4/4 「ネコのミヌース」(日本語吹き替え版)を観てくる。

 とある夜のこと、バラの香りの芳香剤のエキスのラベルを貼られたドラム缶を満載して走るトラックの前に、一匹のネコが現れた。あぶないところでネコをよけたトラックは、荷台から一本のドラム缶を落としてゆく。そして興味津々にドラム缶に近づいたネコが、ゆるんだフタから漏れ出した中身をなめてしまう。しかしそれは、バラのエキスなどではなく、劇薬だった。新聞記者のティベは、内気な性格から満足な記事を書けずにいた。今日も事故現場へと自転車を走らせたものの、現場の誰に声をかけても相手にしてもらえない。取材をあきらめ、馴染みの魚料理スタンドに立ち寄って帰ろうとした時、犬に吠えられて木に登り、降りられなくなってしまった女性を見かける。彼女を助けようとしたティベだったが、自分が転んだひょうしに、女性は身軽に気から飛び降りてしまった。そんなささやかな出来事を記事にしようと思ったティベだったが、テープレコーダーを出している間に女性は立ち去ってしまう。意気消沈してアパートに戻り、大家さんの娘で一番の友達、小さなビビと食事をしたあと、妙な物音に気づいてテーブルの下を覗くと、そこにはなんと先の女性がゴミ箱から魚の骨をあさっていた。そして、彼女から話を聞くと、なんともともとはミヌースと呼ばれるネコだったが、ある日突然人間になってしまったという。町のことをなんでも知っているミヌースと彼女の仲間のネコたちからの情報を元に記事を書き始めたティベは、スクープを連発して町一番の新聞記者となった。最初はティベとミヌースの仲にご機嫌斜めだったビビも、ミヌースの秘密を知ってからは意気投合。しかし、そんな平和なある日、町一番の実業家で功労者、エレメートが起こした事故と彼のいじわるな一面を知ったミヌースは、本当のことをティベに書かせるのだが、誰も信じてくれないその記事が元でティベは会社をクビになってしまった。エレメートを懲らしめ、ティベを助けようと決心したミヌースと町中のネコたち、そしてビビは、ネコ会議を開いて立ち上がるのだが…。

 ストーリーもキャラクターたちも、とにかくキュートでほのぼの、それでもドキドキワクワクな小さなファンタジー。ネコの視点に立った演出とカメラワークで描かれる映像は、とても自然で優しいもの。人間になったミヌースの視点であっても、きちんとネコの見ている世界としてとらえられています。これにより、ミヌースを演じるカリス・ファン・ハウテンのネコらしい演技によるものだけではない、人間になってしまったネコのおとぎ話としてのリアリズムが雰囲気たっぷりなものとなりました。そして全ての役者がこの物語への愛情たっぷりに役をこなし、オランダの片隅で起きた小さな事件に説得力を与えています。弱気なティベも元気なビビも、彼等を取り巻く人たちももちろんですが、悪役エレメートを演じるピエール・ボクマの小技の効いた悪そうな演技が、ミヌースのドタバタにほのぼのとしがちな物語を引き締めています。エレメートも偽善者というほど根っからの悪人には見えませんし、ただのネコ嫌いであるようにも思えるのですが、だからといって中途半端に描いてしまうとミヌースたちまでもが引き立たなくなってしまいますからね。なのでネコの虐待シーンが必然になってしまいましたが、決してとんでもないことにはなっていませんのでご安心を。あっと思うシーンであっても、全てがその後のミヌースたちの活躍の、ドキドキハラハラにつながっています。特筆すべきは、全てのネコのシーンが本物のネコだと思われ、多少のフィルム加工は見られるものの決して不自然さや擬人化が見られなかったこと。芸をしにくい彼等の演技指導は並大抵の忍耐ではなかったことでしょう。

 また、クライマックスにもひとさじのスパイスがふりかけられており、エレメートを懲らしめる場面にネコどころかミヌースがいないあたりにおや? と思わせておいて、ラストでもう一幕のお話しを演出しているのです。このひとさじの加減は、どうすれば話を面白くできるかをよく判っている脚本のなせる技ですね。ここからエンドロールの出るまでの数分間、いかにも古いフィルムらしい映像によって実に暖かみのあるまとめ方をしています。そんな感じで物語としても映画としても完成度は高いのですが、83分という短時間に収めるためなのか、説明、描写ともに少々不足している部分が散見されるのが惜しまれます。

 ミヌース役のカリス・フォン・ハウテンを吹き替えた室井滋は確かにうまいものの、ちょっとつぶれ気味の声質がややイメージとは合っていません。オランダ語の発音そのものがあまりきれいな響きではないのですが、本人の声はもっと澄んだ声質です。しかし、それは決してこの作品のおもしろさに影響するようなことはありません。ちなみに、エレメートを吹き替えた高宮俊介は役にはまりすぎなほどぴったり合っていました。

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