BEFORE GET IN SLEEP

12.03
午前中は原稿書き。さくっと二本書き終える・・・って、どっちも300字足らずの短い原稿だったが。ひとつは恒例のミュージック・マガジンの年間ベストテン。いつもは雑誌のバックナンバーなども振り返りつつ、あ〜でもないこ〜でもないと考えたりするのだが、今年は15分くらいでエイヤッと決めてしまった。
でも、今年は良いレコードが多かったように思う。候補は次々に思い浮かび、でも次々に落して、結局、ステレオセットのまわりに置いてある、よく聞くCDばかりにした。良いレコードが多かったというより、僕がいつになく、楽しく音楽を聞くことができた年だったのかもしれない。
思えば、90年代後半は、レコードを聞くことがだんだん苦しくなっていた気がする。レコードは好きだったけれど、聞くよりも買うのが好きだったような・・・。
あれは奇妙なレコード・バブルの時代だった。激ヤバだ、要チェックだ、マストだ、2枚買いだなんてポップに乗せられては、聞かないレコードまで買う。完ちゃんや小西くんやMUROくんの真似をしても敵うはずもないのに、みんながその気になって。日本選曲家協会(今のあるのだろうか?)の会員番号26番だったりする僕も、あるいは、そういう風潮を作り出すのに荷担したひとりかもしれない。が、だんだんそれが辛くなっていった。レコード・カタログみたいな音楽雑誌や単行本ばかりが並び、あれもこれも知らなきゃ嘘、持ってなきゃ嘘みたいになっていくのは。だって、音楽の楽しみはそれだけではないのだから。
例えば、ライヴハウスに足を運んで、無名の、まだレコードも出していないバンドが少しづつ良くなっていくのを見守ることの楽しみ。それは名盤の誉れ高いレコードを聞くのとはまったく違った、でも、すごくリアルな手応えのある音楽の楽しみだ。この何年かの間に僕はそういうことをよく考えるようになった。そして、それが今、僕がやっていることに繋がっているとも思う。
午後は銀行で支払い業務など。それから実家に。夕方、自由が丘でSASAKIDELIC氏と打ち合わせ。PHATのジャケット・デザイン、というよりは、アート・ディレクション全般をお願いする。それからスタジオに行って、NEOTEKの卓のメンテの続き。2.2mFのコンデンサーを12個も交換。狭い空間で小さなコンデンサーを基盤に差しこまねばならない。何度も手がつる。もう二度とやりたくないぞ、これは。
でも、マスター・アウトプット・セクションはこれで全部のコンデンサーとオペアンプを交換したことに。これで治らないはずはない。さらに、こないだ秋葉原で買ったコネクターを増設などして作業終了。達成感アリアリ。

