<秋の特集>

地下水を考える - 本来の地下水の涵養と節約 -

 日本人は、安全と水はただだと思っているとよくいわれます。欧米諸国に限らず、外国ではこの両者ともにかなり個人がコストをかけています。たとえば、映画でよく見る「保安官」は、町の人がお金を出し合って雇っていますし、今では個人的にガードマンを雇ってセキュリティを確立しているのはあたりまえの話しです。また、水についてもミネラルをお金を払ってあたりまえのように購入します。どこの国でも、レストランで水はサービスされず、飲みたければビール並みのお金を払って買っています。日本でも、それだけのコストが実はかかっているのですが、行政がやっているために見えにくく、あたかもただであるような気がしているだけなのです。

ここでは、最近環境問題として少しだけ注目を浴び始めた地下水の問題を取り上げてみようかと思います。

私達の熊本市では、飲料水は全面的に地下水を使っている、全国でも数少ない都市です。それだけに地下水は多くの市民の関心の対象になっており、多くの論議も交わされています。しかし、大多数の都市では、地下水問題といっても論議の対象にさえなっていないのが実情です。ところが、地下水は工業用水として利用されながらその町の経済を支えていたり、その減少によって地盤沈下を引き起こしたりと、本来は多くの問題を抱えています。

この地下水は、どうやったら水量を保全することができ、化学物質の汚染からそれを守りながら環境を整えて行くことができるのでしょうか。

「水収支」という考え方があります。家計簿のように、地下水をくみ上げた水支出を地下水となるべく地下に浸透した水収入から引いて、赤字か黒字かを比較すると考えればわかりやすいかと思いますが、ほとんどの都市ではこれが赤字になっているはずです。これを黒字にしなければ、地盤沈下が起こったり、飲料水が枯渇して人の住めない都市になったりしてしまいます。解決は簡単です。支出を減らすか、収入を増やすかです。

現在、支出を減らす面では、大規模取水者に届け出義務を持たせる、また中水道システムといわれる循環水のシステムを導入したり、雨水利用などの手立てがとられていますが、本当に効果があるのは私達一般家庭の節水です。

簡単な試算をしてみましょう。熊本市では、25万世帯があり、世帯平均2.5人の人口があります。この2.5人が在宅中一日あたり3回トイレに行ったとしましょう。一日のトイレの使用回数は7.5回です。現在、節水型トイレとして、一回あたりの流す水が3リットル少なくて済むものが出ていますので、これを使ったとすると世帯あたり一日に22.5リットルの節水になります。全世帯では562.5トンです。これを年間にしますと、約205万トンの節水になります。熊本市の工業の年間取水量は2000万トン弱ですので、実にこの10分の1を家庭で節水したことになります。節水量だけでこの数字というのはたいへんなものですし、これはトイレの節水だけの比較です。

ほかにも、途中止水弁つき蛇口などで、温水を同じ温度のままちょっと止めたり、歯磨きの水を止めたりすればもっと効果は上がりますし、ヨーロッパ、特にドイツなどではホテルに泊まっても、連泊している場合はタオルを毎日洗濯しないなどが一般的になっているように、洗濯の回数などでもかなり違ってきます。

また、以前フランスにおいて、家庭の雑用水に河川水を使用している話しをこの特集で書きました。日本では、まだ水利権などというわけのわからない権利が法律で保護されており、河川水をすぐに家庭に引き込むというわけには行きませんが、ただ海へ流れていく水を、その途中でちょっと使わない手はありません。ひどい話しになると、ヨーロッパのミネラルより品質がいいといわれる熊本市の地下水で、私達は車を洗っているのです。この水利権と言うやつがなくなれば、もっと地下水は効率的に使用できるのではないでしょうか。

一方、収入を増やすほうですが、これも現在ではやっと取り組みが行われるようになりました。森林を増やし、土地の保水力を高め、雨水浸透ますや浸透性舗装などで、なるべく地下へ水を誘導しようというものです。ただし、遅きに失した感もします。地表に降った水が地下に浸透し、帯水層に届いて飲料水になるには、熊本の場合で30年程度、山形では200年といわれるように時間がかかります。

そして、汚染の問題があります。普通に自然にあるものは、浸透ますで浸透させても、土の中を通って行く間に浄化され、毒物はほとんど消え去りますが、化学薬品はそうは行きません。ひとたびこれが入り込めば、完全浄化することは不可能に近く、また莫大な費用と手間を使います。現実に熊本でも有機塩素化合物とガソリンの混入があり、たいへん浄化に苦労しましたが、私達が日常何気なく投棄したものが、たいへんな問題を引き起こしてしまいます。

これらの事を考え合わせると、私達は水に関してしっかりした認識を持ち、そして細心の注意を払って水のことを、またその将来考えて行く必要があるのではないでしょうか。そしてそれが自分達のまちの基礎を作っていくことにつながっていくのではないかと思います。