す!
バッタの一機を破壊したが、限界に達したフィストはその衝撃と同時に崩壊した。

『アキさん!!』
アキトはエステバリスの片腕がもげたのを見て卒倒しそうな声をあげた。
しかし、それでもアキのエステは止まらない。

「ち!!!!!!」
既にコックピットには各部のモジュールから次々と警告信号を送ってくる。もう、この陸戦フレームは限界だった。
陸戦フレームはちょうど引っ掻き回してバッタたちが集団になったところをめがけてラピットライフルを乱射しながら突っ込んでいった!!

『特攻!?』
『やめて!!!』
誰かの悲鳴のような声がコックピットに響き渡るが、アキは無視した。

次々被弾する陸戦フレーム。

だが、その勢いが止まることはなかった。

ドン!!!

エステの足が打ち抜かれたのと同時に、エステはジャンプしてバッタたちの群れに飛び込んだ!!

ゴウ!!!

陸戦フレームはバッタ達を道連れに戦艦の近くで爆発した。戦艦も爆発の負荷に耐えられず誘爆した・・・。

撃墜数 戦艦4隻、バッタ58機・・・・



ナデシコ・ブリッジ


「アキさん!!」
ユリカが悲痛な声をあげる!!
「大丈夫、別の機体の識別が出てる」
ルリは慌てて報告する。ウインドウにその姿を映し出す。

「砲戦フレーム確認!!」
メグミの報告に一同ほっとした。

そうだ、アキは突入間際、アサルトピットを射出し、近くに隠しておいた砲戦フレームへ換装したのだ。その光景がルリによって再生されていた。
「冗談だろ?戦闘中にフレーム交換だ?」
リョーコは信じられないように呻く。
『ガイ君が一度あれをしようとしてね♪』
アキはウインクして余裕の姿を見せる。
「こら!!人のガンガークロスオペレーションを勝手に真似るな!!!」とガイが怒鳴っているが当然みんな無視だ。

『心配してくれるのはありがたいけど・・・
 出来れば一人でも多く火星の人達をナデシコに収容してくれるほうがありがたいんだけど・・・』
アキが戦いながら苦笑交じりにお願いする。

「そうでした!
 お願いします!!皆さんナデシコに乗ってください!!
 皆さんを無事に地球まで送り届けますから」
ユリカは地下の人達に繋がるウインドウに訴えかけた。アキトがおいてきたコミュニケを通じてだ。
しかし・・・

「我々は火星に残るよ」
ウインドウに映った代表者らしき老人の台詞は拒絶であった・・・。



戦闘空域


陸戦フレームでさんざん敵陣をかき回した上で、砲戦フレームによる砲撃戦を挑んだ。
歪な敵陣のお蔭か、アキのエステから放たれる砲弾とミサイル達は面白いように敵の誘爆を誘った。

『ワシらの為にそれだけしてくれるのはありがたいが、そっとしておいてくれ』
「・・・・」
『あんた達の艦だってあの木星蜥蜴の群れからは逃れられんのだ。
 どうせ死ぬなら火星の大地で死にたい・・・』

疲れ果てた老人の声
そしてその後ろに映る火星の生き残りの人達の姿。
あまりにも恐く、あまりにも辛く
見捨てられた憤りと、それ以上の絶望と
そしてナデシコさえ来なければあるいは蜥蜴たちが目こぼしをしておいてくれたかもしれない現状では仕方のない反応と言えたかもしれない・・・。

でも・・・・アキは彼等に同情などしていなかった。

「で?それであんた達は本当にいいの?」
『なにをだね。』
「このまま人知れず火星の地で埋もれてしまうことよ。」
アキの辛辣な声が辺りに響いた・・・

撃墜数 戦艦5隻、バッタ70機・・・・



コロニー地下・生き残り達の隠れ家


『はっきり言わせてもらえば、火星くんだりまであんた達を助けに来ようなんて酔狂な者は地球には後にも先にもナデシコしかいやしないんだ。
 あんた達のこと、地球人がどう思ってるか知ってる?
 既に存在が絶望視された人間、
 記憶の端からも忘れ去られた人間、
 そして生き返ってくれないほうがいい人間って思われてるんだよ?』

