11.16〜18 物凄い三日間でした。かなりお金のないツアーなので、前日から大変。エマーソン北村くんの車で朝日美穂バンドの大量の機材をトランポしてもらうことになり、その積み出し。いつもながら、北村くんには頭が下がる。関西でプロモするための資料作りなど。深夜に滝瀬さんのところで朝日美穂のマスタリングのやりなおし。帰って、ともかく4時間くらい寝て、早朝、スタジオに。プロモ用のCD-Rを焼きながら、ギターの練習。マドンナの「HOLIDAY」のカヴァーを1曲目にリズムボックスとギターだけでやるのだが、かなりのスローテンポなので、タイムキープが難しい。ずっとずっと反復練習。
なんだかんだで東京駅に予定の一時間半遅れ。朝日とダイチャンは先に行ってしまった。PHATのケースケは前日、京都なので大阪で合流。のぞみに乗ったので、到着時間はひかりで行ったふたりとほぼ同時。梅田のカンテグランデでカレー食べつつ、ケースケとも合流。ケースケが京都で借りたレンタカーで南船場の&'S SELECTIONへ。みんなでバンに乗っていると、ツアー気分盛り上がりますな。&'Sで久しぶりに羽野くんや田野くんに会う。
一度、ホテルへということで長堀のホテルに向かったら、ここで最初のトラブル。なんとホテルの予約が入っていない。この週末の大阪、京都はホテルがどこも満室で、世話になっている大阪のプロモーターに空いているホテルを探してもらったのだが・・・。どうも手違いがあったようだ。プロモーターの人とは連絡取れず。どうしよう?と言ってもどうにもならず。周辺のホテルもすべて満室のようで、問い合わせしてもけんもほろろ。
しかし、こういう状況でもパニックにならないのがO型の良いところ。僕とケースケはO型全開の性格なので、まあ、どうにかなるでしょうってことで、&'Sの近所のタコ焼きを食べに行くことにする。B型の朝日とダイチャンもあまり気にしていない。タコ焼き屋の手前でもりばやしさんを拾い、店で北村くんとも合流。ネギぶっかけでウハウハ。
8時から急いで会場作り。&'Sは普段は半分がギャラリー、半分は洋服や靴のセレクトショップ。片隅にCDも売っていて、バーカウンターもあるというスペース。それを一気に片付けてライヴハウス化するのだから大変。しかも、今夜は3アクト。さすがにリハに手間取り、40分も押してしまいました。並んで下さったお客さんには申し訳ありませんでした。しかし、エマーソン」北村くんと僕で「まあ、なんとかなるでしょう」とか言いながら、いちから音響システムを作っていったわけですが、こういう時の北村くんの能力というのは本当に凄い。頭の中が高速回転してますね。
この夜はもりばやしみほと朝日美穂で「MIHOMIHO WEST」という企画。不思議な空間でしたね。BBSにも書いたけれど、もりばやしさんのソロ・パフォーマンスは素晴らしかった。朝日美穂バンドはどうだったのかな? 転がしのモニターもない&'Sの環境は、予想に反して非常に音が聞きやすく、僕は楽しんで自由にプレイできました。深夜にはエマーソン北村くんのソロ・パフォーマンス。これまたサイコ〜。ガッチリとロックされたペダルベースの足さばきに乗せて、TR808を細かく操作しつつ、絶妙なニュアンスのオルガンプレイを聞かせるのですが、見ていると無駄な動きがひとつもない。ハーバートの12インチに入っている曲もやってくれました。吉本秀純さんのDJも心地よく、来てくれた人は面白い一夜を体験できたのではないでしょうか? 翌日のイヴェントで一緒になるSCOFのふたりや、石井マサユキ、なぜか大阪にいたヒックスヴィル中森さんなど来てくれました。あ、「MIHOMIHO EAST」は11月24日、下北沢440です(ギタリスト、チダ復帰につき、僕はこっちは出ませんが)。
ところで、すっかり忘れていたホテルの件。プロモーターの人から電話があり、手違いが判明。大阪市内では今夜はホテルが取れない! なので、尼崎のホテルまで行かねばならないことになりました。朝の4時に&'Sを出て、4人でバンに乗って、尼崎へ。ところが、駅前と聞いていたホテルが見つからず。電話したら、僕達がいるのはJRの尼崎でホテルは阪神の尼崎だったりして。なわけで、もう明るくなってからホテルに到着。しかし、こんな状況でも誰一人ナーバスにもならず、冗談飛ばしながらドライヴしているというのは良いメンバーだなあ。
