02.25 9時過ぎにチェックアウトして、FM802に。今日はプロモーションデイ。といっても、メインは岡村トリビュートのプロモーションなので、セールストークは朝日にお任せ。その後、僕は軽くPHATのプロモーションをするだけ。
まずは朝の生番組を終えたばかりのヒロTさんに。いつもながら、ヒロさんはクールかつ、インディペンデントな(それでいて趣味性に落ちない)音楽紹介者としての意地を覗かせていて、こういう人は東京にはなかなかいないなと思う。
一度、802を出て、梅田に。地下街のトワイニングのカフェで昼飯。ここが思いもかけぬ大阪らしい店でちょっとしたカルチャーショック。僕はランチ・プレートをオーダーしたのだが、これがレディ・グレイの紅茶とのセット。レディ・グレイの紅茶のポットはそれだけで800円もする。が、ランチ・プレートは1000円。こりゃあ、お買い得じゃん。
しかし、パッと見ではサラダ中心の軽いお総菜が乗っている感じに見えたこのランチ・プレートが凄かったのだ。まず、プレートが想像していた1.5倍はでかい。でもって、乗っているのがおろしトンカツ2枚、鶏肉のバンバンジー・サラダがドカッと。それにフルーツの乗ったポテト・サラダ、さらにグリーン・サラダとパンが3切れ。お店はエレガントな英国ムードのトワイニングのカフェですよ。なのに、この、POCOPENが喜びそうなプレートのヴォリューム! 何はともあれ、紅茶と一緒におろしトンカツをいただくとは思わなかった。
しかし、大阪の凄いところは、このおろしトンカツが旨いところだろう。せっかくなら、和洋中揃えようとばかり、おろしトンカツあり、バンバンジーあり、さらに、女性客を意識して、ポテサラには苺やキウィを乗せ、でもって、紅茶は花びらの浮いたレディ・グレイ。ここまで倒錯的なメニューを出す店って、東京だったら、味は終っているに決まっている。が、トワイニングのおろしトンカツは下手なトンカツ屋より旨かったのだ。いやあ、やっぱり大阪の地下街恐るべし!
なことで盛り上がった後、今度は梅田と心斎橋のレコ屋まわり。大阪はライヴでもプロモーションでも、いつもあったかく迎えてもらえて、気持ちが良くなる。思えば、朝日は3年もオリジナル作品をリリースしていないわけだが、旧作を支持してくれているお店の人はいて、岡村トリビュート以後の流れを一緒に考えてくれたりする。それに応えるだけの作品を出さないとなあ。
再び、802に戻って、僕の旧友でもある編成部、古賀くんとミーティング。PHATのFM802での生ライヴについても話す。もう世話になりっぱなしだぜ、マイマン。今年は僕は大阪に来る機会が多くなりそうだ。
夕方の新幹線の東京に。新宿まで朝日を送って、お疲れさま。家に帰って、三日ぶりにネット。オークションはやっぱり全部負けていた。02.26
午前中に起きて、原稿仕事やもろもろの事務。溜まりに溜まっている契約、経理関係の事務に着手するも終わりが見えずに途方にくれる。ご迷惑かけている皆様にペコリ。
朝日から電話で、岡村トリビュートの最後の1曲、FLEX LIFEの曲が上がったという知らせ。「素晴らしいんですよ」と朝日は興奮気味。FLEX LIFEのことを知ったのは1月の半ば、珍しく深夜にテレビをつけたら、たまたまクリップが流れた。邦楽のヴィデオ・クリップを見て、オッと思うことなどほとんどないのだが、ヴォーカルの声質やアクセントの置き方にピンと来て(ちょっとPOCOPENをソウル寄りにしたような雰囲気)、すぐに朝日に推薦メールした。岡村トリビュートは誘ったが断られたアーティストも多数、途中でスケジュールが合わずキャンセルになったアーティストも多数、その一方で立候補してくれたアーティストも内容的なバランスからたくさんお断りしてしまった。朝日が最後に1曲欲しがっていたのは女性ヴォーカルだったが、B級のソウル・ディーヴァには頼みたくないし。が、そこにFLEX LIFEを置いたら、ピタリとはまる気がした。
