3/1 HOLD FAST「マスター・アンド・コマンダー」を観てくる。

 1805年、大西洋アフリカ沖。ヨーロッパを手中に収めんとするフランス皇帝ナポレオンの命を受けた一隻の新型軍艦アケロン号は、略奪を繰り返しながら太平洋を目指していた。フランス軍の脅威にさらされていたイギリスは、高名な指揮官ジャック・オーブリー艦長の軍艦サプライズ号に、アケロン号追撃を命じる。しかし、性能、装備ともに優るアケロン号の前に、サプライズ号は数度の敗走を繰り返し、多数の死傷者とともに弱冠12歳の士官候補生ブレイクニーは片腕を失ってしまう。さらには無風による航行不能と水不足による災難にも襲われてしまった中、迷信深い船乗りたちの不安は、偶然にもアケロン号襲撃の日にばかり当直を勤めていた若い士官候補生ホロムに向けられ、不穏な空気は悲劇を招いてしまう。やがて、風が吹き始めたものの愚かな事故によってケガをした船医スティーブンの治療のためにガラパゴス諸島に立ち寄り、イギリスに引き返す決意をしたジャック艦長だったが、島内の自然を調査していたスティーブンとブレイクニーの二つの発見によって、アケロン号に勝利するための奇策を思いつく。

 これぞまさしく本物の帆船海洋スペクタクル。見所となる航海生活と砲撃戦の描写は、いっさい手を抜かずにリアルそのもの。帆船に関する用語や航海術などの説明はほとんどないため、予備知識がないと突き放されてしまうような印象を受けますが、それほどまでのこだわりはわからないという不快感よりもいっそすがすがしい潔さを感じます。嵐の海などにはもちろんCGIを駆使しているのでしょうが、それをみじんも感じさせない迫力ある映像と、帆船のもっとも素晴らしい見せ方を押さえたカメラワークには圧倒されました。幼少期の私がとある本の中に見て夢描いたものが、そっくりそのまま映像化されています。この映像と重厚な劇判の中で描かれる、嵐にもまれ、敵船と交戦し、時には辛い決断を迫られ、時には豊かな生活物資を補給して一時の平和をおう歌する、命懸けの航海と任務遂行をする帆船と船乗りたちのなんと荒々しくも生き生きとしていることか。確かに少年が乗船しているものの、別に人手が足りないなんてトンチキなことではなく、彼等は立派な仕官候補生であり海に生きる男たちなのです。本作の本質とはかけ離れた宣伝文句を真に受けて少年の活躍を目当てにしてきた観客は、決して彼等の中に幼さを見ることが出来ないどころか、彼等を襲う命懸けの数々の嵐に衝撃を受けることでしょう。確かに容姿端麗なのでいろいろな見方はあるでしょうが、本作のドラマ同様、虚飾も容赦も彼等には無縁なのです。まあ、そんな堅い講釈はとりあえずおいといて、美少年萌え〜な方々には、マックス・パーキス演じるブレイクニーとマックス・ベニッツ演じるカラミーの二人は見逃せませんよ。それに何といっても、どちらの活躍も悲劇もこの作品の大きなポイントなのですから。「ロード・オブ・ザ・リング」でピピンを演じたビリー・ボイドも大きなサイズで頑張ってますが、作品の中では小柄なのでどうしてもホビットに見えてしまうのはご愛嬌。

 とまあ褒めちぎったところで、小さなシチュエーションのいくつかには気になる部分があったのもまた事実。話の中にネルソン提督を出したのは、あまりにも有名な彼の知名度によってジャック艦長をより引き立てるためなのでしょうが、これはちょっとよけいだったように感じられ、読書好きのブレイクニーに渡した本にはわざとらしさが滲んでしまったのが残念。まあ、ジャックがネルソンにひいきにされたわけではありませんが、本作の頂点に立つジャックよりも上の人物を中途半端に出してしまうのは感心しませんね。そして、本作の視点をサプライズ号からのみに絞ったのはいいのですが、敵船の艦長がきちんと敬意を表しているくだりがあるのですから、もう少し戦闘の中で交流するものを描いてしかるべき。そうでないと、アケロン号がただの蛮族に見られてしまうかもしれませんよ。さらにラストの一幕、「戦闘態勢で」の一言には首をかしげざるを得ません。もちろん戦闘態勢をとらなければならない理由の想像はつきますが、これだけ濃い作品のラストに曖昧なシチュエーションを持ってくるのはいかがなものでしょうか。

 さて、私が思いをはせたイラストはこの下にくっつけておきますが、もう、これだこれだ、これが帆船戦なんだよー! と小さな声で叫ばずにはいられませんでした。という思い入れも含めて、ガラパゴス諸島でエンターテイメントのロケをするという驚異的な仕事が含まれる本作、ぜひとも劇場に足を運んでスケールの大きさを全身で感じていただきたい傑作です。

上野毅八郎・画、杉浦昭典・監修、1976年出版「世界の大帆船」より「ボンホーム・リチャード号」

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