ホテルは3部屋しか取れなかったので、僕とケースケはツインで寝る。4時間睡眠で起きて、10時チェックアウト。高速乗って、京都に。しかし、尼崎って兵庫県だったのね。今回は大阪、兵庫、京都ツアーになっていたわけです。
日曜日の京都に向かう高速は大渋滞。朝日美穂バンドのリハは12時45分からなのですが、京都に近づくにつれ、全然、道が進まなくなり、余裕持って出たはずの時間がどんどんなくなっていく。昨夜は夕飯をちゃんと食べていないので、みんな空腹。早めに京都行って、第一旭のラーメンと思っていたのが難しい状況に。サスガにみんなヘコみ出す。
が、ここで何と渋滞の中にエマーソン北村号を発見。北村くんは京都METROではスモール・サークル・オブ・フレンズのキーボードでもあるのですが、SCOFのリハは朝日の前の一番手。12時からでした。北村くんと携帯で協議して、何キロも前から渋滞の京都南インターでは降りず、京都東まで行くことに。京都東で北村号の前に出た僕達は、これならSCOFのリハの間にラーメン行けるでしょってことで、山科でラーメン屋に。黒々とした醤油色。大量のネギと肉の京都風ラーメンでかなり美味でした。ハードなツアーの中にも、こういうことがあるから楽しいわけで。
が、METROに着いたらまたアクシデント。SCOFのベースは鹿島くんなのですが、鹿島くんが体調悪く、今夜はライヴ終了後、東京に帰りたいということになり、トリだったSCOFがひとつ前に繰り上がり、朝日美穂がトリを務めることに。ヤバ〜ですね。だって、SCOFのメンバーといえば、ベースが鹿島で、ギターが石井マサユキで、キーボードがエマーソン北村。ここまでは旧朝日美穂バンド、FMOの面々です。ドラムの楠くんも朝日の「唇に」をレコーディングしています。彼らがどれほど素晴らしいミュージシャン達であるかは、朝日と僕は誰よりもよく知っている。でも、あえて現在の朝日バンドは二十代のミュージシャンを使って、FMO時代とは違うグルーヴを作ろうともしているわけです。
あと、僕にしてみれば、ギタリストのチダが欠席につき、今回のツアーではトラを務めているわけですが、よりによってマサユキの後にギターを弾くわけです。日本で一番好きなギタリストですからね、マサユキは。彼のようにギターが弾けるなら、僕はとっくにクロスロードで魂を売っています。
METROは非常に環境の良いハコなので、リハはまずまず順調。5時くらいから長丁場のイヴェント・スタート。あったかい感じのお客さんで、知った顔もチラホラ。でもって、この夜は何はともあれ、SCOFでした。ホテルで休んでいた鹿島くんがステージの間だけ恐ろしい集中力で演奏する。そんな状況がメンバー全員に火をつけたかのよう。北村くんはこの日がSCOF初参加だったのですが、そんなことを微塵も感じさせない鉄壁のグルーヴが打ち出されていく。先日のクアトロ・ワンマンの時よりも演奏はタイトでした。特にマサユキのギターはクアトロの時の数倍凄かった。
朝日バンドのダイチャンは鹿島くんとのライヴを経験していますが、ケースケは初めて鹿島のプレイを見て、打ちのめされることしきり。「凄いバンドですね」というので、「うん、このベースとギターとキーボードはオレが集めた旧朝日バンドだよ」と言ったら、「マ、マジですか? ヤベ〜」。
てなわけで、僕を含めた演奏陣の3人はSCOFにやられまくった状態でステージに。そのせいもあって、前日の&'Sでの演奏よりはみんな手堅い方向だったかな。でも、朝日のパフォーマンスが非常に落ち着いていたので、まずまずの出来ではあったんじゃないでしょうか。ただ、僕にはまだオマケがあって、最後にシンガー達が全員、ステージに昇って、鈴木茂の「砂の女」を歌うというセッションがあったのですが、ここではセッティングは朝日美穂バンドのままだったので、マサユキが僕のES-125Tを弾いたわけです。同じギターを同じセッティングで弾いて、あんな痺れるような音出されるとねえ。プレイも、あんあに自由に弾くマサユキ久しぶりに見たというくらい凄かった。
