<夏の特集>

高度情報伝達化社会の子供達 - マスコミやゲームは悪者か -

現代は、情報化社会といわれています。しかし正確に言えば、情報を伝達する手段が発達しているということで、高度情報伝達化社会といえるのではないでしょうか。確かに、今社会で起こっているあらゆる情報は、さまざまな手段で、しかもリアルタイムで私達の元に届けられます。どこでも居ながらにしてなんの状況でもわかります。このインターネットもそのひとつですが、まったく便利な世の中になったものです。

しかし、この高度伝達化社会の形成が、子ども達の成長に悪影響を与えているという指摘もまた一方であります。インターネットの氾濫する性情報をはじめとして、暴力的な内容が多いテレビゲーム、他人の私生活にも容赦なく踏み込んでくるマスコミの報道のあり方などがその槍玉にあがっています。確かに、そういう一面だけ見れば、まったく影響がないとはいいきれないものもあります。しかし、最近の世論は、そのすべてが「悪」であると決め付けすぎているようにも思います。さらに、一方ではそういう社会のあり方が私達の生活に利便をもたらしてくれています。もっと上手に付き合い、この社会のあり方を有効に活用する方法はないものでしょうか。

たとえば、テレビゲームにその活かしかたを見てみましょう。テレビゲームは、20数年前のテレビテニスから始まり、単純な、シューティングゲームといわれるただ弾を打って敵をやっつけるものから、プレイヤーに思考を求めるロールプレイング、またシュミレーションと、さまざまなジャンルに発展してきました。この中で、先ず欠点を上げるとすれば、次のことがすぐに思い当たります。

  • 熱中するあまりに時間の感覚がなくなること。
  • 瞬きをするひまもなく、目に悪影響を与えること。
  • 人(キャラクター)が死んでも、リセットがきくために「死」の観念が薄くなること。

 では、メリットは全然ないのでしょうか。私が思いつくメリットは次の通りです。

  • 子ども達のコミュニケーションツールになる。
  • 人間開発理論を簡単に、遊びの中で習得できる。
  • 集中力を習得する道具となる。

この中で、人間開発理論とは、とくにドラゴンクエストやポケモンなどに代表されるロールプレイングゲームに見られるもので、ランチェスター理論という、「強いものには修練を積んであたれ」という理論にそのまま合致するものです。こういう理論を勉強しようとしても、大人でもなかなか簡単に習得できるものではありませんが、子供たちはゲームという遊びを通して、知らず知らずのうちに体得して行きます。また、子ども達のコミュニケーションという面では、同じ遊びをする中での情報交換をはじめとして、同胞意識を持つために一役も二役も買っています。いまや、ゲームのできない子ども達は、友達の輪にさえ立ち入ることができにくくなってきています。

こういうことから考えると、私はゲーム全体を「悪」と決め付けるわけにはいかないと思います。確かに、欠点としてあげた事項に注意することは大事ですが、保護者がきちんとした知識と理解のもとにゲームの内容をよく吟味し、理由を話してゲームをさせることによって、学校の勉強などでは得られない、たいへん貴重な学習ができるのではないかと思います。

また、マスコミのあり方に目を向けてみましょう。最近の子ども達をよく注意してみていると、たいへんに頭でっかちであるということに気がつきました。ませた顔をして、訳知り顔でさまざまなことに批評をし、さらには意見を述べます。しかし、彼等とよく話しをしてみると、そこには「経験」という貴重な裏づけはほとんどの場合見られません。だんだんに話して、その仮面をはがしてみると、そこには昔と何ら変わりのない無邪気な子どもの姿が見られます。子ども達にその仮面をつけさせているものはなんでしょう。私は、マスコミからの垂れ流しの情報による情報過多だと思います。

人間の体でも、栄養は必要ですが、それが多すぎると不具合をきたします。今の子ども達はそのような状況を起こしているのではないでしょうか。マスコミからの垂れ流しの情報がすべて「悪」だとは言いません。その情報が必要な人もいるのです。しかし、それが必要な人が情報過多にならないのは、それを自分の中で消化し、解毒し、必要なものだけを取り込むという消化能力を身につけているのではないかと思います。

この消化能力というものは、一朝一夕で身につくものではありません。また、情報を整理して、または情報管制をしいて、少しずつしか与えないのではその能力が身につくどころか、栄養不良を起こしてしまいます。子どものタイプと成長の度合いに合わせ、あたかも離乳食を与えるように、保護者が手をかけてやるべきものではないでしょうか。そして何より大切なことは、その与えられた情報に基づき、経験をさせてやるということだと思います。経験で得た知識は、何物にも変えがたい、一生の知識として身につくものです。そしてそれは子ども達にとって大きな財産となることでしょう。

少しわかりにくい話しになってしまいましたが、結局、私達大人が保護者として、物事に対するしっかりした知識と情報を持って、子ども達の育成に取り組んでいくということに尽きると思います。さまざまな色眼鏡や先入観を捨て、私達自身が情報に躍らされない力を身につけ、それを後進に引き継いで行く。そのことが、今の便利な社会構造をより活かして行くことになると伴に、子ども達の明るい未来へとつながって行くことでしょう。