1月に出たFLEX LIFEの「それいゆ」というアルバムは耳のある人には静かに注目されていたようで、昨日の大阪でもヒロTさん以下、「オッ、FLEX LIFE入っているやん」という人が何人もいた。夕方、スタジオに行って、マスターを聞いてみたら、ウワッ、予想以上に素晴らしい。トリビュート・アルバム全体の印象も変えるくらいの出来映え。ヴォーカルのアクセントやイントネーションには明らかにヒップホップの影響があって、それもフィラデルフィアっぽいというか、ジル・スコットやG・ラヴなんかを思わすリリカルな響きがある。今回のトリビュートで一番、岡村のファンクネスをフォローした1曲とも言えるかも。
そのFLEX LIFEの曲を含めて、いよいよアルバムの曲順を決める。曲のレベルを揃えるため、軽くマスタリングしたファイルを作って、CD-Rに。これを何通りものプログラムで聞いてみる。アルバムの印象というのは、曲順で大きく変わるので、この作業はとても重要。朝日はすでにおおまかな曲順を決めてあって、この流れも前半は完璧なのだが、後半をFLEX LIFEの曲を含めて考えてみると、なかなかうまくいかない。ふたりで交互にコレは?コレは?とやりなおすが、決定打が出ない。
膠着状態になったので、一度、白紙に戻して、僕がDJとしてかけるなら・・・ということで直感的に並べさせてもらうことにした。今までとはまったく違う曲順。が、コレを聞いてみたら一発で決まり。サスガ、オレ!!! 日本選曲家協会会員番号26番・・・って分からないネタですみません。でも、朝日からも「アルバムが優しく聞けるようになった」と誉められる。彼女の選曲はガツンガツンとインパクトを重ねていくタイプ。僕のは流れをスムーズに聞かせるタイプ。こういうのも人が表れて面白いですね。
しかし、こうやって全曲通して聞くと、ここまで長い道のりだったので、喜びもひとしお。しかも、凄いアルバム。ジャケットも凄いし、CDが上がってくる日が本当に楽しみ。
深夜の部は朝日&モユニジュモのコラボ曲のミックスやりなおし。ミックスのやりなおしは意外に難しい。手直しするほどに勢いがなくなっていくことが多いので、そこに注意しながら、鴨田くんのリクエストに応えてみる。ヴォーカルのエフェクトも少し変えて、前よりも歌が明るくポップに響くようにしてみた。しかし、このコラボレーションも面白いな。こんな曲、聞いたことない。混沌とした音響とエモーショナルな歌の組み合わせなのだが、ビョークとかを意識した感じのそれとは違ったドライなニュアンスがある。ふたりのキャラクターがそうさせるのだろうが、ある意味、すごく和風でもあり。これは3/26発売のP-VINEのオムニバス『至福刑事』に入ります。02.27
昼に天やでなまずの天丼を食べる。なまずのテンプラは初めて食べた。ならず自体はとっても昔にアトランタで食べたことがあるはずだが、どんな味だったか覚えていない。一昨年だったか、PHATのレコーディングのために、ダイスケが住んでいる埼玉県の蓮田市まで行ったのだが、蓮田ではなまずのテンプラが食べられるということだった(それを目当てに行ったのに、その時は店が閉まっていて食べられなかった)。なまずは泥くさそうなイメージがあるが、天丼の上に乗っていたのはさっぱりした白身だった。季節限定なので、興味のある人はどうぞ。
午後に今月末からやる予定のとある仕事の打ち合わせ。とあるマネージメントから、かなり無謀な依頼を受けたのだが、そんなこと出来るんだろうか?と思えることはやってみたくなる性分なので、引き受けた。音の素材を届けてもらったので、早速、プロトゥールズに取り込んでみる。ADATなんて長い間、使っていなかったので、動くかどうか不安だったが、一発でシンクもバッチリ働いた。取り込んでみたら、ちょっと試しに作業してみたくなり、やってみるが、コレは大変だわ。キリがない作業になるかも。
PHATにはとある、ミリオンぐらい売っているアーティストからリミックスの依頼。そういえば、「色」の発売日はもう来週だ。それにしても、レコード店では今回、どこのコーナーに並ぶのだろうか?