全員で打ち上げ。でも、さすがに疲れていたので、サラッと終えて、ホテルへ。
翌日は9時頃起きるはずが寝坊。夜中にビタミンBを飲みすぎたみたいでした。朝日とふたりで大阪に向かい、12月発売のマキシ・シングル「HAPPY NEW YEAR」のプロモーション。レコード店とFM局を回って、夕方に東京へ。さすがにふたりともグッタリで、東京駅からはそれぞれまっすぐに帰宅。まあ、いろいろいろいろ書いていないこともありますが、こゆ〜い三日間でした。
11.19いろいろあった一日ですが、とりあえず、書くべきはSMEのレーベルゲートCDのことでしょう。僕のところには正式発表前にプレスリリースが来ていましたが、それを読む限り、これはパソコン上で聴くための圧縮音源データをハードディスクに落す時に、SMEからインターネット経由で暗号を解く認証を入手する必要がある、というもののようです。じゃあ、普通のオーディオデータはどうなっているの?というと、ミッドバーのCDSを採用予定ということ。つまり、他社のCCCDと同じです。レーベルゲートCDの技術は、オーディオデータのコピーコントロールとは無関係なものなので(当然ですな)、違う方式のCCCDになる可能性も残してはいるようですが。
親会社のソニーがVAIOで音楽をというのを相当にやってきたわけですから、その絡みでSMEがこういうものを作らねばならなくったのは明らか。でも、なぜにCDS? KEY2AUDIOではない理由は? SACDはもう諦めるのか? たぶん、ソニーおよびSMEの中でも相当いろいろあるでしょうね、政治的なことが。レコード協会との関係もあるし。
しかし、いずれにしても音楽家にとって、音楽ファンにとって、良いことなどひとつもない、というのが僕の正直な思いです。昨夜、滝瀬さんにその話をしたら、「ザケンナ」と言っていました。音を作っている人達の共通の思いだと思います。でも、音のことなど顧みない人達によって、容れ物が変えられ、届けたい音が届けられず、聞きたい音は聞けない状況になっていくわけです。僕は違う道を歩まねばならない、と強く思った日でした。
11.20やけにアクセスが増えていると思ったら、ソニーのレーベルゲートCDの件、またしても、僕がいち早くリークしたみたいで、あちこちにリンクが貼られているようです。でも、今回は東芝やビクターの時のように業界関係者から小耳に挟んだ未確認情報など書いていない。旅先から帰ったら封筒が来ていたので、開けてみたらSMEからのプレスリリースだったというだけ。僕のところにも来るくらいだから、かなり広範にリリースは蒔かれていたのではないかな。
にもかかわらず、正式発表の20日までネット上には僕のBBSの書きこみ以外、情報がなかったというのは、どういうことなのだろう? 別に情報統制がされていたようにも見えないし(だったら、僕にプレスリリースなど送らないよね)、それよりはいかに人々がこの件に関して無関心かということを示しているように思う。一般の人々はともかく、音楽に関わる仕事をしている沢山の人々の無関心には、驚きを通り越して、深い絶望にすら襲われる状況だし。だって、この際言っちゃうけれど、オレと萩原健太だけじゃん、日本のミュージック・ジャーナリズムの中で積極的に物言っているのは。オレ達だけがマトモ、なんてこと言えば反感買うとは思うけれど、後の知らぬ存ぜぬ、見てみぬ振りの人達は何考えているのか? 本当に疑問なのだ。
コレは音楽文化の根幹に関わる問題、というのはレコード会社の言う通りで、今、それが激震にさらされているというのに何ひとつ言えないというのは、ジャーナリズム自体が死んでいるとしか思えなかったりする。態度表明ひとつ出来ないようで、音楽評論家なんて言えるのかよ、オマエ? と、半ばリタイア気味のオレごときに言われてしまうよ。
前々から言っているように、僕はコピーコントロールに全面的に反対しているわけではなくて、むしろ、不法コピーの氾濫や私的複製の拡大解釈にはフザケンジャネエと思っている。自分でレーベルや著作権管理会社をやっている身としては当然のこと。現在のレコード会社が置かれている苦境も身を持って知っている。過去二十年間に渡って、僕の収入のかなりの部分は、メジャーのレコード会社からのものだから、このまま音楽産業が沈没していくのは、もちろん、望むことではない。だから、コピーコントロールは必要か否か、と問われれば、必要だ、という立場。
