BEFORE GET IN SLEEP

01.07
月曜日。音楽業界も今日から平常にビジネス・スタートということで電話が鳴る、メールも鳴りはしないが、どっさり来ているはず。が、去年の仕事を引き摺ったまま、ベッドから出たくない、出たくないで午後まで。ダメダメだな、もう。
夕方まで家で原稿仕事やあれやこれやの雑務。夜にスタジオに行って、ダイスケと2時間ほど作業の予定。昨夜の「DEFLECTION」のミックス確認とアルバムのシークエンス作り・・・のはずだったのだが、蓋を開けてみたら、「DEFLECTION」のミックスにあれこれ注文が出て、やっているうちにまたふたりで悩みモードに。二十歩戻って、ポエトリーの再編集。またたくまに2時間など過ぎて、アルバムのアート・ワーク担当のSASAKIDELIC氏やヴォデオ・クリップのディレクターの三輪くん、それに天才VJの志水くんなどが来訪するも、あ〜でもない、こ〜でもないとやってしまった。結局、夜中までかかって、なんとか落す。
それからアルバムの曲順や曲間を東芝EMIの田中くんを含めた三者の協議で決めていく。全曲をPRO TOOLSに録りなおして並べ、フェイドアウトのポイントや曲間も決めて、CD-Rに焼く。が、コンピューターベースではなく、YAMAHAのオーディオ用CD-Rプレイヤーに録音していくので、アルバム1枚録音するのに1時間。途中、3人でうどんを食べに行って帰ってきて、また1時間。
結局、朝5時くらいまでかかって終了。が、僕はまだ帰ることが出来ず。あしたには全曲のマスターとシークエンスを納品するので、その準備。マスターDATをひとつひとつ確認。さらに、あしたのタワレコでのミーティング用にCD-R焼いたりなんだりしているうちに8時くらいになってしまった。う〜ん、予定では昨夜は12時帰宅のはずだったのだが。さすがに自転車で帰る気はせずにタクシーで帰る。疲れた〜。でも、これでついにPHATのアルバムからは解放!!! 長かった〜〜〜〜〜。

01.08
と思ったのだが、3時間くらい寝て起きて、ひとりのリスナーとして、あらためてPHATのアルバムを聞き返しているうちに、選曲と曲順に疑問がふつふつ。ダイスケに電話して、その旨を告げる。東芝EMIにも電話して、もろもろの進行をストップ。あたかもプロデューサーの強権発動。でも、ここで僕が疑問を残してはいけないのだ。もちろん、アーティストもレコード会社も。24時間以内に決着、ということにして、ともかく、選曲、曲順に関して、もう一度、協議することにする。
原因のひとつはアルバムに収録しきれないほどマテリアルを作ってしまったことで、新しいものほどアイデアもフレッシュだったりはして、作り手とはしてはアルバムに収めたくなる。が、デビュー・フル・アルバムということを考えると、PHATのオリジナル・コンセプトもきちっと見せないといけない。そのバランスがどうも悪いように思えたのだ。
午後からタワー・レコードでミーティング。それからスタジオに行って、もろもろ細かい作業。選曲から外れた曲もあらためて収めたPHATのCD-Rも作る。それをドアのところに置いて、一旦、帰宅。原稿仕事。
原稿が終らないので、CD-Rを取りに来たダイスケとヌマちゃんとは何度も何度も電話で協議。結局、深夜までかかって、選曲は変わらないが、曲順を考え直した提案をダイスケから受け取る。すごくアルバムのコンセプトが明解になった曲順。これなら良いかもしれないということでゴーサイン。しかし、話はまだ終らない。「DEFLECTION」のミックスをもう一度、やりなおしたいというオーダー。マジすか? テッド・ジェンセンのマスタリングは14日。それまでにニューヨークにマスターが届いていないといけないのだが、あす作業で間に合うのだろうか? なんて心配しつつも、アタマの半分では原稿、原稿。しかし、眠いぞ。夜中に久しぶりにパスタを作って食べたのだが、なんだかもう、オレが作ったパスタとは思えないくらいサイテーの、焼きうどんみたいなパスタになってしまって、ダメだわ、コレじゃ。自分がいかに使い物になっていないか、マズいパスタをほおばりつつ、思い知ったり。

