曹操孟徳(Ts'ao-Ts'ao Meng-te)

155年(乙未)生〜220年没 沛国ショウ県出身。

まず、「正史・三国志」の曹操について書かれている武帝紀についてだが、とても長い(汗)。
正史のなかで一番長く書かれているのが実は曹操なのである。まあ三国志は魏を正当王朝として
定義しているので、その魏の創立者である曹操が一番長く書かれているのは当然と言えば当然なのだが、
そういう意味でも曹操は「三国志の主人公」と言っても過言ではないだろう。

しかしこれをまとめるとなると半端じゃない労力なので、今回は私の目の止まったところを抜粋した
感じにしてあります。つーか曹操を始めとする超メジャー級武将の足跡を知るには小説なり漫画なりを
読んだ方が早い、って話も(^_^;)。それ言っちゃうとこのページの存在価値が危ぶまれるので、
あまり書かれていないようなことが書ければ、と思ってます。そんなワケで、今回は曹操の業績と
いうよりは、性格描写に重点を置いてみました(^_^;)。……もしかしたら
曹操にドリーム炸裂
させてる人は読まない方がいいかもしれません。
だって……けっこう強烈なんだもん(^_^;)。
多分、これ読むと曹操の印象が変わると思う……(汗)。

曹操は前漢の宰相(劉邦の時代)曹参の子孫(らしい)の曹騰の孫で、曹嵩の子。
系図ではこういうことだが、曹騰は宦官なので曹嵩が養子に入っている為、厳密に言えば
曹参の子孫ではない。曹嵩はもともと夏侯氏なので、正しくは夏侯嬰の子孫、ということに
なるのだろうが、実際、本当に夏侯嬰の子孫かどうかはナゾ。曹騰が曹参の子孫というのも
本当かどうかはわからない。昔の中国はこういうの多いよな(^_^;)。

曹操は幼名を阿瞞(「あまん」日本的にいうと「瞞ちゃん」)、別の名を吉利と言う。
この「吉利」というのが一体いつつけられた名なのかはよく解らないんですが……。
「正史・三国志」武帝紀の注釈に使われている書物に「曹瞞伝」というものがあるが、この
「曹瞞」というのが恐らく「曹操=阿瞞」ということを指しているのではないかと。

余談であるが、この「瞞」という字、「よく見えない・くらい・あざむく・だます・実情を隠す」
という意味があるのだが……一体どういう意図をもってこんな名前をつけたのか…(汗)。
幼少のみぎりから相当な悪ガキちゃんで、思いあまってつけられてしまったとか(苦笑)?
(昔はあえて悪い名前をつけるということが逆に厄よけになる、という考え方があったので
たぶんそういう意味で、こんな名になったと思うのだが……頼む、そうだと言ってくれ!)

とにかく、この「曹瞞伝」や王沈が書いた「魏書」などなど、曹操の行動をフォローしている書物が
結構あるのだが、これらの書物の中から、「三国志演義」にも登場する曹操の有名なエピソードが
数多く出てきている。曰く、若い頃に放蕩三昧だった曹操を苦々しく思っていた曹操の叔父が
父親の曹嵩に度々注意するのをウザく思っていたので、癲癇のフリして叔父を陥れた(?)話とか、
呂伯奢殺しの後の「俺が天下に背こうとも、天下が俺に背くことは許さん」発言の有名な話とか……
って、ロクな話が残ってねーじゃねぇか(^_^;)。いや、法に公正な話とか、良い話もありますよ、
もちろん。話題のバラエティーに富んでいるのもまた曹操らしいというか。

で、その「曹瞞伝」に書かれている曹操の性格について。
「太祖(曹操)は軽佻浮薄な人柄で威厳がなかった(……オイ……(汗))。音楽好きで、芸人を
側に侍らせ、いつも日中から夜まで楽しんだ。衣装は軽い衣を用い、身体には小さな皮の袋をぶらさげ、
ハンカチやこまごました物を入れていた」……つまり、いっつもポシェットをぶら下げていたということか。
……可愛いじゃねぇか、曹操……(笑)。ちなみに曹操の正室の卞夫人はもともと歌妓であったというから
曹操の音楽好きが取り持った縁、ということなのだろうか。この卞夫人がまさに良妻賢母、曹操の
人を見る目の確かさは相当なものだったんだろうなあ。まあ、それはおいといて。

さらに「曹瞞伝」は続き、「時にはコウ帽(簡略なかぶりもの)をかぶって賓客と会見した。人と
談論するときは常にからかい半分で話をし、思っていることをまったく隠さなかった。」
……想像するより明るい性格であることが解りますな。

で、ここからが凄い。

「上機嫌で大笑いしたときなど、頭を杯や碗の中につっこみ
頭巾はすっかりすっかりごちそうでよごれ、
びしょびしょになるほどだった。

 

 

Σ( ̄□ ̄;)!!!

どんなヤツだよ曹操!!!

……な……なんてハイパーな性格……(滝汗)。

ちなみに、正史には書いてないが、以前、N●Kの「日本人の質問」という番組で「曹操が
宮廷の女性達の間に『一本眉毛』の風習を流行らせた」という話題を取り上げて、一時期
掲示板でも盛り上がったことがありましたが……とにかく個性が強烈です(^_^;)。

「曹瞞伝」ではさらにフォローが入っていて、「法律を守ること峻厳で、諸将のうち自分より
すぐれた計画を抱いている者がいると、のちに法によって処刑した。さらに古い怨みのある旧知に
対しても、すべて見逃さなかった。彼が処刑する場合、その者に向かって涙を流し嘆き悼んだが、
あくまでも生かしてやることはなかった」……って、全然フォローになってねぇし(苦笑)。
もしかして「曹瞞伝」って曹操に対して悪意持ってるか(汗)?こりゃ羅貫中も曹操を
悪役に仕立てやすかっただろうよ。

しかしこれだけの個性で天下の大半をおさめ、部下からの忠誠も厚いってことは、それだけの
優れたところがあるからであって、特に、相手が誰であっても自分の信念を貫き通す姿勢は
特筆に価するかと。欠点も長所も、全てがスケールの大きい男、曹操であるのですな。

正史、ハッキリ言って小説よりも性格描写が強烈で面白いです。
これ読んで私、今まで以上に曹操が好きになりましたわさ(笑)。