03.10 午後までへたっていたが、夕方、下北沢に出て、POCOPENと西脇くんに会う。いろいろ打ち合わせ。もう発表しちゃおうかな。夏前にアルバムが出ます。オレは心底、彼らの音楽のファンなので、それだけで今年は良い年だ!などと言いたくなる。ただし、さかな名義ではないです。昨年暮の西脇一弘個展に足を運んだ人は聞いている音源の完成版。その新作のプロモーション・プランや別件のレコーディングに関しても話す。
夜は新事業(?)について、いろいろ考えたり。
03.11自由が丘のスタジオで朝日美穂ライヴ・リハ。3/31の下北沢QUEに向けたセットで、リズム・セクションは佐藤大輔(SU)、鳥越啓介(exPHAT)のコンビに戻った。やっぱり、この顔ぶれがバンドだね、と朝日と意見一致。ギターのチダとキーボードのひがしみえちゃんは前回から引き続き。新曲2曲のアレンジを詰めるが、やや難航。途中からレコーディングのようなつもりで、オレがバリバリ仕切る。
夕方、渋谷に。東急ハンズで買い物など。
03.12もろもろ雑用に追われる。夕方から朝日美穂レコーディング。久しぶりに打ち込みモード。S1100を立ち上げたら、液晶がかなりへたっていて、使用法もかなり忘れていたが、昔とった杵柄的サンプル・エディットにいそしんだり。サンプラーは他にも4台ありますが、なんか、これじゃないと駄目なのだ、オールドスクーラーは。
03.13午後より朝日美穂レコーディング。夕方、六本木に出て、新事業(?)の打ち合わせ。オモシロソ〜。つ〜か、一度やりたかったのだ、それ。
スタジオ戻って、レコーディング再開するはずが、機材が足りないことが判明し、朝日宅まで取りに行くことになったりして、あまりはかどらず。
深夜、「ズーランダー」のDVDを観る。本編もかなり面白かったですが、監督や脚本家が本編観ながら、撮影エピソードを喋り続けるオマケの方がもっと面白かったかも。音楽ソフトでもこういうのあったらいいのにな。ま、そのかわりに僕などはこの日記書いているとも言えなくないが。
03.14午後より朝日美穂レコーディング。ライヴでは一、二回やったことがあるものの、録音は手つかずだった新曲。ここしばらくの朝日美穂作品は分業化が進み、僕がひとりでアレンジやサウンド・メイキングを進めたものが多かったのだが、最近、朝日が作ってくるデモのフィーリングが良いので、なるべく、その素材を生かしてやる形に変わりつつある。今日も彼女が作ったドラム・トラックやネタのサンプルをもらって、そこにあるグルーヴを壊さないように、細かいところを詰めていく。
S1100の使い方をだいぶ思い出した。今さらながら、TR-808欲しいなとか思ったり、オールドスクーラー・モード。クリアランスに湯水のような金払って、オオネタ使いて〜。別にミッシー・エリオットの影響じゃないですが。
03.15いつになく、たっぷりと時間があるように感じられる一日でした。遅い午後、中央線に乗って、国立へ。懐かしい。国分寺を過ぎてからの、中央線からの景色は意外に変わっていなくて、胸がキュン、鼻がツン。18歳から23歳くらいまでの間、たくさんの時間を過ごした場所。僕の音楽ルーツのほとんどすべては、このあたりの景色と結びついていると言ってもいい。
国立駅のホームもほとんど変わっていない。いつもフェンダーのハード・ギター・ケースを抱えて、この階段を駆け下った。そして、改札を出ると、可愛い女の子が僕を待っていてくれる。
というのは、大学時代の思い出ではなくて、今日の話。女の子とは、今の僕の一番、年の若い友達である立石さんでした。女子高生を友達などと呼ぶのも妙ですが、駅前で待ち合わせて、レコードの貸し借りなどする間柄は、友達という感覚以外の何者でもない。聞いたら、彼女のお父さんは僕より二つ年下だそうだが・・・。
同じく、駅前ではフジワラダイスケとも待ち合わせていたのだが、遅れるという連絡があったので、マクドナルドへ。オレの大学時代の終わりには、このマクドナルドはあった。マクドナルドが出来て、バンドのミーティングはロージナ茶房ではやらなくなって、マクドナルドの二階でやるようになった。