01.09
原稿、原稿、原稿、原稿。雑用、雑用、雑用、雑用。
なんとか一段落させて、夕方からスタジオに。ターミネイターのように終ってくれないPHATのレコーディング。でも、デビュー・フル・アルバムの制作末期っていうのはだいたい凄惨なムードになったりはするものだ。残るは1曲、何度となくやりなおしている「DEFLECTION」。ダイスケと最後のワンチャンスってことで作業・・・のはずが、大変なことに。マックがFIREWIREのハードディスクを認識しない。ちょっと待ってよ、PHATのアルバムのデータは全部、二台のFIREWIREの外づけに入っている。が、二台とも認識しないのだから、ハードディスクのトラブルというよりはマック側だろう。ヤバ〜。
でも、ダイスケには努めて平静を装って、ちょっと待ってね、腹減ってたら、メシでも食ってきて・・・などといいつつ、トラブル・シューティング。が、これがまた裏目。うちのマックはなにせロートルの9600なので、そもそもFIREWIREなど付いていない。サードパーティーのボードと拡張機能で付け足しているのだが、まずはソフトのトラブルを疑おうと、拡張機能の設定をいじって再起動しようとしたら、今度はマックそのものが立ち上がらない。シフトボタン押しても、PRAMクリアーしても駄目。
これはマジにヤバイ。だって、あすの昼にはニューヨークに全部のマスターを送らなければ間に合わないのだ。が、マックが立ち上がらないことには、ミックスのやりなおしどころか、もろもろのデータをCD-Rに焼くことすらできない。こういう時はもちろんノートン・ユーティリティー・・・と思ったら、こういう時に限って、ノートンも手もとにない。アップルズ黒田くんに貸したままだった。冷や汗がジワ〜。
ともかく黒田くんに電話。留守電。が、幸いにもコールバックしてくれた。バイト中だというが家に戻ってノートンのCD-ROMを取ってきてくれるという。助かった〜。急いでダイスケの車で用賀まで取りに行く。
が、CD-ROMを持ち帰ってきたものの、マズイ状況はまだまだ続く。うちの9600はだいぶ前から内蔵CD-ROMプレイヤーが不調。外づけのCD-RWが2台ぶるさがっているので、たいして気にもせず来たのだが、内蔵でないと起動時にCキーを押して、CD-ROMから立ち上げることが出来ないようなのだ。どうしても先に内蔵ハードディスクを読みに行って、ハードディスク上のシステムから立ち上げようとしてしまう。で、途中でフリーズ。う〜ん、もう仕方ない。マックの内部を開けて、システムの入っているハードディスクの接続を切ってしまうしかないか。
これでマックはどこを探してもハードディスク上にシステムは見当たらないので、仕方なく、CD-ROMを読みに行く。なんとか、この方法で立ち上がってバンザイ! 起動ディスクをCD-ROMに設定しなおして、ハードディスクをもとに戻し、またCD-ROMから立ち上げる。ノートンをかけてみるが異状なし。拡張機能もすべてもとの状態に戻し、FIREWIREのハードディスクを接続してみたら、なんのことはない認識した。一体、トラブルの原因は何だったのか? でも、ここまでで4時間くらいを棒に振る。
今日はササッとミックスのなおしをやって、完成祝いのビールでも飲みたかったところだが、深夜になってようやくミックス開始。しかも、ダイスケが粘る。が、ここまで来たら、とことんやりましょう。オーディオのエディットもEQ、コンプのやりなおしも、今までなかったエフェクトを作ったりもして、完成度を追いこむ。3時くらいまでやって、ようやく完成! ヤッタ〜。クォリティーが上がっただけでなく、世界観が強固なミックスに到達した。
お疲れさまです、と今日はダイスケがいつになく低姿勢。メシメシってことで、三軒茶屋の中華屋で明け方にビール。最近出来たこの店が旨かったので、すっかりゴキゲンに。でも、実は僕はまだ作業があり。ダイスケが帰った後、ニューヨークに送るデータの整理。アルバムのシークエンスも曲間の調整を細かくやり直したりして、朝の8時にようやく終了。日の光がマブシ〜。でも、ともかく終って良かった。今日はそれだけ。