でも、レコードという商品から魅力を減らすようなことはしてはいけない。それはコピーコントロールの必要性よりもはるかに絶対なのです。だって、確実に鮮度の落ちたサウンドを聞かねばならないのだよ、これからは。これがもし食品だったらどうだろう? すべての野菜や魚が明日から二日分、鮮度が落ちるとしたら? コンビニで食べ物買ってばっかりの人にはあまり影響がないかもしれない。でも、食の雑誌や番組や評論家がそのことに対して声を上げないなんてことは考えられない。食文化の根幹に関わる問題なのだから。
レコードに対するウンチクだの、ミュージシャンに対する根掘り葉掘りのインタヴューだの以前に、ジャーナリズムに求められていることはないのだろうか? これは自戒もこめて言うのですが、音楽業界人全般の社会的見識の薄さ、利己主義や付和雷同的性格が、今回のことで浮き彫りになったようにすら思えてしまう。そして、それこそが音楽産業を傾かせているのではないか?とも。
11.21忙しい。午前中から原稿、原稿。終らないまま午後になりスタジオに。「サウンドデザイナー」という雑誌の取材を受ける。インタヴューワーはアップルズ黒田くん。ヘンな気分。朝日美穂のマキシ・シングルのプロダクションについてもアレコレ質問されるが、黒田くんはその作曲者。でも、どんな歌詞がついて、どんなアレンジになっているかは知らないまま。インタヴュー前に聞いてもらおうかなと思ったけれど、作曲者の意に反することも考えられるので、やめておきました。
質問内容は音作りに関するノウハウが主。でもさ、クドいかもしれないが、CCCDになっちゃ終わりなのだよ、幾らウンチクを並べても。だから、DMBQの記事とか見ても、寒くなるだけ。ヴィンテージ機材の自慢話されたって、一般ユーザーが聞けるのは、エラーまみれの曇った音。マスターと比べなきゃ分からないだろ、と思っているのだとしたら、随分と読者を馬鹿にした話だ。
でも、音楽雑誌は、技術系の音楽雑誌であっても、CCCDの音質検証を一向にやろうとしない。それこそは今、雑誌の基本姿勢を問われることだと思うのだけれど。あと、CCCDで作品発表しているミュージシャンやエンジニアにインタヴューしても、その話にはならないのかな? みんな腫れ物に触るように、そこは避けて通るのだろうか? 多分、僕も近い将来には、プロデュースやエンジニアリングの仕事をした音源がCCCDになってしまう経験を得るだろう。でも、その時こそはハッキリ分かることになる、どれだけ音質が、というよりは音楽性が損なわれたかが。僕は口を閉ざすことはないから、大変だよ。
夕方、滝瀬さんのところに。実は朝日美穂のマキシのマスタリングはまだ終っていなくて、過日、自分でやりなおしてみたりもした。結果、朝日に「これなら100点」と言ってもらえるEQが出来たので、そのCD-Rを聞いてもらうことに。
にしても、なぜ、こんなに難航しているかというと、プロ・スタジオでのマスタリングで音はリッチになっても、そのことによって、グルーヴが変わってしまうことがあるからです。グルーヴとか空気感とか、後はミックスしていた時の気持ちとか、そういうものが違ってしまうと、幾ら良い音でも違和感が残ったまま。今回はそこが本当に難しかった。最後の最後はミッドハイのEQのポイントが3Kか3.6Kかというと、本当に子細な違いへのこだわりなのだけれど、でも、それで違うのだ、グルーヴが。もう自分では追い込めるところまで、追い込んだので、後は滝瀬さんにお任せで今夜、やってもらうことに。
夕方、溜池に向かい、東芝EMIで「アドリブ」誌のインタヴューを受けているフジワラダイスケから、先日のツアー中にカセット録音されたライヴ・テープを受け取った後、CDのプレス会社の営業担当者から朝日のマキシのジャケット色校を受け取る。そのまま雑談・・・の内容はもちろん、CCCD。ソニーのレーベルゲートCDのファースト・セッションはCDS採用です、と教えたら仰天していました。
