9.10 台風の日に相米慎二監督が死んだというニュースを聞く。こないだの台風の時にもネタにしたが、「台風クラブ」好きだったなあ。僕は邦画をあまり見ないから、たいしたことは言えないが、アイドル主演映画の形を取りつつ、オモシロイ映画をたくさん作った人だった気がする。
午後は家で原稿書いたり。が、夕方から怪しい天気の中、外出。京橋の映画美学校で講座。こないだはバタバタしていたので気がつかなかったが、ここの学校のビルはカッコイイ。こういう古いビルは好きだなあ。学校の教室も良い感じ。ヴィデオ編集機がたくさんあって、G4マックもたくさんあって、コレ、自由に使えるなら、かなりの映像編集ができそう。さらには、PRO TOOLSの入ったMAスタジオも。あまり使われてないみたいで勿体ない。
講座は前回と同じテーマだが、2回目で準備も多く出来たし、岸野さんとのやりとりも慣れてきたので、スムーズに進む。結構、突っ込んだ質問が来て、一瞬、たじろぎつつも、なかなかオモシロイ体験だった。生徒の人達が満足してくれたらいいが。
9.11普段、テレビを見ない僕が、今日はPHATのレコーディングでとあるプロ・スタジオにいて、ラージモニターの間にあるテレビで台風のニュースを見るではなしに、ずっと見ていた。そうしたら、それがワールド・トレード・センターに飛行機が激突したというニュースに変わり、その直後、二機目の飛行機が激突する瞬間を僕達はリアルタイムで見てしまった。そばにいたダイスケはすぐに「テロだ」と言った。みんな、ぶるぶる震えるぐらいのショックを受けていた。今日、2曲目のスローで美しい曲のリズム録音りをしていたのだが、そんな中でレコーディングなど続けられるわけがない。
朝日美穂の「THRILL MARCH」のレコーディングをニューヨークのハロルド・デッソーというスタジオでやっていた時、スタジオから2ブロックしか離れていないワールド・トレード・センターにはほぼ毎日、行っていた。地下にある「めんちゃんこ亭」で日本食の弁当を買った。同じく地下には最高においしいパン屋があり、朝日のお気に入りだった。一階のバーンズ&ノーブルではたくさんレコードや本を買った。そのワールド・トレード・センターが崩れ落ち、この世から永遠に消えてしまうのを僕は見てしまった。何と言ったらいいのか分からない。こんな恐ろしい光景を僕は映画の中ですら見たことがなかった。
一体、どれぐらいの犠牲者が出たのか想像もつかない。ニューヨークに住むたくさんの友達がみんな無事であることを祈りつつ、僕達にできるのは力をふり絞って、レコーディングを続けることだけだった。こんな時に音楽家に出来ることがあるだろうか? とてもじゃないが、分からないよ。
9.12昨夜はまったく寝つかれず、何度も起きてはテレビを見てしまった。結局、ほとんど眠らないまま、家を出て自由が丘へ降りていく。スターバックスでいつもと同じようにラテが飲めるのがなんだか信じられなかった。
コンピューターショップでハードディスクを買い、昨日と同じスタジオへ。今日はPHATのレコーディングの二日目。昨日の遅れを取り戻さねば。が、なんと昨夜、ダイスケが帰宅してから分かったのだが、ダイスケのお姉さんがニューヨークに観光旅行に出掛けていたのだった。ニューヨーク市内への国際電話はほとんど通じないので、連絡は取れず。結局、メールで無事を確認できたのだが、そんなこんなで今日もレコーディングは大幅に遅延。インディー・レコーディングでは虎の子、と言ってもいいプロ・スタジオでのレコーディング日なのに、テロにたたられたかのような二日間になってしまった。
でも、おびただしい数の人々が無残な死をとげたことを思えば、僕達のこうむった影響など微々たることに過ぎない。今日も僕はレコーディングの間中、無音のニュース映像を見続けてしまった。それは見れば見るほど、怒りを消し去ることができなくなる。映像はあたかもハリウッド映画のよう。ジェット機が高層ビルに突っ込むシーンも、高層ビルが一瞬で崩壊するシーンも、ペンタゴンの五角形のビルの空撮も、僕は過去に映画の中で見たことがある。そんなハリウッド映画のようなシーンをアメリカの現実にしてしまったのが今回のテロだった。アメリカという国に対するこれほど邪悪な嘲笑があるだろうか?