アキの辛辣な声が地下室に響き渡る。
あるものは唖然とし
あるものはその言い様に憤慨し
あるものは傷ついた。
それでもアキの言葉は続く。

『地球の人間達にとって、今さらあんた達に生きて帰って来られて恨みごとを言われても困るんだよ。ただつかの間だけ「ああ、可哀想に」って思い出して、自分の慈悲深さを確認して安心させてくれるだけの存在なんだ。
 彼等の心の中ではあんた達は不満も言わない、自分達の事も許してくれる、そんな都合のいい存在に成り下がってるんだよ。
 それでもいいのかい?』
「・・・・・・・・・・・」
しかし彼等は無言だった。

『本当に悔しくないの?
 火星に取り残されてどれだけ苦労したか!
 悔しいと思ったら悔しいと声をあげなければ誰にも伝わらないのよ?
 あんた達が声をあげなければ歴史にすら残らないのよ。
 苦労も悔しさも誰にも知られず取り残されて本当にいいの?
 自分達を見捨てて逃げ去った軍人達をぶん殴りたいって思ったことないの?』
アキの言葉は人々の心に突き刺さった。

でも・・・・

「・・・そっとしておいてくれ」
老人の口からついて出た言葉は既に戦うことに疲れた者の声であった。



戦闘空域


アキは語りながらも必死に戦っていた。
でも所詮は鈍い砲戦フレームだ。
弾が無くなってしまえば、唯の鉄の棺桶に成り下がる。

『残弾ゼロ』
そんなアラームがコックピットに響きわたる。
その隙を狙ってバッタ達が襲ってきた。
「ちぃ!!!!!!!!!!!!」
アキはカノン砲を取り外して棍棒のように振り回した!!

グシャ!!!!!!!!!

バッタを2、3機殴った為に砲台の部分が剥がれるが、そんなことおかまいなしにエステは次のバッタ達を殴りにかかる。
都合7度殴りつけたところでカノン砲は完全に分解した。
だが、アキのエステはそれでも止まらない。
砲戦フレームの巨躯を利用して平気で格闘戦を仕掛ける。

殴る!
蹴る!!

設計者からすればそんな使い方をされるなんて思ってもみないような戦い方をした。もしその光景を見たなら誰しもがこう呟くだろう・・・

阿修羅・・・と

撃墜数 戦艦7隻、バッタ135機・・・・



ナデシコ・ブリッジ


「アキさん、もう十分ですよ。
 彼等の為にそれ以上やってあげる必要なんてありませんよ」
思わずルリがそういう。
彼等はこの場から離れるつもりはないのだ。
アキがこれだけ頑張って時間を稼いでるにもかかわらず。
ルリにとってこれ以上彼等を助けてやるだけの義理立てをする理由を見いだせなかった。
しかしアキはこう言う。

『それは違うよ、ルリちゃん。
 誰のためでもない。これは私の戦いなのよ。
 何人の人達を地球に連れて帰れるのか?
 地球に一人でも多く連れて帰れれば私の勝ち。
 一人も連れて帰れなかったら私の負け。
 私はねじ曲げてみたいの。
 決して曲がらない定められた歴史というものを!!!!!』

アキにはわかっていた。
ここで火星の生き残りの人達が死ぬということを。
それは歴史の定めだ。
そういう風にしか歴史は流れなかった。

だからこそ
アキは挑戦しているのだ。
決して変わらない歴史を変えるために・・・



戦闘空域


既に砲戦フレームも限界に来ていた。
指はいくつかもげて何も掴めないでいる。
最後にワイヤーフィストを放ってバッタを1機沈めたが、それと同時に両腕は使えなくなってしまった。

「ち!!!次!!!!」
砲戦フレームが擱座する前にアキは次のフレームを呼び出す。
その瞬間、一瞬砲戦フレームの足が止まったところを狙いすませてバッタ達は襲いかかってきた。

「アキさん!!!!!!!!」
誰もが息を呑んだ。

しかし、一瞬早くアサルトピットは射出され、それを拾いに来たかのように飛来した空戦フレームに収容された。

バッタ達が崩壊する砲戦フレームに群がる間にアキは既に空戦フレームで目標を戦艦に切り替えていた。
限界ぎりぎりのディストーションフィールドを発生させて戦艦に突っ込む空戦フレーム!!
アキトが先程やったよりも遥かに華麗に、そして素早く敵戦艦のフィールドを食い破ってそのどてっ腹に風穴をあけた。