でもって、CDSに関する技術的なことを色々教えてもらった。CDSは6秒に一度、エラーを書き込んであるというけれど、6秒に一回のエラーだったら、そんなに音が変わるとは僕には思えなかったのだが、やはり、もっと深いところに音質劣化の理由はあるようです。14ビットから8ビットへの変換のアルゴリズムがどうとかいう、僕には到底、説明しきれないレベルのことでしたが。
ところで、MEMORY LABが使っているプレス会社、問題ないと思うので社名も明かしてしまいますが、三洋マービックメディアはCCCDは今のところ生産していません。そして、僕がこのプレス会社を使っているのは、音質が好きだからです。プレス・コストだけ取れば、もっと安いところもあるかもしれないけれど、僕には音質が一番重要なので、ずっと三洋マービックでプレスしている。CD-Rマスターでも結果は良いし、疑問点にもきちんとした技術的説明をしてくれるところが気に入っています。
今日、非常に嬉しかったのは、その三洋マービックメディアが新しいプレスのシステムの導入するということ。そして、その音質に関して、テストプレスに立ち会って、アドバイスを欲しいと依頼されたことでした。なんと、この僕ごときが、滝瀬さんと一緒にやることに。新しいプレスのシステムは当然ながら、より高音質のCD生産をめざし、「うちも勝負をかけたもの」だそうです。素晴らしい。物を創るというのは、そういうことじゃなきゃいけない。技術者の夢がこめられた機械というのは、人を感動させることが出来ます。ソニーやビクターだって、ずっとずっと、そういう機械を作ってきた会社だったのにな。
遅れてやってきた朝日と、週末の「MIHOMIHO EAST」の打ち合わせ。それから渋谷に出て、デザイナー、岡崎くんとミーティング。新楽飯店で定食食べた後、J-WAVEで古い仕事仲間のスギモっちゃんとミーティング。そういえば、PHATの新曲「デイト」が早くもTOKIO HOT100にチャートインしていますが、これもスギモっちゃん以下のシンパのおかげ。来年明けのアルバム・リリースに向けて、いろいろと頼みごと。
スタジオ戻って、CD-Rを焼きながら、久しぶりにブリジット・フォンテーヌの「ラジオのように」を全曲聞く。聞き終えたら、ワッとインスピレーションが湧いて、PHATの仮題「異常繁殖」のミックスを一気に。カッコイイ。最近、ちょっとミックスのチャンネル割りや、使うエフェクトがパターン化していたのですが、今日は卓のアナログEQをフルテンで使って、かなりチャンネルごとにピーキーな音を作ったり、エフェクトもしばらく使ってなかったイーヴンタイドのH3000やMOOGER HOOGERなどエフェクターっぽものを多用したりで、いつになくロックっぽいミックスに到達。あした、フジワラダイスケと細かいミュートやエンディングの編集をすれば完パケかな。
帰ってからは、しまった、忘れてた、原稿、原稿。長い一日ですが、まだ終りません。
11.22ハイ、一体オレは何やっているんだか、もうぐっちゃぐっちゃで分かりません。今、この瞬間の目の前のことしか頭にないです。が、その目の前のことが、僕の場合、気がつくとあっちからもこっちからもCCCDに絡んでいるので、こうやって連日、眠い目をこすって書いてしまうんですけれどね。世の中の多くの人にとっては他人事なのは分かります。それよりもっと重大な問題が、世界にはたくさんあることも(そうだ、締め切りはどうなんだ、オマエ!という声もあっちこっちから聞こえますね)。
さて、昨日はソニーやビクターをちょっと揶揄したことを書きましたが、組織というのは内部ではいろいろあるわけで、こんな時にも、CDの音質をもっと良くしようという技術に向かっている人達もいることを忘れてはいけないとは思います。ビクターのENK K2にしても、ソニーのPDLSとかいうシステムにしても。CDSなんてものを載せなきゃ行けないという命令が上の方から降ってきた時に、少しでも何とかしようとする人達がいることは分かる。三洋マービックメディアだって、レコード会社の生産需要に応えて、近い将来、CCCDの生産を主体にせねばならないのは明らかですが(コレはミッドバーから提供される小さな機械をかませば簡単に出来るのだそうです)、それに備えて、システムの高音質化をしているという側面もあるでしょう。