でも、僕は望みたい。人が怒りを再び暴力に変えないことを。怒りは人間にとって必要な感情だ。人が悲しみをこらえ、途方に暮れずに、新しい一歩を踏み出すのに、怒りが重要な感情になりうるとを僕は否定しない。僕個人にとっても、日々のモチベーションの源として、怒りというものがあることを認める。
でも、怒りを再び暴力に変えてきたことこそが、人間の過ちと悲劇のほとんどすべてを形作ってきたのではないだろうか? それを繰り返すなら、僕はブッシュのアメリカを支持はしない。今現在のアメリカほど、軍事行動に対する大義名分を手にした国はないかもしれない。だが、怒りを再び暴力に変えることは、テロリストと同じ過ちを繰り返すことだ。その先にはまた恐ろしい悲劇しか生まれない。
アートとはひょっとして、怒りを暴力に変えずに人が生きていくための、ひとつの方法であるかもしれない。僕達は力を振り絞って仕事を続け、夜中までには二日間のメニューよりも1曲多いレコーディングを終えた。たぶん、この二日間で録った音源には、僕達の怒りと祈りが静かに刻まれているはずだ。
ところで、テレビを観ていて、途中から、僕にはどうも賦に落ちないことが幾つか出てきた。それはBBSに書いてみることにする。
9.13疲れて、午後までベッドから出られず。原因は昨夜もテレビを消すことができなかったからだが。
幾つか雑用をすませ、夕方、スタジオの近くまで行ったのだが、雨がぱらついてきたので気落ちして、タクシーで家に戻ってしまった。体調悪く、ものを食べる気にもならず、ベッドで過ごす。ニューヨークにいるアメリカ人の知人達が無事かどうか、確かめたいのだが、メールも返ってきてしまう。暗澹たる気持ち。
考えたことはまたBBSに書きます。
9.14物凄く疲れている。ひとつショックから抜け出せない原因は、ワールド・トレード・センターという場所が、記憶の中であまりに鮮明だからだろう。例えば、新宿の都庁や池袋のサンシャインが倒壊しても、僕にはずっと遠い出来事だった。だが、ワールド・トレード・センターは地下のショッピングモールの店に並びから何から、すべてをよく覚えている。わずか2ブロックのところにあった山口泰のスタジオで、その日、僕達が朝までミックスをしていて、8時過ぎにコーヒーを飲みたくなったら、シティホール側にあるスターバックスはまだ開いていないから、ワールド・トレード・センターのコーヒーショップに行こうということになっただろう。実際にそんな朝もあったのだ。つまり、僕はあの時間、あそこにいたとしても不思議はないのだった。
朝日美穂の「THRILL MARCH」の中に「WARREN STREET」という曲があるのを思い出した。それは曲というよりは、山口泰のスタジオのベランダから階下のストリート・ノイズを僕が録音しただけのインタールードなのだが、テレビを見ていると、そのWARREN STREETの標識が何度も登場する。CDをかけて、ストリート・ノイズに耳をすませると、真下にあるアフリカンのカセット屋の音楽と通りの向こう側にあるイスラムショップのコーランが聞こえるはずだ。だが、あの通りもすべて廃墟と化しているだろう。「WARREN STREET」の次の曲は「ETERNAL FLOWER」で、これはニューヨークの空に薄紫色の花がくるくる廻りながら浮いている光景を幻視した朝日が、神にも言及した詩を書いている。そのニューヨークの空というのも、思えば、ワールド・トレード・センターが間近にそびえ立つ、WARREN STREETのあたりから見た空であったはずだ。
僕達は二十一世紀を静かに迎えた。世紀が変わったからといって、何が変わったわけではない。そんな茫漠とした印象を昨日までは抱いていた気もする。だが、今、僕は二十一世紀というのがどんな時代なのか、少しづつ、知りはじめているようだ。ワールド・トレード・センターの消滅から、新しい世紀は始まった。そして、それは暗澹たる時代にもなりうるだろう。
アメリカがアフニガスタンで軍事行動を起こせば、アメリカ国内でまたテロが起こる可能性は多分にある。つまり、アメリカはかつて体験しなかった自国内を戦場とした悪夢を体験するかもしれない。そして、それはアメリカ経済に壊滅的な打撃を与えるだろう。海の外の出来事だからこそ、軍需は経済を潤すこともできる。だが、国内でテロが頻発したら、人も資金もアメリカから一斉に逃げ出すしかない。
アメリカ経済の破綻はそのまま世界経済の破綻に繋がる。こんな、僕ですら思い描くことができるシナリオに指導者達が無自覚に進んで行いくとしたら、僕達は一体、どうすればいいのだろうか? ずっとそんなことばかりを考えている。
9.15やらなければならないことは沢山あるのだが、まったく進まない。原稿準備のためにCDをいろいろ聞かねばならないのだが、耳に入ってこない。ミックスをしなければならない曲もたくさんあるのだが、リヴァーブの量をあと1デシ上げるか、下げるかなどという微妙な判断ができる状態ではまったくないのが分かる。できそうもない時にやっても、後でやりなおすことになるだけなので、今週末はスタジオ仕事は休むことにする。