夜はスタジオでなんとなくシンセをいじったり。忙しいと新しい機材の使い方を覚えたり、シンセのプログラミングをしたり、サンプル・ネタをストックするなんて時間が全然取れなくなる。そういう時間ももっと作らないと、ルーティン化しつつあるスタジオ・ワークをリフレッシュできないだろう。雨が降ってきたので、自転車を置いて、タクシーで帰宅。が、タクシーに乗っていたら、頭が痛くなる。家に帰ったら、もっと痛くなり、とてもじゃないが寝れない痛さ。僕は普段、とても健康なので、ちょっとショックを受ける。気分も悪くなってトイレで吐いた。風邪なのだろうか? ともかく、頭痛いのだけはなんとかしたいので、頭痛薬はないか?と思ったが、うちには薬がほとんどない。旅行時に持ち歩くバッグを探すがやっぱりない。いらついて何か蹴飛ばしたい気分。体調不良の人の気持ちが分かってきた。
・・・と、冷蔵庫の中に医者からもらった薬が放ってあったのを思い出した(いつのだ?)。見ると鎮痛剤と書いてある。僕は医者からもらった薬も飲まないので、全部残っていた。コレを飲むべきか? 医者の薬は強い。副作用は? そうだ、ネットで調べよう・・・と検索してみる。ふたつある薬のうちのひとつは鎮痛剤だが、もうひとつは胃腸薬だった。鎮痛剤で胃が荒れるから、胃腸薬も渡すのか? 鎮痛剤の副作用は・・・重篤な肝機能障害を引き起こした例が・・・コワッ、やめよう・・・と思う頃には頭痛も減ってきて、なんとかなった。02.28
回復に務める。 03.01
一昨日の頭痛と嘔吐の原因に思い当たった。推測にしか過ぎないが、可能性としては高い。かなり恐ろしい話だ。
一昨日の午後、僕はスタジオでEMSを受け取った。中身は海外のテクニシャンにリストアしてもらった1950年代の放送局用の真空管式コンプレッサーだ。ところが、またしてもEMSでの輸送中にこれが破損していた。ダンボール箱の横腹にボコッと穴が空いていて、中を開けてみると、インプットトランスと思われる部分が根もとから折れて、脱落してしまっていた。
EMSでの事故というのは本当に多い。この半年間ですでに3回目だ。前回の事故の補償に関する返答がようやく来たところ。アメリカからの返答は500ドルの保険がかかっているにもかかわらず、200ドルのみ補償というものだった。200ドルというのはEMSには最初からついている保険の限度額だ。プラスアルファの保険料を払ってあるからこそ、500ドルの保険があるわけだ。確認に来た郵便局員は全損事故だと認定している。にもかかわらず、最低限度の補償しかしないというのだったら、プラスアルファの保険料を払う意味はない。が、この話はちょっと後にしよう。
問題はその破損したトランスだった。見ると灰色の円筒形の容器の中から黒い粘着質の物質がボロボロこぼれている。絶縁材だが、古いものなのでPCBが使われているかもしれない、とその時に直感的に思った。手についてしまったので、すぐに洗い流した。しかし、それ以上には深く考えず、コンプレッサーはソファの脇に置いて、別の作業に入った。
その後、閉め切ったスタジオに10時間以上はいただろう。途中、ソファで少し眠ったりもした。頭が痛くなりだしたのはその間だった気がする。そして、タクシーで帰宅した後、今まで経験したことないような頭痛と嘔吐に見舞われた。風邪かと思ったが、翌日は回復に向かい、いわゆる風邪らしい症状は何も出なかった。それで不審に思い、考えているうちに、壊れたトランスのことに思い当たって、ネットで調べてみることにした。
