BEFORE GET IN SLEEP

04.30〜0504
前日までラッシュして働く。ゴールデン・ウィーク前というのに加え、三泊五日のロンドンの旅行が控えていたから。「そんなことしている場合か?」という声が飛んできそうだったので、あまり公言はしていなかったが。といっても、もちろん、バカンスではない。某レコード会社のお仕事。
朝7時に最後に残った原稿を書き終えて、NEXで成田へ。取材旅行など久しぶりなので、いろいろ不足のアイテムがあり、成田で買い物。小型のマイクとヘッドフォンを定価で買う。ビジネス・チケットだったので、BRITISH AIRWAYSのラウンジへ。同行者3人と合流。特に親しい人はいなかったのだが、フォトグラファーのみっち〜がやってきて、低い声で「ケンさ〜ん、友達になってください」。目がヤバイので一瞬、引く。
BIRITISH AIRに乗るのは10年ぶりくらいか。ロンドンに行くのも5年ぶりくらい。昔はBAというと、良くも悪くも固い英国気質を感じたもので、ナンパなヴァージンと好対照だったが、随分と様変わりしたのを感じる。奇妙な形のシートが並ぶ様は、なんだかエイリアンの宇宙船内部みたいでもある。電動でフルフラットになるシートは流線型のボックスに収められ、テレビ画面やテーブルもやたら曲線多用のデザイン。でもって、このボックスの並びが窓側と通路側では逆なのだ。窓側のシートは進行方向に対して逆向き。結果、通路側の席を取った僕の顔と隣のデヴィッド・ボウイ似のイギリス人の顔は60センチほどの間を隔てて、向き合うことになる。
これではさすが案配が悪いので、隣との間には扇状をした開閉可能仕切りがあるのだが、この扇がまたお姫様でも隠れているみたいな感じで、相当に奇妙。座り心地はといえば、ビジネスにしては幅が狭く、ボックス状に仕切られているので、ちょっと閉塞感がある。が、フルフラットになるので、眠る時には繭の中で眠るみたいな安心感はあるかも。前夜はほとんど眠っていたなかったので、機中はほとんど爆睡。
夕刻にロンドン到着。雨模様だったが、市内に入る頃には上がる。気温は日本がゴールデン・ウィークとは思えないくらい寒かったので、それほどの差を感じない。シャツの上に皮ジャンで調度良い。ハイドパーク脇のクラシックなホテルは、見た目は地味だが、部屋は天上がとても高くて気持ち良い。ロビーは図書館のようでもある。
QUEENSWAYのチャイニーズ・レストランで食事。一度、小林ミミさんの案内で行ったことある店だった。味はロンドンで食べられる中華、と考えればそれなり。みっち〜の話が面白い。もっと若いと思っていた彼は44歳。なんだ同世代。しかし、アウトロー。こういう仲間(?)を見ると、ちょっと安心したり。
食後はあっさりホテルに戻り、買ったTIME OUTをパラパラしながら休む。TIME OUTを見ていて実感されるのは、ニューウェイヴのナツメロ的リヴァイバル。エコー&ザ・バニーメン、カルチャー・クラブ、ボブ・ゲルドフ、レヴェル42などなどのライヴが目白押し。いつの時代のライヴ・スケジュールを見ているのが分からなくなったりするくらい。
明けて1日。時差で早く起きてしまったので、早朝散歩。初めてロンドンに来た時に泊まったエリアだったことに気づく。あれは1987年くらいだったろうか。セルフリッジというデパートにくっついているホテルに泊まって、ホテル火災にあった。僕は過去、二回もホテル火災にあって生還している。もう一度はニューヨークのホテルで、どちらも大火事には至らなかったものの、煙が充満した階段を駆け降りた記憶がある。
オックスフォード・ストリートに出ても、まだ店は一軒も開いていない・・・と思ったら、一軒だけインターネット・カフェが開いていた。ロンドンまで来てインターネット・・・と思いつつも、暇なので入る。1ポンドで4時間分のチケット。安いのに加え、IDをもらって、何度でもログインできる、なかなか洗練されたシステム。3フロアに席数は300くらいあるだろう。早朝だというのに、すでに結構な人が入っている。日本語のサイトは見れないかと思ったが、フォントのオート・ダウンロードで見れるようになっていた。普段、見て回るサイトをこんなとこで見てるのも奇妙な気分。
午前中に同行者全員でレコード会社のオフィスに。歩いているうちに記憶が蘇る。ロンドンは80年代終わりから90年代初めにかけて、延べにすれば十週間以上は滞在したことがあるので、市内中心部などは地図なしに歩ける。オフィスも数年前に行ったことがあるので憶えていた。思えば、同じアーティストの取材でロンドンに来たのは三度目だ。その度にA&Rは代わっているのだが。
