08/17 ワイヤー舞踊団「英雄HERO」(吹き替え版)を観てくる。

 紀元前200年、天下統一の戦乱に明け暮れる中国。中でも最も強大で怖れられている秦王のもとに、無名(ウーミン)と名乗る男がやってきた。無名は秦王が怖れる3人の刺客、槍の長空(チャンコン)を剣で、剣の残剣(ツァンジェン)と飛雪(フェイシエ)の恋人たちを策略によって倒したとして、そのいきさつを語る。しかし、かつて残剣と飛雪に襲われたことがある秦王は、この二人が簡単に心を乱されるような小人物ではないことを知っており、無名の話には裏があることを追求する。核心をつかれた無名は真実を語り出すのだが、それは秦王にとっても意外な結末をもたらすものだった。

 ワイヤーアクションを駆使した荒唐無稽なアクションものかと思いきや、さにあらず。もちろん見せ場として空飛ぶカンフーが多用されているものの、大自然の美しい色合いにスクリーンを染め、ゆったりと美しく見せることにより、アクションという直接的なものを実に観念的に仕上げています。これはワイヤーを使わないリアル指向の演武にも同じような演出と効果が施され、結果としてアクションのほとんどがファンタジックな演舞であることを印象づけています。さらに、さすがは中国大陸、セットやCGではおそらく絶対に表現できないであろう、広大で素晴らしい景観には目を見張るばかり。

 これらの見た目もさることながら、歴史劇の雰囲気を強く押し出すためか、アクションよりもドラマが重視。といっても3人の刺客を無名がどう倒したのかを、無名の虚実と秦王の憶測を混ぜ合わせて、考えられるストーリーを幾つも並べ立てるというまるでオムニバスのような作りのため、観る側もどれをどう受け止めていいのかなかなか戸惑うところ。結果として同じ結末にも嫌悪感を感じてみたり、思わず涙を流してみたり、にもかかわらず次の展開ではそんな感慨もひっくり返されてしまったりと、最後のエピソードまでちょっと気を抜けません。まあ、意外な展開も繰り返されるとパターン化してしまい、それとなく先が読めてしまうのが難といえば難なのですが。それでも3人の刺客と無名の思惑についてはよく描けていると思います。飛雪の涙と叫びには、思わずつられて涙してしまいました。それに比して、秦王の心象や背景の描写が弱く、彼が傑物であるという説得力に欠けているのが残念。終盤で「俺の心を誰もわかってくれない」だのとセリフをこね回していますが、とても天下泰平のために戦をしているようには見えません。他国をもっと侵略してやるっていってるんだから、あんたそりゃ征服欲に駆られているだけだって。

 それでも、観念的に描かれたアクションのパートと相まって、作品としては実にドラマティックなまとまりとなっています。さらに、歴史劇にありがちな後々の世界、年表を追い続けて秦の始皇帝にまで話を飛ばし散らかすこともなく、100分あまりとコンパクトにまとめたことも好印象。これはありがちな物語なれど、歴史の裏舞台に生まれ消えていった刺客たちを中心に据えることに大きく貢献しています。エキストラの数はさすがだけど、メインキャストは極力少なくしているしね。また、劇伴には鼓童も起用されていますが、これがなかなかに迫力があります。

 しかし、ジェット・リーの表情がなさ過ぎなのはどうかと思うぞ。感情を抑えているというよりも、まるで蝋人形だ。それと、10歩以内の範囲の敵はすべて必殺だからといって、十歩必殺剣とかいうベタなネーミングはなんとかならなかったのか。やりすぎのワイヤーアクションよりも、そっちの方が気になって仕方がないぞ。冒頭からずいぶん観念的な作風だと思ってたら、秦王のセリフに観念云々って出てきた時には驚いたが。余談ながら、道を極めるという意味で音楽や書と武道を結びつけるのもまた新鮮というわけではありませんが、どうにも中途半端な僕には響きますなぁ。

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