12.17 月曜日はいつも溜まっている雑用に追われる。郵便や宅急便を出すだけで、夕方になってしまう。最近はランチもゆっくり食べてないなあ。夜、下北沢のアンディーズへ修理品を引き取りに。その後、朝日に呼び出されて、いつになくシビアなミーティング。3年もやっているのに何も完成しないのはオマエのせいだ、いや、オマエのせいだと掴み合いになったりはしないが、具体性、現実性あるプランを話し合う。スタジオに戻ったら、こういう時に限って、やらなくてもいいことがやりたくなる。PHATのメンバーもレコーディングしたことを忘れている曲があった。ムーグのシークエンスをひとつだけ、その場で打ち込んで、一発ジャムしただけの曲。これは僕が後で好きに組み立てていいことになっていたのだが、ちょっと閃いたので、PRO TOOLSを開ける。完全にヒップホップ手法でサックスのフレーズをちぎって、テーマ的なブレイクを作る。コレ、実はこのあいだ聞かせてもらった吉光くんの曲がヒントだったのだが。ドラム、ベースはそのまま生かして、サックスだけバリバリに編集する。アラビックなフレーズを好んで使う。さらに長いソロをまるごと逆回転させて、AMP FARMのマーシャル・アンプで鳴らし、部分的にピッチベンドなど凝らしてみたら、ジミー・ペイジのギター・ソロみたいになった。そう、全体的なひしゃげたレッド・ツェッペリンみたいなムード。やっぱり、オレのルーツはロックだなあ、と思う。
12.18昼からチョースケがやってきてPHATのミックスダウン。昨晩作ったミックスを聞いてもらう。エッ、コレ、PHATの曲?という反応。続いてやってきたダイスケもコレ、オレが吹いたの?って顔していたのでシメシメ。今までのPHATにはないアンダーグラウンドなロック感覚のある曲になった。続いて、「体操」を検討。ベースのサウンドをチョースケと詰める。ふたりが帰った後、こないだ一度、ミックス・ダウンした「MM」という曲をやりなおす。ベース・ソロのパートにチョースケから疑問が出されたので、その直しをしつつ、サックスの音色をや全体のバランスも作り直す。コレを落した頃にはNEOTEKの卓に慣れていなくて、レベル・マッチングが今ひとつだった。が、山口が使っているのを見ると、そこまで卓をブーストさせるのか!という使い方をする。僕はそこまでレベル真っ赤には出来ないのだが、PRO TOOLS内のフェーダー位置とNEOTEKのトリム、トータルのレベルの振れの良いところがだんだん分かってきた。さらに卓の後ろにはAVALONのCOMP/EQが入り、その後ろにTCのFINALIZERでADして、DATに行く。このふたつのレベル・マッチングも微妙。FINALIZERでソフト・リミッティングすべきかどうか。試した結果、この曲はFINALIZERはスルーで行くことにした。それにしてもまあ、今年はたくさんPHATのレコーディングをした。こないだミニ・アルバムを出したばかりなのに、すでにアルバム2枚分くらいの素材が手もとにある。これらをどうコンパイルすべきか。BLUE NOTE盤には全部入らないだろうから、これも考えていかなくちゃ。
12.19午前中に家を出て、溜池のレコード会社でミーティング。PHATのマスタリングについて、熱弁をふるう。メジャー・デビューなんて言っても、プロダクションのプロセス自体はインディー時代とは何が変わるわけではないので、その分、マスタリングだけは奢りたい。ファースト・プライオリティーはニューヨークのスターリング・サウンド。テッド・ジェンセンでやれたらなあ。バッファロー・ドーターの新作もテッド・ジェンセンで、素晴らしいサウンドだった。それと聞き比べてしまうと、コーネリアスの新作には今ひとつ、脆弱なオタクっぽさを感じてしまうのも、マスタリングの差というのが相当利いているかもしれない。
