BEFORE GET IN SLEEP

09.30
昨夜、ひとつ決心をした。PHATの次のマキシがCCCD化を避けられないとしたら、僕はプロデューサーを降りる。降りると言っても、音源自体はもう完成していて、あとはマスタリングを残すばかりなのだが、現状ではそのマスタリング以後の過程において、アーティストとユーザーに対する責任を果たすことが出来ないというのが僕の判断。となれば、プロデューサーとして仕事を完遂したとは言えず、クレジットは外してもらうしかない。
でも、今朝、A&Rから電話。詳しくは書けないけれども、レコード会社の中にも作品の質を守り通すために闘ってくれる人はいるということです。クビをかけても。じゃあ、僕達はどうやって彼のクビを守れるかといえば、これはもう、売り上げを上げることしかない。本当の闘いはそこにあるわけで、プロデューサーとしてのクレジットがどう・・・なんてことにこだわっていた自分を恥じました。
スニーカー買ったのに、再び雨で走れず。筋トレのみ。遅い午後からスタジオで朝日美穂レコーディング。ベーシックな打ち込み作業。最近、アレンジ感覚において、新しい地平に抜けた気がする。ストップ&ゴーのビートと持続するビートの組み合わせ方とか。朝日との作業はたいてい深夜に及ぶ、というか、彼女が調子出てくるのが日付が変わったあたりからなのだが、明日からPHATのアルバム・レコーディングなので早めに終了させてもらう。怒涛の10月が始まります。

10.01
台風の間隙をぬって、2キロのみジョギング。午後より駒沢のスタジオでPHATのレコーディング。三日間連続の初日。エンジニアはいつもの吉光くん。まずまずのペースで3曲終了。うち2曲はワンテイクOK。ハードな曲が多いぞ、今度のアルバムは。

10.02
台風一過の夏のような晴天。9時起きでウォーキング+ジョギング6キロ。うちに泊まっていたフジワラダイスケを叩き起こし、ゆっくり定食屋で魚定食など食べた後、スタジオに。今日はハイペース。まずは仮題「演説」をワンテイクで。高宮マキさんとクマ原田さんが来訪。レコーディングの相談などした後、今回のアルバムのメインディッシュとなる1曲、「水平対抗」にトライ。2テイクでOK。すでにライヴでも大評判だけれども、カッコイイよ、凶暴なベースリフが最高!
夕食はサンガワのカレーのデリヴァリー。3曲目もワンテイクでOKした後、4曲目の仮題「カッパ」。この曲はほとんどリハーサルがされておらず、最初は茫漠とした感じで、最終形がまったく見えなかったが、2、3テイク重ねる中でアイデアを出し合い、最後のテイクでは誰も予想もしなかった曲、今までのPHATにもなかったタイプの曲が出現してしまった。録音している最中は、僕も含め、どういうテイクが録れているのか全然分からなかったのだが、プレイバックを聞いて、全員で感動。ハードなスケジュールにもかかわらず、音楽への集中力が途切れず、大胆なアイデアを瞬時に形に出来るというのは、本当に凄いバンドになったものです。彼らと2年間、レコーディングを続けてきたけれども、ホント、あらためてコイツラ、最高のバンド!だと思ってしまった。
さて、2日間ですでに7曲。明日も2曲は録る予定。さらに前回のレコーディングでの2曲とこないだミックスしたジャムなど合わせると、アルバム二枚分くらいのマテリアルは用意できた。これでもう大丈夫です。何が大丈夫かって、アルバムは収録時間65分をたっぷり越える=CCCDには出来ません。