ちょっと街に出てみると、世の中は普通に動いているように見える。そっちの方が正しいのかもしれない。果たすべき仕事を僕も果たしたい。が、寝起きの悪い夢を見続けている感覚から抜けられない。
ひとつホッとしたのは、田中康夫(大学同期だった、向こうは知らんだろうが)が小泉首相のアメリカの報復行動の全面支援発言に対して「深い憂慮」を表明していたこと。海外の日本人に危害が及ぶ可能性を指摘する彼の発言はきわめて正当なものだ。
日本人の多くは、今でもテロが対岸の火事だと考えているきらいがある。だが、アメリカは日本や中国において米政府関係施設へのテロが起こるという情報を得て、警戒をしていたのだ。米政府は在日米大使館員などに正式な通告もしていた。ニューヨークとワシントンへの攻撃はその裏を掻いたと言われるが、日本で何が起こる可能性がそれで消え去ったわけではない。
夕方、こないだ、とても魅力的なデモを送ってくれたSくんと初めて会う。いろいろと音楽の話をしたり、スタジオに行って、僕が作ってきたレコードを聞いてもらったり、彼のデモをちょっとマスタリングしてみたりする。彼とはたぶん、来年に何かができるだろう。そうそう、なんでMEMORY LABにデモを送ってきたのか聞いてみたら、彼の答は「たまたまインターネットでインディーレーベルを検索して」。僕のことは実は何もひとつ知らなかった。でも、そういう人の方が僕はうまく付き合えることが多い。
早めに帰宅。あすこそ、もろもろガンバロ。
9.16体調優れず。
ネットでテロリストについての文献をいろいろ読んでみた。抑圧と貧困にあえぐイスラム世界の若者が原理主義に触れて対米テロリストになる・・・というのは、まだ容易に理解できる。だが、そんな構図だけで今回のようなテロが成り立っているわけではないのが、読むうちになんとなく分かってきた。
アメリカ政府はハイジャッカー達の氏名を公表したが、彼らの国籍は公表していない。それは公表をはばかられる理由があるからにも違いない。たぶん、中にはアフガニスタン人はいないだろう。パレスチナ人もいないだろう。むしろ、アメリカと比較的、友好的な関係にある富裕なアラブ諸国の若者が多いのではないだろうか?
彼らの教育程度は高いだろう。みな英語を話すにも違いない。彼らのようなアラブ人は米国内にたくさん暮らしている。だからこそ、彼らがある日、テロを遂行することは予知できなかった。
ひとつの組織がこの計画のために彼らをアメリカに送りこんだのだとしたら、数年前から今回のテロは準備されていたことになる。だが、たぶん、そうではないのだろう。予知できないくらい短期間に計画そのものは企てられた。だが、それを可能とする人材とネットワークは僕達の想像を越えたスケールで用意されてきたのではないか。
テロリストの側からものを考えてみると、もっといろいろなことが見えてくるように思える。今回のテロは彼らに莫大な資金を調達させたかもしれない。テロが成功すればドルは暴落する。アメリカの株式も暴落する。だが、石油や軍需関連は高騰する。何十億ドルもの資産を運用しているものが、それだけの市場操作をすることができたら・・・。
テロに対して、アメリカが徹底的な報復に出なければならないことも、もちろん、事前に予測してある。アフガニスタンにミサイルの雨が降ることなど、彼らの恐れることではないだろう。オサマ・ビン・ラディンは対ソのゲリラ戦において、トンネル堀りの天才とされた技術者であったそうだ。彼を本気で捕獲しようとするならば、地上戦が不可欠だが、それは米軍にとってベトナム以上の悪夢になるかもしれない。
内陸のアフガニスタンに進行するには、パキスタンへの長期駐留が不可欠だが、パキスタン政府の協力は取りつけても、民衆の反米感情が高まり、パキスタンでもイスラム原理主義勢力が力を得るだろうことは予測できる。ゲリラやテロリストにとっては、パキスタンこそが米軍との戦場になるかもしれない。
国対国の戦争になりえない戦争が困難を極めることはアメリカも知っているだろう。だが、それでも威信を賭けて進まねばならないように、テロリストはしむけることに成功している。
そして、悪夢は背後でも起こる。テロリストが「次」を考えていないはずはない。アメリカとアメリカに協力する国は、その民間人を含めて、次なるテロの対象とされるだろう。今回のような大がかりな事件を起こす必要はない。ひとりのテロリストが映画館の暗闇に爆弾を置いてくるだけだっていい。ある日、ロスアンジェルスとロンドンと東京でそんな事件が起こったら、それは世界のこちら側にどのぐらいの恐怖を引き起こすだろうか?
と考えていくと、世界は今、あたかもテロリストの手中にあるようにすら思えてくる。もちろん、それもまた彼らの思う壷だろうが。では、彼らにとって困ることとは一体、何だろうか? それを僕達は考えなければいけないのかもしれない。
いきなり日記に戻るが、夜、渋谷でsasakidelic氏とミーティング。「SEA OF MEORY」のジャケットの最終詰め。