取材まで3時間ほどあったので、もうひとりのインタヴューワー、早川加奈子さんとふたりでカフェに。数年ぶりのロンドンで一番変わったなと思ったのが、カフェの多さ。スターバックスもめったやたらに多いが、それに加えて、ソーホーあたりはお洒落なカフェ・レストランがあるはあるは。どこに行ってもラテやカプチーノが飲めるなんて、10年前のロンドンでは考えられなかった。
早川さんとはほとんど初対面だったのだが、楽しくお喋りさせてもらう。非常に小柄で非常に可愛らしい方なのだが、京都出身の女性ということで、油断は出来ない感じ・・・というのは、僕の京女への偏見かな。TIME OUTを見ていたら、今晩は東京で見逃したジェフ・ミルズの「メトロポリス」のショーがなんとロイヤル・アルバート・ホールである。共演はハーバート! 早川さんも興味アリだったので、一緒に観に行く約束をする。
早川さんと別れて、ひとりでフラフラ。トッテナム・コートロード近辺の楽器屋街を回るが、とりたてて、面白いものはナシ。サンプリングCDをたくさん試聴して、1枚だけ買う。コヴェント・ガーデンやピカデリーのあたりを何するでもなく歩くが、このあたりは昔とあまり変わっていないな。その昔、ジャジー・BがソウルIIソウルのパーティーをやっていたアフリカン・センター、ギャズ・メイオールがロッキン・ブルーズをやっていたゴシップ。懐かしい〜。でも、思い出の場所めぐりというのは、どこか淋しくもある。
レコード会社のオフィスに戻ってインタヴュー。30分ほど押したくらいでスムースに終了。ビジネス乗って、高級ホテルに泊まって、ロンドンでの仕事はこの1時間だけ。さて、後はどうしよう?と思ったが、どこに行きたいわけでもないので、ホテルに戻って寝てしまう。パリっとしたシーツが快適。
サマータイムなのでまだ明るい7時すぎ、早川さんとロビーで落ちあい、ロイヤル・アルバート・ホールへ。ハイドパークを斜めに横切るだけなので、「歩いて行きましょう」。ロンドンといえば公園。駒沢公園も良いけれど、ロンドンの公園は桁が違う。何が違うかいえばスケールと、あとは舗装されている面積の少なさだな。ただ何もない。でも、物凄く手入れはされている。
20分以上歩いて、ロイヤル・アルバート・ホールに着くが、閑散としたムード。あれえ、と思いつつ、ボックスオフィスへ。「チケットは?」と聞くと「いつの?」「え? 今日のショーは?」「今日はショーはないです。シンプル・マインズなら明日」。なんかおかしい、と思って、TIME OUTを見ると、ジェフ・ミルズはロイヤル・アルバート・ホールではなくて、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールだった! 早川さんには平謝り。ハイヒールで公園の中を20分以上も歩かせたあげく、あれ、ここじゃなかったではねえ。初デートだったら、大ひんしゅくの局面。
ロイヤル・フェスティヴァル・ホールは川向こうのウォータールー駅のそば。急いでタクシーを飛ばす。が、ボックスオフィスで「チケットは?」と聞くと、「ソールドアウト!」。初デートだったら、もはや修復不能の局面・・・と、なぜか、受付の女性が同情してくれて「2枚だったらなんとかしてあげるわ」。ちょっと待っていたら、なぜか、前から10列目くらいのチケットを2枚売ってくれた。
だいぶ遅刻したので残念ながらハーバートはもう終っていた。もうひとつのオープニング・アクト、スーパーコリドーが演奏中。フィルムやヴィデオを使ったシアトリカルなステージ。が、結構バタバタしていて、学園祭っぽくもある。続いて、ジェフ・ミルスがサウンドトラックを付けた「メトロポリス」の上映。20年ぶりくらいに見たけれども、この映像はやっぱり凄いな。半分くらいの長さに編集されているので、ストーリーはぶつ切れなのだが、観客が場面場面で大歓声をあげるのには驚く。そういえば、ジェフ・ミルズだというのに観客はほとんど白人。ひとりも黒人を見かけなかったのにもビックリ。
「メトロポリス」が終ると、いつのまにかジェフ・ミルズがステージ上にいて、DJが始まっていた。フィルムの時よりは音が格段に良い。いつものように非常に洗練されたDJプレイ。ビートは強靭だが、ジェフ・ミルズはあくまでクールに、優雅にスピンする。しかし、ダンスフロアのないホールで彼のDJを眺めているというのもなんだか妙。
40分くらい観た後、そろそろ帰ることにする。近くには夕食の取れそうなところもなかったので、地下鉄でソーホーに。が、ソーホーでも開いている店は少ない。とりあえず、開いていたイタリアン・レストランでパスタを。ロンドンのレストランはこの10年で飛躍的にクォリティーが上がったと言われるが、ここのパスタは茹で過ぎ。初デートだったら・・・でも、見知らぬ街の夜中だから仕方ないか。早川さんとまたたくさんお喋り。意外に共通の知り合いが多いことが分かる。オールド・ストリートにあるエレクトロニカ専門のレコード店を教えてもらう。