あるいは、テッド・ジェンセンじゃなかったら、トム・コインでもいい。トムは朝日美穂の『ONION』などで仕事したことがあるのだが、常に最高の結果が得られた。テッド・ジェンセンのマスタリングはロックあるいはジャズ的な生っぽいエネルギー感を出すには良いだろうし、もう少しヒップホップ寄りのゴリっとしたローの質感がトムコインのマスタリングでは得られるはず。あるいは、もっとアグレッシヴなロックっぽさを求めるなら、LAでスティーヴ・マーカセンとやるという選択もあるが。
遅い午後からスタジオで「体操」のミックスダウン。ヌマちゃんとドラム・サウンドに関する話し合い。それから、こないだ乱暴にエディットしたオーディオ・ファイルを細部まで丁寧に編集する。それからリズム・セクションの音作りをして、たくさんたくさんエフェクトの用意もする。一度、アナログに出して、ディレイ、リヴァーブ、フランジャー、コーラス、テープ・エコーやヴォコーダーまで使い、それをPRO TOOLS内の奇妙なフィードバック・ループやステレオ・パンの中に投げ込んで使う。このやり方によって、場面場面の直感的なフェーダー操作によって、自分でも予想もしないようなサウンドをトラックに付け加えることができるのだ。このへんは過去1年半ぐらいのPHATのレコーディングの中で掴んだテクニックでもある。「体操」ではそれを全部吐き出してみたくなった。
途中、東芝EMIのA&Rの田中くん来訪。ラフな状態で聞いてもらう。好反応。凄いものが出来そうだ、という意を強くする。途中、ダイスケと田中くんと僕の3人で近くのちゃんこカフェへ。ちゃんこ鍋サイコ〜。がっしり食べて力付けてから、ダイスケと僕はさらに夜中まで頑張る。夜中は爆音でのモニターができないので、9割は完成したものの、マスターに落すのは後日にすることにした。
12.20午前中にベッドから這い出るように起きて、スタジオに。歌録りの準備。今日もまた岡村トリビュート用のヴォーカル・ダビング。直枝さんとブラウン・ノーズが来る日。が、僕は午後から用事が入っているので、セッティングだけして、後は朝日にエンジニアリングを託す。
午後いちで銀座に出て、朝日新聞の試聴室選考会議。いつものように「ミュージック・マガジン」を車中で読みながら行く。BBSに書いてあったPHATの4点の評も見るが、別に怒る気にもならず。むしろニヤニヤしてしまった。しっかし、根本から考え直した方が、なんて凄い表現だな。理解できないものに対して、そうやって思考を停止してしまう人の方が、根本から考え直した方がいいのでは?なんてね。
いろんな人の年間ベストをパラパラと見ていたら、鈴木惣一朗さんがアイルランドのシンガー・ソング・エレクトロニカ(って実は歌わないのだが、なんか、そういう感じ)、ディマンシェ・コステロのアルバムを選んでいるのを見つけた。このアルバム、僕も強い印象を受けて、こないだ関西のエル・マガジンにレヴューを書いた。ひとりの音楽。思えば、僕のベストテンにもひとりの音楽家達が多いが(ヴィンセント・ギャロもレイ・ハラカミもYAMAUCHIも・・・新作のビョークも本質的にはそうだろう)、そのどれよりもディマンシェ・コステロのアルバムはひとりきりの音楽に思える。でも、この深夜のひとりきりの空気感は僕がよく知っている空気感でもある。あまりに音が少ないので、今のがスピーカーから出た音なのか、それとも家のどこかでコトリと音がしたのか、分からなくなるような瞬間があったりもする。こんなに切なく、いとおしいエレクトロニカのアルバムはないかもしれない。
選考会議は「今月の10枚」に推される候補作が際立って少なかった。かつてない不作。この仕事を始めてから一番ひどかったかもしれない。リリースの数はそれなりにあるのだろうが、これではレコードが売れないのも無理ないなあ、と思えてしまう。音楽業界の不況というのは、そんなに単純なことではないのだろうが、でも、良いレコードを作るという基本に立ち返らなければ、音楽産業に未来などあるはずはない。帰り道、ピーター・バラカンとそんな話をしながら帰る。