撃墜数 戦艦10隻、バッタ160機・・・・



ナデシコ・ブリッジ


「お願い!!
 お願いだから皆さんナデシコに乗ってください!!
 アキさんが頑張れているうちに!!!」
紙一重のところで戦いつづけるアキをみて、たまらずユリカは叫んだ。

彼女の努力は徒労に終わるかもしれない。
彼女なら火星の人達がナデシコに乗り込むまでああやって戦いつづけるだろう
彼女にとって運命への敗北は死と同義なのだ。
そして彼女が負けるということは・・・・
そう思うとユリカは胸が締めつけられるほど苦しかった。
だから悲痛な叫び声をあげたのだ。

その叫びは誰かの心に届いたのだろうか・・・・

「アマガワ・アキ、あなたはなぜあんな戦う気力もない人の為に命を捨てようとするの?」
イネス・フレサンジュはわからない公式でもみるようにアキに尋ねる。
『誰が命を捨てるって?』
「誰って・・・」
『勘違いしているようなら訂正させてね。
 私は戦う意思のない者の為に命を捨てるなんてまっぴらよ。
 でも運命に抗うつもりの人になら、
 たとえその力が無くても立ち向かおうとしている人になら力を貸してあげたい。
 ただそれだけよ!!!』

ただそれだけ
ただそれだけの思いが誰かの心に届いたのだろうか・・・

『わかった・・・何人かそちらに向かわせる・・・』
老人の重い口がようやく開いた・・・。



コロニー地下・生き残り達の隠れ家


老人は熟考した後、若者の一人に向かってこう言った。
「お前たちはあの艦に乗るといい・・・」
「なぜですか、長老!
 我々は共に火星で・・・・」

「・・・・あの艦に乗るということはある意味ここに残ることよりも辛いことかもしれん。
 あの艦が地球に辿り着ける保証などどこにもない。
 よしんば地球に辿り着けても我々を好意的に受け入れてくれるかどうかわからん。
 迫害されるかもしれん。
 でもあの嬢ちゃんが言うように誰かが声をあげて訴えなければいけない・・・」
「長老・・・」
「慕うな!ワシはひどいことを言っておるのだぞ?
 もうワシには戦う気力はない。この地でひっそりと死にたいと言っておるのだ。
 そして戦うという一番面倒なことをお前たち若い者に押しつけようとしておるのだ。
 それでも良ければ・・・・
 あの嬢ちゃんのいる艦に乗ってくれんか?」

老人の言葉をそれぞれが受け止めて反芻した。

その結果、決して多くはなかったが、ナデシコに乗ろうというものが現われた。
彼等は彼等なりの戦いをするために、
生き残るという以上の何かをするために・・・



ナデシコ・ブリッジ


「あ、ありがとうございます!!」
ユリカは思いっきり頭を下げた。
そして大慌てで全クルーに指示を飛ばした。
「皆さん、火星の人達の収容作業を急いでください。
 収容しだい、フィールドを張りつつ後退します!!」
そのユリカの指示の下、各クルーは行動する。

エステバリスのパイロット達はエステで地上に降りて、火星の人達の搬送に当たった。
ゴートやプロスらも揚陸艇ひなぎくを出して少しでもそれに協力する。
整備班のものも彼等の仮住まいを大急ぎで作り
ホウメイ達は炊き出しをする。
ジュンは彼等の指揮をとる。
ユリカは戦場に注視し、ルリとラピスはアキのサポートを続けた。

そして・・・・

「アキさん、火星の人達を収容しました。
 だからもう戦場を離脱してください!!」
ユリカは叫んだ。
しかしアキは笑ってこう答えた。

『んじゃ、こいつらをまとめて道連れにしますか♪』
「アキさん!!!!」
その言葉に誰もが悲鳴を上げた・・・



戦闘空域


「さぁ、これでラストよ!!」
アキは空戦フレームを乗り捨てて、今度はゼロG戦カスタムアマガワ・アキスペシャルに乗り換えた。

『アキさん、何考えてるんですか!
 やめてください!』
「そうはいっても、少しでもこいつらをそこから引き離さないといけないし・・・」
ユリカの叫び声にアキは笑って答える。

『さっき自己犠牲じゃないっていったじゃないですか。
 無茶しないって約束したじゃないですか。
 それなのに・・・』
「自己犠牲じゃないし、無茶でもないよ」
ルリの努めて冷静な、それでいて泣きそうな糾弾に、アキは誤魔化すようにそう言った。

