1/12 魂と命「半落ち」を観てくる。

 アルツハイマーに苦しむ妻、啓子を、三日前に自らの手にかけたとして、梶聡一郎は自首してきた。取り調べを担当した志木は、自首してくるまでの二日間を語ろうとしない梶に疑問を抱く。しかし、梶が元刑事であり警察学校の指導員であることからスキャンダルを怖れた警察内部の上官たちの思惑どおり、梶からは当てもなく死に場所を探していたという供述を引き出してしまった。警察と検察の内部問題からこれ以上の追求を避けるように裁判に持ち込まれることになる。だが、この空白の二日間に疑問を持ち、真実を追求しようとするのは志木だけではなかった。検察官の佐瀬、新聞記者の洋子、弁護士の植村たちはそれぞれの思惑を持ちながらも一つの真実に迫り、裁判を担当することになった若き判事の藤村は、自身の抱える問題と重ね合わせて、最終審に望むことになる。

 有名小説の映画化ということで、できる限り原作にあるものを詰め込もうとしたのかどうか。原作を読んでいない私にはわかりませんが、数多くちりばめられた人間たちの思惑と確執は物語の重要なポイントとしてきちんと描かれているものの、これら全ての人々が結末から跳ね返ってくるものを受け取れていないのが残念。特に警察と検察の上層部、島田久作、斉藤洋介、西田敏行といったあまりに濃いキャスティングのため、誰しもがラストに絡んでくると期待するであろうことは目に見えているのに、傍聴席で数人が顔を並べているだけというのは観客の心理をわかっていないとしか思えません。もしも登場時間の制約から役者の知名度とインパクトに頼ろうとしたのであれば、それは大きな間違いです。この脚本のままでもそれぞれの思惑は十分わかるのですから、かえって逆効果になっていると感じますね。そして、後半の要所要所に使われるドナー登録のパンフレットと広告が、こぼれかかった涙を引っ込めてしまいます。こちらも物語そのもので十分伝わるものなのに、いかにも登録してくださいといわんばかりなのでは興ざめ。それほどまでに製作者は自信がなかったのか、他に何か裏で絡んでいるものがあったのか。それともうひとつ、楽曲の使い方を少々誤っています。ラストはどうせ感動的な歌でも持ってくるだろうことは予想していたのでかまいませんが、セリフがあるシーンでは、例えスキャットのようなものでも歌声のある曲を使ってはいけません。歌声が被さってセリフが聞き取りにくいったらありゃしない。セリフといえば、タイトルの「半落ち」も含めて警察検察独特の隠語が多用されているのは気になりますね。自分の普通は相手の特殊だとわかっていないのかな。それと、マスコミの執拗な取材の描写にはもっと注意を払うべし。下手をするとワイドショーと変わらない絵面になってしまうよ。また、不要に思えるカットも散見されますが、ラストの洋子とその不倫相手らしい上司との会話は、興をそぐことにしかなっていなから削ってほしかったな。逆に決定的に足りないところもあります。事件そのものの結末では梶に判決が下るのですが、この判決そのものとそれの理由となる主文がすべて読みあげられないのですよ。確かに言わんとしていることは想像がつきますが、ここは情に流すようなことをせず、はっきりさせておくべきでした。

 とまあ気になるところは多々ありますが、下手に強調しないカメラと演出、ミステリーとしては浅いものの素直なドラマに仕上がっている脚本、リアリティーと雰囲気満点の演技(一部を除く)にはしてやられました。いやぁ、寺尾聰が本気で何かを隠そうとしているとしか思えないほど素晴らしかったのはのはともかくとして、國村隼と樹木希林に泣かされるとは意表をつかれました。でも、裁判所での空回り気味なクライマックスではないんだな。柴田恭平と伊原剛志も悪くはないんですが、かっこよすぎなのが逆効果だったかもしれません。一人息子を亡くしたうえに、まだ若いのにアルツハイマーになってしまう役の原田美枝子は、健康美人過ぎてかわいそうというよりもつい見惚れてしまいますねぇ。いや、この作品に出てくる奥さんたちはみんな美人なので羨ましい…じゃなくて今ひとつ庶民的じゃないんですが。それはさておき、白血病、アルツハイマー、介護問題としてこの作品を見てしまうと、身近であるなしにかかわらず興ざめしてしまうかもしれません。しかし、生きることや死ぬこと、精神が壊れてしまうことなどは、おそらく誰しもが多少なりとも経験したり考えたことがあるでしょうから、なにかしら共鳴できるものはあると思います。ただし、決してネガティブな気持ちにさせるのではなく、ポジティブな気分で劇場を後にできるはずなのでご安心を。この手のドラマは劇場まで足を運ばなくてもと私自身も思いますけど、お茶の間で観るのとはひと味違いますよ。

 というか、映画館の方が集中できます…できるはずだったんですが…こういう作品は映画館なんて滅多に来ない客層が大勢来るのでいろいろと普段とは違うことも…。頼むから携帯の着信音は切ってくれ、隣のおばちゃん。何度も鳴ってあせっていたのか、鞄の奥につっこんで音を小さくしたり通話は切る事はできても、電源を切ることに頭が回らなかったみたい。肝心なシーンで鳴らなかったのは救いだったけどね。

 ああそうそう、空白の二日間への過度な期待はしないようがいいよ。

何一つ守るべきものはないと感じる
一人の凍えそうな夜には
(♪浜田省吾/青春のヴィジョン)

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