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07.21
さかなの歌録り二日目。難航。昨日、完パケたかに思えた1曲もPOCOPENが解釈を変えてやりなおし。今日もメシも食わずに10時間連続して作業。が、二日間で録れたのは2曲(弱)か。思い出してきたなあ、この行きつ戻りの感じ。POCOPEN先生の体力はいつもながら恐ろしく、20テイクぐらい歌っても声が枯れたりはしないのだが、最初の頃のテイクと最後の方のテイクでは歌い方がまったく違うので、着地点がどこにあるべきなのか、分からなくなってくる。こんなペースでやっていたら、完成は・・・まあ、いつか出来るでしょう。

07.22
午後から朝日美穂REC。こちらも歌録り。やはり簡単には行きませぬ。5時近くまでやるが、僕はタイムリミット。新川忠ライヴのために渋谷7th Floorに向かう。
7th Floorに着くと、共演のEPOCHのリハが始まるところ。EPOCHはnino trincaの半分みたいな4人組。上田禎がギターを抱えてフロントに。鹿島くんとチャコちゃんも歌う。いや〜、これがカッコイイ。いろんな音楽の要素がゴッチャになっていて、凝ったソング・クラフトと気合い入りまくりの演奏。ともかく、鹿島くんのノリが凄いわ。そうそう、鹿島くんはギター弾いて、ラップ風ヴォーカルまで披露。めっちゃ楽しそう。これは見ものだよ、とスタジオで作業続行中の朝日に電話。
と、スタジオには山口泰が遊びに来ていて、歌録りを手伝ってくれていた。後で会うことに。
新川バンドはついにラスト・ライヴ。前回とほぼ同じメニュー。演奏陣はリラックスしきっているが、新川くんはなぜかめっちゃ緊張していて、膝がガタガタ。。
リハ終って、ヤマハでちょっと買い物して、近くのドトール・コーヒーに入ったら、伊藤葉子さんとバッタリ。しばらく一緒にお茶。青柳くんや鈴木惣一朗さんとやっている新しいバンド、RAMの話を聞いたり、いずこも大変なレーベル運営の話などする。
7th Floor戻ってすぐにライヴ。いろいろあるが、何はともあれ、ラスト・ライヴ。終了後、僕以外のメンバーは結構へこんでましたが、なにしろステージ上では出音がどう聞こえているのか分かりにくい編成なので、どうだったのかな? いつもながら、お客さんの拍手は温かったです。
続くEPOCHはサイコ〜! 感動! こういうのこそバンドだなあ。筋金入りの演奏なのに、音楽には高校生が初めて組んだバンドみたいな、そんなフレッシュさがある。ぜひ、機会があったら見てください。
終了後、久しぶりに会った山口泰といろいろ話す。また一緒にやりたいことが出てきました。上田くんともいろいろ。ミュージシャンとして生きること、バンドで勝負することの大変さも喜びも、今日の上田くんは全身で表現している気がしたなあ。エネルギーもらいました。

07.23
自由が丘〜溜池〜外苑前でミーティング三連続。と、父の容体が急変したとの知らせ。病院に向かう。父はMRSA(抗生物質の効かない肺炎菌)に院内感染してしまったため、家族が集まっても、病室に簡単に入るわけにもいかない。消毒などの作業があるため厄介だ。夜には状態はやや安定してきたので、病院から一番、家が近い僕は深夜、一度戻ることにする。朝一番で弟二人と交代のため、とりあえず寝る。

07.24
始発に乗って病院に。母と弟ふたりはロビーで一夜を明かしたが、どうやら、容体は小康状態らしい。さすがに3人とも疲れた様子。
この病院には実は母方の祖母も入院しているのだが、簡単な外科手術を行うため、今朝、転院をするという。ほどなく母方の叔父ふたりがやってきた。101歳になる祖母の顔を見るのもも久しぶり。運ばれていくのを見守るが、祖母は意識はしっかりしていて、孫が3人ほど並んでいるのは分かったみたいだった。
父の主治医から現状を聞いた後、母と上の弟は帰宅。下の弟と僕がロビーに残る。時折、父の病室を見に行く以外、何するでもなく午前中は過ごす。
遅い午後に一度、家に戻ってメールの確認など。夕方に某レコード会社のA&Rとミーティング。スタジオ行って、西脇と簡単な確認作業。さらに入れ換わりで朝日と簡単な確認作業。終電でまた病院に戻る。
