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12.09
昨日、スタジオで丸一日かけてやった作業に自分で駄目出し。家で聞いたら、全然駄目だった。う〜ん。暗くなる。
普段なら雪は好きなんだけれど、ブルース・コバーン聞く暇もなく、外出せねばならず、ギターを抱えていたので、道中は結構めげる。東芝EMIでタイアップ関係の打ち合わせ。それから駒沢大学のスタジオで新川くんのライヴ・リハ。今日は2曲のカヴァー曲を主に練習。ダン・ヒックスと細野晴臣。
終了後、新川くんとふたりでピキヌーに。バンドはまだ二回しか練習していないが、すでにまとまってきた。新川くんの歌もヴォーカリストらしくなってきたりして。ひとりキリンジみたいな、でも、ピッチはずっと良いぞ。
となると、穴はギタリストかあ。「早めに代えた方が良くない?」「何言っているんですか、大丈夫ですよ、行けてますよ」などという会話を二回り近くも年下の青年としているワタクシ。
家に戻って、あまりに寒いので、クーラーの暖房つけっぱなしでうたた寝していたら、喉が痛くなってしまった。暗くなる。
あ〜、暗い原因のひとつは怒涛のレコーディングが終って、ポッカリ、時間が空いたからかも。年末のこの時期にほとんど仕事していない(つ〜か、依頼仕事のことね)なんて、いつもの年なら有り得ないことだし。仕事ないかなあ。音楽関係の仕事だったら、作詞と照明以外はだいたい経験あります、ワタクシ。

12.10
喉痛いまま。軽い頭痛。風邪か。家で地味に事務処理。しかし、部屋が寒い。
夕方、ディスリビューターへ。朝日もやってきて、「HAPPY NEW YEAR」のプロモ打ち合わせなど。終了後、あまりに寒いので、目黒の田丸にラーメン食べに行こうってことに。ワンタンメンで満腹。
ようやく調子が出てきたので、スタジオに行って、ひとりで集中作業。スタジオは機材熱で温かい。昨日の駄目出しをリカヴァー。今度こそと思うが、ハードルは高い。コンプレッサーの使い方で今更ながらに悩む。音作りというのは、本当に奥が深くて、難しい。
結局、夜中までかかって終了。たった3曲のマスタリングにもう何時間費やしたんだろう? でも、家に帰って聞き返したら、今日の結果は素晴らしい。つまみの1ミリ、0.5ミリが生むニュアンスをコントロール出来た。さかなの2年ぶりのリリースになるマキシ・シングルも完成です。