12.04
最近、レコードのオーダーがあちこちからパラパラとやってくる。セレクトショップやCDを少しだけ置いている洋服屋さんなど。こないだも青山でそういう洋服屋さんの前を通りかかり、並んでいるCDを見たら、結構、僕の趣味とかぶっていたので、MEMORY LABのCDを「聞いてください」と置いてきた。そうしたら、すぐにオーダーの電話が。特にPHATはそういうレコード店以外のところでのCDセールスで結構な数を稼いでいる。面白い動きだなと思う。
もっとも洋服屋の中のレコードショップといえば、シスコなんてのも昔は渋谷西武百貨店の地下のジーパン売り場の中にエサ箱があったのだ。昔といっても、僕が高校生の頃だから、30年近く前だが。あそこでバッファロー・スプリングフィールドやレオン・ラッセルの輸入盤を見つけて狂喜したなあ。あとはヒップホップの出始めの頃、原宿のデプトで「ULTIMATE BREAKBEATS」を売っていて、なんだコレは?!と驚いたこともあった。今もどこかにそんな、レコード屋では買えないレコードが買える洋服屋とかがあるのだろうか。
午後、リミックス編集部に。野田努さんと編集部加藤さんと軽くミーティング。YAMAUCHIを2001年のベスト新人に選びました、と言われて驚く。本当は完成したYAMAUCHIのアルバムを持っていくはずだったのが、諸事情で聞かせることができなくなり、僕の側がヨーロッパのレーベル事情などを教えてもらうばかりのミーティングになってしまった。恐縮。しかし、野田さんが加わったリミックスはリニューアルも成功し、すごくパワーアップして見える。インディペンデント・ミュージックを積極的にサポートする姿勢も心強い。
そうそう、PHATは来年は東芝/BLUE NOTEに移籍するわけだが、そのアナウンスが流れたせいで、「KING OF PIMP」のプロモーションにはデメリットも生じてしまった。つまり、「メジャーに行ったら取材しますよ」ってことになってしまうわけだ。某MM誌からもそう言われたりして。でも、メジャーから出る時には、いろんな音楽雑誌や一般誌にもどっと出るわけで、遅いよね、もし、本当にPHATに注目しているんだとしたら。逆に、今のところ特に注目に値しないのだとしたら、出来上がってもいないメジャー盤の時に取材、なんて約束が出来るのもおかしいし。
でも、こういう様子見って、今の日本の音楽シーンを覆っているようにも思う。雑誌編集者もラジオ・ディレクターもレコード店のバイヤーもみんなが様子見。つまらなくなっていくわけだ、音楽の世界は。昔は誰よりも先にオレが書くとか、オレがかける(ラジオで)という気概を持った連中がいた気がする。思い出すのは80年代半ばのタイニー・パンクスの「週間プレイボーイ」の連載とか・・・・あれには毎週毎週、やられっぱなしだった。僕の主戦場は月刊誌だったので、いつも歯斬りして悔しがってたものだった。でも、今ではあんな風にリスク引き受けて、先物買いする人はめっきり少なくなってしまった。
あ、思うに「ニュー・ミュージック・マガジン」に戻せばいいのにな、マガジンは。新しい音楽の雑誌なのだとしたら、様子見なんてしてられない。誰よりも先にニュー・ミュージックを探さなきゃいけないんだから。

12.05
ハーバートに会う。ミュージック・マガジンの取材。ハーバートを最初に意識したのはドクター・ロッキットの97年盤だったか。当時、選曲していた渋谷FMの番組でよくかけたものだった。98年に出たハーバート名義のオンキョー・ハウスなアルバム、「AROUND THE HOUSE」は日本ではほとんど話題にならなかったが、僕は一気にハマった。朝日美穂の『THRIIL MARCH』を作っていた間はずっと聞いていた。「聖者の行進」という曲のリリースの長〜いキックの音は「AROUND THE HOUSE」にインスパイアされ、EVENTIDEのH3000を発振させて作った。COMPOSITE誌では年間ベストにも選んだ。3枚組のアナログはDJする時には今でも必ずバッグに忍ばせている。
去年、ドクター・ロッキット名義の「INDOOR FIREHOUSE」が出た頃は、CDもなかなか売っていたなかったりして、ハーバートと言っても、知る人はまだ少なかったはずだが、今年始めの来日あたりから急に注目され出して、ハーバート名義の「BODILY FUNCTION」は輸入盤で1万以上を売ったそう。そうそう、岡村詩野によれば、「ビョーク効果」も大きかったようだ。
ハーバートは想像していた通りの、育ちの良さそうなミュージシャンで、聞けば、4歳から24歳までクラシックの勉強をしていたそう。ギル・エヴァンスが大好きだとも言っていた。音楽のことは、実は僕はあまり聞くことがなかった。聞かなくても分かっていたのだ。意外だったのは年齢くらい(29歳。風貌から30代半ばかと思っていた)。そうそう、お父さんの話はもっと聞きたかったな。ハーバートのお父さんはBBCの技術者だったそうだ。BBCの生み出したプロ・オーディオ機器のサウンドを僕はこよなく愛しているから。ハーバートは年間200曲も録音するそうで、物凄くスピーディーに作品を仕上げているようだが、それでいて、ラフな感じがちっともしないオーディオ・クォリティーを備えているのは、そういう家系だってこともあるのかもしれない。
夕方からスタジオで朝日美穂レコーディング。コーラス録りは終ったこないだの曲。僕がリズム・トラックにまだ首をかしげていて、別の振りもの入れてみたり、キックを打ちこみなおしたり、悩んだあげく、CDをアレコレ聞いて、ただ時間が過ぎていくみたいな状況に、彼女の不満が募る。「今は一体、何の時間ですか?」でも、もう少し、ひとりでやらせてもらうしかないってことで、今日は終了。