僕がいなかった遅い午後から夜にかけては、沢山の親戚や父の友人なども訪れたらしいが、みんな帰ってしまい、上の弟がひとり残っていた。ご苦労様ということで、今夜は僕がロビーに残ることに。病院の人気のないロビーのソファーで、ひとりうつらうつらしているのは奇妙な気分だ。時折、階上から人の声が聞こえるが、それ以外は恐ろしく静か。怖くはないけれど、いろいろ人の生き死については考えてしまう。
夜が明けたら、フジロックに行かねばならない。口にこそ出さないものの、母は「ロックで親の死に目に会えないのもあなたらしい」と言わんばかりだし、弟ふたりはこういう時にはとても頼りになるので、行かせてもらうことにする。オヤジはスキーが上手かった。オヤジの分も苗場で楽しんできます。

07.25
ソファで寝た身体が痛いが、病院から戻って、家で雑用をアレコレ片づけ、遅い午後に東京駅に。詩野ちゃんがやはり同じくらいの時間になりそうだということで待ち合わせ。一緒に越後湯沢に向かう。現地情報を携帯で刻々ともらう詩野ちゃんは「ヤバイですよ、健太郎さん、そんな格好じゃ」。会場は雨でぬかるんで大変らしい。夜は相当、寒くなるだろうということ。ウォータープルーフとは言い難いパーカー持ってきているだけの僕は確かにヤバイかも。
越後湯沢からさらにバスで一時間ほどで苗場に。バスから降りると、傘なしでは辛い雨。バス亭からホテルまでかなりの距離があってグッショリ、すでにグッタリ。とりあえず、チェックイン。
と、あたりが知りあいだらけなのに気づく。苗場プリンスの僕の部屋はなぜかミュージシャン宿舎と一緒の館で、すぐにクラムボン郁子ちゃんに会ったり、エゴ・ラッピンのふたりに会ったり、勝井さんに会ったり、ASA-CHANGや鈴木正人に会ったり。ともかく、音楽関係者だらけなので、人とすれちがう度に挨拶。
ボブ・ウィアーを見に行きたかったが、そんなこんなでホテルで準備を整えるうちに夜も更けてきてしまった。ボブ・ウィアーのステージは会場の奥の方なので、今から行くのは厳しい、との情報も。なので、諦めることにする。オーディオ・アクティヴを少し見て、詩野ちゃんと落ち合ってメシ。メインステージのアンダーワールドも少しだけ見た後、LIMITED EXPRESS (HAS GONE?)一行と合流。
飯田くんとユカリちゃんと車の中でミーティング。リミエキ〜ニーハオ・ファミリーの中に迎え入れられ、一緒に楽器運んだりして、スタッフ・モードに。 リミエキの演奏する「ROOKIE A GO-GO」のステージは会場の外にあり、チケットなしでも観れるのだ。脇にスペースシャワー経営の居酒屋テントがあり、覗くと、今井智子さん、ビクター高垣さんなど業界のご歴々が。早速、プロモーター・モード全開にして、フライヤー蒔きまくる。「ROOKIE A GO-GO」をJ-WAVEで中継するちわきまゆみさんはリミエキのことを知っていて、「大好き、楽しみ」と言ってくれた。今井さんも観てくれそうなので、気合いが入る。
リミエキの演奏は一時半から。幸い、雨は上がってきて、過ごしやくすくはなってきた。始まる前はほとんど会場からは人が消えてしまっていたが、音が出たら、どこからともなく人が集まってくる。ラウドなバンドはこういうイヴェント向きですね。演奏もサイコ〜。前の方はグワングワンに踊る一群も。観客のほとんどはどういうバンドだか知らずに観ているわけだが、フライヤー配ると、みんな興味持ってくれた。「このバンド、ちょっと凄いわ、初期のボアを思い出す」と友達に話している人も居たりして。
終って楽屋に。メンバーが「楽しかった〜」と言うので、良かったなあと思う。「来年はもっと大きなステージでやりた〜い」。楽しいっす、こういうバンドと一緒に階段昇っていくのは。リミエキ一行も三日間、会場にいるので、また明日ってことで、午前3時半くらいにホテルに戻る。

07.26
9時くらいに起きて、ホテルの食堂に。ここもミュージシャンだらけ。アンダーワールドみたいな大物もブュッフェで行列作っているのがなんだかおかしい。
今日はたくさん見ようということで、会場の一番奥のオレンジコートまで。ホテルから歩くと30分はかかる。途中、道はかなりぬかるんでヤバイ。デートコースを観に行ったのだが、早く着きすぎて、その前のシンスケとかいうフュージョン・バンドを見る。恐ろしく時代遅れ、かつ下手クソなので驚く。もうすぐソニーからデビューするらしいが、こういうのがレコード会社の後押しでラインナップに入っちゃうのか、とちょっとガッカリする。