PCB(ポリ塩化ビフェニール)はダイオキシンに近しい、きわめて毒性の高い塩化化合物だ。日本ではカネミ油による公害事件が有名。1973年には製造が中止されたが、それ以前にはトランスやコンデンサー用の絶縁材をはじめとして、様々な工業用途に使われていた。テレビをはじめとするあらゆる電化製品の中にはPCBを使ったパーツが入っていた。世界での総生産量は120万トン、日本はそのうちの6万トンを製造したそうだ。これが産業廃棄物となり、ゴミ焼却によって猛毒のダイオキシンを生み出す原因になっているわけだ。ダイオキシンは1グラムで10万人を殺すことができるという。PCBの毒性はその10万分の1くらいかもしれないが、それでも致死量1グラムの猛毒だ。
そして、PCBには揮発性がある。換気の悪い部屋の中で、壊れたトランスから漏れ出したPCBが揮発したとしたら・・・頭痛と嘔吐くらい引き起こしても不思議はない。
なので、今日、まずは目黒区役所に電話をしてみた。すると、ゴミ処理課というところに回されたが、事情を話しても、うちではPCBの問題は扱えないので都の環境保全課に電話してくれということ。このままゴミに出したり、不用意に扱ってはいけないものだと思うのだが、指導も何もなし。
続いて電話した都の環境保全課にはPCBの問題を専門に扱っている担当者がいた。以下、彼とのやりとり。
オレ「・・・・という次第なんですが」
彼「PCBはまだ処理施設がないので、ゴミとしては扱えません。ですので、保管しておいてもらうしかありません」
オレ「いつ処理施設は出来るんですか?」
彼「15年はかかります」
オレ「あの〜、保管していても、15年経つ前に私が死んじゃうかもしれませんよね」
彼「そういう場合は誰かに預けるとか」
オレ「はあ??? こういう届け出があっても、そちらでは情報を保管したりしないんですか」
彼「そういうことはしていません」
オレ「僕がこのまま捨ててしまうかもしれませんよね」
彼「それは不法投棄になります」
オレ「でも、PCBが入っているかどうかは検査しないと分からないじゃないですか? 頼めば検査してくれるんですか?」
彼「こちらでは検査はできませんので、民間の団体をお教えします」
オレ「団体というのは?」
彼「社団法人・・・・です。ここから環境測定の会社を紹介してもらえます」
オレ「そこに私がお金を払って検査してもらうんですか」
彼「ハイ」
オレ「それでPCBが入っていた場合は不法投棄になるので、ゴミに出してはいけないと」
彼「そうです」
オレ「わざわざ、そんなことする人はいませんよね。そんな指導ではPCBのゴミを減らすどころか、面倒臭いから、疑わしいけれども捨ててしまおうってことになりませんか?」
彼「捨てたら、不法投棄になります」
オレ「でも、そちらでは検査できないんですから、不法投棄かどうかも判断できないんじゃないですか? 回収もしないし、検査もしないし、情報すらも保管しないということは、結局、部署があっても何もしていないってことじゃないですか? 健康障害に関する情報はありますか?」
彼「こちらでは持っていないので保険所に相談してください」
というわけで得るものはほとんどなかったのだが、これではダイオキシンも増えるわけだ。そもそも、処理施設がないから回収しないというのはどういうことなのだろう? 個人の保管能力など限度がある。もう少し、聞き出した話によれば、テレビ、クーラー、電子レンジの三品目については、電気メーカーに回収を義務づけてあるそうだが、PCBが使われていた電気製品ははるかに多岐にのぼる。実のところ、現状は無策に等しいと彼も認めていた。それに電気メーカーも回収したところで、処理施設はないのだ。結局、どこかに不法投棄されるのがオチではないのか?