スタジオに戻ると、直枝さんの歌入れはもう終っていて、ブラウンノーズがコーラスやガヤを入れている。兄弟で1本のマイクに向かい、何トラックもオーバーダビングしていく。ふたりとも、いろんな声が出る。朝日がPRO TOOLSをちゃんと操っていたので、僕は見学しているだけでOK。
レコーディング終了後、今度は機材を持って、自由が丘のリハーサル・スタジオに。朝日の22日のライヴ・リハ。って、今日もまた個人練習なのだが、モユニジモとの共作曲が出来たので、そのやり方を検討。その場でサンプルの使い方なども詰める。この曲もシンガー・ソング・エレクトロニカって感じ。プラス、レゲエ・フィーリングもどっかにある曲で、クラブ・イヴェントには向いているかもしれない。モユニジモのトラックは、どうやら朝日の打ち込みのオリジナル・トラックをフィルターなどで変調して作っているみたいなのだが、かなりアブストラクト。MDで再生しているのに、凄く音が良い、というか独特のヘヴィーな雰囲気があって、才能豊かな人が作ったトラックなのが分かる。
終了後、近所のイタリア料理でパスタを食べて、帰る。ニョッキが美味しかった。僕はポテトが異常に好きなので、ニョッキがあるとついオーダーしてしまうのだが、美味しいニョッキにはほとんど出会ったことがない。が、今日のニョッキは美味しかった。あと、接客がとても良い店だった。今以上に混むこと困るので、名前はあえて書かないが。
12.21この年齢になると徹夜が効かなくなる・・・のだけれど、久々にしてしまいました。「体操」のミックスを終えたら、躁状態になっていて、そのまま「デフレクション」のミックスに突入。しかし、この曲は10分以上ある。PHATの曲の中でも最もスローテンポで、全編に英語のポエトリーに乗っている。編集だけでも大変。僕は何か一つ動かすと、曲の最初から聴いて、良いかどうか確かめることが多いので、長い曲は必然的にミックス時間も長くなる。結局、昼頃までやって帰宅。でも、完成せず。で、寝ないでこのまま京都に行ってきま〜す。
12.22昨日までやったPHATのミックスをCD-RとDATにして玄関前に置き、昼過ぎに家を出る。三軒茶屋での「カリー番長」の後、ダイスケが取りに来る予定。あすの夜、メンバー全員集まって、東芝EMIで試聴会を行う・・・はずだったのだが、聞けば、会場が変わったという。なんと、東芝EMIの会議室ではなくて、宣伝担当の若い女子社員、Fちゃんの家でクリスマス・パーティーがてらの試聴会になるらしい。まったく、あの野獣ども! 僕は京都行ってて、欠席だというのに。
東京駅で朝日と落ちあい、新幹線で京都に。朝日は今回、初めてソロ・ライヴをするのだが、音源やリズム・マシーンやミキサーなど、結構な機材の量。よくまあ、ひとりで東京駅まで持ってこれたと驚く。夕方に京都着。メトロでリハーサル。今夜のメトロはDJが横山剣とサワサキヨシヒロ。ライヴが朝日美穂+モユニジモ、それからマイスティースという大阪のスカ・バンド。マイス・ティースのリハを見るが、ヴォーカリストのキャラが最高。10人を越える大所帯で演奏もすごく楽しい。
朝日とモユニジモのライヴはそれぞれに準備はしてきたものの、実は一度も一緒にはリハしていないので、ぶっつけ本番。だが、リハで音出ししてみたら、信じられないくらいにバッチリ。「MELT IN BLUE」のような曲にモユニジモが自由にサンプル・ノイズを加えていくのだが、これが素晴らしく音楽的。ノイズなんだけれども、ちゃんとハーモナイズされているというか。メトロのエンジニアの人も協力的だったので、出音も心配なし。ディレイのプリセットなどもリハで作ることが出来て、もう本番は僕は見ているだけで良さそう。
イヴェントのスタッフに教えてもらったメトロの近くのアジア料理屋で夕飯を食べるが、これがまた安くて上手い店でゴキゲン。すっかり楽しくなる。ライヴは午前1時からなので、朝日は一度ホテルに戻って休息。僕はちょっと離れた別のホテルだったので、メトロでマイスティースを見て、剣さんのDJで踊って。この剣さんのDJがまた最高。「イーネッ」が口癖になってしまったぞ。途中、ホワッツ・ラヴのマッツやノーナ・リーヴスの郷太くんが乱入したりで、やたら知り合いの多いイヴェントになっていく。