そのマクドナルドの、四半世紀前にいつも座っていた場所で、立石さんとあれやこれや音楽話。立石さんは忌野清志郎や三浦友和と同じ都立高校在籍だそう。僕は国立時代、RCサクセションの初代ドラマーだった土井コータローとバンドをやっていたので、そのへんの人達とはローカルな関連も多く、話しているうちにマクドナルドの二階でタイムスリップしまくり。
立石さんとの会話も面白すぎで、「健太郎さんのルーツは何ですか?」「う〜ん、高一の時にニール・ヤング聞いたのが大きいかな」「あ、私もニール・ヤング聞いて、バンプ・オブ・チキンを卒業したんです」とか。音楽って凄いですね、30歳離れたふたりにこういう会話を成り立たせるのだから。
ほどなく、「そこの二人組、ヤバイっすよ」とフジワラダイスケがやってきて、しばらく三人で談笑。ダイスケは素敵な誕生日プレゼントもらってゴキゲン。話すうちに話題は「自分は高校時代、いかに周りから浮いていたか」に。立石さんが制服の似合う高校生に戻れることをダイスケとオレで祈る。
立石さんと別れて、ダイスケの車で国立市街からやや外れたところにある楽器倉庫に。巨大なハードケースを積み込み。ERROR RECORDINGの新しい秘密兵器。今日、国立に来た目的はこれだったのですが、しかし、真っ黒で、超ヘヴィーデューティーなハードケースは、とても楽器が入っているようには見えません。小型ミサイルか何かが入っている軍用コンテナみたい。今日は警察にとめられたりしたら、面倒くさいかも。
せっかく国立まで来たので、石井マサユキに電話。マサユキのスタジオに遊びに行く。TICAのアルバムも完成したところなので、マサユキものんびりしていて、遊びに行くには良い頃合いでした。3人でCD聞きながら、たくさん話す。普段、話さないようなベーシックなことも話す。友達と過ごすというのは、こういうことなのかな。普段、僕はいかにこういう時間を持っていないかをちょっと悔いたりもする、豊かな時間でした。
TICAのアルバムを全曲聞かせてもらう。マサユキの作るレコードは、とても音楽ファンらしいレコードだなと思う。優れたミュージシャンが作ったレコードという以上に、ひとりの音楽ファンが、自分がいつも手元に置いて、聞きたくなるようなレコードを作ってみた感じがする。
アルバムの中で聞いてみたら、「キャロライン・ノー」はどうだったかというと、いやもう、ベスト・トラックでしょう! オーガニックな温かさと緩さがあって、でも、ちょっとした乱暴さやユーモアも見え隠れして。僕にとっても会心のミックス仕事です。仕事した三日間は夢のように楽しく、充実した時間で、だからこそ、こんなミックスが出来たんだろうなあ。そういう意味では、マサユキのプロデューサーとしての細やかさと武田カオリのシンガーとしての魅力が、僕の力を引き出してくれたのでしょう。
石井家で夕飯まで頂いた後、ダイスケの車で祐天寺のスタジオに戻る。深夜にふたりで仕事モードに。フジワラダイスケ・ソロの「IQ」のミックスやりなおし。この曲、オレ的にはアルバムのメインの1曲で、聞かせた何人かにもとても評判が良いのですが、ダイスケが「今の状態なら、アルバムに入れたくない」「マジすか?」ってことで、かなり振り出しに戻る。問題はシンセのシークエンス・パート。オーディオ編集で乗りきれないか、あらたにMIDIで打ち込みか、などいろいろ試す。ダイスケが何度も「このシンセはもう要らないんじゃないか?」と提案するが、僕は「絶対要る」と譲らず。試行錯誤の後、ようやく光明が見えたところで、今日は終了。
03.16昨日みたいな日が続けば楽しいだろうに、そうは行くはずもなく。
遠くで戦争が始まろうとし、近くでは父が入院し、考えるべきことがドサッと棚から落ちてきたような日。ストーンズ観に行けなかった。さかなのライヴにも行けませんでした。「ONE MORE DOLLAR」の即売をめあてにしていた方々には申し訳ありませんでした。