01.10
一体、いつから働き詰めだったのか? ポッカリ空いた気持ち。が、昨年中からほっぽらかしていた物事の多さに、途方に暮れもする。とりあえず、あちこちに電話。それからお詫びメールを書き始めるが、これだけで何日もかかかりそう。トホホ。
とにもかくにも、きちんとすることをきちんとしないといけないので、税務署に行ったり、郵便局行ったり。しかしまあ、税金てのは・・・。PHATのアルバムが売れて、印税入ってくるのを期待したり。
一応、スタジオに行くが、何もやる気がしないので、CD聞いたりしただけで帰る。ホントは全面的なメンテをしたいのだが。帰りに三軒茶屋に。ツタヤでめっきり御無沙汰だったヴィデオを物色するが、なぜか、そそられるものがない。CDも見て回るが、何も買いたいものがない。せっかく、わずかばかりの暇が出来たというのに。
欲しいものがない、というのはずっと感じていることだ。僕はバブルの時代も経験している。それなりに恩恵も受けただろう。一晩で30万円を稼ぐなんて仕事もあったのだから。レコードを買いたいだけ買って、世界の果てまで旅行して、本や映画や服やなんやかんやにも、今よりもはるかに金を使っていたが、でも、今よりも豊かだったかというと、そうも思えない。
結局、スーパーで食品だけ買って帰る。オリーブ・オイルなども買って、こないだのパスタのリベンジをしようと思ったのだが、なぜか、帰ったらそこまでの食欲も湧かず、一汁一菜のシンプルな食事。あとは、ともかく寝たいだけ寝よ。

01.11
天気が良かったのでサイクリングデー。駒沢公園周辺をひとまわりしてから、三軒茶屋へ。郵便局で発送などして、下北沢へ。楽器屋やレコード屋や服屋も見たりするが結局、何も買わず。代々木上原に向かい、JASARACで再プレス申請。富ヶ谷で久しぶりにルヴァンのパンを買いこんだりした後、渋谷の街に入っていく。スタジオの電源モジュールを増やしたかったので、楽器屋を回るが、適当な物がなくて諦める。SHINANOのクリーン電源が欲しいけれど、高からなあ。
結局、あちこち行って、パンしか買わなかったのだが、街を自転車でめぐるのは気持ち良い。なんのかんの言って、オレは東京の街が好きなのだ。目黒川周辺をフラフラして、古道具屋など覗いた後、祐天寺のスタジオに行って、メンテと掃除。本格的メンテは今、NEOTEKのパーツを取り寄せているので、それが届いてからだが、ワイアリングを見直す。買ってから全然、使っていなかった882/20のI/Oを使えるようにして、エフェクトの送りはほとんど882のアウトから出来るようにした。これは快適。なんで、PHATのミックスを始める以前にやらなかったのか。
あしたはクラムボン郁子ちゃんがスタジオに来るので、掃除も念入りに。夕方より朝日美穂レコーディング。「他の人が来るっていっても、こんなに掃除なんてしないのに」と呆れられつつ、去年からやっている曲のアレンジ、ミックスの問題点を検討。アルバム中の1曲なら現状でも良いだろうが、エア・プレイを望もうとしたら、もうちょっとポップな弾け方が必要か。でも、それが難しい。なんのかんので夜中まで。

01.12
まだ睡眠不足。眠い午前中に起き出して、世田谷線世田谷駅の近くにある撮影スタジオに。今日はPHATのヴィデオ・クリップのシューティング。曲は「MEXICAN PUSHER」。「VENSIAN DANCE」と並ぶ、ライヴではおなじみのキラー・チューン。そういえば、「KINGBOF PIMP」収録の「VENUSIAN DANCE」は10分もある曲なのに、最近、J-WAVEなどでかかっているらしい。
ディレクターの三輪くん、東芝EMIの田中くんとちょっと打ち合わせた後、僕はメンバー到着を待たず、一度、外出。自分のスタジオに。午後からはクラムボン郁子ちゃんの歌入れ。岡村トリビュート用のこないだミトくんが歌った曲のハーモニー・パート。
U67にNEVEとADLといういつものセッティングだったが、郁子ちゃんの声のマイクのりの良さには驚く。たまたまセッティングも合っていたのだろうが、EQでおいしいところがサッと見つかる。耳障りな周波数は出てこない。こういうのは楽。その場でパートを決めて、ササッと3テイクほど歌ってもらって、あっさり終了。スバラシ〜。最近、よく思うのだが、音楽学校出身の人は手際が良い。
郁子ちゃんからもらった苺食べたりしながら、朝日と3人で雑談。クラムボンは今、リアレンジ集をレコーディング中ということで、1曲聞かせてもらう。カッコイイ!と思ったら、ZAKのミックスだそう。ZAKのハイエンドのリヴァーブ処理はやっぱり綺麗だなあ。左右にいろんな音が飛び散っていくような曲なのだが、飽和しそうでしないギリギリのミックスが美しい。
自転車で世田谷のスタジオに戻ると、シューティングも佳境。しかし、ヴィデオ・クリップなんて当然、初体験のPHATのメンバーは、結構、アテブリにてこずっている。レコード通りに演奏しようとすると動きが硬い。でも、見せるものは演奏シーンしかないのだから、シンクは重要。インストもののヴィデオってのは意外に難しいことを知る。
9時すぎに終了が見えたので、僕は一足先に帰宅。夕飯も早々に済ませ、12時前にベッドに。こんなの久しぶり。