『アキ・・・どこにも行かないよね?』
「ラピスちゃん・・・ちょっと帰ってくるの遅くなるけど、それまでルリちゃんの言うこと良く聞くんだよ。」
不安げに尋ねるラピスをアキはやさしく諭した。

『私にはあなたという人間が理解不能だわ』
「だから人間は面白いんじゃないですか♪」
イネスの言葉に笑うように答えるアキ。

『アキさん・・・俺まだ教えてほしいことたくさんあるのに・・・』
「大丈夫、君はもう自分で考えて立ち上がることが出来る」
泣きそうなアキトをアキは励ます。

「ずりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
アキはアキスペシャルのジェネレータを限界以上にぶん回した。
目に見えるほど強力なフィールド。
しかし、それは試作機だからこそ引き出せる能力だが、試作機ゆえの不安定さを孕んでいる。
機体は暴走気味に暴れ回った。

敵陣の中を縦横無尽に飛び回り、戦艦のフィールドを突き破って次々と破壊していく。
そして突き破りながら、ナデシコと反対の方向へ飛び去った。
木星蜥蜴達はナデシコに目もくれず、アキスペシャルを追いかけていった。

「さぁ、付いてきなさい!!!
 まとめて片付けてあげるから!!!!!!!!」
アキはレッドサインが鳴り響くエステをただひたすら敵をナデシコから引き離すために飛ばした。

『やめてください!
 これ以上ナデシコから離れたら・・・・』
ユリカは叫んだ。
もうすぐアキスペシャルはナデシコの重力波ビームの圏内から外れる。
そうなれば・・・・・アキの戦う力は・・・・

遥か彼方、
アキのエステと木星蜥蜴達が肉眼で確認できなくなるほど遠く離れて・・・

一際大きな閃光がアキたちの飛び去った方角から巻き起こった・・・。

「アキさーーーーーーーーん」
アキトは泣きながら叫んだ。

「敵影消滅・・・・
 アキさんのエステの反応、消えました」
シーンとなったナデシコのブリッジにはルリの淡々とした報告だけが響いた。



ナデシコ・アマガワ・アキの自室


ナデシコは現在、ユートピアコロニーを離れて安全圏まで後退していた。
無傷ではなかったものの、あれからいくつかの戦闘を行い、ようやく一息つけるようになっていた。

その後、まるで本当の葬式のようにシーンと静まり返るナデシコの艦内で、
ユリカ、ルリ、ラピス、アキトはアキの自室に訪れていた。

「こうしてみるとなんにもないですね・・・」
ルリがボソッと呟く。
その部屋にはナデシコ側で用意した支給品ぐらいしかなく、私物はほとんどなかった。

コップ、シャンプー、歯ブラシ
毛布、タオル、枕、ペン、消しゴム
味も素っ気もないどこかの安ホテルでも置いてそうな物ばかり
普通なら自分の好きな柄の物を持ち込むだろう
そんなもの、ここには何もなかった
だから・・・この部屋に別の人間が住んでいた、と言われれば誰も疑わないだろう。
それほどまでにこの部屋にはアマガワ・アキという人物の個性は残されていなかった。

そう、その部屋の主がいなくなったという事で改めて気づかされる。
『本当にアマガワ・アキという人物は存在していたのか?』と。
それほどまでに彼女の存在は淡く、不確実な存在だった。

「ねぇ、アキト・・・アキさんは勝ったんだよね?
 アキさんの言ってた運命に・・・」
「勝ったよ。火星の人達だって、全員じゃないけど救えたし・・・」
ユリカの問いにアキトはそう答えた。しかし心が納得しているわけじゃない。
「でも勝てたって言えるんですか?」
アキトの気持ちをルリはズバリと言い当てた。
「死んじゃったら何にもならないじゃないですか。
 これからアキさんがやろうとしていたことだって出来なくなるんですよ・・・」
ルリは辛辣な言葉を紡ぐ。
悪意からではない。
彼女自身、納得できないのだ。

これが彼女の戦いの結末か?
これで彼女の言う運命が本当に変わったのか?
彼女が不在の世界で?

