アバン


「ごきげんよう」
そんな挨拶がなされる、そこは私立リリアン女学園。
それがこのお話の舞台。
桜が咲き、つぼみが立派な大輪の薔薇の花を咲かせる頃、黄色い薔薇だけが物憂げに咲いていました。

それは4月。出会いと別れの季節でもありました。



マリア様がみてる
黄薔薇前線



3年松組教室


4月になり新しい主達を迎えて既に数日が経過したある朝の教室。
今日も少女達が朝の挨拶をしていた。

「ごきげんよう、紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)」
「ごきげんよう、蔦子さん。でもなんかこそばゆいよ。今まで通り祐巳って呼んで」

未だに紅薔薇さまと呼ばれる事がこそばゆい祐巳が照れる。

「あ、その表情頂き♪」
「ちょっと」

相変わらずカメラ命の蔦子に呆れる祐巳。
しかし百面相の祐巳には別の表情が浮かび上がっていた。

「ふむ、笑顔とテレの中にも憂い顔。祥子さまのいない学園生活にまだ慣れてないってところかしら」
「まぁ、それは少しはあるかもしれないけど・・・」

ウソではない。
祥子との別れを少し寂しく感じている。しかし姉妹(スール)の縁が切れたわけではない。
紅薔薇さまになった以上、寂しさにかまけているわけにもいかない。

「なるほど。心配事があるというわけね。しかも自分のではない」
「蔦子さん、何でわかるの?」
「祐巳さん、紅薔薇さまになるんだからもう少しポーカーフェイスというものを覚えた方がよろしくてよ。
 でもまぁそこが祐巳さんの良いところでもあるのだけれどね」
「あははは、また顔に出てた?」
「いえいえ。でもカメラマンの眼力を見くびってもらっては困りますわ」

成り立ての薔薇さまはその視線の先を隠す事に失敗したようだった。
蔦子がそっと視線を巡らせた先、そこにいたのはこれまた成り立ての黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)である由乃である。

「・・・ふぅ」

頬杖をつき、窓辺を眺めて物憂げな表情で溜息をつくさまは、まさに美少女。
普段のイケイケ少女でも、猫かぶりで物静かな少女の顔でもなかった。

「恋煩いと見た」
「蔦子さん〜」
「深刻そうね」
「ええ」

蔦子の推測はかなり当たっている。
祐巳は同じ薔薇さまになった親友の心あらずな状況を少し心配するのであった。



翌日の早朝。薔薇の館


朝早くから紅薔薇姉妹と白薔薇姉妹が薔薇の館に集まっていた。
その場に黄薔薇姉妹はいない。といっても黄薔薇さんちは目下由乃1名であるので姉妹とは呼べないのだが。

黄薔薇さまがいない理由はまさにこの緊急会合のメインテーマに関わっている。

「クラスでもそんな調子なの」

祐巳の説明に一同は溜息をつく。

「それって菜々ちゃんがらみですか?」
「まぁそんな感じかな」
「え〜〜由乃さま、まだ菜々さんを妹(スール)にしていなかったんですか!?」
「らしいよ」

白薔薇のつぼみである乃梨子と紅薔薇のつぼみである瞳子の質問に答える祐巳。
そう、どうも原因は由乃の妹問題にあるようなのだ。

有馬菜々

黄薔薇さまの片思いの相手であり、今年新入生として高等部に入学してきた。
ずっと妹が見つからなかった由乃がようやくこれと見つけた少女だったのだが、彼女は残念ながら中等部三年生であり、しかも前黄薔薇さまであった支倉令の剣道のライバル田沼4姉妹の末っ子なのである。
由乃さん自身はこの子を妹にすると決めている節があるのだが、それを菜々ん本人に明確に意思表示をしていなかったらしい。何となく向こうもそんな感じを感じ取っていたみたいではあるが・・・

「で、まだロザリオを渡していないと」
「蔦子さん曰くそれ以前の問題らしいわ」
「それ以前とは?」
「入学してから声もかけていないらしい」
「まぁ!黄薔薇姉妹は即断即決かと思っていましたわ」
「でも由乃さん自身はあまりこの手の事で悩んだ事はなかったらしいし」

