OWNER'S LOG

11.11〜13
何が何してなんとやら、細かいことは全然思い出せません。明るいうちはPHATのミックスを少しづつ進め、日が暮れた頃から夜が明けようというまで、朝日美穂のマキシの最終作業。食事に行く時間もないので、弁当ばかり食べていました。駅前の弁当屋の弁当に一度は飽き飽きし、しかし、最後には食べられるだけで幸せという気持ちで、旨い旨いと食べるようになっていたりして。かなり人間捨てていますね、ここまで来ると。しかし、なぜ、いつもいつもマスタリングぎりぎりまで作業が残ってしまうのでしょうか? わけても、今回のギリギリ度は過去最高かも。
というわけで、13日は滝瀬さんのところでマスタリング。僕は遅刻。なにしろ、マスタリングの開始時間にはまだスタジオで22テイク目のミックスを落してたりして。 でも、マスタリングは順調に進み、「HAPPY NEW YEAR」、「ディズニーランド・コンプレックス」、「PINK CHEEK」の3曲が完成。「PINK CHEEK」はすでにライヴで何度か披露している曲ですが、「HAPPY NEW YEAR」はアップルズ黒田くんの作曲。「ディズニーランド・コンプレックス」は僕の作曲。詩を含め、ちょっと今までの朝日美穂とは違うかも。あ、でも、コーラス多重を含めたヴォーカル・ワークは鹿島くん曰く、朝日節炸裂ですな。あと、3曲とも曲想、サウンドともバラバラのようでいて、マスタリングしてみたら、意外な流れの良さ。年末年始感がバッチリ出ていたりして。12/16発売です。同じ週にはPHATのマキシ・シングル「デイト」も発売。年末のレコード店でどっちもガンガンかかってたら嬉しいなあ。
マスタリング終了後、渋谷で「HOLIDAY」以後、朝日のアートワークを手掛けてくれているデザイナーの岡崎くんに初めて会う。物静かな感じの青年。今回はすっごくシンプルなポートレイトとロゴだけのジャケットだけれど、素晴らしい出来です。今回のカメラの塩田くん、岡崎くん、朝日は全員同い年だそうで、そう言われてみると、どこか似た感覚があるようにも感じられる。ちょっと和な、というよりは明らかに洋モノ・コンプレックスがない世代なんだな。
マキシ完成祝いということで、珍しく焼き鳥とビールなど。でも、まだ9時頃。家に帰ってもバッタリと倒れるか、さらに酒でも飲んでしまうだけに思えたので、スタジオに戻ることにする。こないだ西脇くんから預かったさかなのマスターテープ、3曲のマスタリングを試みる。ギリアン・ウェルチ、ボブ・ディラン、ジェリー・ジェフ・ウォーカーのカヴァー、と書くと、ああ、あれね、とコアなさかなファンは分かるかも。
2時頃までやって終了。フ〜ッ。もう寝るしかありません。

11.14
一夜明けて、う〜ん、朝日のマキシのマスタリング失敗しました。「HAPPY NEW YEAR」はロックっぽい方向に行き過ぎてしまった。先週、自分でマスタリングしたCD-Rと聞き比べたら、そっちの方がスムーズで好ましいバランスだった。なので、朝一番にエムズディスクに電話。あした、手直しをさせてもらうことに。
しかし、オレもまだまだ甘いなあ。レコーディングの中で求められる、ふたつの矛盾する事柄というのを僕はよく考えるのだが、そのひとつは初志貫徹すること。もうひとつは反対に設計図に投げ捨てる勇気も持つこと。人の力を借りてレコーディングを進めるからには自分の判断がすべてではないと考えることも必要。自分の書いた設計図にこだわってばかりいると、スポンテニアスなフィーリングが失われることが多い。
でも、昨日は自分がぐらついていたのか、こういうバランスもありかな、というぐらいのところで行ってしまった。初心貫徹するなら初志貫徹する。設計図投げ捨てるなら投げ捨てるで、新しい方向性に徹底して追いこむ。そのどっちにもつかずでした。
思えば、コレを読んでいる人は疑問に思うかもしれないですね。というのも、僕は自分でもマスタリングをする。昨日は滝瀬さんに朝日美穂のマスタリングをお願いした後、夜は自分でさかなのマスタリングをしていた。自分でやれば、確実に自分の聞きたいバランスに出来るし、自宅のステレオで聞き返して、翌朝、直しをするなんてことも簡単。例えば、去年作ったコンピレーション「SEA OF MEMORY」などは、1曲ごとに違う環境での試聴を繰り返し、一点も悔いのないマスタリングが出来ている。
