飯野文彦ホラーコレクション

【作品名】怪奇無尽講

【出版社】双葉社

【定価】¥1600

【発行日】2005年6月25日

 都会の暮らしに疲れ果て、田舎に帰郷した井之妖彦は、古い友人に百物語に似た集まり、無尽講に誘われた。故郷の風に癒されるかに見え た井之だったが、無尽講で語られる奇妙な話が進むにつれ、悪夢に蝕まれていく。彼にしか見えない男の影がその色を濃くするにつれ、悪夢が現実を彩りゆくの だった。

 山間の寒村、少々惚けた男の元に嫁いできた異形の物語「近親相岩」は、鬼子母神、あるいは鬼婆や山姥にちなんだ怪異な話。決してT谷さんへの強い想いか ら生まれたわけではありません…多分。また、山がちな神社に祀られた「岩」には「陰」として安産や子宝にまつわるものが多く、この作品もあ る意味でこれにつながっています。しかし、これが祟りとなしている事が固く口を閉ざさせる怪奇譚となりました。ちなみに、元は悪鬼でも祀られた事で御利益 ある神格化される事は多いのですが、この山の神はとことん悪鬼となって「かえる男」につながっていきます。グロテスクなエロスが暴走するため、後々への不 安がつのる第一話です。

 人里離れた山奥の集落、唯一ともいえる外界とのつながりを保つ鯉の商いにつなげられた奇怪な物語「鯉の赤不浄」は、ギリシャ神話の両性具有「ヘルマフロ ディトス」にちなんだ悲恋の話。ヘルマフロディトスの話では「サルマキスの泉」が男と妖精をつなげる鍵になっていますが、「鯉の赤不浄」でも泉、というよ り淵とそこに棲む鯉が鍵になっています。両性具有者の事を「女」ではなく「若者」と表現しているので、序盤からおかしいなと思わせられてしまうのが残念で すが、ここは飯野氏もその表現に迷ったところでしょう。閉鎖的な集落の特性を生かした、見事な第二話です。

 不幸とは無縁の、のどかな農村を襲う美男美女の物語「ぴちぴちちゃぷちゃぷ蘭蘭蘭」は、吸血植物にちなんだ恐怖の話。歳ふりた老婆と美男子とのグロテス クで恍惚としたエロティシズムは、まさしく悪夢。そしてその悪夢が、老若男女を問わず村を丸ごと襲うのだからたまりません。死の山に咲く美しい花、しかし その花に流れているのは赤くどす黒い血潮。語り継ぐはずの生き残りがいないこの物語を語り継ぐものの正体が、その悪夢を現実に引っ張り出すという下りもユ ニークな、甘く血なまぐさい第三話です。

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