BEFORE GET IN SLEEP

06.10〜12
なにやら、あまり憶えていない日々。原稿書きには追われていたような。プライマル・スクリームのインタヴュー原稿をあちこちに書き散らす。レコード店のフリーペーパーは大手Hチェーン、Vチェーン、Sチェーンが僕の書き分け原稿。最後に依頼が来たWチェーンは編集者の方に事情を話したところ、さすがにそれは・・・ということで避けられたが。久しぶりにギョーカイの風に当たった気がする。他にはジョンスペのライヴ評を朝日新聞に。レニーニ新譜評を「MEETS」に。
スタジオ・ワークは一段落。11日はカンちゃんが来てミックスをチェック。一ヶ所だけオンオフの変更あっただけでOKに。このミックスはなかなか良く出来たと自分でもい思う。12日は帰国早々のダイスケがやってきて、アトランタでレコーディングしたソロ・アルバム用素材をふたりでチェック。2曲ほどプオトゥールズに取り込み。アルバムの最終完成形を見据えて、いろいろ話す。しかし、ポスト・プロダクションはかなりハードな作業になりそうな様相。結局、オレとダイスケであ〜でもない、こ〜でもないとやるのはPHATのアルバムと同じだったりして。
並行して、結構なエネルギーを費やしているのが、朝日美穂主宰の新レーベル、朝日蓄音のホームページ作成。朝日が自分でHTMLを書くようになったので、オレが書いたHTMLを彼女がなおし、それをまたオレが書き直し、メールと電話であ〜でもない、こ〜でもないと、これまためったやたらに時間がかかる。いつになく凝ったフレーム構成のオープニング・ページなど作ってはみたが。

06.13
午前中より原稿仕事。そういえば、資生堂の「花椿」にピエール・バスティエンに関するコラムを書いたのだが、読み返してみたら、こないだ「リトルモア」に書いた原稿と対になったとも言える、今の僕の音楽観がよく表出したものだった。
たぶん、そのうち僕はまた文筆業に戻らねばならない。今みたいなハードなレコーディング・ワークを何歳まで続けられるかというと?マークだし。それまでに誰よりもレコーディング・ヒストリーというものを深く理解した人間になりたいなと思う。レコーディングの結果だけではなく、過程や構造、技術や哲学の変遷についても。そして、いつかまた単行本を書きたいものだ。ネルソン・ジョージ級の。
そういえば、ロッキンオン社から出るネルソン・ジョージの本ってもう出たのかな? ロッキンオンも素晴らしいことをしますね。
午後、広尾のスタジオで伊東ミキオさんと対談。二ヶ月間、僕は彼の歌と演奏をずっと聞き続けてきたが、実はこれが初対面。長身のロックンロール・カウボーイ。イアン・マクレガンが好きだと言っていた。僕は小原礼さんと同じ小学校だった(唐突だが、分かる人には分かる?)。石井マサユキ以下、共通の友人は多く、音楽的なルーツも重なるところが多い。なにしろ、彼の今のバンドはハイローラーズだし、その前のバンドはセイリン・シューズ。だから、彼のアルバムのリコンストラクション作業では、僕も自分の引き出しをたくさん開けることが出来た。思いもかけない面白い経験だった。
ミキオさんはというと、その結果をめちゃめちゃ喜んでくれていた。自分の知らないところで、セルフ・プロデュースのアルバムがズタズタに再編集され、たくさんのトラックが消されて、別の楽器に差し替えられてもいるのに、違和感はなかったという。「ここまで進化するとは! これでようやくアルバムが完結した」と言ってもらって、めちゃめちゃハッピー。今度は一緒のスタジオワークをやりたいですね、と話し合う。アルバム8月20日発売。
夜は下北沢で久しぶりにさかなのふたりに会う。世間話からシリアスな話まで。自宅でレコーディングが続けられているアルバムは、あと2カ月くらいで完成ということ。