妹の言葉に苦笑する祐巳。親友の気持ちもある程度わかる。

由乃は基本的にロザリオの授受を経験していない。
いや、令からロザリオは受け取ってはいるが、それは彼女の中では既定事実として積み上がっていたものだ。令と隣同士に生まれ、当然のごとく姉妹同然として育ち、高校に上がったらスールの契りを結ぶという暗黙の了解があった。
その為、祐巳や瞳子、志摩子に乃梨子の様に白紙の状態から知り合い、気持ちを近づけ、そしてスールの契りを交わすというプロセスを経ていない。ドキドキとは無縁とは由乃の言葉である。

「なるほど、つまり由乃さまは臆病になられているのですね?
 情けないですわ」
「つい最近まで臆病だった瞳子に言われたくないと思うけど」
「乃梨子の意地悪!」

つい最近まで素直にぶつかってくる祐巳に本心隠しまくりで逃げ回っていた瞳子に他人の事は言えない。

「でも私達が由乃さんの妹問題に首を突っ込むのは問題があるのではなくて?」

由乃と菜々の仲に介入する事に白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)が難色を示す。

「でも志摩子さん、もうすぐマリア祭ですよ。由乃さまが気の抜けた状態だと支障がありますね」
「去年の白薔薇さまと乃梨子の様に?」
「瞳子!」

瞳子の言う事はわかるが、やはり乃梨子も志摩子さんの意見に賛成のようだ。白薔薇姉妹には今の由乃の気持ちがイヤというほどわかる。なぜなら去年の自分たちの姿にダブるから。

「でも去年は瞳子達がいらぬお節介をしたおかげで色々解決したのではないでしょうか?」
「まぁ数パーセントぐらいはありがたかったけど」
「数パーセント?それっぽっちですの!?」
「いや、まぁ〜それは・・・」

瞳子の追求に乃梨子も少したじろぐ。
白薔薇姉妹は結果的には瞳子を初めとする山百合会みんなのお節介で良い方向に向かったカップルだ。誰かが背中を押してあげないと進めない場合もある。とはいえそれが由乃と菜々にも当てはまるとは限らない。

「私は出来たら由乃さんの力になってあげたいんだけど、志摩子さんは反対なのよね?」
「反対という程じゃないけど・・・」

志摩子、保留
乃梨子、お姉さまの決定に従う模様
瞳子、積極賛成
つまり祐巳の判断次第という事か・・・

結局、当人達の気持ちをそれとなく探ってからちょっとだけ余計なお世話を焼く事に決めるのであった。



放課後。薔薇の館


今日はマリア祭の中でも山百合会が主催する一年生歓迎会の打ち合わせを行う事になっていた。
もちろん、紅薔薇、白薔薇、黄薔薇ファミリー勢揃いでもある。

「と、いうことでそれぞれの手配は私がします。乃梨子、手伝ってね」
「わかりました。お姉さま」
「で、今日一番決めたい議題なんだけど・・・」

由乃は志摩子と祐巳の議事進行を上の空で聞いていた。

「由乃さん」
「え?なに?」

呼ばれていたのにようやく気づいたようだった。

「だから議題」
「ゴメンゴメン。それで良いわよ」
「って、まだ私何も言ってないよ」
「あ、ごめんなさい・・・」
「もう由乃さん、しっかりしてよ。由乃さんに絡む話なんだから」

祐巳がたしなめると由乃は慌てて姿勢を正した。
溜息をついて祐巳は議題を進める。

「えっとおメダイ贈呈でアシスタントが必要だけど、今年も応援を頼もうと思って」
「応援?」
「もう、去年志摩子さんが真美さんに応援を頼んだでしょ?」
「ああ、そうだったわね」

おメダイ贈呈は三人の薔薇さまがそれぞれ行うが、それを補佐してもらう人間が必要となる。通常は薔薇さまの妹たる薔薇のつぼみ達が当たるのだが、去年は2年生で白薔薇さまになった志摩子に妹がいるはずもなく、代わりに新聞部の真美に応援を頼んだ経緯がある。