01.13
果たして、オレは何時間寝続けられるだろうか? 挑戦するつもりで、ともかく寝る。歳を取ると早起きしてしまうというのは本当で、四十歳を越えたあたりから、だいたい数時間寝ると、一度は目が醒めるようになってしまった。明け方に寝ても午後まで寝過ごすということは難しい。一説によると、長時間、飲まず食わずで寝るというのはそれなりに体力を必要とするので、老化とともに出来なくなっていくのだという。子供は体力があるから、あんなにいつでもどこでも寝られる。なるほど、頷ける気もする。
しかし、まだまだ寝られますよ、私だって。昨夜は11時頃には眠りに落ちていたはず。そうそう、僕は異様に寝つきが良くて、だいたい45秒もあれば、意識を失うことができる。おやすみCDがワンコーラス終らないうちに寝てしまう。でもって、なんと意識を取り戻したのが翌昼の2時。やった! 15時間は寝た計算! まだまだオレも若い証拠!
と思ったが、う〜ん、なんだか腰が痛い。同じ態勢で寝続けたためか。
携帯をスタジオに置き忘れてきたため、電話もならない。やることないかも。いや、こういう時にこそ、やっておいた方が良いことは箇条書きにすれば二十は下らないと思うのだが、やる気がしない。頭の隅では、PHATのアルバムのマスタリングの心配をずっとしているみたいで、どうも夢でもうなされていたみたいだ。マスターの状態は大丈夫だったのか? ひとつ、いまだに心配なのは左右のバランスで、整備万全とは言えない古いアナログ卓でミックスするようになったので、ステレオ・チャンネルのバランスがデジタル卓のように自動的に取れるわけではないのだ。落す時に気をつけて、レベル監視はしたものの、でも、マスタリング・エンジニアの耳で聞いたら、右だけローが出過ぎとか、ハイが伸びていないとか、あるかもしれない。そのあたりも巨匠の腕でバッチリになって帰ってくるといいのだが。
もうひとつ、心配が抜けない理由は、スタジオでも家でもステレオがモニターとして100%信用できない状態にあるってこともある。以前はスタジオではCDもDATもミックス中の音源もすべてYAMAHA O2RのDAを通ってパワーアンプに行っていた。だから、ソースの聞き比べも楽だったのだが、今はCDもDATもアナログで卓に入れているので、DAの差を感じないわけにはいかない。この2、3カ月、セッティングをアレコレいじりながら、ミックスを続けてきたので、一定の状態で観測するという環境にもなかった。リファレンスDAを1台買えばいいのだが、DB TECHNOLOGYとか買おうとすると、すぐに100万を越えるしなあ。
家には3セットのステレオがあって、「SEA OF MEMORY」のマスタリングを自分でした時などは三日間かけて、スタジオはもとより、家のどのステレオで聞いても納得できるところまで追い込んだ。だから、最終的にプレスが上がったきた時も思い描いた通りの音だった。が、それから家のステレオもすべてセッティングが変わってしまった。だいたい、3台のアンプのうち、2台が60年代のもの。1台が50年代のもの。現代のCDプレーヤーの出力をそのまま入れると歪んでしまうので、アッテネーターをかまして使っているようなステレオだ。もちろん、ヴィンテージ・アンプのサウンドが気に入っているから使っているわけだけれど、レンジの広い音源、ハイスピードな再生を求められる音源のモニターとしては、はなはだ心許無い。やっぱり一台はバキバキに現代的なハイスピード・ステレオにすべきかなあ。
そうそう、なにげに聞きそびれていたCDをアレコレ聞いていたら、トニ・ブラクストンのCD(季節外れのクリスマスもの)の音の良さにはちょっとビックリした。良い意味でのお金の匂い。こういうCDをハイからローまでシャリ〜ンと鳴らせるステレオ・・・って、やっぱり200万円はかかるだろうなあ。