隣のフィールド・オブ・ヘヴンで音が出たので、トロージャンズを少し見る。懐かしい〜。変わりませんな〜、ギャズは。今夜、同じステージに経つ父親、ジョン・メイオールに捧げると言って、「フーチークーチーマン」をやった。
オレンジコートに戻ってデートコース。フジロックでは基本的にサウンドチェックがかなり簡略化されている。PAから外音を出した状態でのチェックはなし。モニターチェックも全員が演奏しながらすることはない。が、デートコースだけは公開リハのようにして、曲を演奏しつつモニターチェック。ミュージシャン側の気持ちは分かるが、こういう場ではちょっとスマートさに欠けますね。
実は僕はデートコース見るのは初めて。見る時期が悪かったのかもしれないが、特に盛り上がりませんでした。好きなタイプの音楽だから、スイッチ入れて踊っちゃえば楽しめるとは思うけれど、でも、マイルスやフェラ・クティのCDを聞くほどには盛り上がらないのは、すでに文献化された音楽要素しか聞こえてこないのと、にもかかわらず、グルーヴの質や楽器のソロの質がさほどでもないというか、他に変わるものがない演奏者の演奏が少ないからかな。コイツラ人間か!と思うような人間が演奏していれば、お手本をなぞった音楽だって、踊っちゃうけれどね。
こっちの方が演奏者のテンションははるかに高いな〜とKEMURIのステージを横で見つつ、ホワイトステージのアンスラックスへ。これがサイコ〜でした。スラッシュ・メタルもここまで来ると、もうラモーンズ的な域に達するというか、出音のエネルギーとリズムのタイトさは物凄いんだけれど、同時に笑っちゃうくらいの、何やら人生を感じさせる哀感も漂っていたりして。あと、こういう泥まみれの状況ではヘヴィ・ロケンロールが最強ってこともある。PAも素晴らしかった。
丘の上のアヴァロン・フィールドで買い食いなどしてると、また郁子ちゃんに会う。東京に居てもそうなのだけれど、本当に僕達はよく会うね〜、などとしばらくお喋り。と、詩野ちゃんと土佐有明くんも登場。デートコースのどこが面白いのか? 土佐くんに質問などしてみるうちに、ASA-CHANG&巡礼が始まる。サイコ〜でした。機材トラブルで大変だったらしいのだけれど、めっちゃ感動しました。フェスティヴァルで最も詩的なパフォーマンスだったと思う。
続いて、勝井さんのソロ・パフォーマンスを少し見て、オレンジコートで山下洋輔を二十年ぶりくらいに見た後、フィールド・オブ・ヘヴンに。ベン・ハーパーをフルで見る。力感あるバンド・パフォーマンス。スライドをあまり弾いてくれなかったのは残念だったけれど、気合い入りまくりの演奏は野外イヴェント向きにバッチリはまっていた。
ベン・ハーパーの途中から雨が強く振り出したが、幸い、屋根のあるカフェに座ることが出来た。そのままジョン・メイオールの登場を待つ。メイオール抜きのブルース・ブレイカーズがまずは1曲。ギタリストがちょっとフュージョンくさいな〜。でも、メイオールが寒い雨の中、タンクトップ姿で駆け出してきたのでひとり爆笑してしまった。というのも、メイオールの初来日(1970年?)の時にも、メイオールは冬なのにタンクトップだったという話をこないだ東郷かおる子さんから聞いていたから。しかし、幾つなんだろう? メイオールって。
ギャズが出てくるかな?とも思ったが、1曲聞いて、ホワイトステージのイギー・ポップに。やっぱり、雨中で騒ぐにはヘヴィー・ロケンロールだわ。通りすぎるつもりが前に行ってしまう。イギーは上半身裸。バンドも良かったけれど、ともかく、フォーレターワード満載のイギーの声が飛んでくるんですわ。
ここでビール飲んで騒いで終わりにしたかったが、一応、仕事モードなので、メインステージのビョークもチェックに行く。スクリーンのビョークは白いドレスでチョ〜カワイイ! でも、後ろの方で聞いていると、PAの音がヒステリック。せっかく生の弦を入れているのに。遠くからはイギーの轟音も風に乗って聞こえてくるし、ひたれる感じではない。インドアで見たいよね、こういうのは。
ひとりでクスクス食べて、今日は帰ることに。12時間くらい、座る場所のほとんどない、ぬかるみだらけ会場をうろついていたのだけれど、思いの外、疲れなかった。自然の中を歩いているってこともかなりあるでしょう。

