2/8 蚊帳一枚「嗤う伊右衛門」を観てくる。

 時に流されるがままに生きてきた浪人、境野伊右衛門は、乞食行脚の又市の紹介で民谷家に婿入りする。妻となったお岩は患った疱瘡がもとで半顔がただれてしまっていたが、凛とした気丈の持ち主。寡黙で誠実な伊右衛門はそんなお岩と衝突を繰り返すが、いつしかお互いになくてはならない絆が結ばれた。しかし、民谷親子に恨みを持つ筆頭与力、伊藤喜兵衛は、伊右衛門の上司という立場も利用して民谷家への意趣返しを企んでいた。

 ええと、なんですかこの絵作りは? コントラストが弱く、彩度が浅く、ピントが甘く、ちらつきが多く、もう目に優しくないったらありゃしない。ひとつのショットで突然絞りが変わったように明るさが変わるなんて言語道断。もしかしてビデオ撮り? しかも暗いシーンでは本当に暗くてよく見えず、ひどいところでは誰が何をやっているのかさっぱりわかりません。意図してトーンを変えたのではないのは明らかで、シャドウのしまりが全くなく、黒がグレーになっちゃってるよ。これ、ろうそくや油の明かりを活かしてリアルさを出そうとしたのかもしれませんが、薄暗がりでも目だけははっきり見せるといった、視覚効果というものがまるで考えられていません。また、昼日中のシーンは結構はっきりとした色調になっているので、全体に統一された色彩設計が感じられないのも残念。もっとも、昼間でも暗くなっちゃったら目も当てられませんけどね。それに、パイプオルガンとトランペットの劇判がいまいちしっくりと合いません。曲数も少なく、特にちょっとエッチなシーンになると必ず流れるトランペットのソロは、劇判というよりもただの音響、効果音になっています。テレビドラマ「鬼平犯科帳」にジプシー・キングスをあてるぐらいのセンスが欲しかったっですね。そして時代が変わるラストの映像は、意味が見いだせないので全くの蛇足。ミスマッチも結構ですが、雰囲気を壊しちゃダメでしょう。

 これに対して、舞台の幅とポイントをきちんと押さえたフレーミング、落ち着いた視点のカメラワーク、少々硬いものの滑舌のはっきりしたセリフ、動きも表情もはっきりとわかりやすい演技は秀逸。これらはおそらく舞台演出を念頭に置いているのでしょうが、落ち着きの中にも動きのあるカット割りは映画ならではの上手い見せ方をしています。感情を抑えつけ、目だけで全てを表現している唐沢寿明の伊右衛門、感情をあらわにし、体全体で大きな表現している小雪のお岩。この対極の間をつなぎ、さらに昇華させている個性豊かな脇役たちと、対照と役割のかき分けも見事です。インチキでありながら妙に哲学的な行脚を演じた香川照之が竹中直人に似ているなというのはさておき、コメディーリリーフを一人で引き受けた六平直政が、良い意味での奇っ怪なインパクトがありました。そんな演出でもひとつ気になったのが、同じシーン内でコロコロと変わるメイク。白くなったり苔むした色になったり、心情を表現しているのはわかりますが不自然でした、というより気色悪かったよ。また、よく知られた「四谷怪談」をベースにしていながらまるで違う話に仕立て上げられた脚本は、ホラーを期待すると拍子抜けするものの、暗い人間ドラマとしては散らかすことも投げっぱなしになるところもなく、きちんとまとめてあります。言葉の端に上るだけの人物や、あんた誰? などちょっと説明不足な部分は散見されますが、キャストを絞ったのもおそらく舞台風を持ち込んだのでしょうし、相関図は想像できるのであまり気になりません。ただし、エロスとラブストーリーは宣伝ほどではないのが残念。もっと毒々しい愛憎地獄図絵が繰り広げられるかと思いましたが、どの役の気持ちも理解できてしまうので意外にあっさりした感じ。その代わりかもしれませんが、痛くて厭なシーンがいくつかあるので、人体破壊が嫌いな向きはご注意を。

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