逆にいうと、MEMORY LABのように、CDSなど絶対に載せないインディー・レーベルは、その高音質化の技術だけを使うことが出来る。これからはインディー作品の方が高音質で、再生保証の問題もなく、安心して買えるCDだということにもなっていくわけです。三洋マービックの努力に応えられるように、うちももっとたくさんプレスのオーダーが入れられるようにしたいなあ。
ところで、昨日、教えてもらったCDのプレスの際に行われる8ビットから14ビットへの変換というのはEFM(EIGHT TO FOURTEEN MODULATION)といって、プレスの最終段階のグラスマスターを作る時に、16ビットの信号を8ビット、8ビットづつに分けて、さらにそれを14ビットの信号に一度、変換する工程のことだというのが、ネットで調べていくうちに分かりました(この忙しいのに、なことやってるオレ)。なぜ、14ビットに変換するかというと、8ビットの信号というのは2進法の8桁ですから、256通りあるわけですね、0と1の配列が。が、0が幾つも続いたり、1が幾つも続いたりすると、光学的な読み取りが難しくなるため、なるべく0と1が交互に並ぶ256通りの信号を作るために、それを14ビットに変換するのだそうです。2の14乗ということは10万通り以上ある配列の中から、256通りだけ使って、書き込んでるわけですね、CDというのは。知っていましたか、こんなこと? 僕は全然知らなかったです、これだけ長い間、CDというものに付き合ってきたのに。
で、CDSというのは中身の分からないブラックボックスなわけですが、どうも、そのEFMのところに何かしているのでは?ということ。まさにCDSというのは添加物なのだな。そして、何を混ぜ込んでいるのかはミッドバー・テック以外知らない。
しかし、CDSを導入した各社の上層部から現場まで、どれだけの人がこういう技術的なことに対する知識を持っているのでしょうか? 僕も知らなかったので大きなことは言えませんが、物を作るからには技術的知識は必要だし、自分で確かめていかなければならないことが沢山あるとは痛感しています。そうそう、EFMに関するネット上のソースのひとつは、皮肉にもソニーのサイトのPDLSに関する解説で、PDLSっていうのはこのEFMの信号をプレスマスターに書きこむ際の精度を高めた技術のようです。 しかし、そのEFMの信号というのは・・・てまた揶揄しちゃったか、今日も。
一応、日誌部分も。午前中にディストリビューターから思わぬ連絡で、慌てて、事務処理に追われ、今日こそは・・・の原稿、書き上げられないまま、銀座に出て、朝日新聞の試聴室選考会議。今月はそりゃあ、ジョージ・ハリスンでしょう。10年に一度あるかないかの全会一致の推薦盤に。スタジオ戻って、CD-R焼いたりした後、デザイナーの菅原さん宅へ。PHATのアルバム「タユタフ」のデザインの詰め。フジワラダイスケとA&Rの田中くんが先に来ていて、これで行きましょう、と決まりかけていたところに僕が到着。え〜、これじゃダメでしょうと別の案にひっくりかえす。菅原さんも実は別の案の方が気に入っていたため、そうだよねってことで、再びコンピューターに向かう。あ〜でもない、こ〜でもない、というコラージュ作業に再突入し、2時間後、コレだ1というデザインに到達。デザインというのも不思議なもので、ミックスと同じように、ある瞬間にふっと高みに到達しますね。菅原さんはYAMAUCHIのマキシ、アルバムのデザインもお願いしたデザイナーですが、物創りに向かう姿勢が僕や僕の周りのミュージシャンに近いなと感じました。頑固なんだけれど、門外漢の意見も面白がって聞いてくれるバランス感覚を持っているし。今回のジャケットは3人の顔を使う。それも化粧ならぬフェイス・ペインティングをした顔を撮影してコラージュするという僕のアイデアに基づいて進められたのですが、予想をはるかに上回るものが出来ました。良いジャケットが出来てしまったので、もう内容の方も傑作とキマリ!