10.03
今日も9時起床。フジワラダイスケが胎児のようなポーズで毛布抱えて眠っている脇を通りすぎて、駒沢公園へ。ダンベル・ウォーキング4キロ+ジョギング4キロ。そうです、トータルで初の8キロ。レコーディングはスタジオで座っている時間が長いので、せめて、朝のうちに頑張らないと。
ダイスケと公園脇のイタリアン・レストランで優雅にランチ。その後、僕は渋谷にハードディスクを買いに行く。メンバーよりちょっと遅れてスタジオ到着。でも、昨日までにメニューの大方を順調に消化したので、今日は気分的には余裕・・・と思ったのだが、神はちゃんと試練を与えて下さいました。1曲目で意外に難航。4テイクも重ねる。その後もテクニカル・トラブルが頻発したり、隣のスタジオに入っていたIZAM(ピンクのポルシェで僕のグリーンのマウンテンバイクの隣に駐車していた)にソニーの800Gを奪われたりで、ストレス溜まる展開。夕食までに2曲目を終えられず。
夕食の鰻重が低調でさらに盛り下がる中、夜10時過ぎからは難航が予想された最後の大仕事。一度は完成させたマキシ・シングル用の仮題「デイト」のヴァージョン・アップを試みるが、あの手この手を尽くすものの、目立った成果は得られず。数時間を費やして、結局、今日は諦める。オプションのメニューだった某FM局の人気番組のオープニング・テーマ作りは果たせず。昨日のレコーディングがあまりに素晴らしく、マジカルな時間を体験しただけに、今日は全員が疲労困憊。でも、「デイト」に関しては最後にヴァージョン・アップのための適切なアイデアに到達し、後日、試すことに。マキシ・シングルのマスタリングは10日。それまでは休めません。

10.04
ダンベル・ウォーキング4キロ+ジョギング2キロ。大先輩のアップルズ黒田くんと今日も遭遇。
その後はいろいろあった一日でしたが、夜はひとりで集中してスタジオ作業。PHATが去年、レコーディングしたけれども、最後の最後にアルバム「色」からは外れた1曲、エディ・ハリスの「フリーダム・ジャズ・ダンス」のカヴァーをマキシ・シングル用にミックスしなおす。去年、ミックスしたヴァージョンは「色」の中に入っていれば違和感なかったはずだが、バンドも僕も少しづつ変化している中で、今聞くと去年のタイムスタンプを感じしてしまう。アコースティックな演奏をナチュラルにミックスしてあるだけなので、コンプ感とか音場感の調整が主ではあるものの、かなり印象変わったミックスに到達。これなら、マキシ・シングルの中に入れても違和感はないだろう。

ところで、PHATのアルバムは二日前にも書いたように、65分を越える内容になるので、CCCDにすることは不可能です。これは東芝EMIの国内制作全面CCCD化のニュースを知った時点で、フジワラダイスケと僕が話し合った回避策でした。PHATだからこそ出来る荒業で、CCCD化を逃れようとしたわけです。PHATの場合、これまでは収録曲の演奏時間を短くすることにエネルギーを使っていたので、それをやめれば、訳なく65分以上のアルバムが出来てしまいます。もちろん、音楽的に無駄な長さにはするつもりはありませんが。
しかし、12月11日発売予定の先行マキシ・シングルはそういう訳には行きません。これに関しては、僕もCCCD化やむなし、と思っていました。そのかわり、十分なリサーチをしてマスタリングにのぞみ、音質劣化を最小限に抑えたCCCDを作る経験を得ようと。が、何とこのマキシ・シングルも通常のCDでの発売が出来そうです。
CD-EXTRAにしてCCCD化を回避すればいい、というアドヴァイスももらいましたが、CD-EXTRAではなく、通常のCDでの発売です。以前にも書いたようにCD-EXTRAを含むエンハンスドCDの類は通常のCDに比べると音質に難があることが多く、私見ではCCCDの音質劣化もそれが無造作にオーサリングされたエンハンスドCDであることに起因するところが多いと思われます。CD-EXTRAにすることも避けられたので、音質的には万全です(CD-DAの限界内では)。
ここに至る経緯は書くことが出来ません。しかし、僕だけの頑張りで出来たことではないのはもちろんです。賞賛はPHATを支えてくれている東芝EMIのスタッフにこそ与えられるべきでしょう。クォリティーの高いソフトを作ることに対して、アーティストもプロデューサーもA&Rをはじめとするレコード会社のスタッフも妥協はしないプロジェクトであること。みんなが同じ方向を向いているのだということ。それを僕達は確認しあうことが出来た。後はその素晴らしいプロジェクトをどうやって守っていくかです。
守るためには売れなければいけない。セールスこそがプロジェクトを守り、クォリティーを守ってくれる。今までだってもちろん、そうだったのでしょうが、その単純な真理をこんなに肌身に感じるのは初めての経験に思えます。