07.27
なわけで最終日。ゆうべは12時過ぎには眠ってしまったので、7時には起きてしまった。朝食に行くが、まだ人気はない。音楽関係者ばかりだから、締め切りの10時前にどっと駆け込むのでしょう。
と、向こうからオノセイゲンが。久しぶり〜ということで一緒のテーブルで食べる。80年代半ばのニューヨークの話などしていたら、アレ? 向こうに本田ユカが! ウソ〜! 80年代後半に僕もセイゲンもニューヨークに行くと、ユカちゃんの家に泊めてもらっていた。同じカウチを共有していたのでした。この3人が一緒になるなんていつ以来だろう? ユカちゃんはOOIOOのキーボードでこれからステージだそう。わ〜、見に行く、見に行く、と朝から旧交を温めて、盛り上がる。
一番奥のオレンジコートまで10時には到着。ハシケンを見る。ベースはさっき食堂で会った松永さん。もう違うわ〜、僕の好きなミュージシャンの音は。誰ひとり、こんな音、こんなグルーヴ出さない。日本のベーシストじゃ、やっぱり鹿島と松永がサイコ〜です。なわけで、ハシケンのバンドは凄く良かったのだけれど、本人の歌と言葉に何か物足りなさは覚えた。ヤバくないっていうか、ちょっと生真面目さがグルーヴを殺しているような。
ホワイトステージ移動して、OOIOO〜クラムボン〜ROVO〜ヨ・ラ・テンゴ。リミエキ一向がベースキャンプを作っていたので、そこに混ぜてもらって、ゆっくり見る。どれも良かったが、何と言ってもヨ・ラ・テンゴかな。曲ごとに楽器編成を変え、すごく勝手気侭に音楽を紡ぎだしていくのだけれど、でも、アメリカのバンドらしい出音の太さと途切れぬグルーヴのあるのが素晴らしい。途中からサン・ラ・アーケストラのホーンが3人参加。白昼夢のような時間でした。
そういえば、ROVO終わりに、また郁子ちゃんに会う。前の方で踊ってたそう。アナタ、さっきまで、この巨大なステージで歌っていた人なのに、珍しいよ。たぶん、もう一回は会うよね、そうしたら、本田ユカを紹介する、と約束したのだが、約束したら、その後は会えませんでした。
さて、ようやく三日目にして初めて気合い入れてメインステージに。これが観たかったんですよ、僕は。新作が出たばかりのスティーヴ・ウィンウッド。しかし、メインステージのまわりはガランしている。たやすく一番前の囲いの中まで入れました。若い人は知らないのか、スティーヴ・ウィンウッドは。しかし、こればっかりはもう、サイコ〜のはるか上の天上界でした。オレはついにトラフィックを見た!とさえ思ったもん。新作の曲もやりましたが、後半はマンドリン弾いて、オーガニックなアレンジの「バック・イン・ザ・ハイライフ・アゲイン」やって、「ディアー・ミスター・ファンタジー」やって、最後は「ギミ・サム・ラヴィン」ですよ! 35年以上前のヒット曲をこんな風にフレッシュに歌えるシンガーが他にいるだろうか? また、ハモンドの足ベースが神業かと思うグルーヴでねえ。観ているうちに、高校生の頃からの思い出がワーッとフラッシュバックして、オレはこういう音楽が好きだったんだよぉ〜、としみじみ思ったり。
でもって、ステージ終ったら、流れ出したのがニール・ヤングの「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」ですよ。もう四十代殺し。甘酸っぱい思いで倒れそう。周りを見ると、本田ユカがいて、山本精一さんがいて(青山陽一さんもいたらしいが、最前列に貼り付いていたらしく、会えませんでした)。山本さんが「いや〜、中学校の時のこととか思い出して」とまったく同じような感想を口にするので面白かった。
これでもう僕のフジロックは終りで良いですってことで、昨日までほとんど口にしなかったアルコールも解禁。サン・ラ・アーケストラ見ながら、リミエキ飯田くんと最後のお喋り。カフェでゆっくりしながら、スティーヴ・キモックも聞く。時々、かなりデッドに近づくのだが、そのままユルユルに漂ってくれればいいのに、ソリッドなキメのリフに行っちゃうのがなあ。やっぱり、ボブ・ウィアーは見たかったなあ、などと思いつつ。
幸いなことに、オヤジの容体も三日間、安定していてくれました。家族に感謝。そして、オヤジに感謝。