明けて2日。今日は一日、何も予定がない。ネット・オークションで知り合ったノッティンガムのヴィンテージ・オーディオ・コレクターが遊びに来いと誘ってくれたが、片道2時間はかかる。それに、引退したオーディオ店店主の彼の物置は凄いらしい。行ったら最後、クォードのアンプかEMTのターンテーブルか何か、フラフラっと買ってしまいそうだ。時間と財布に余裕のある時にすべき、と思って諦める。
午前中はホテルの近くでゆっくり過ごす。ハイドパークとは反対側にワンブロックを囲っただけの小さな公園があるのだが、この公園が良い。何もないけれど、芝生と樹木がただただ美しい。完璧な空間とはこのこと!と思うくらい。大きな木のベンチで本を読んでいたら、一日、過ぎてしまいそう。
ロンドン市内には特に行きたい場所がない。昔、よく遊びに行ったポートベローやカムデンやハムステッドあたりに足を伸ばしてみてもいいが、なんだか切なくなるばかりの気がする。が、せっかくの休日をソーホーのレコード屋巡りで終らせる気もしない。ロンドン中をめぐりめぐって、ヴィンテージ・レゲエものを中心にレア・レコードをひたすら買い続けた日々は、やっぱりノスタルジアの中にしかない。どこかに新しい音楽があったら、それはキャッチしたいけれど。
なので、昨日、早川さんから教えてもらったエレクトロニカ専門店にとりあえず、行ってみることにする。オールド・ストリート周辺は、最近、カフェやクラブが増えているといし。なので、地下鉄を乗り継いでオールド・ストリートへ。
確かオールド・ストリートのあたりには昔、バス・クレフという小さなクラブがあって、僕はそこでギャズ・メイオールと知り合った。ノーマン・ジェイがオリジナル・レア・グルーヴのパーティーをやっていたのもバス・クレフだった。でも、このあたりに昼間に行くのは初めて。
駅を降りると周辺には何もなさそう。が、リヴァプール・ストリート方向に歩いていくと、メディスンというクラブが。アレ、ココも来たことがあるかも。「ストレイト・ノー・チェイサー」のパーティーだったか。スケジュールを見ると、ノーマン・ジェイやアシュレイ・ビードルやクリスチャン・マクブライドなんかが回している。週末にココに来たかったなあ。
さらに歩くと良い感じのカフェが増えてくる。が、道が工事中で車が渋滞し歩きにくい。これさえなければ良いエリアだな。そして、スモールフィッシュ・レコードに到着。小さな店で、エレクトロニカ専門店というわけでもない。ダンス・ミュージックを中心にしたセレクトショップだろうか。エレクトロニカと書いたCDの箱はカウンターの上に二列だけ。パタパタと見ていたらビックリ。タイスケマツオが1曲提供している19頭身レーベルのコンピレーションが売っていた。
カウンターの中の男と目が合ったので、「日本の音楽に興味あるんですね」と聞いてみると「イエス」。タイスケマツオとYAMAUCHIと「SEA OF MEMORY」、それにPHATの「色」はリュックの中に入っていたので、じゃあ、と手渡す。彼は今すぐ聞いてみるのでちょっと待ってくれ、と言って奥へ。10分くらいで戻ってきた。「SEA OF MEMORY」をダーッと聞いたという。
「グレート・サウンド! この音楽はまさにうちの店向きだ。何枚か持っているなら、卸していって欲しい」「ワオ」。でも、リュックの中には1枚づつしかなかったので、今回は無理だ。が、ニックという彼は「だったら、ここに電話しろ」とディストリビューターを紹介してくれた。ラッキー! こうやって音楽を通じて人と繋がっていける感じはロンドンだなあ。
3枚だけCD購入してスモールフィッシュ・レコードを後に。さて、どこに行こう。街の北側にいるのでカムデンかポートベローにでも行ってみようか。結局、ラドブロウク・グローヴからポートベローに行ってみることにする。
ラドブロウク・グローブのあたりは昔はブリクストンと並ぶジャマイカンの多い地区で、荒くれたムードがあったのだが、ここも随分、きれいになった。駅のガード下にレゲエの専門店があって、よく行ったのだけれど、残念ながら、もうなくなっていた。ガード下をポートベローの方に歩く。ジャマイカ料理専門店があったはずだが、これも見当たらない。ポートベローも今日はマーケットの出る日ではないので閑散としている。中古レコード店をふたつほど見るが、何も買わず。ちょっと裏道に入ったら、以前に一度だけ行ったことがあるけれど、その後、場所が分からなくなっていたイタリア料理店が出てきた。ここはロンドンとは思えないくらい旨かった。なので、ピザを食す。隣ではヤクザっぽいイタリア人の男達数人が大声で話ながらランチしていた。