12.11
「サウンド・デザイナー」という雑誌に2ページほど、ワタクシのインタヴューおよび、スタジオの紹介記事が出ています。と思ったら、今日もまた同誌の取材。インタヴューワーは再び黒田くん。今日のテーマはコンプレッサーについて。昨日、コンプの使い方でさんざん悩んでいた僕が、エラソ〜にコンプの使い方について話す。コンプというのは動作の理屈と操作感が一致してくるまで時間がかかるし、その後も奥が深くて、一台のコンプでもこうするとこうなるのか!といった発見が何度も何度もあったりする。オレなんかの話で良いのかなあ。どっちかというと、これはインタヴューワーやった方が面白そうだなあ。他の人のコンプの使い方、好きに聞き出せたら、勉強になるもん。
しかし、もらった「サウンド・デザイナー」誌の記事の、プロのエンジニアが明かす音作りの秘密、みたいな見出しはなんだか恥ずかしいですね。音楽関係の仕事だったら、作詞と照明以外はだいたいは経験のあるワタクシですが、とてもとても、プロとは言えないですから、どの職種においても。ライターも長年やっていますが、こんな文章力でプロの物書きだなんてねえ。文章の上手い人というのはどのくらい上手いか、僕は知っています。僕は書きたいことがある時に、それを人に伝えられる程度の文章力を持っているに過ぎない。
まして、エンジニアなんてのは、この数年、見よう見まねでやってきたに過ぎません。プロ・スタジオでアシスタントから叩き上げたわけではないので、八の字巻きすら、上手く出来なかったりするし。インピーダンスとは何か?とか問われても、サッと答えられる電気的知識があるわけでもなし。
ひとつ幸いだったのは、トップ・レベルのエンジニアとはどういう能力のある人達か、見てきた経験はあることでしょう。なにしろ、最初に仕事したエンジニアがゴドウィン・ロギーです。アイランド・レーベルを拠点にアスワドやキング・サニー・アデのミキシングで名を上げ、マルタン・メソニエと組んでパパ・ウェンバやシェブ・ハレドなども手掛けたゴドウィンにダブの手ほどきを受けたのが80年代の終わりだったか。ニューヨークではマテリアル周辺のボブ・ムッソーやロジャー・ムーティノのエンジニアリングを盗み見たりした後、最初のプロデュース作「トーキョー・ディスクジョッキーズ・オンリー」でラッキーなことにYMOを手掛けてきた寺田康彦さんと上原キコウくんと仕事。その後、サンディーのリミックスで久保田麻琴さんやボブ・ザ・ベースなどを手掛けたQと仕事。そして、グリーディー・グリーンでは渡辺省二郎さんと出会い、「悪名」で山口泰と出会い、さかなの「リトル・スワロウ」でZAKと出会いました。この3人からは絶大な影響を受けた。まあ、その間にはどうでもいい仕事をしてくれるエンジニア、これがプロ?と思うようなエンジニアとも沢山、遭遇しましたが。
もしも僕が最初からエンジニアだったら、こういう経験は詰めなかったでしょう。これはまあ、生き方の問題だから、どちらが良いとも言えないですが、僕の場合はプロの道を歩まないことによって、プロの限界、専門職ゆえの視界の狭さみたいなものに囚われない仕事をする、というのが持ち味なのかとは思ったりする。例えば、レコーディング・エンジニアで僕以上にポップ・ミュージック・ヒストリーに対する知識を持っている人はそうはいないはず。あるいは、音楽ライターで僕以上にエンジアニリングに対する知識や経験を持っている人はいないだろうな。
でもって、その両方に必要とされる耳の良さ、ステレオ音像の中に潜むあらゆる音楽的情報を聞き取る能力に関しては、僕は誰にも負けない自信があります。これまでの人生のほとんどをそこに集中して費やしてきたのだから。そういう人間が生きていこうとすれば、ライターやエンジニアや、時にはDJやギタリストなどやりながら、レーベル・プロデューサーとなるというのは自然な成り行きで、どこが矛盾してんだよ!と誰かに怒ってみたりもするわけですが、詰まるところ、問題は仕事の質ではあります。原稿がつまらなかったら終わり。ミックスがしょぼかったら終わり。精進あるのみ。
なわけで、今日もミックス。再開したフジワラダイスケ・レコーディング。「スーパースター」のミックスやりなおし。振りだしに戻って、ふたりでいろいろと話し合いながらやる。このアルバムのミックスが難航しているのは、素材にかぶりが多く、レコーディング現場にいたわけではない僕には、ダイスケが望む、現場の空気感みたいなものが今ひとつ、理解できていなくて、かぶりを排除する方向でミックスしてきたからだったわけですが、今日はかぶりの多いのチャンネルを重要視して、そこにある空気感をいかに魅力的に聞かせるかというところからスタート。すると、思いもかけぬ方向に音像が開いていって、素晴らしいミックスが出来ました。
1曲終ったところで、ふたりで渋谷の楽器店に。帰りにアイコアイコに寄る。「そういえば、今日は発売日じゃん」「なんの?」。アーティストというのは往々にしてこんなもんです。しかし、アイコアイコの中を見回しても、PHATの旧譜はあっても今日発売のマキシ・シングル「デイト」は見当たらない。入荷してないのかな〜、と思いきや、一日で3枚売れて、なくなっちゃったそうです。ヨ〜シ。初日バックオーダー3枚はゲットか。
スタジオ戻って、次は「マコト」のミックスのやりなおし。この曲はアルバム中、一番の難曲。シークエンスと生演奏がどうにも混ざらない。しかし、「スーパースター」と同じように、考え方を変えて進めたら、とっちらかっていった音像が素晴らしくタイトになって行きました。このミックスはひとりでは出来ないな。フジワラダイスケとふたりで2年以上、あ〜でもない、こ〜でもないとやってきたからこそ出来た、奇跡的なミックスかも。音楽は面白い、とあらためて思います、こういうことがあると。
う〜ん、こうなるとすでに完成している3曲のミックスもやりなおしたくなるなあ。その3曲はPHATの「タユタフ」以前にミックスしてあるわけですが、「タユタフ」を通じて、僕個人としてもネクスト・レベルに進んだ実感がある昨今。ハードルがまた高くなってしまった。