06.14
午前中に原稿1本。午後はサッカーでそわそわ。勝って良かったですね。ここまでニッポン、ニッポンって盛り上がれる体験は、この国にとって数十年ぶりに違いなく、かなり左寄りの親に育てられ、日の丸とか君が世とかを自動的に忌避する癖が子供の頃からついている僕すらも、まあ、こういうお祭りの時ぐらいは、とは思ったりする。
ただし、選手はすごくクールに見える。ニッポン、ニッポンでは全然盛り上がっていない。大和魂で頑張る、みたいなのとは無縁な感じが良いですね。今後の自分のキャリアのために、このワールドカップでどういうパフォーマンスをするかとかもきちんと考えているのだろうし、そういう集団だから強いのかもしれない。
夕方、渋谷にフライヤーの印刷の上がりを取りに。駅前は大変な騒ぎに違いなかったので、バスで道玄坂上めざしていく。受け取ったフライヤーは死ぬほど重かった。人生で一番辛いことは、重い物を運ばねばならないことと、眠いのに眠れないことのふたつだ・・・と言うと、よく人に笑われる。お前の人生にはその程度の辛いことしかないのか!と。でも、僕の実感としてはそうなんだよな。精神的には僕はタフ・・・じゃなかった目茶目茶鈍感だから。しかし、重いのと眠いのは精神力ではカヴァーしきれない。膝から崩れる。たまらずタクシーで帰宅。
珍しく暇が出来たので、いろいろと考える。考えるのは・・・レコード作りとはどのようにあるべきか。たくさんの失敗を僕も犯してきた。音楽的にではなくて、作品の扱い方についての話だが。
何度か書いたことがあるが、昨今は恐ろしいスピードでCDが廃盤にされてしまう。朝日美穂のソニー時代のアルバムも廃盤だが、これなどは2年間は市場にあったから、まだ良い方だろう。1万枚以上は出荷されているので、中堅チェーン店の店頭ではまだ見つかる(T、H、Vなど大手外資系は売りきれてないです。S、Tチェーンあたりが狙い目)。中古もまあ、出続けるだろう。いつかオレに金が出来たら原盤を買い戻して、ジム・オルークやヴンダーのリミックスも加えた「THRILL MARCH」完全版を作ってやるとは思っているけれど。
しかし、例えば、コロンビアのSHAN-SHAN倶楽部が潰れて、ラブクライや福岡史朗のアルバムはリリースから1年も経たないうちに廃盤になっている。ほとんどプロモーションもされず、わずかなイニシャルが出荷されただけのアルバムは、廃盤になると返品も不可能になるので、お店としても置いておけない。そして、そんなことはなかったかのように世の中から消える。これはアーティストにとって口惜しいでは済まされない出来事だろう。
メジャー内インディー的なプロジェクト・レーベルではこういうことが特に多く起こっている。レーベルがなくなったのだから仕方ない、と説明されるわけだが、レコード会社本体はあるわけだし、A&Rやプロデューサーといった関係者もいるわけで、その責任は消えるわけではない。アーティストが精魂こめた作品を預かったという意識が、その作品に関わって給料なりギャラなりをもらった人々にはないのだろうか?
リリースされてまもないアルバムが廃盤にするというのは、ある意味、そのアーティストの人生の可能性を断ち切ってしまうぐらいの行為だ。今の時代だったら、廃盤にするなら、せめて配信を残せばいいではないか。それならば、聞きたい人が聞ける可能性は残せる。聞きたい人はいるのだ。例えば、SAKANAの「LITTLE SWALLOW」は今だって、月に何十枚かは売れている。インディーだったら、それは十分に重要なカタログだ。
ともあれ、こういう現状の中では、アーティストは契約に関して、きわめて注意深くならねばならない。僕もかつてなく注意深くなった。実際、最近もよく目を通さないと、なんだコレ?って条項がある契約書が某レーベルから送られてきたしね。メジャーもメジャーなら、インディーもインディーと思うことも多い。となれば、自己原盤でやろうとするアーティストが多くなるのも当然の流れだろう。自宅録音で原盤を完成できる環境もできつつある。しかし、それは一方ではレコーディング・ミュージックから夢を奪っていくかもしれない。誰も彼もが似たような環境でハード・ディスク・レコーディングした音源ばかりが溢れていく。レコーディング・スタジオのマジックを愛する者にはそれもまた寂しさを禁じ得ない状況だったりする。
一方では、僕はインディー・レーベルの経営者であり、レコード会社の論理も手にしなければ、生き残っていけない。MEMORY LABの作品はもちろん、簡単に廃盤にしたりはしないけれどね。しかし、何がアーティストにとってハッピーなのか? レコード会社にとってハッピーなのか? そして、何がリスナーにとってハッピーなのか? 考えるべきことは多い。細いロープを渡っていくしかないという感覚。実のところ、僕はただ自分が聞きたいレコードを作りたい、というだけで後先考えずにやってきてしまったのだが、レーベルをスタートさせた1年半前と現在でも状況は大きく変わっている。ロープはさらに細くなった。でも、せめて強いロープにしよう・・・なことを考える夜。

06.15
昼間は買い物であっち行ったり、こっち行ったり。夜は代官山でOZ DISCのイヴェントに。田中亜矢さんのライヴ中に到着。以後、フリーボ石垣くんの初々しい弾き語り! さらにラブクライ三沢くんのソロ、二階堂和美さん+レイクサイドを見る。全部面白かった。とりわけ、三沢くんの諦観の中に強い意志を覗かせるような弾き語り。アコースティック・ギターも素晴らしく、ふとした瞬間に弾き語りでこんなこと出来るんだ!とも思わす。素晴らしかったです。二階堂さんはレイクサイドとのコンビネーションも良く、CDで聞くよりも200%くらい良かった・・・というか、僕的には楽しめるスタイルだった。リッキー・リー・ジョーンズみたいな歌い方で、時おり、イルカの泣き声のような超ハイトーンを出す。ステージでもオフでも同じように、いつも揺れている不思議な女性でした。一緒に観に行った朝日と終演後、何やら意気投合しておりました。
会場にはアップルズのなかじ〜+チャイチャイ、ウンモ松岡さん、岸野雄一さん、フリーボなおちゃん、エノキくん、mapをだくん、当然ながらOZ田口さんなどなど、知った顔多数。シュガーフィールズ原さんと初めてお話する。代官山のアメリカン・ダイナーでハンバーガー食べて帰宅。

06.16
小島麻由美の渋谷AX公演にフライヤー折り込みのお願いに。タワレコで久々の大量購入。帰宅後はすでにお気づきかとは思いますが、思い立って、MEMORYLAB WEBSITEのリニューアル。フレームやJAVAをがんがん使ってやってみた。メニューのJAVA化で、ワンクリックで複数のフレームが切り替わるようにしたのだが、普通のリンクのように新しいウィンドウを開けないので気をつけてください。あ、気づいてない人はこの日記のページに直接リンクしている方だと思いますが、もうすぐ直接リンクでは来られないようになりますので、http://www.ceres.dti.ne.jp/~donidoni/memorylab/にリンクを。