目黒でダイスケととんきのとんかつ食べた後、スタジオに戻って、昨日、ほぼ完成に近いところまで作ってあった「異常繁殖」のミックスの詰め。サックスのセクションにハーモナイザーをかけて、シンセ・パッドみたいに鳴らしたエフェクトが面白い効果を。夜半に完成。続いて、仮題「キューポラ」に取りかかるものの、途中で例によって抽象的な議論になってしまい、ラフ作ったくらいで終わり。
11.23寒いですね。今年は11月からこんなに寒いのか?と思っているのですが、ひょっとすると体脂肪を4キロも脱ぎ捨てたせいで寒いのかな?
久しぶりに昼頃まで寝過ごす。最低限の人間的生活を取り戻すべく、あれこれ家事など。夕方、スタジオに。土佐有明くんがやってきて、今週、二本目のインタヴューを受ける。コンポジットの記事用の取材(だったの?)。テーマはよく分からないまま、たくさん質問されるので、たくさん喋ってしまいました。
あとはひとりでミックス作業。昨日の「キューポラ」を仕上げる。ペンタトニックのベースラインが延々続く、60年代終り頃のブルーズ系ハード・ロックみたいな曲なので、クリームやマウンテンみたいにしてみようってことで、ドラムを左チャンネルに、ベースを右チャンネルに、サックスを真ん中にという極端なパンニングにしてみた。ディレイもリヴァーヴも最小限しか使わないシンプルなミックス。
完成後、2曲目に取りかかる。レコーディング時には完成形が見えず、コレはアルバムには入れなくてもいいかな?ということになっていた仮題「月」。そういう曲の方が燃えるのよね、オレは。何も考えずに、まずはシークエンスだけで格好良く聞けるように作って行く。さらに各楽器に過激なエフェクトを。ベースにオクーターヴ上にピッチシフトしたラインを加えたり、サックスを全部スローアタックにしてしまったり、ドラムのキックを全部カットしてしまったり。好き勝手なことをやるうちに、面白いものが出来ました。タイトル通り、ルナティックな感じがする、どこかバランスが狂ったサウンド。月曜日にフジワラダイスケがやってくるので、細かいオンオフなどを残して、ほぼ仕上げる。
PHATのアルバムもこれで4分の3くらい完成のところまで来た。年末から来年明けにかけては、PHATのマキシとアルバム、朝日美穂のマキシ、さかなのマキシ、新川忠のアルバムとリリースが続きます。思えば、今年は何枚マスタリングしたのだろう? テッド・ジェンセンで1枚、小鉄さんと3枚やって、滝瀬さんと3枚やって、自分で6枚やったかな。で、年内にあと1枚です。ラストスパート、ガンバロ。
11.24午前中は家でデザイン仕事。自分でCDのジャケットやるのは何枚目かな? 通算5枚目くらい?