12.12
風邪が悪化。スタジオ作業は諦めて、午後遅くまでベッドに。こういう日は勿体ないですね。何が勿体ないかというと、スタジオが丸々空いているのが勿体ない。個人で持つことが出来るスタジオとしては、夢のような環境になってきましたから。
夕方、三軒茶屋で朝日とミーティング〜渋谷に出て買い物〜.J-WAVEでミーティング&プロモーション。深夜の番組でナビゲイターを務める高宮マキさんにしばらくぶりに会う。
終電間際に渋谷に戻り、自由が丘経由で帰った等、バスの中でとあるネット・ラジオのプロデューサーと一緒に。ネット配信のことなどいろいろ話す。ラジオとジュークボックス、どちらが求められるか? コンピレーションやベスト盤を好む最近の消費者動向と、ネット配信の行方は?などなど。やっぱり、現場で何かやっている人の意見は面白い。僕はパッケージなしにレコードを聞く気がしない派ですが、興味はとても惹かれます。何かやってみたくなった。

12.13
風邪は好転しないものの、スタジオ行って、フジワラダイスケ・レコーディング。最後に残った1曲「ユキ」のミックス。ダイスケがピアノの音色にこだわりまくり、難航するものの、NEVEのEQがここぞ!という時に良い働きをしてくれて、素晴らしいミックスに到達。しかし、最後はへばり、ダイスケの車で送ってもらって、ベッド直行。

12.14
終日、家で過ごす。パッとしないのでパッとした企画を。12/16発売の朝日美穂の「HAPPY NEW YEAR 」の表題曲をMP3でフルレングスで試聴できるようにしてみた。ファイルが置いてあるので、しようと思えば、ダウンロードも出来てしまいます。ネットを通じた音源流出が、レコードが売れない原因になるのか、それともプロモーション効果があるのか、実験してみる・・・わけではないです。今回のマキシ・シングルは季節モノ、縁起モノですから、たくさんの人に気軽に楽しんでもらえればいい、というだけ。良い音で聞きたい人、ジャケット欲しい人、カップリングの2曲も聞きたい人は買うだろうし。ただし、著作権管理の問題があるので、JASRACに登録が完了するまでの期間です。
asahi-chikuonのフリー・リスニングのページはこちらから。
もうひとつは12/15〜12/31までMEMORY LABのONLINESHOPでバーゲンセール! 1枚買うともう1枚付いてくるという大判振舞い。倉庫化しているうちのキッチンに積まれた在庫を年末までに整理したいという個人的意図が強いですが。なにはともあれ、SHOPのページを覗いてみてください。トップページを通らず、直接、このページに来てしまった人はこちらから。これもブツがなくなったら終了です。

12.15
タダ!というと人は来ますね。ちょっと不安になるくらい。まあ、この際、MP3をiPODに入れて、ぜひ初詣のお共に、なんちゃって。iPOD、オレも欲しい。
さて、風邪はやや快方に。昼は買い物に行ったり、洗濯したり。オークションで、ヴィンセント・ギャロも探している超レアなブツを発見するも、落し損ねてガックリしたり。二度と出会えないだろうなあ、コレは。僕以外の入札者はたったひとりだったが、どこのどいつだったのでしょう? ギャロだったりして。
夜は吉祥寺マンダラ2でさかなのワンマン。物凄い人。200人くらいいたんじゃないないだろうか。奴隷船のような状態。遅れていった僕は入口付近の通路より前進不可能で、メンバーの顔は見れませんでした。西脇と青山陽一さんの影を見たくらい。しかし、通路で聞いていても、今日のライヴは素晴らしかった。さかな史上に残るんじゃないかと思うくらい。
POCOPENはちょ〜ゴキゲン・・・て、顔も見ていないわけですが、声のトーンで分かります。歌声はいつになくしっとりしていました。そして、アンコール前には「ロッキンチェア」。さかながこの曲をちゃんと演奏するのを僕は初めて聞いた。ついに聞いた(観れなかったけれど)。「ロッキンチェア」は名曲だけれども、僕にとっては、それ以上の意味のある曲です。まさしく僕の人生の一部と言ってもいい。「光線」というアルバムに収められたこの曲を聞かなかったら、僕はここでこうしていないのは絶対に確かなのだから。そんな曲は僕の人生の中に、多分、あと2曲くらいしかない。
通路のすみっこでそんな曲を聞いて、ひとりしんみりしていたのに、アンコールは青山陽一さんを加えたドタバタ・セッションになり、終了後は入り口で物販。いきなり仕事モードに。僕はCDを、POCOPENは自らTシャツを売ったのですが、ワンマンだというのにTシャツを25枚しか作ってこないというのが、また、さかならしいところで、これまたドタバタしたりして。
ようやく空いた店内で、ポップ鈴木くんと青山さん、フリーボ石垣くんと少しお喋り。石垣くんと一緒に井の頭線で帰る。