午後、郵便局から事故補償の担当者が来て、ブツを確認に。確認してもらったので、注意して壊れたトランスを取り外し、ビニールで何重にもくるんで、流しの下のスペースにしまった。一昨年だったか、八王子の小学校で古い蛍光灯の安定機が爆発して、PCBが飛び散るという事故があった。古いトランスやコンデンサーというのは、そういう意味では危険物なのだ。ヴィンテージ・イクィップメント収集がバイオ・ハザードと隣り合わせだったとは。03.02
岡村トリビュート用のマスターをあす、オトゲノムの小汲さんに渡すので、エラーなどないかDATをチェックしつつ整理。アルバムのマスタリング・エンジニアは再び、世界の小鉄さんだ。しかし、インディー予算なので、所用時間をなるべく少なくすべく、曲間なども朝日に事前に決めてもらうことにする。
それにしてもまあ、コンピレーションのコンパイルというのは根気のいる仕事だ。自分のアルバムだったら、自分の好きにすればいいだけ。が、すべてのアーティストの曲が魅力的に聞こえるように、と同時に岡村靖幸の楽曲の魅力も最大限に伝わるように、さらには江口さんに描いてもらった絵も含めて、アルバム全体がひとつのストーリーを織りなすように考え抜くのははるかにエネルギーを使う。でも、そこの部分での仕事の緻密さがコンピレーションの仕上がりには如実に反映される。
ここまで来て、僕が第三者的に見て感じるのは、不思議なくらい、こうなるべくしてなった内容だなということ。当初、僕が朝日に言ったのは、コンピレーションを作るなら、ハル・ウィルナーのコンピレーションくらいのトータリティーがあるものを作ること、それから「トミー」や「ロッキー・ホラー・ショー」みたいな映画的楽しさのあるものを作ることだった。それは達成されていると思う。正直、彼女がこれだけの仕事をするなんて、僕も思っていなかったところがある。
思えば、プランのスタートはもう一昨年だ。しかし、いちミュージシャンが発案して、こんなコンピレーションを作るというというのは、あまり例がない。しかも、朝日はメジャー契約も切れて、世間的には活動休止中とされる身だ。そんなことより自分の新作を、と言われるのがオチだし、僕なども本来はそう言うべき立場だろう。しかし、人生は一度しかない。やりたいと思ったことはやりたいと思った時にやるのがいい。もとより、メジャーに籍があって、3カ月に一度は話題作りのシングルを、なんて強いられていたら、こんな無茶はできるはずがない。やるなら今。でも、やるからには成功させなければ意味がない。音楽的にも商業的にも。
当初、レコード会社はどこも興味を示さなかった。唯一の光明は直枝さんが意気投合してくれて、朝日と連名でスプリット・シングルを出そうとなったことだった。信じられないことに江口さんがそのジャケットを描いてくれた。インディー・リリースにもかかわらず、シングルはJ-WAVEやFM802のチャートにも昇り、今時のマキシ・シングルとしては結構なセールスを挙げた。おかげでオトゲノムとバウンス・レコードという味方が集まって、ちょっとはスケールアップした中でアルバムを作ることになった。メジャーの予算はないが、しかし、面白いスタッフがいる。オトゲノムの小汲さんは元カーネーションのメンバーだったりするし。
バウンスを味方につけたのは、タワー・レコードが絡めば、メジャーのアーティストの参加に障害が少ないだろうという読みもあったからだった。朝日が声をかけたアーティストは三十組を越えるだろう。最初に声をかけたスガさんをはじめ、奥田民生、チャラ、平井賢といった大物から、比較的、身近なコーネリアスやエゴ・ラッピンやユー・ザ・ロックなどなど、たくさんのアーティストに断られもした。しかし、お金の問題や契約上の問題で実現しなかったということはない。要はアーティスト自身の参加意思があったかないか。ノーナ・リーヴスが途中棄権したのも、他の参加アーティストほどの思い入れを賭けて出来ない、と郷太くんが思い至ったからだった。不参加は不参加でそういう誠実な態度表明でもありうる(今になって、エ? そんな話聞いていない、というアーティストがいたら、それはマネージメント内部の問題だが)。