剣さんのDJで会場が大ヒートアップした後、いきなりヴォリュームが数分の一になって、朝日のライヴ。まずピアノの弾き語りで「しあわせをうたおう」。もう1曲、「LITTLE BUTTERFLY」もひとりでやる。が、お客さんは良い感じで聞いてくれている。3曲目からモユニジモが入って、みんなが何をやるんだろう?と見つめる中、計5曲。ふたりの共作による新曲は、ノイジーなトラックの中からポップなメロディーが浮かび上がってくる感じで、かなりインパクトあった。最後はこないだ僕ギターを弾きなおしてトラックを作った「さかさまパラシュート」で、モユニジモのラップもたっぷりフィーチュア。メトロの音響の良さも手伝って、良いライヴになったと思う。朝日も音数少ない中で、自分の声がよく聞こえたので、気持ち良かったみたいだ。
続いて、サワサキさんのこれまたイケイケのDJ。ジャミロクワイまでかけてたな〜。トーキンロックの吉本さん、ホワッツ・ラヴ・マネージャーの河原くんなど、いろんな知り合いと話す。楽しい〜。ちょっと飲み過ぎたが。
12.23京都に来たからには、今回は絶対、チェックしたかった第一旭本店へ。JRの京都駅のすぐ近くにあるラーメン屋なのだが、PHATのメンバーは大阪の帰りにわざわざ高速を降りて、食べに行く。こないだはMEETS(最近、僕がレコード・レヴューを書いている関西の情報誌)でも特集記事に出てきた。が、僕にはちょっと分からなかったなあ。山盛の九条ネギは美味しかったけれど、太めの麺と濃い醤油系スープは趣味じゃあないかも。今度は隣の新福菜館をトライしてみよう。
しかし、驚いたのはホテルのテレビで観た例の不審船事件。本当に何が起こっても、驚くことが出来ない時代になってきたと思わずにはいられない。専守防衛を謳ってきた自衛隊が、実際に攻撃を受けた時、どうするかというのを初めて試された事件なわけだが、いざ、そうなった時の、この国の政治家達の対応と行ったら、情けないにも程があるな。福田官房長官は「(こういう事件への対応は)現場の判断に任せる」と言ったそうだが、例えば、ブッシュやパウエルがそんなこと言ったら、一発でアメリカ国民から見放されているだろう。緊急事態に対しては、現場の判断で動かねばならないことがるのは、当然のことだ。だが、その現場の判断に対しても100%の責任を負うのがリーダーであるべきだろう。
ところが、日本のリーダーは「日本はこういう事件に対して、このように対応する(した)」と言うのではなくて、今回は「現場の判断に任せたらこうなった」とエクスキューズしてしまうのだ。外国から見たら、これはどう映ることだろうか。あるいは、生命の危険がかかった中で判断し、行動した「現場」はどう感じるだろうか? なるべく責任が降りかかってくることを回避したい、という日本人の潜在意識がこの発言には端的に表われてしまっている。あげくに、いつも日本で出てくるのは、じゃあ、法制化しましょう、という議論だ。法制化してマニュアル通りに対応すれば、誰も責任を引き受けなくて済むというわけだ。
不審船を結果として沈没させてしまった、また乗組員を救助しなかった「現場の対応」に対して、疑問が発せられるのも当然のことではある。しかし、リーダーはリーダー自身の言葉によって、「現場の判断」を守らねばいけない。アメリカの大統領は誰だってそうしてきたはずだ。あるいは、日本だって戦前のリーダーはそうだっただろう。なんてことを書くと、なんだか右翼じみても来るけれども、僕は別にブッシュみたいな強気なリーダーが欲しいとか、石原慎太郎が総理大臣になればとかいうこと言いたくて、こんなことを言っているわけではないのだ。ただ、ごくごく基本的な人間としての振舞いにおいて、日本人っておかしいんじゃないかと思えてしまう。不審船の真相は?とかいうことよりも、こういう事件で露になる、そういう部分でのこの国の脆弱さに嫌気が差すのだった。