12.06
山口泰がスタジオを使いたいというので、午後からスタジオに。セットアップを手伝う。しかし、彼は理科系の大学も出ている本物のエンジニア。僕は元物書きのにわかエンジニア・・・だったにもかかわらず、「健太郎さん、すみません、これをこうして音を出すには?」と言われて、「ハイハイ、だったらこうしましょう」などとやっているのは不思議だなあ。
祐天寺駅前の喫茶店で、PHATのヴィジュアル・ミーティング。東芝EMIのスタッフ、ジャケットまわりをお願いするSASAKIDELIC氏、PVのディレクションをお願いするクランプス三輪くん、それからダイスケと僕。全員の顔を知っているのは僕だけなのに遅刻する。が、すでにミーティングは良い感じで進んでいたのでホッ。これにカメラマンの田中さんが加わると、かなり男気なチームになりそうだな。
終了後、ダイスケと東芝の田中くんと僕の3人で代官山、渋谷に洋服を見にいく。PARCOのデザイナーズ・ブランドのフロアなんて、滅多に足を踏み入れることがないので、ヘンな気分。帰りにダイスケが「中国人の作るラーメンが食べたい」というので、公園通りの上の方のチャーリー・ハウスへ。久しぶりに食したが澄んだスープ、繊細な麺ともに素晴らしくて大満足。


12.07
寒い。午前中から銀行や郵便局や税務署に。もろもろ支払い多く、懐も寒いわ。
スタジオでは山口泰が昨日の続き。作っているのは、横尾忠則さんの個展にインスパイアされたという彼自身の作品。今日は声のダビングにパートナーのトモちゃんも登場。さらにスペシャル・ゲストは誰かと思えば、OTOが登場。とっても久しぶり。OTOはNEOTEKの卓が見たくて付いてきたみたいだ。
思えば、OTOと出会った頃の僕は楽器や機材をほとんど何も持っていなかった。13年くらい前だろうか。フェンダー・テレキャスターですら押入れに入っていた。楽器屋に足を踏み入れることもほとんどなくなっていて、なので、最初のサンプラー、ローランドのW30を買う時にはOTOに付いてきてもらった。それが今ではこんなスタジオを持つことに。「健ちゃんももう1000万円くらい使ったんじゃない?」と言われるが、う〜ん、そのぐらいかも。
トモちゃんの声のダビングは2テイクで終了。いきなりオケ聞いて、「何か声入れて」と言われて、あんなこと出来る人はなかなかいないだろう。2テイク目ではシェイカーまで振って、また、これがめちゃめちゃハマリ。ヤっちゃんがミックスしている間、僕とOTOはたくさんお喋り。思えば、OTOには世話になったなあ。たくさんの仕事を一緒にしたし、たくさんのことを教えてもらった。
ミックス終了後、一緒に夕飯。僕はスタジオに戻り、朝日の曲のリズム・トラックに再挑戦。いろんな機材の電源を落した時に出るノイズをパーカッションに使えないかと、あれこれ、やってみる。ボツッとかピヨンとか。朝日が一緒だったら、また「今は何の時間ですか?」と呆れらそう。でも、何か今までやったことないことをやらないと面白くないのだ。

12.08
スタジオでひとり昨日の作業の続き。ちょっとインダストリアルというか、あるいはアート・オブ・ノイズというか、そういう感じの音をいろいろ取り込んでみた。あさって、クラムボンがスタジオに来るので、メンテと片づけも。

12.09
東急ハンズでちょっと買い物。帰りに渋谷のヤマハに寄ったら、新製品のソフトウェアに面白そうなものが沢山。う〜ん、買いたい。僕はまだソフトウェア・シンセやサンプラーをほとんど使っていないのだが、G4のパワーブックでも買ってやろうかなあ。
スタジオで朝日に一昨日からの作業の結果を聞いてもらうが、「これじゃファンクになっちゃった」ということで、ノイジーな音やハードなアクセントのある音はほとんど却下。WALDOF MICROWAVEの電源のオンオフ音とか気に入ってたんだけどなあ。
音が多くなりすぎていたのは確かなので、彼女の指示に従って、整理した後、リード・ヴォーカルを録ってみる。さらにベースも録ってみる。ベースは初めて位置が見えた感じで、OKテイクに出来そうなのが録れた。
あすのクラムボン来訪に備えて、スタジオを掃除しようと思ったのだが、聞けば、来るのはミトくんだけだそう。なんだ、郁子ちゃん来ないのかって思ったら、急にやる気なくなったりして。