表1表4、バックカヴァー、帯まで出来たところで出掛ける時間。スタジオに行って、昨日の「月」のミックスを聞き直す。夜中に聞いた時はすごく良い感じに思えたのだけれど、一夜明けてみたら、う〜ん、どうかな。もう一仕事、二仕事必要。
下北沢440は4時入り。今日はマイクプリを持っていこうと心に決めていた。朝日美穂ももりばやしみほも小さめの声で歌うヴォーカリストなので、ライヴPAには難題がつきまとう。でも、高価なマイクプリを使うと、そんなにレベルを上げなくても、歌の芯のところが抜けてきて、細かい表情も出るようになる。最初はNEVEのマイクプリ、と思っていたが、出る直前になって、やっぱりDRAWMER1960の方が良いように思えてきて、DRAWMERのGATEと一緒にラックに入れて持っていくことに。これなら2チャンネル分のマイクプリ、コンプ、ゲイトがあるからね。あとはLINE6のディレイを持っていく。
しかし、PAエンジニアの仕事というのは緊張します。外からPAエンジニアが入る場合、まずはマイクを持って、「テスト、ワン、ツー」とか「ツ、ツ」とか言いいながら、会場の音響的なピーク、ディップを探して、トータルのグラフィックEQを作っていくのですが、僕はコレが出来ません。オレの声は向かないみたい。だから、やる時は聞き慣れたCDとかかけてやったりするのですが、440はかなり細かくグラフィックのEQを調整してあるみたいだったので、それをそのまま使うことにする。
今日、PAをやることになったのは、もりばやしさんのたっての要請で、そりゃ、やるしかないよね。大阪のライヴもやりやすかったということ。アレは北村くんの力も大きいと思うけれど。あとは、朝日美穂バンドは前回、7月に440でやった時のライヴが音響的にかなり難しく、メンバーがあのハコは苦手・・・的なトラウマを残していたりするので、オレがやるから大丈夫と言って、安心させたいところもある。
しかし、僕は内心ビクビクです。レコーディング・エンジニアと違って、ライヴ・エンジニアはすべてがリアルタイム。ひとつの判断ミスがそのまま事故に繋がる。やった後は、疲れ果てて、精神的にヘコむことも多い。でも、みんなが安心して演奏できるなら、オレがやるしかないわけです、今日は。
ハコのエンジニアに回線は作ってもらい、ドラムのマイキングなどは自分でやっていく。440はステージ上の天上が低く、ここからの反射がかなり問題なのが分かる。それでも各チャンネル、音を作っていったら、外音はまずまずの状態に。今回はメンバーも最大限、楽器を持ちこんでいるので、出音が良いです。あとは問題は十分なヴォーカル・レベルが得られるかどうか、それとモニターですね。ヴォーカル・レベルは1960のおかげで、いつもよりグ〜。でも、時間の関係でステージ上のモニター状況をきちんとチェックすることは出来ず。モニターまでひとりでやるのは辛いわ。
もりばやしさんのセットは2台のCDJとオルガン、そして、ヴォーカルはヘッドフォンでモニターするという特殊なセット。これは楽です。ヘッドフォンのモニターは幾ら上げてもハウることはないですから。自由にエフェクトなどが作れます。LINE6のディレイのプログラムを3種類作り、一緒に演奏するつもりで、好きにやることにする。
本番は両セットとも良かったんじゃないかな。もりばやしさんのセットは大阪とまったく同じだったので、曲も憶えていたし、楽しんでいろいろやってしまいました。もっと沢山エフェクター持ってくれば良かった。終了後、信藤三雄さんに「ケンタロウさん、やっぱりうまいねえ〜」と誉められる。いやまあ、僕も音響派ですから、なんちゃって。
朝日バンドのセットはやはり大変でした。バンドのサウンドは出来る限りラウドに鳴らしたいし、でも、ヴォーカルもガンと聞かせたいとなると、マージンぎりぎりの勝負になります。このぐらいなら安定するから、と、マージンを取った状態で静観するのがプロなのか、と思ったりするけれど、僕はもっともっとと追いこんでしまうタイプなので、危うい状態になっていく。今日も二、三度は軽いハウリングをやってしまいました。マージンぎりぎりでヴォーカルを聞かせようとすると、一瞬たりとも、ヴォーカル・フェーダーから指を離せないので、非常に疲れます。リハよりも全体に音量が上がり、ステージ上はかなり音が溜まっていた様子。モニターが足りず、ちょっと朝日が音程取りにくそうだった。でも、これはリハの時に詰めきれていなかったので、う〜ん、また440でやることがあれば、ですね。
終演後、もりばやしさん宅で打ち上げ。出産直後のミゼット(ハイポジのメンバーでもあるゴールデンリトリバー)とミール(その娘)の世話があるので、自宅打ち上げになったわけですが、市川実和子さんやさよしいさこさんなどもいらっしゃって、まったりビールなど飲む。ダイチャンが犬とじゃれまくり。気がつくと、僕はソファで爆睡していましたが。3時頃においとま。チダと一緒にタクシーで帰る。