そして今年薔薇さまに妹がいないのは由乃だけなのだ。

「ごめんなさい、私に妹がいなくて」
「別に責めてるわけじゃないわ。でも、今年も誰かに応援を頼む必要があるわけで、誰が良いかを相談したいの」
「今年も真美さんで良いんじゃない?」
「乃梨子ちゃんや瞳子ちゃんと並んで三年生の真美さんにアシスタントしてもらうの?
 それはさすがに不格好じゃない?」
「あ、そうか・・・」

去年は白薔薇さまたる志摩子が二年生だとしても同じ二年生の真美にお願いして問題なかった。
けれど今年黄薔薇さまたる由乃は3年生。他の薔薇のつぼみは2年生なのに混じって3年生の真美がまたアシスタントをするというのはどうにも不格好だ。

「まぁ由乃さんがどうしても真美さんが良いというならお願いしてみるけど。アシスタントしてもらうのは由乃さんなんだし」
「いえ、ごめんなさい。それ却下して良いよ」
「じゃ、2年生から誰か探すって事で・・・無難なところで可南子ちゃんかな」
「また?」

細川可南子
かつては祐巳の信奉者にして可愛さ余って憎さ百倍というのを地でいった当時1年生。まぁその辺りは色々あったのだが、その関係もあって何かと山百合会の仕事を手伝ってもらっている。ついこないだも前薔薇さま達の送別会を手伝ってもらった。
最近はバスケット部で活躍中なのであまり無理は言えないのだが。

「あまり可南子ちゃんばかりに頼るのも悪いわねぇ」
「由乃さんはイヤ?」
「イヤじゃないけど・・・」
「菜々ちゃんに見られるのがイヤとか」
「気の回し過ぎよ、祐巳さん」

いつも以上に祐巳の鋭い追求にたじろぐ由乃さん。

「背の高い可南子ちゃんなら、令さまの代わりに由乃さんの隣に並んでも遜色でしょ」
「まぁ、由乃さまはそれを気にして・・・」
「そこの紅薔薇姉妹、考えすぎだって」

祐巳と瞳子の妄想を由乃は全否定する。

「じゃ異論がないようなので取りあえず可南子ちゃんにお願いするって事でOK?」
「まぁ、別に良いわよ・・・」

由乃は渋々承諾する。

「じゃ瞳子ちゃん、可南子ちゃんにお願いしてきてね」
「わかりましたわ、お姉さま」
「じゃ、ということでマリア祭頑張りましょう」

まぁ、アシスタントが可南子ちゃんになるぐらい・・・とぼんやりとした頭で由乃は考えているよう。

『由乃さん、ごめんなさい。
 上の空の間に色々決めさせてもらいました。』

祐巳は心の中で親友にそっと謝るのであった。



翌日。2年椿組の教室


翌日、さっそく瞳子は可南子にマリア祭のアシスタントの打診を行った。
ちなみに、今年も瞳子、乃梨子、可南子はほとんど持ち上がりで同じクラスとなった。

「ということなんですけど、引き受けて下さる?」
「・・・正直気乗りしないわ」
「そんなつれないですわ」
「単なるアシスタントではないのでしょ?」
「可南子さん、鋭いですわね」

まだ瞳子が用件を言っていないのに可南子は大体の理由を察したようだ。

「まぁ去年のマリア祭みたいな事をさせられると知っていたらねぇ。
 で、今年もまた瞳子さんが大芝居でも打つの?」
「いえ、どちらかというとあなたが」
「私がやるの!?」
「というか、どっきりの仕掛け人をやってもらうために可南子さんにお願いしているのよ」

おしまい。




お久しぶり。EXZSです。

前作(いといそがしき日々りたーんず)を書いた後、勢いで書いたものの、ここで止まっていたりします(汗)
続きは何となく考えているモノの、上手く纏まらないのでこのままで止まるかもしれません。
まぁその時はそのときということで(汗)

続きはもうしばらく(どのぐらい?)お待ちを

では、ごきげんよう。