10.05
久しぶりに原稿仕事など。久しぶりになんて言ってちゃいけませんね。しかし、僕がワープロに向かう時間はプロトゥールズに向かっている時間の10分の1くらいでしょう、もはや。最近は「健太郎さんって評論家やってたんですか?」と問う若い衆も増えてきた。じゃあ、今のオレは何だろう? 昼間の駒沢公園を走っている、何の仕事をしているのか分からない、謎の健康オタクオヤジのひとりは思うのでした。今日はウォーキングのみで6キロ。
スタジオ行って、フジワラダイスケ・ソロの「IQ」のミックスを進める。かなりアグレッシヴな曲で、リョウアライばりの細かいリズム・エディットも凝らしてある。ちょっと「ワイアード」の頃のジェフ・ベックみたいだったり。そういえば、PHATのアルバムのレコーディング中には「キング・クリムゾンみたい」なんて言葉も聞こえていた。
9時すぎにダイスケがピアニストの福田さんとともに来訪。「IQ」聞いて、「カッチョイ〜」と狂喜。「リョウアライのリミックスに影響受けたでしょ」って、何言ってるんだ、アライさんにリミックス頼む前にふたりでこのエディットやったじゃん。この男、自分の曲でもすぐに内容忘れてしまうのが凄いといえば凄い。
福田さんには3日の日にヴァージョン・アップできなかった仮題「デート」のキーボード・ダビングをお願い。ダイスケが棺桶のようなハードケースに入れて、プロフェット600を持ってきたが、僕は「絶対にエレピ」と主張し、結局、ウーリッツァーの音色でコードワーク中心に入れてもらう。しかも、MIDIに録って、音色は後でじっくり作るという、ジャズ・プレイヤーには酷なやり方。でも、素晴らしいテイクをたくさん頂きました。
ふたりが帰った後、テイク編集。コード楽器をエレピだけにすると、フュージョンぽくなりがちなので、もともと入っていたコード・シークエンスとの共存を計る。

10.06
今日はジョギングのみ4キロ。気持ち良い季節です。今日でトレーニングも3カ月目に突入。体重も63キロ台。
スタジオ行って、「デイト」のニュー・ヴァージョンのミックス。ミックスのやりなおしというのは、レコーディングの2テイク目と同じで、難しい。細部はきれいになっていくが、全体としてのグルーヴが弱まったり。プロ・トゥールズ・データはリコールできているはずだから、後はわずかなアナログのコンプ、EQ、フェーダー・バランスなのに、今日もドラム、ベースが決まらず、しばらく悩む。
昨日、福田さんにダビングしてもらったピアノ・パートの扱いも難しい。過去、PHATの曲にオーヴァー・ダビングをしたことは希。リズムを録った後にシークエンスの類を足したこともない。ピアノが入っただけで、全体のグルーヴ感もがらりと変わるので、丁重にエディットやフェーダーオートメーションを書いて、馴染ませる。
数時間後、前のヴァージョンをはるかに上回るグルーヴと、抜けの良いサウンドが出現。こんなにポップで良いのかな? でも、マキシ・シングルのタイトル曲だから、このぐらい思い切って振れるのもありだろう。朝日美穂の「HOLIDAY」と同じく、ちょっと前の僕だったら、考えられない音。でも、今はこういうあけっぴろげなポップに抵抗がなくなった。
コピーの合間に、あしたの新川くんのライヴ・リハーサルの予習。もらった譜面を眺めるが、コードが多くて気が遠くなる。アンサンブル自体はシンプルなのだが、ベースとトップが指定通りでないと、その響きにならないので曲を憶えるのが相当大変そう。僕も和声にはうるさい方ですが、めっちゃ勉強になりそうです。
それでいて、凝りに凝ったという感じには聞こえなくて、スタンダードな作曲家の作品にあるようなスムーズさを持っているところ、彼の才能は本当に凄い。ジョビンかと思いますもん、「星のさざなみ」の半音階の進行の繊細さたるや。