1/21 狐狸霧中「リクルート」を観てくる。

 マサチューセッツ工科大学の優秀性ジェイムズ・クレイトンは、コンピュータープログラムの技術を活かして大手コンピューター企業へと進路を定めていた。しかし、CIAのリクルート官ウォルター・バークが行方不明になったジェイムズの父親をネタにCIAへの採用を持ちかけてきたことから、CIAの採用訓練を受けることにする。自分の五感をも信用するなという肉体以上に精神的に過酷な訓練をパスしてゆくジェイムズは、どこまでがテストでどこからが現実なのかを把握できなくなってゆくのだが、バークはひとつの重要な任務を与えるために彼を訓練していたのだった。しかし、さらにその裏には裏が…。

 あまりに騙し合いとどんでん返しの連続が多くて、観ているこちらも全てを信じられなくなるというあたり、スパイ映画としては見事に成功しています。しかし、当然全ての出来事や思惑を疑ってかかってしまうため、物語が進むほどに驚きが失われてしまうという、まるで策士策におぼれるといった弊害が出てしまいました。さらに、ひとつひとつのエピソードは確かにぴりぴりするほどの緊張感が伝わってきますし、結末も納得できる仕上がりなのですが、全体をつらぬく線があまりに細すぎるのが残念。ジェイムズが父親を探し続けているのはわかるのですが、どんな感情を抱いているのかがまるで描かれていないために、なぜCIAの採用訓練を受ける気になったのか、ほぼ半日で決断しなければならないという時間制限があるとはいえそこまでにどんな苦悩があったのかがまったく伝わってこないと、出だしから失敗しています。そしてCIAスクールでの情報量があまりに多く、展開も早いために観ているこちらの目が回ってしまうのも減点。後々へのつながりが薄い部分はカットして、他へ時間を割くかもう少しゆっくり展開させてもよかったんじゃないかな。何しろ、この作品で決定的に欠けているのが、時間経過なのです。訓練そのものにどれくらいの日数がかかったのか、拷問に何日耐えられたのか、訓練から実務配備まで、さらには実務配備から任務までやら任務そのものに何日ぐらいかかっていたのか、もっと大きなことを言えばこの作品はいったいどれくらいの期間の話なのかがまるでわかりません。常識で考えても数週間から数ヶ月、あるいは年単位はかかりそうなものですが、話が早すぎてほんの数日の話に見えてしまいます。これではいくらリアルに話を組み立てても、信憑性そのものが失われてしまうでしょう。もっとも、ジェイムズがCIAというより不審者にしか見えないほどにおどおどしていたことから、実はほんとに短い期間の話ではないかとも思えるのですが、どうなんでしょうね。

 多数のエピソードに込められた真実と虚実の掛け合いは、どれも実にスリリングですし、それぞれに少ない登場人物によるポイントを絞ったストーリーでうまくまとめてあるだけに、何も信じられないことを信じさせるだけで物語としての本流が見えてこない、もしくはラストのどんでん返しひとつでまとめてしまうだけ、まさかとは思うけどCIAってこんな訓練をしているんですよという紹介だけでは、あまりにもったいない作品でした。観客をどこかできちんと信じさせていないと、良い意味で裏切ることはできませんよ。たぶん誰もがあの人を信じ続けるだろうという思惑があったのでしょうが、僕は端から信じられませんでした。だって自分で信じるなっていってるんだもの。まあ、踊らされているジェイムズの心境は信じられるから、彼に感情移入できればこの作品は十分に堪能できるでしょう。でも、彼の背景が弱いってのは致命的。どうせなら自信満々な優等生が軽い気持ちでCIAにやってきたら、そこはとんでもなく過酷でしたって設定にすればよかったのに、それじゃコメディーになっちゃうか。

 もしかしたら、僕がただいま人間不信者なのでかまえすぎて観ちゃったのかもしれませんけどね。でも、ジェイムズの相手役、ターゲットでもあり仲間でもあり恋人でもあるレイラの言葉、「誰もが情報源にしかみえない」ってのはきついよなぁ。いくら仕事だろうとそれが信念であろうと国家のためであろうとなんであろうと、いちばん信じたい人の心を信じられないというのは残酷すぎるよ。というわけで、映画の中では誰も信じられなくなるけど、この映画を観たからといって人間不信に陥るわけじゃないんだな。

 ちょっとポイント。本編中に登場するカート・ヴォネガット・ジュニアの著書「猫のゆりかご」と「スローターハウス5」は気になる小説。とくに後者は本編との関連性が高いと思うよ。余談ながら、ジェイムズが口ずさむQueenの「We Will Rock You」、年代的にどうかとは思いますが、ふと僕も口ずさんでしまいました。ターゲットの年代なのかな。

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