愛を乞うひと

98年、日本
98/10/29、自由が丘武蔵野館


98/11/08 作成、98/11/08 更新


この映画は、母親の豊子(原田美枝子)に虐待されて育った照恵(原田美枝子、二役)が過去を清算していく話で、決して虐待シーンに怒りを覚えたり、不幸を憐れんだりするような映画ではない。

映画の構成は、照恵が彼女の実の父親の遺骨を一人娘の深草(野波麻帆)と共に捜すのがメインで、そこに彼女が17歳頃に母親から逃げ出すまでの過去のシーンが時々挿入される。照恵は実の父の遺骨の他に、豊子の再婚相手の二人の墓を既に捜し当てているのだが、なぜ彼女がそれらのことにこだわっているのかは、映画の中でははっきりと示されない。表向きは、彼女の父親から彼の生れ故郷の台湾の話を幼いときに聞かされていたので、故郷に憧れた父に代わって遺骨を台湾の地に埋めてやりたいというのが動機のようにみえる。しかし、彼女自身にも自分の故郷(=親)に対する思いがあったのではないか。たとえいやな思い出しかなくても、現在の自分の状況に決定的な影響がないとしても、またこの映画のように、母子家庭ではあるが現在の生活に不満はなくても、人は故郷や家族への思いを断ちきれないのではないか。そういう思いがあったからこそ、照恵は母親に会ってみようという気になったのではないか。それは、現在や将来のためではなく、自分の過去と向き合うことである

照恵が彼女の弟の武則(うじきつよし)や豊子と数十年ぶりに再開するシーンのやりとりが特に印象的である。三人とも今さら過去のことをほじくりかえすつもりは毛頭ないので言葉は少ないが、しかし精一杯今の自分をぶつけ合う。
そして、お互いに現在の自分自身に戻るように別れる。

照恵が深草に抱きつくシーンが2度ある。深草がこぐ自転車の荷台に乗っているときと、豊子に会った帰りのバスの中で、どちらも素晴らしい。特に後者は
台詞のやり取りもそうだが、2度ほど太陽の光が絶妙のタイミングで窓からさす。それは、あらかじめ調べられたバスのコースと時刻に合わせて撮影が行われたのであろう。作り手の力の入れようがわかる。

出演者たちは全員素晴らしく、原田美枝子の二役は評判通りであるが、うじきつよしもよかった。

映画を観終わった後、久しぶりにすぐに立ち上がることができなかった。しばらく余韻に浸っていたくなる映画だった。


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