やり切れなさがみんなを包んだ。

「アキ、帰って来ないの?
 さっきアキ、帰ってくるって約束してくれた!」
「ラピス・・・」
泣きそうな顔をしてルリに泣きつくラピス。
それをアキトは頭を撫でて諭した。
「大丈夫だよ、アキさんは必ず帰ってくる・・・」
「アキトさん・・・・」
望みのない希望だけを持たせても仕方ない、そうルリの瞳はアキトを非難していた。
しかし、アキトは少し苦笑しながらも笑って答えた。

「なぁに、あのアキさんの事だ。
 『ああ、疲れた〜〜』とか言ってひょっこり帰って・・・」
「ああ、疲れた〜〜〜」
「そうそう、こんな風に・・・・って、え?」
アキトは自分で言っておきながら、聞き覚えのある声に驚き振り向いた。
みんなも一斉にその方向に向く!

「しっかし、火星の大地って埃っぽいたらありゃしない。
 お蔭で服の中まで砂ジャリジャリよぉ。
 気持ち悪くて仕方ないわ・・・・・」
振り向いた先にいたのは・・・
脱力しながらトボトボと歩いて部屋の中に入る汚れた姿のアキであった。
「・・・・・・・・・・あ、アキさん?」
「ああ、アキト君の自転車借りたわよ。
 砂まみれにしてごめんね」
「・・・それはいいんすけど」
「それにしてもエステの落っこちた場所から自転車漕いで帰るのって大変なのね。
 自動車に追いつこうってのは昔やったことあるんだけど、
 さすがにナデシコに追い付くのは至難の業だわ・・・」
ボヤくアキをみんながまるで金魚のように口をポカーンと開けて見ていた。

「アキさん・・・・」
「なによ、みんなして人をじっと見て!
 っていうか、わたしの部屋でみんな何してるの?」
「なにって・・・」
「それよりもわたしシャワー浴びてさっぱりしたいんだけど、
 よかったら出て行ってくれると・・・」
「アキさ〜〜ん!!!!!!」

抱き!!!

アキがその台詞を最後まで言う前にみんなアキに抱きついた。

アキ「ちょっと、どうしたのみんな〜〜!?」
ユリカ「バカバカ、心配したんですよ!!」
ルリ「何でこの人はあれだけ盛り上げておいて、何事もなかったように帰ってくるんですか!!」
ラピス「もう、離れちゃイヤ!」

抱きつかれて、ワンワン泣かれてアキは困りながらも、少し嬉しそうに微笑んだ。

「アキさん・・・・お帰りなさい」
「ただいま」
アキトの言葉にウインクをして答えるアキであった。



同・しばし後


みんなが落ち着いてから、アキトはアキに尋ねた。
「アキさんは運命に勝ったんですよね?」
「・・・それはどうかな?」
アキの答えは意外なものだった。
「どうしてです?
 火星の人達は連れて帰れたし、アキさんも生還できたし・・・」
「それは違うよ、アキト君。
 私達はまだ火星から脱出できていない」
「でも・・・」
「まだ何も変わってない。
 彼等が声をあげ、そして地球の人々の気持ちを動かさない限り、勝ったことにならないのよ・・・」
その言葉の意味するところが、正直アキトにはよくわからなかったが、アキトはアキの目指す未来というものを見てみたくなった・・・・

歴史は大きな川の流れだ。
誰かが川に石を投げ込んだとしても波紋はすぐに収まってしまう。
でもアキが救ったのは人間だ。
その人達の訴えるモノが人々の心に届くものなら
ひょっとしたら運命は変わるかもしれない。
その時こそ、アキの本当の勝利なのである・・・



ポストスプリクト


ということで黒プリ6話をお届けしました。
既に行数オーバー気味なので手短に。

今回のお話しは2話ぐらいを考えていたときから漠然と考えてました。
確かにブラックサレナなどを持ち出せば簡単なのかもしれません。
そっちのほうが主人公至上主義者の方達にも満足してもらえたのかもしれません。

でも私がこの作品で表現したかったのは
一人の人間の抗うことなどほんの些細な力だということ
でもそんな小さな力でも抗えばひょっとしたら大きな力になるのではないか?ということ。
そしてそれはやがて運命も変えることが出来るのではないかということです。

だから、ストーリーはTV版から大枠外れません。
でも歴史は変わらなくても人のありようだけは変えられるのではないか?
そんな挑戦をこの作品はします。それでもかまわなければ応援してください。

ということでもしもおもしろかったなら感想をお願いします。
次回は8万ヒットぐらいでお会いしましょう。

では!

Special Thanks!
・みゅとす様
・梟 様
・ふぇるみおん様
・劉季周様
・カバのウィリアム様
・英 貴也 様