比べて、外のスタジオでのマスタリングは、環境の違いもあって、判断を間違う可能性も高い。だったら、自分でやればいいじゃん、となるわけで、気持ち的にはもうそこまで来ているのだが、残念ながら、生楽器主体でかつ十分な音圧の求められるソースはうちのスタジオではマスタリングしきれない。理由はマスターをCD-Rにしか出来ないので、1630マスター(Uマチック)に比べると、ギリギリのところで歪みが怖くて突っ込めないこと。ラージ・モニターでローエンドをチェック出来ないこと。あとはステレオのアナログ・コンプが足りないことかな。うちでは最後の音圧を稼ぐのに、どうしてもデジタル・コンプに頼るので、ヴォーカルや生楽器への影響が大きく、オープンな空気感を保ったまま、音圧を出すマスタリングというのが難しい。
逆にいうと、音圧競争さえ捨てるつもりなら、すべて自分でやりたい、とは思っているわけだ。そもそも、アナログ・レコードの時代にはレコードの音圧は収録時間に左右されたので、今のようにマスタリングが最後の0.5デシベルくらいを競いあう音圧競争になることはなかった。ラジオ局ではバラバラの音量のレコードを一度、コンプ/リミッターを通して、レベルを揃えて送出したいたし(60〜70年代のこのラジオ用コンプのサウンドが良かったのだ。高校生の頃、FENを聞いていて、なぜ、FENだと小さなラジオでもベースラインが聞き取れるのが不思議に思ったものだが、あれもFENは強力にコンプ/リミッターをかけていたからだった)。
それがCDの時代になって、ラジオ局からコンプ/リミッターは消え、マスタリングされた音圧がそのままオンエアされた時のインパクトを左右するようになった。勢い音圧競争が激化。息が詰まるようなハードコンプのサウンドが世に溢れるようになった。で、それはつまりプロモーションが最優先されているということに他ならない。CDのマスタリング・レベルを1デシベル下げて、レコードを買ったユーザーがアンプを1デシベル上げれば最高のサウンドになるとしても、プロモーションのことを考えると、さらにもう0.5デシベル突っ込めないか、というわけだ。極論すれば、そうやってレコードの品質は少しづつ殺されていく。
去年、COMPOSITE誌で「誰が音楽を殺すのか?」というか特集があった時も、僕はそんなことを書いた。僕は毎日毎日、音のことばっかり考えているのだけれど、でも、世の中ではもはや誰も良い音を欲していないのではないか?という疑問に囚われることが少なくない。CCCDのこと然り。あるいは、これからは1630マスターがなくなっていき、CD-Rマスターになっていくことでも、CDの音質はさらに悪くなっていくだろう。ソニーの工場はすでにすべてCD-Rマスターを使うようになっていて、1630で納品しても一度、CD-Rにコピーしてマスターを作り直しているという噂。冗談じゃないよね。知らないうちにCD-EXTRA音質にされちゃうのと同じなのだから。本当だとしたら、もうソニーでプレスは出来ません。
話を戻すと、今回の朝日美穂の音源は生楽器主体でかつ十分な音圧の求められるソースなので、自分でマスタリングしたCD-Rはギターやベースは思い通りのサウンドとグルーヴになってはいるものの、デジタルなハードコンプの影響がヴォーカルに出過ぎてしまっているので駄目なわけです。トータルの音圧とヴォーカルの抜けみたいなものをさらに追求するには、プロのマスタリング・スタジオに足を運ぶしかない。でも、近い将来、すべてがCD-Rマスターになってしまったら、自分でやった方がいいということになるかもしれないですね。トム・コインやスティーヴ・マーカセンや滝瀬さんや小鉄さんの仕事を見てきて、学べることは学んだ気がするし、強力なデスクトップ・マスタリング・ツールも出てきたら、僕は飛びつくでしょう。ジョージ・マッセンバーグのプラグインEQとか使ってみたいもの。
ところで、http://www.phat-lab.com/に12/11発売のPHATのマキシのジャケットが。このジャケットもとても気に入っています。盤はCCCDでも、CD-EXTRAでもなく、純粋なCD-DAです。マキシとはいえど、20分以上あります。PHATは現在、西日本ツアー中。あしたは最終日の京都METRO。関西の方はぜひ!