活気のないアンティーク屋街を抜けてノッティングヒルゲイトの方に昇っていく。ノッティングヒルゲイトのレコード&テイプス、エクスチェンジは大好きなレコード屋だった。小汚い中古専門店で、売れないレコードは毎週、値段が下がっていく、というシステムが良い。日本にもあってもいいのに。が、今日はその手前の系列のオーディオと楽器の店(ミュージック&ヴィデオ、エクスチェンジ)でストップ。なんと閉店セール中だ。ジャンク多数のショップの中を見回ると、ずっと欲しかったヴィンテージ・エフェクターが4台もあった。60〜70年代のもので、製造時期によって、少しづつ仕様が違う。そのうちの3台を試させてもらい、結局、60年代の初期型と70年代の最後期型の2台を購入。いきなり荷物増えたなあ。
ホテルに戻ると伝言。昨日の僕のインタヴューはあっけないくらいノー・トラブルで終ったが、今日の早川さんの取材が飛びそうな状況だということ。飛んでしまうと、明日、再トライになるので、僕以外の一行はロンドンにもう一泊せねばならない。ひとりだけサラッと仕事終って、フラフラ遊んでいて申し訳ない気分。が、時差で眠くなったので、夕方はホテルのベッドで過ごす。バスタブが広くて快適。
結局、数時間遅れでアーティストが現われ、早川さんのインタヴューもなんとかなったようだった。お疲れ様。夜は早川さんの友人の田中さん(やはり京都出身の女性。話してみたら、これまた共通の知り合いがたくさんだった)の案内で食事に。昼間行ったオールド・ストリートの近くにあるカフェ+クラブ+レストラン=?みたいな店。通りに看板は出ていない、ちょっと秘密クラブ風。昔のロンドンでは考えられなかったバブリーなムードもある。イタリアン〜フレンチ風のオリジナル料理みたいなメニューで、リゾットと海老の香草焼きを食したが、なかなか美味。しかし、これだけのヴォリュームで音楽がかかっている中で、これだけのクォリティーの料理を出す店っていうのも珍しい。
田中さんはロンドンで友人数人とレーベルを始めたところ。そのオーナーであるニックも途中から合流。いろいろいろいろ有意義な情報交換。10月に東京で一緒にイヴェントやろうと約束。タイスケマツオとYAMAUCHIと「SEA OF MEMORY」を渡したのだが、聞いてくれたかな。
僕は本当はマム&ダッド(マンチェスターのバンド)を観に行きたかったのだが、11時も回ってしまったので諦める。近くのパブでコーヒー飲んでお開き。しかし、パブでもマキアートが飲めるなんて、やはり、ロンドンは変わった。
明けて4日。飛行機は3時過ぎなので、ホテルは12時半に出れば十分。早起きしてしまったので、また公園に行く。今回のロンドンは本当にのんびりさせてもらった。
デパートの食品売り場を覗くが、ここも以前には考えられない充実ぶり。小洒落た中近東料理のデリがあったので、パンやパイみたいのを買い食い。インド・フェアみたいのもやっていて、そういえば、今回のロンドンではカレーを食べ損ねたのを思い出した。ともあれ、景気が良くなって、人々が食べ物にも興味を向けるようになったのは確か。僕のよく知っている1990年前後のロンドンでは、普通の人々(たとえばアパートの大家さんや間借り人達)には外食という習慣がないと言っても良かった。外食したってマズイし、高いだけ。でも、それが変わりつつある。それはどっかに変わろうという意志があるからだろう。
以前は日曜日は店が開いていなかった(法律により開けられなかった)のが、今は開けるようになったこと然り。すべてが良い方向に変わったとは思わないけれども、気位ばかり高い老人のようだった国が、信じられないくらいオープンに、あるいはチャレンジングになったのは確かだ。翻ってみると、90年代後半から日本は老化の一途な気がするな。そして、その責任はたぶん、かなりの部分、僕の世代にあるとも思う。政治のせいばかりには出来ない。バブルの頃に高値掴みした住宅ローンに苦しみ、リストラに怯え、でも、何するでもなく年功序列で得た地位にしがみついているだけ、みたいな40代が駄目なんだよ、一番。
結局、さしたる買い物をするわけでもなく、散歩で最後の半日も終わり。思えば、ロンドンに着いた時は雨模様だったが、その後はずっと天気が良かった。寒くもなく暑くもなく、皮ジャン1枚あればバッチリの天候。こんなに何もしない旅行も珍しいが、かなりリフレッシュさせてもらった気がする。仕事をくれたソニー永楽さん、現地でお世話になった高橋さんに感謝。