及川ミッチーとキック・ザ・カン・クルーは参加表明してくれたけれども、残念ながら、スケジュールの問題で実現しなかった。でも、完成したアルバムを聞く時、それもまたそれで、そうなるべきことだったと思えてくる。例えば、キッカンが最後に落ちなかったら、FLEX LIFEの素晴らしい「19」は聞けなかったわけだし。その一方では、朝日がイルリメと出会ったことで、岡村楽曲のヒップホップ化は今一番メジャーなキッカンのかわりに一番アンダーグラウンドなイルリメがやることになったりして。そんなドンデン返しも含めて、こんなコンピレーションが出来ちゃったということは不思議、かつ、どこか宿命めいていて面白い。
今日、ジャケットを見せてもらったら、江口さんの8枚の絵と11曲の曲順が見事にシンクロして並んでもいて、最初から、こういう風に作られるべく作られたもののように見えた。アルバムの全曲を耳にして、このジャケットを目にしているのは、現時点では朝日と僕を含めた8人のスタッフ、江口さんとデザイナー、外部では唯一、あの人だけかな。参加したアーティスト達もまだアルバムの全貌は知らない。コンパイルする人間はそういう意味で、物凄い贅沢を占有できるわけだ。
曲間を決めるために、あらためてアルバムを聞きながら、「なんだか、全部、アタシの曲みたいな気持ちで聞いてしまう」と朝日が言った。「それはバンドをやっている感覚だよ。バンドの曲は誰が書いた曲でも全部、自分の曲のように思えてくる」と僕は応えた。しかし、そんな贅沢な楽しみの時間もコンパイルしてしまえば終わりだ。作り手にとってはそれは封印の作業でもある。あとは聞く人が好きに楽しんでくれればいい。ブーイングやバッシングも予想されるけれど、それもまた楽しみ方のひとつだろう。PHATのアルバムを作り終えた時もそうだったけれど、ここまでやってしまえば、後は野となれ山となれ。あの人は喜んでくれたみたいだし。マスターを積み上げながら、そんなことを思った日だった。03.03
今週はいろいろあって疲れた。ちょっとヘタっているので、家でグズグズ。が、昨日終らなかったマスター整理のため、スタジオに。それから渋谷で買い物。タワレコで久しぶりにウルトラリヴィングのお兄さんの方に会う。インディー・リリースだった前作も良かったけれど、こういうご時世、インテリジェントな音楽活動はいずこも簡単なさそう。ディストリビューションの話とか、海外プロモの話とか、立ち話なのにアレコレ、深いことも話す。そういえば、こないだクアトロでやったDJ、というかダイスケとふたりでやったパフォーマンスを見ていたらしく、アレは面白かったですよ、言ってもらえた。
売り場で僕も彼も手に持っていたのはピエール・バスティエンもレフレックスから出た新作で、帰って聞いたら、コレがサイコ〜。バスティエンは49歳だと知った。なのに、レコードに傷をつけてループさせるとか、おもちゃのロボットをたくさん作っては、そいつらに演奏させるなんてことを本気でやり続けている。素晴らしい。
そういえば、カレー屋で偶然、読んだヴィンセント・ギャロの「CUT」誌でのインタヴューも面白かった。オレは曲を作って、歌ったりしているけれど、昨日、コンサート会場でオレがしていたことは楽器の修理や食事の手配、ホテルに帰ってミニバーを使わなくていいように楽屋のミネラルウォーターを盗んだり・・・声の調子を整えるよりもミネラルウォーターを盗むことの方にエネルギーを使っていた、というような下りにウンウン頷いたり。この発言のどこがサイコ〜かっていうのは、ワカラン奴にはワカランだろな。
あとは、もろもろの遅れを取り戻すべく、ジミ〜に仕事、というより作業。あと、フィラ・ブラジリアの新作が、ぜ〜んぜん新しいことなんてやってないのに、意外なツボばかり押してくる、奇妙なフツ〜さに溢れていて、面白かった。コレ、結構、今からやることのヒントになるかも。